MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説   作:歩暗之一人
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決戦。

セリフは脳内再生余裕ですよね?


MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説 5

五章 カク


だけどそれは見せかけなんだ。自分勝手な思いこみなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはず無いんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を見捨てるんだ。
でも、僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは…本当だと思うから。

―――――『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』 碇シンジ





<死ぬな! ボス!!>
いつか聞いた言葉を、あの時よりもはっきりとした声でミラーが叫んでいる。
<どうなっている!>
これも、いつか聞いたのと同じ言葉だ。BIGBOSSに向けられた祈りと自身の焦燥、憤怒、恐怖が同化した絞り出すような声。
俺自身の身体が感じているのは、これもまたいつか感じた熱。運命というものがあるのなら、今のソレを決定づけたあの日のあの熱。爆発の衝撃からかけがえのない仲間を守ろうとしてとっさに躍り出て、その悲哀の炎熱を全身に浴びた。一瞬で身体が溶ける錯覚、喘ぎ求めても得られない酸素、形を持った異物が全身に深く刺さる痛み、痛み、痛み。あの時と同じ熱を、また感じている。
ただ一つ違いを挙げるなら、これは悲哀ではなく報復にかられた憤怒と憎悪の炎だ。
頭は霞がかったように不鮮明で、耳鳴りが聴覚を支配し、口の中は血の味がする。そのうえ視界に映る世界からは血の気が失せたようだった。必死に頭を働かせ情報を、記憶を整理する。
俺はなぜ、地べたに這いつくばっているのか。

















世界には、境界がある。
それは目に見えるものとそうでないものがあるが、人間にとって大事なのはおそらく後者だろう。人間が自分勝手に決めた境界や、暗黙のうちに定める線引。それは無くてはならないものだ。だがそれを意識しているのと無意識にただ簡便法に任せてやり過ごしていくのは違う。善悪や正誤の問題ではない。ただ多くの人はそれを無意識下で峻別し日常を送るが、意識して着目することで異なる視点を見いだせる。俺が尋問や洗脳、催眠を得意とするのはこのあたりが理由だろうと自分でも思う。境界を見るということは、世界の、あるいは対象の輪郭を捉えるということだ。そうすることで相手の姿形を明瞭に捉えることができる―――つまり、相手のことをより明確に理解し、弱点となる綻びを見出す事ができるのだ。尋問においてこのスキルは重宝する。脆弱な箇所を必要最低限の時間と労力で。効率よく、無駄なく。それが美学だというなら、たしかに俺は酔っているのかもしれんな。

そして今回、コイツに求められるのはそんな能力だ。
大脳と小脳に分けてつくられたAIは思考し、行動することができる新時代の可能性の化身だった。だが自分で思考する力は、時に操る側の意図しない行為に及ぶ原因にもなる。可能性という言葉は良い意味で語られがちだが、未知の可能性は不確定要素という側面を併せ持つ。自らの力で未来を選択する力は、兵器には必要とされない。むしろ目的を阻害するバグだ。摘み取られることによって初めて意義を持つ可能性。それはもちろん、『誰にとって有意義なのか』で変わる話ではあるが。一部の権力者たちは、それを実例として知っていた。1974年11月23日のニカラグア湖で起きた、奇跡という名の動作不良を。
だからこそ、思考を取り除き、目的を達成するために最適化するためだけに演算を行うAIが求められた。
兵器にとっての目的とは敵対する対象の無力化。使い手の都合や環境への配慮など二の次だ。ある時は前線を走り回る歩兵を物言わぬ肉塊にし、ある時は戦場を蹂躙する重戦車をただのクズ鉄に変え、そして極稀に、世界を救うほどの力を持った優れた個でさえも屠らねばならない。
そのための最適化の思考とは、相手の輪郭を把握しより深く分析し弱点を見つけ出し最低限の出力で相手を無力化すること。
言い換えれば、自分と相手を含む、世界の境界を知る事に他ならない。
コイツにはそのための調整を、あの巨人を再び打ちのめすための情報を与えた。まあ、コックピットを狙うような真似はさせないように条件付けはしてあるが。
すでにボスが敵地に潜入しているが、どうやら作戦は第二段階にシフトせざるを得ないようだ。コイツにもおそらく出番が回ってくる。

