十数体のアンデッドに追いかけ回され、ルミは草原を走り抜けていつの間にやら森の中を走っていた。何度か視界から消えるように移動したりしたものの気配のようなものをたどっているらしく撒くことができなかった。
「はっ…!はっ…!ぅ…もう、走れない………こ、ここ、で、迎え撃つしか…!」
体力が多いルミでも、スピードはともかくとして疲れを知らないアンデッド相手では逃げ切れないと判断して、意を決してルミは立ち止まり、周囲を警戒しながら弓を手に取り、木の上に飛び乗った。
(ウィズがアンデッドを相手にする時は浄化するか…復活しないぐらいバラバラにしないといけないって言ってた。…前にもらったウィズの爆薬、使わせてもらうよ…)
距離はかなり空いているが、相変わらずこちらに走って来ているようだ。ルミは爆薬をくくりつけた矢で狙いをつける。
「最近はあんまり遠距離で矢を射ったりしてなかったけど…あったれ!」
百数十メートルは離れているアンデッドナイトに放たれた矢は真っ直ぐに吸い込まれていった。
「よし、当たっ………た?……あれ?」
…が、爆発は起こったものの煙が晴れると矢が刺さっただけのアンデッドがまだこちらに走って来ていた。
「………あ、あれ音と煙出るだけのめぐみんのお気に入りの宴会用のやつだ!ウィズ入れる瓶間違ってるってうわっ、あっぶない!剣投げてくるの⁉︎」
いつの間にやら木の下まで来ていたアンデッドナイトの投擲攻撃をなんとかかわして、ルミはもう一度距離を開けるために走っていった。
……………
「…役目は果たしたとはいえ、探しにも行けないなんて悔しいですね……カズマたちがベルディアを倒すまで待つしかありませんけど…」
すでに爆裂魔法を撃って力尽きているめぐみんはベルディアと打ち合うダクネスを見ながら呟いた。
「私に爆裂魔法以外の上級魔法でもあれば助けに行けたのかもしれませんね。まあ、爆裂魔法以外を覚える気はありませんが。……倒れないようにするぐらいは調整した方がいいのでしょうか。」
動けないことに多少の後ろめたさを感じているのか、めぐみんにしては弱気なことを考えている。
「…今は無事を祈るだけですね。無事でいてくださいよ、ルミも…」
……………
「…あー…厳しいなぁ………自分の血を見たの、久しぶりかも…」
ルミは倒したと思ったアンデッドからの不意の一撃で、頭から血を流していた。
「まだ死ぬわけじゃない程度だけど、これがあと何回もってなると…もっとうまく戦わないと………」
ルミは状況確認をするために周囲を見回した。
「……ここ、私たちの森……ここで呼べばみんな来てくれるけど…危険な目にあわせたくは…でも、死んじゃったら悲しませちゃうしなぁ。」
ほんの少しの時間、目を瞑ってどうするべきか考えた。
「……うん、これから私、もっと強くなって、それで心配させないようにしよう。でも、今は無理だから…頼るのは恥ずかしいことじゃない、一人で意地をはる方が恥ずかしいし、そんなことで死んだりするのは馬鹿馬鹿しいだろってカズマも言うだろうしね。みんな!お願い!」
その声に反応したのか、ルミの後ろから襲いかかろうとしていたアンデッドの足元から巨大な顎が現れて粉々に噛み潰した。
「ごめんみんな!私も頑張る!だから手伝って!」
その声に、森の至る所からギギリたちの声が聞こえて来た。
○
「な、なにを考えているのだ貴様…馬鹿なのか?大馬鹿なのか貴様は…」
鎧をビショビショにされたベルディアがよろよろと立ち上がった。周りにはベルディアにやられてしまった冒険者たちに混ざって大量の水に流されたりしてぐったりと倒れる冒険者たちもいる。
「アクア、おま、やり過ぎだ!この馬鹿!」
