深い森の中を二人の男女が歩いていた。二人とも方向性は違うが、この世界ではあまりにも浮くであろう服装をしている。
「ちくしょう…なんでこんなことに…」
「こっちのセリフよ…」
「女神ならなんとかしてくれないのか…町がどっちかわからないのか?」
「わかる訳ないでしょ。そもそも私がここにいること自体想定外なんだから…」
「…現れる場所がずれたのは俺が組みついて暴れたのがまずかったか…?」
「そうよ!もともと悪いのはあんたなんですけど!」
「その前に俺を怒らせて暴れる理由を作ったのもお前だろうが!」
『ガサガサ…………』
「「ひっ⁉︎」」
言い争い始めた二人は近くの草むらから音がなり、そちらを凝視する。少なくとも小動物が通ったような音ではないのは素人でもわかる。少しして、草むらをかき分けて黄色い大きな蟲が現れた。ジリジリと近寄りながらガチガチと牙を鳴らしている。
「な、ななな、なんなのこいつー⁉︎ちょっと、何とかしてよ!」
「お、お前知ってんじゃねぇのかよ⁉︎この世界を見ることぐらい訳ないはずだろ⁉︎」
「そりゃこっちの世界も見れるけどこんなの数年前に見たときはいなかったはずよ!」
「武器も何もねぇのにどうすんだよこれ!」
今にもその蟲が飛びかかろうとした時
「待って!襲っちゃダメ!」
どこかから聞こえたそんな声に、蟲は動きを止めた。
「え?」
「な、何だ?今の誰だ?」
「私です!」
二人の疑問に答えるように大声をあげて上から現れたのは弓矢を背負った小さな女の子だった。木の上にいたようだ。互いに数秒間固まるが、その女の子が男の手を握った。
「えっ⁉︎」
「大丈夫ですしたか?大丈夫そうですね!とりあえず私の家に来ます?来ますよね?さあ、さあ!さあ‼︎さあ!!!」
「い、いやいや、ちょっと待ってくれ!まず話を聞かせてくれないか⁉︎」
「あっ…ごめんなさ…その…人と会うの、久しぶりというか初めてで…あの、その…その…!あうっ⁉︎舌がぁぁぁぁ⁉︎うわああぁぁぁ!!!」
「お、落ち着け!口からの血とか涙とかで大変なことになってるから!ほら、まずは深呼吸を…!」
「フー、シュ〜。」
「そっちは収拾つかねぇと思った瞬間そっぽ向いて吹けもしない口笛吹いてんじゃねぇこの駄女神がぁぁぁ!」
「駄女神ってどういうことよ⁉︎どっからどう見ても女神でしょ⁉︎」
「あわ、わ、私のせいでこんなことに…!こ、こここ、こうなればここで切腹すればすべての事態の収拾が…!」
「つくかぁぁぁぁぁ!頼むから落ち着けえ
えええぇぇぇぇ!」
普段は静かなはずの夕方の森で、それはそれは大きな声が響いた。
数分後………
「はぁ…はぁ…はぁ…」
「ごめんなさい…その、お騒がせしました…」
「それで、あなたは誰なの?」
「えーっと……名前は、ルミって言うんだ…ですけど、それ以外はあんまりわからない…です。」
「ええ?どういうことだ?あ、俺の名前はカズマ。んで、こっちはアクアな。」
「三年ぐらい前に気がついたらこのあたりにいて、みんなに助けてもらったり、なんでか使える弓矢で動物を狩ったりして生きてたんだ。…ました。」
「みんなって…あの黄色いやつか?」
「そう…でふ痛っ!」
「…慣れてないんなら別に敬語使わなくてもいいんじゃないか?そこまで噛み噛みだと無理させてるみたいでな…」
「じゃ、じゃあそういうことで…」
「ん?アクアはさっきからルミのこと見つめてどうしたんだ?」
「…なんか見覚えある気がするのよね…」
「見覚え?…ってことは転生者かもしれないってことか?」
「うん、そうなんだ。前世のことは何も覚えてないけど、転生したのかなってのはなんとなく頭にあったよ。」
「転生…それなら、どうして記憶とか、失っちゃってるのかしら…」
「………なぁ、知識を頭に入れるときに頭がパァになるかもって言ってたよな?もしかしたらそれなんじゃないか?」
「…ありえなくもないわね…」
「前の私のこと知ってるの?なら教えてほしいな。少し会ったことがあるだけならその時のことだけでもいいから。ね、お願い!」
「…ちょっと待って…今思い出してるから…………………あ、そうよ!思い出したわ!確か、兄だったか誰かがやってたゲームの中に出て来てた能力を特典に選んでたはずよ!見てて面白そうだったからって。後は…あげた特典以外はあまり思い出せないわ…」
「能力を特典って、登場人物の技とかってことか?」
「多分そんな感じの特典だったはずよ。ゲームの名前は聞き覚えがなかったから思い出せないんだけど…」
「じゃあ、私が弓矢を使えるのもそういうことなのかな?」
「まあ、初めて触ったんならまともに飛ばすことすらすら難しいだろうからな。あぁ、あと黄色くて大きいあの蟲のこともあるし…ってなると、他にも色々できることあるのか?」
