「おーい、ルミ、そろそろ試合だから起きろー。」
「う…んゅ?あれ、カズマ…?おはよ〜…あれ?なんだか騒がしい…?」
「今の状況わかるか?ドレインタッチしてたら途中で寝てたぞ。気持ち良さそうだったから起こさなかったけど。」
「あー、そういえば…うー、ん…!っと。いやー、なんとなく気持ちよくって。あれ?私以外の一回戦って全部終わっちゃった?」
「ああ、もう選手も観客席の方に戻ってる。今は整地中だ。けっこう派手な試合してたしな。アッシュが。」
その言葉に前に視線を向けると地面にいくつか穴が開いていたり削れたりしている。
「あれ?アッシュ出てたの?」
「ああ。けっこう必死そうな顔してたけどなんかあったのか?」
「んー…あー、もしかしたらまたお金なくなっちゃったのかも…」
「お金?」
「なんだかわからないけど、いろんな理由でお金がすぐになくなっちゃうんだって。少し前にも買い物をしようとしてたら重そうな荷物を持ってるおばあさんがいて財布を落としたのに気がつかずに手伝ってて無くしたって言ってたし。借金とかは無いみたいだけど。」
「それは不運っていうかなんて言うか…なんでルミは知ってるんだ?」
「最近毎朝アッシュとおしゃべりしながら組手みたいなのしてるんだ。」
「ああ、そういえば最近朝に屋敷の外でなんか音がしてると思ったらルミとアッシュだったのか。」
「元々は私の腕のリハビリだったんだけどね。」
『…お待たせしました、整地が終わったそうですので、二回戦に移りたいと思います。』
「お、再開するみたいだぞ。」
『大きなステータス差でカズマさんをギブアップさせたルミさん、それに対するは何処かで見たことがあるような気がする仮面の剣士、マスク・ド・Vさんです!』
観客席から歩いて来たルミの前に出て来たのはいたって普通の服装をしているが、顔の部分が白と黒に別れた仮面をしていて素顔は見えない。なお、額の部分には何かを隠しているのか、ばつ印に紙が貼られている。
「ほう、我輩の相手は汝か…」
「あれ?私のこと知ってるの?」
「さて、どうかな?まあ、汝の知り合いのうちの誰かだとは言っておこう。あっちの男は気づいておるのではないか?」
「ん?」
カズマの方を指差していたのでそちらを見ると、なんとも言えない顔をしていた。
(なんでウィズとルミはバニルのこと気づいてないんだ?いや、たしかに普段とは服装やら体系とかは違うけど変えられるって知ってると思うんだが…仮面も同じだし…)
「カズマどうしたんだろ?」
「まあ、思うところがあるのだろうな。さて、その話は置いておくとしてだ。我輩は旅の剣士である。アクセルの冒険者よ、一つ手合わせ願おうか。」
『それでは、準備ができたようなので試合開始です!』
その声とともに先手必勝とばかりにルミは弓を背中から取り出し、矢の先を上空に向けた。
「伏竜梅!」
「その速さと狙いはなかなかだが、単調な攻撃には当たってはやれぬな!」
バニル(?)は空から降ってくる矢を軽く横に移動するだけで避け、ルミに急接近して来た。
「は、速っ⁉︎くっ!」
ルミに剣が振り下ろされるが、素早く懐から何かを取り出してその剣を防いだ。取り出したのは鉄扇、それとバニル(仮)の握る剣が動きを止める。
「ほう、我輩が慣れていないとはいえ、加減をしたつもりはなかったのだが、防ぐか。」
「単調な攻撃には当たってやれない、からね!」
「フ、フハハ!これは一本取られたな!」
互いに半歩ほど距離を取り、次はルミが鉄扇を広げながらバニル(確定)に斬りつけるように振るう。
「む、これは…」
鉄扇そのものは軽く切り傷が入る程度にしか当たらなかったが、バニル(ry)の着ている服に何か液体が付いている。
「…なるほど。毒、か…なかなか容赦の無い武器であるな。細い溝に毒を流し込み、充填しているのか…」
「え、なんでそこまで…それに、かすったのに?ある程度の麻痺毒を塗ってたのに…」
「何、仕込み方が杜撰というわけではない。ただ、我輩はこれでも目がいいのでな。それと、毒が効かぬのはそういう体質だからだ。」
「な、なんかズルイよ⁉︎うわっ、とと!」
単純な動きながらかなりのスピードで切りつけてくるバニル()の動きに、ルミはなんとなく既視感を覚えていた。
「なんか、っ!マスクさんの剣…!バニルが取り憑いてたダクネスの動きに似てる!…はっ!もしかして…ダクネスの親戚⁉︎」
ルミの後ろの方でカズマがずっこけているが、特に誰も気にしていなかった。
「まあ、無関係ではないと言っておこう。ところで、話している余裕はあるのか?」