「馬鹿ってなによ⁉︎カズマがあいつは水が弱点だから水を出せって言うから出したんでしょ!!私を褒めてよ!ほら、私の活躍であいつも弱ってるでしょ!ほら、早く何とかして!ほら、早く行って!」
「こいつ……!お前後で泣くまでスティールやってやるからな…!さあベルディア!今度こそお前の武器を奪ってやる!」
「ふん、やれるものならやってみろ!弱体化したとはいえ、駆け出し冒険者ごときのスティールで俺の武器はとらせぬわ!」
「スティール!!!!」
カズマの手のひらに光が集まり、それを見た他の冒険者たちはベルディアの方を見た。しかし、その手にはいまだに剣が握られていた。すでにデュラハンは俯瞰視点で戦場を見るために頭は上に投げられており、隙もない。
………はずだった。
「あ、あの………その……………」
「ん?」
「首……返してもらえませんかね…?」
カズマの両手にはベルディアの頭があった。それを見たカズマは下手すれば悪魔より悪魔らしい笑みを浮かべてから起き上がり始めた冒険者たちに声をかけた。
「おいお前らぁぁ!!サッカーしようぜー!サッカーってのはなぁ、手を使わず、足だけでボールを扱う遊びだよおぉぉ!!!」
「あ、あぁ!ちょ、やめっ!いだだだだ⁉︎」
カズマがボール(頭)を蹴り入れると、冒険者たちはさすがに運動神経がいいのか、うまく地面に落とさずにそれぞれがボールを回している。ベルディアの体は、頭がそのような状態では動かすことはできないようだ。
「ほら、ダクネス。やられちまったやつらに代わって一太刀浴びせたいんだろ?」
「はぁ、はぁ……これは、お前に殺された、私が世話になったあいつらの分だ!何度も斬りつけるつもりはない!受け取れえぇぇ!!!」
ダクネスの怒りのこもった一撃によってベルディアの鎧には大きな傷がついた。
「よし、魔王の加護とやらを受けた鎧は壊れたな。アクア!後は頼む!」
「任されたわ!セイクリッド・ターンアンデッド!」
「ちょ、待っぎゃあああぁぁぁぁぁぁ!!!」
かくして、街の門の前の激戦は終わった。
……………
「なにをしているのですかダクネスー。」
「祈りを捧げている…デュラハンは不条理な処刑で首を落とされた騎士がアンデッド化したものだと聞く。モンスターになりたくてなったわけではないだろう。一太刀を浴びせた私がするのでは足りないかもしれないが、せめてな…」
「そうですか…」
「それに……」
ダクネスは今回の戦いで死んでしまった冒険者の話をしだした。馬鹿にされたことばかりだったが、あんな奴らでもいなくなるのは寂しいものだと、ダクネスはしみじみと思い出しながらめぐみんに話していた。その後ろにはなんとも言えない様子で数人の人が立っている。カズマは、まあダクネスならほっといていいだろうと思いながら、蘇生魔法を唱え終わったアクアに声をかけた。
「さて、アクア、まだ余裕あるか?」
「あるけどどうしたの?」
「ルミを探しに行くんだよ。親玉のベルディアは倒したから、こいつの配下のアンデッドナイトたちも動かなくなってるだろうが怪我でもして動けなくなってたらやばいからな。他の冒険者はまだきついだろうし、回復魔法を使う余裕があるのはお前だけだ。頼んだぞ。」
「ええ、任されたわ!」
「じゃあアクアお願いねー。」
「うおっ⁉︎ル、ルミこんなとこに……って大丈夫か⁉︎」
後ろから声をかけられたカズマがそちらを見ると、ギギリの上に乗った、顔に血をつけているルミがいた。今はそこまで流れていないが、かなりの量が流れたようだ。
「ああ、うん。見た目ほどじゃないよ。頭の怪我は血がたくさん出るからね…血が足りてなくてちょっと今は力入らないからぎりむーに乗せてもらったんだ。」
「アクア!回復魔法だ!」
「わかったわ!ヒール!」
「ありがと、アク、ア……」
「ルミ!…いや、気を失っただけみたいだ。」