「住処にしてるところに私が使える武器がいくつか置いてるよ。刀とか、鉄扇とか…」
「刀はまだしも鉄扇って…転生特典とはいえ器用なもんだな…」
「そーいえばカズマたちはこんなところでどうしたの?私は足に少し自信あるからいいけど、そんな護身用の武器も持ってない軽装だとこの森に入ったら死んじゃうよ?」
「死っ⁉︎あ、いや、ここに来たのは事故っていうか…そうだ、町!町を探してたんだ!転生する時って町の近くとかに着くはずなんだけど、俺が転移の時暴れたからか森の中に送られたんだ。」
「自業自得?」
「ええ、その通りなのよ。私は何も悪くないのよ?」
「事情を知らないやつを味方につけようとするな!だいたいな、お前が…」
そうしてまた言い争いを始めてしまい、ルミは話に入れなくなってしまった。
「………ぎぎりん、とりあえずもう自由にしてていいよ?今日の分のご飯も獲れたし。この人たちのこと知らせてくれてありがとね。」
ルミにそう言われた蟲は再び草をかき分けて姿を消した。少し時間が経っても、カズマとアクアはまだ怒鳴りあっている。
「…暇だなー…」
○
「うえぇぇん…酷いわあんまりだわ…こんな初対面に近い状態から役に立たないだの穀潰しだの…女神に向かって…人に向かって交流も無しに何も知らないうちから言っていいことじゃないわよぉ!」
「ソウダナ。ところで聞きそびれてたんだがルミはどうして助けてくれたんだ?」
「ぞの淡白な返事はなんなのよぉー!」
「ん?それは…なんでだろうね?なんか迷ってる人たちがいるって聞いて…うーん?…というかカズマたちって危なかったの?」
「は?いや、だってあの蟲に…あ…」
「あの子たち、私の友達だし、少なくとも人は襲っちゃダメって言ってるけど?」
「…危なく、なかった、のか?…ん?」
「マッチポンプってやつかな?」
「いや…それっぽいのを仕掛けた本人がそれ言うのはどうなんだ?」
「仕掛けたつもりはないよ。いつもみたいにみんなで食べ物探してパーティーしよー!ってなってたところで偶然見つけただけだからね。」
「いや、パーティーって…蟲…と?」
「そんな怖がって呼んであげないでよー。確かに見た目は人間と違うけど、可愛いと思わないかな?」
「…ソ、ソウダナー」
「そうだよね!可愛いよね!あ、ギギリっていう種類の子たちなんだけど、名前の響きも可愛いし…」
「…お、おう…それぞれ名前とかあるのか?」
「うん、それはもちろん。二人の前に出て来た子はぎぎりんだよ。ちょっとやんちゃな子で、さっき二人にやってたみたいにみたいに私を驚かせることもあるんだ。」
「ぎ、ぎぎりん?」
「あと、きぎぼうとか、ギギッシュとか、ぎりむーとか…体が大きいぼろみあっていう子もいるよ。」
「…愛称みたいなもんだよな…多分…」
「あ、それはいいとして、もう夕方だよ?さっきも言ったけど、私のお家に来た方がいいと思うよ。夜は活発になる動物もけっこういるし。」
「げ、まじか…ルミのほうがいいならそうしたいが、いいのか?こっちはあてもないから是非ともって感じなんだか…」
「もちろんだよ!大丈夫じゃないなら誘わないよ!やった!初めてのお客さんだ!」
「はは、そんなに喜ばれることじゃないって。こっちがお世話になるんだから。ん?そういやアクアは…」
カズマと、それにつられるようにルミも後ろを見ると、アクアが二人の方に視線を向けていた。…と思えば二人に見られた瞬間また泣き出した。
「おい。…お前…構って欲しいだけじゃないだろうな?」
「ギクッ…う、うえぇぇ?」
「おい、こっち見てたろ。今ギクッて言っただろ!」
「ふー、フー…」
「だから吹けてないしごまかせてない!」
「と、とにかくルミの家に呼んでもらったんだから早く行きましょ!ルミ、私は悪くない。オーケー?」
「オーケー!ズドン!」
「なぁ、そのやりとりどっかで見たことある気がするんだが気のせいか?誘導したんじゃないだろうな?」
○
軽くいざこざはあったが、なんやかんやでルミの家までやって来た。小さめのログハウスのような見た目で、どことなく手作り感がある。
「いらっしゃい!ここが私のお家だよ!」
そう言って家の中に二人を入れる。
「これは…なんていうか…」
「狭いわねー。」
「お前また失礼なことをズカズカと…いや、俺の時点で馬鹿にしたしお前の性格だよな…でも、確かに外からの見た目よりだいぶ小さいような気はするな。」
入り口から入ってすぐの部屋は、家の外観の約三分の一程度しかないように見える。そもそもそこまで大きいものではなかったので余計に小さく、本当に最低限の広さしかない。