「う、くっ!」
数度の剣撃を鉄扇で弾き続けていたが、少し切りつけられて頰に血が流れる。ルミはそこからなんとか一度距離を取り、ついでとばかりに何射か矢を射た。バニルは多少驚いたようだが、全て弾かれるか、避けるかされてしまい、命中はしていなかった。
「やっぱり強い…!」
「そちらこそやるではないか。先のは我輩でも肝が冷えたぞ。」
「…それでも、技術じゃ勝てそうにないかな…」
「では、我輩にどうやって立ち向かう?このままでは我輩が勝つのも自明だ。」
ルミは背中に背負っていた大きな鉈を両手で構え、バニルに向かって走り出した。
「力押しでは通じんぞ?」
「そんなこと考えてない、よ!」
当然、ルミの大振りの攻撃は剣で防がれる。だが、それだけでは終わらない。
「弄雷…雷針召喚…!」
「これは…⁉︎」
ルミが二言ほど唱えると、バニルの左右を挟み込むように電気を纏った柱のようなものが雷鳴とともに現れた。
「ぐっ…⁉︎これは、電気か…!」
「離れさせない!キリポン!」
ルミが一枚の札をバニルの前に投げつけながら距離を取ると、その紙が煙とともに表現が難しい何かになった。出現したキリポンという物体は腕のような部分でバニルをつかんだ。
「マスクさん、まだ続ける?」
「…ふむ、まあ、ここから動くことも別にできなくもないが…我輩はここで降りるとしよう。いや、しかし思っていたよりも強いものだ。」
そう言いながら仮面になぜか貼っていた紙を取ると、下には2を表す文字が…
「あれ?バニルだ。…え⁉︎バニルだったの⁉︎」
「今さら⁉︎」
カズマが耐えきれずに突っ込むが、場所も遠いので特に反応を返す人はいなかった。
『な、なんとマスク・ド・Vさんはバニルさんだったようです!全く気付きませんでした!』
「ウィズもかよ⁉︎」
なお、最近カラス退治などで評判になっていたからか近所の奥様方などは特に驚いておらず、やっぱりあの人だったわね、といった反応だ。普通なら仮面を見た時点で気がつきそうなものだが。まあ、それは置いておくとしてルミとバニルは観客席へ向かいながら話していた。
「もしかしてバニルの剣ってダクネスに乗り移った時の?」
「うむ、少々参考にはしたな。賞金も欲しかったのだが、ルミがそこまで回復しているのなら問題なかろう。」
「え?どうして?」
「最近ルミの薬が入荷していなかったので魔道具店の人気がストップ安なのだ。当然売れるものもなくてな。隠し貯金にも手を出す必要が出て来る始末だ。」
「隠し貯金?」
「目に見えるところに金があるとあのポンコツ店主がネズミを捕まえた猫が如くガラクタを買って来るのでな。今進行の司会をしているのも、我輩がギルドに勧め、その報酬を受け取るためだ。」
『それでは準備が整いましたので次の試合を…』
「あー…」
「しかし、見た所腕は治ったようだったのでな。ルミが薬を入荷してくれればまた盛り返せるだろう。」
「あ、お金がなんとかなりそうだからまだ動けるけど降参って言ったんだ。」
ある意味いつも通りのウィズ魔道具店の様子で安心しつつ、試合の方を見た。そこには大剣を持った青年が対戦相手を翻弄しているのが見えた。というか見覚えがあるようなないような。
「…うーん?なんだっけ?」
「ルミ、お帰り。バニルも…ん?どうかしたのか?」
「いや、なんかあの剣持ってる人見たことあるような気がして。」
「ん?…あー、あれはアクアの湖の浄化に付き合ってから帰ってきた時に文句言ってきたやつだろ?てっきり王都に行ったもんだと思ってたけど。」
「んー…あっ!カズマをバカにした人だ!」
そこまで聞いてルミも思い出した。
「いや、まあ俺も色々仕返しだからもういいんだけどな。だけど、見てる限り強さは本物だな。ルミの次の対戦相手で決まりっぽいな。」
「ふむ…まあおそらくなんとかなるだろう。さて、我輩は帰るとするか。」
「バニルは見ていかないのか?」
「汝のところの神に気付かれるのが面倒なのでな。」
そうしてバニルは魔道具店の方に向か…わずにまずギルドの方に歩いて行った。ウィズを(無理矢理)司会にさせた報酬を受け取りに行くのだろう。
うたわれるもの用語
キリポン…ネコネが召喚する式神。基本的に囮として使うもの。
弄雷…ミカヅチのカウンター技。うたわれるものでの発動のためには必殺技を使った後のパワーアップ状態時に敵の攻撃をカウンターする必要がある。今回は発動の仕方が違うので本来4本召喚する雷針(一本ごとに毎ターン15%のダメージを与える)が2本になり、それぞれの効力も低下している。
なお、バニルさんは本気は出していない模様