「魔法でも血が足りないのは安静にするしかないわ。しばらくそっとしておきましょ。」
「えっと…ぎりむーって言ったか?俺たちが看病するから森に戻って大丈夫だ。ルミには俺たちが話しとくよ。」
「よかったじゃないですかダクネスー。みんなが無事でー。」
「うぅっ………こんな羞恥は私が望むすごいことではない…!」
「あ、ルミも無事だったようですよ。」
「そ、それはめでたいが…」
「な、なあ、お前ら。ダクネスに一杯ぐらい奢るか?なんてーか、あんなこと言われてなんもしねえのもなぁ?」
「そ、そうだな。ど、どうだダクネス…」
「お前たちはしばらく話しかけるなぁ!」
「やれやれ。私たちのパーティーは締まりませんね。まあ、そこがいいのですが。」
○
ベルディア討伐の翌日。馬小屋から出たカズマとルミはギルドに向かっていた。
「いやー、ごめんねカズマ。背負ってもらっちゃって。」
「気にするなよ。ルミはめぐみんより軽いしな。」
「おい、私が重いかどうか、そのことについてちゃんと話そうじゃないか。」
「あ、めぐみんおはよー。」
「ようめぐみん。別にお前が重いってわけじゃないぞ。ルミの方が普通に小さいからそう思っただけだ。」
「…その言葉に他意がないなら別にいいですが…ルミはまだ立てそうにないですか?」
「多分ふらふらになるかな。というか、朝立てなかったんだよね。まだ貧血なんだ。」
「まあ、そんな訳で俺がこうして背負ってるって訳だ。めぐみんはギルドで騒いだりしなくていいのか?ベルディア討伐の騒ぎで酒盛りとか始まってるだろ。アクアももう行ってるはずだし。」
「アクアとダクネスが私にシュワシュワを飲ませてくれないのもあるので、気になってましたしルミの様子を見に行こうかと。」
「そうなの?ありがとねめぐみん。あ、そのダクネスとかは?」
「ダクネスもギルドの前で待ってますよ。アクアは中で宴会芸を披露してましたけど。」
「アクアは相変わらずだね。」
「あいつ曰く、人を癒すのが女神としての仕事だとか言ってたな。人を楽しませるのは管轄外だと思うんだが。」
「それにしても、アクアは名前が同じだからって女神だって名乗るのはどうなんですか?エリス様じゃないだけいいですけど、アクシズ教徒の人が黙ってないと思うんですけど。」
「アクアのことだし、宴会とか開いてみんな仲良くなったりするんじゃないかな?…あ、カズマ、ギルドへの道通り過ぎたよ?」
「ん?ああ、ありがとな。お?おーい、ダクネスー!」
「ああ、おはよう二人とも。一先ず目が覚めたようでよかったぞ、ルミ。カズマとアクアから気を失ったと聞いて心配していたんだ。」
「やっぱり心配かけちゃってたね…ごめんね。」
「ルミはいっつも色々気にしすぎだって。俺たちは気にしてないぞ。」
「でも、みんなに心配させないぐらいには強くなりたいしなぁ…まあ、今回は油断しちゃったのが悪かったんだけど…」
「アンデッドの死んだふりなんてダンジョンもどきと同じレベルで見分けがつきませんからね。カズマも覚えてる盗賊の敵感知スキルがあればわかるんですけど。」
「まあ、ギルドの前で長話するのもなんだ。中に入って話そう。」
「それもそうだね。カズマ、出発っ!」
「はいはい。」
「こうしてみると、パーティーメンバーっていうより兄妹ですね。」
「おー、カズマにルミじゃないの〜。ほらほら、二人も飲みなさいよー。」
「おい、お前もう出来上がってんのか。」
「アクアお酒臭い………」
「そういえばルミはあまりギルドで長時間居座ることもないですしシュワシュワとかは苦手そうですね。」
「味は飲んだことなくて知らないけど臭いが苦手なんだよね…私が自分で作ってみたりしたのは臭いはあんまりないやつだから大丈夫なんだけど…」
「ん?そんなのあったのか?」