「あ、それはこっちの部屋にほとんどスペースを割いてるからだよ。」
そう言いながらルミは二人を手招きする。扉の前まで二人を案内すると、自信満々に扉を開いた。
「ジャーン!」
「これは…風呂か?」
「うんっ!私がこだわれるだけこだわった特製のお風呂!木とかも香りとか防腐性とかもちゃんと考えて選んだんだ!」
「この辺に温泉湧いてるのか?」
「ううん、湧いてないよ。でも、水なら湧いてるからそれを沸かしてるかな。ほら、ここに石でできた穴とスペースがあるでしょ。半分ぐらいは…何だっけ?…ああ、そうそう。五右衛門風呂と同じ仕組みかな。水が湧いてるところから引いて来ていつも水が溜まってるようにしてるよ。溢れちゃってても無制限に湧いてくるから大丈夫だし。」
「その割には、火をつけるための木がないような気がするんだが、その度に木を切ってたりするのか?」
「それは…ちょっと待っててね。」
ルミはさっきの部屋に戻り、棚からゴソゴソと中のものを取り出してきた。
「紙か何かを燃やすのか?」
「紙は使うけど、ちょっと違うかな。ほら、いろいろ書いてるでしょ?これを、この浴槽の下に入れて…」
「入れて?」
「夕星!」
ルミが腕を複雑に動かしつつ唱えると、浴槽下にいれた札から炎が発生した。
「おお、すげーなこれ!札があれば炎を出せるのか?」
「うん!札を作るのが大変だけどね。使おうと思えば罠とかにもできると思うよ。炎で囲んでみたり。まあ、普段の狩りの時にそれをすると焦げすぎちゃったりするだろうから使わないけどね。火力の調整はあんまりできないんだ。お風呂に使うぶんには水を追加すれば調整できるからいいんだけど。あ、ちなみに杖とセットで使ったほうがやりやすいよ。」
「ルミが選んだゲームの能力って、使い勝手良さそうなやつが結構あるんだな。弓矢とかも狩りには役立ってるみたいだし。」
「そういえば、結構な情報量があった記憶があるわ。能力の付加に少しだけど珍しく時間がかかったもの。もしかしたら記憶が飛んだのはそれもあるかもしれないわ。普通はあることじゃないけど。あ、でも天界規定にあるけどその辺りはクレームがあっても対応できないから。」
「へー、そうなんだ。」
「その規定大丈夫なのか…?」
「あ、とりあえずお風呂はあったまるまで時間がかかるから後にするとしてご飯にしよっか。」
○
「夕星!」
「料理とかで火を使うときも使うんだな。」
「まあ、お肉とかだと火を通さないとお腹壊しちゃうかもしれないからね。火加減できなくてたまに焦げるけど。まあ、ぶつ切りにしてるから焦げても外だけだから大丈夫だよ。中まで火が通るようにはしてるしね。」
「…見た目がフランベだもんな。フライパンごとの…」
「ルーミー!まだできないのー?」
「まーだでーすよー!」
「お前も少しは手伝えよ…」
「て、手伝うからそんな目で見ないでよ!」
「じゃあ、アクアはそっちにある緑茶をいれて机に持っていっといてよ。先に飲んでてもいいから。」
「わかったわ!」
「俺は…皿を出したらもう手伝うことはないか?」
「そだね。まあ、ゆっくりしといてよ。お客さんなんだからさ。」
○
「はい、完成だよ!」
「これは…なんつーか、豪快だな。美味そうだけど。」
並べられた不恰好な皿の上にはぶつ切りにされて焼かれた肉と野草が乗っていた。
「今日はお肉と野草しかなかったからね。日によっては川まで行って魚を捕って来たりもするけど。あ、適当に手で持って食べちゃってね。いただきま」
「はむ。…美味い!お酒が欲しくなるわ。」
「…カズマカズマ。」
「カズマだよ?」
「いただきますも言わずにおっさんみたいなことを言ってるアクアってホントに女神なの?」
「…認めたくもないが事実だよ…イライラしたとはいえ、何だってこんな駄女神を転生特典にしちまったんだ…」
「ん?何か言った?」
「なんでもないぞー。じゃあ俺もいただきます。…おお、シンプルだけど美味いな。いや、なんていうか本当に悪いな…」
「いいよいいよ。美味しそうに食べてくれるなら作った甲斐があるしね。」
「…はぁ……ルミが女神だったら良かったのに…女神チェンジってできないのか…」
「あはは…それはできないんじゃないかな…」
「だよな…」
ルミが「ジャーン!」って言ったところ、多分(≧▽≦)こんな顔してる。
うたわれるもの用語
ギギリ…黄色くて大きな蟲。そこまで強くない。
ボロギギリ…青くてもっともっと大きな蟲。ただ、アニメだと赤い?偽りの仮面では初のボス。ただし逃げ切れば勝ち。二人の白皇にも数ステージ登場。
夕星…ネコネというキャラクターの攻撃技。成長すれば烈火の陣が残るようになるなら火種にしたっていいじゃない。