「あー、そういえば言うのも忘れてたよ。家に置きっぱなしだったなぁ。まあお酒って置いといていいものだし大丈夫だよ。…多分。……アクアに飲んでもらお。最悪浄化されると思うし…」
「まあ、あいつのことだから酒って聞けば飛んでくるだろ。」
「今お酒の話が聞こえてきたんだけど?」
「…回収早すぎだろ。」
「あーら、ルミにカズマじゃない遅かったわねぇ!もうすでにみんな出来上がってるわ!ほらほら、みんな報酬金は受け取ってるわよ!ほら、もちろん私も!見ての通り結構飲んじゃってるけどね!」
「うぐ…アクア、お酒臭いよ…」
「お前、完全に出来上がってんじゃねぇか…まあ、とりあえず行くか。…すいません。」
「あ、サトウカズマさんですね。えっと、ひとまずは他の方々の報酬になります。」
「あれ?俺のは?」
「あの……ですね…実はカズマさんのパーティーには特別報酬が出ています。」
「え?なんで俺たちが?」
「何言ってんだMVP!お前らがいなきゃデュラハンなんて倒せなかったんだからな!」
そんな声がギルド中に広がり、みんながカズマたちを褒め称え始めた。
「カズマたちすごいってみんな言ってるね。私は逃げてただけだったけど…」
「アクアについていったアンデッドは私が爆裂魔法で吹き飛ばしたんですけど、正直な話、範囲的に結構ギリギリだったんです。ルミが引きつけてくれてなかったら倒し損ねたアンデッドの被害が広がっていてアクアの蘇生魔法の手が回らなかったかもしれません。ですので、ルミも私たちと一緒ですよ。」
「そうだったんだ…役に立ててたならいいんだけど。」
「そういうわけで、カズマさんのパーティーには、魔王軍幹部ベルディアの討伐報酬として、三億エリスを贈ります。」
「「「「さ、さんっ………⁉︎」」」」
「…?めぐみん、三億エリスってどれぐらい?」
「え、それは…うまく使えば一生働かなくていいぐらいですけど…」
「そうなの?」
「おいおい三億ってなんだよカズマー!」
「奢ってくれよカズマ様ー!」
報酬額を聞いて、一瞬シンとしたギルドの中はたちまち大騒ぎになった。
「めぐみんにダクネス。一言言っておく。これから冒険の頻度は減るからな。せっかく大金が手に入ったんだから楽するぞ。」
「な、何を言っているのだ!」
「そうですよ!我が爆裂魔法が最強であるという証明が出来ないじゃないですか!」
「しません!」
「強いモンスターとあんなことやこんなことをしに行けなくなるじゃないか!」
「行きません!」
「魔王を倒してくれないと私困るんですけど!ヒキニートに戻っちゃうの?」
「戻りませんニ、ニートじゃないから!」
「…?ね、ね、カズマ。ルナさんがまだ何か言うことあるみたいだけど?」
「え?」
「えっとですね…その、アクア様が出した水で入り口付近の家が流されるなどの多大な洪水被害が出てまして…幹部討伐の功績もありますし、全額とは言わないので少しでも払ってくれ、と………」
「………三億………四千万………」
「「………」」
「お前ら逃げんな。」
「…す、すまねえなカズマ。今日は奢ってやろうか?」
「な、なんなら…アレだ。その、手頃なクエストでも探してきてやろうか?」
口々に大量の報酬に対して騒いでいた他の冒険者たちは気まずい顔をしながらカズマを哀れんでいた。
「カズマ、明日は金になる強敵相手のクエストに行こう!」
「ダクネスお前………はぁ………」
「………ん?」
状況が報酬額あたりからよくわかっていないルミは一人、首を傾げていた。
多分しばらく時間が経ってから読み返したら悶絶するんだろうなーとか思ってたり。
VSベルディア戦はもっと書いてもいいかなとは思いつつこれぐらいでスルーして行こうかと思います。
今回のうたわれるもの用語もないと思われ。