ただ無事に作戦を成功させたとして、いま4機のヘリでワイヤーにぶら下げて運んでいるコイツに加えてあの巨人も持ち帰らねばならないとなると一体どれだけヘリが必要になるだろうか。そして戦闘によって失う数も考慮しなければならない。子供たちの回収も考えれば更に必要だろう。それもうまくいくかは、たった今ボスと闘い、そして敗れた男にかかっている。俺はヤツのことは詳しく知らない。会話を聞いた限りでは『勝利まで永遠に』戦い続ける機械のような化物かと思ったが、どうやらそれだけではないらしい。ボスがそう判断し、事を任せたのならばそれに従うのみだ。話もついたようだ。そろそろこちらから連絡しよう。
いよいよ決戦だ。






















<ボス、作戦の第二段階の準備は順調だ。『ダイアモンドドッグズ』全隊、目標地点へ向かっている>
オセロットから連絡が入る。指示を出すまでもなく、作戦の第二段階への以降が必要であることを把握し隊を率いているようだ。
「了解。アレはどうだ」
<バトルギアも輸送中だ。調整も完了している。そちらにつき次第支度は済ませる>
この作戦はブリーフィングで計画したとおり二段構えになっている。まず、俺個人がいつも通り単独で潜入し子どもたちを回収、サヘラントロプス起動前に全てを片付けることを目標とした潜入と対象保護、障害排除のフェイズ1。そしてサヘラントロプスの起動を阻止できなかった場合、ダイアモンドドッグズ全戦力を投入した全力戦闘による怪物の討伐に臨むフェイズ2に移行する。
もう猶予はなかった。おそらくXOFがすでにイーライ達を発見し本隊の展開を進めているだろう。巨人の覚醒も避けられない。向けられた銃口が火を噴くまで―――そしておそらく緑が焼け落ち死臭が蔓延し報復心が解き放たれるまで、そう時間はない。ナイフによる擦過傷を押さえて走り出す。その痛みを薬で誤魔化す事すらせずに、視界の端々が赤く染まったままで。

――あの時を思い出す。
世界を全面核戦争の混沌に叩き落とすまでの秒読みが刻々と進んでいたあの緊張感を。
助け出すべき目標がいて、俺は敵地に一人、時間的猶予はなく、すでに潜入は露見し、マザーベースからのバックアップと、駆けつける仲間たち。
そして立ちはだかる怪物。人の世をたった一体でひっくり返せるほどの脅威。
後にピースウォーカー事件と呼ばれた、平和を問うた災禍の引き金。

俺はあの時銃弾の嵐をかいくぐり、ガンシップさえ堕としパスのもとへと走ったはずだ。
そしてザドルノフの真意を知り、敵に囲まれた窮地にて仲間たちに救われた。その中にはチコも、姉のアマンダもいた。そして響き渡る『VIC BOSS』のコール。――勝利か、さもなければ死しかない。そのどちらも許されざるはずの男に染み込んでいった、勝利を約束された英雄を讃える称号。

今度はどうだろうか。子供たちは救えるか、あの巨人に勝てるのか、仲間を失わずに済むだろうか、俺は『VIC BOSS』であり続けられるだろうか。

そしてふと思う、俺は不安定だ。度重なる悪夢に記憶の混濁と欠落、そして戦場の只中でまたこんな不安を抱えて思考を鈍らせている。戦士としても兵士としても未完成すぎる。
精神を切り替えよう。走るのをやめ、一度深呼吸をする。
―――俺はBIGBOSSだ
そう強く意識する。
立ち止まることは許されない。たとえあの頭蓋に響くような頭痛に見舞われようと、記憶に疑われ足元から崩れ去る恐怖にその身が凍えても、もう二度と。


そろそろ島の中央部だ。目標は目と鼻の先。
倒木や伸び放題の野草、日光を遮るほど木々にXOFの遺体が転がり、ぶら下がっていた密林地帯を抜け、小川に面した岩場に出た。川のせせらぎとカエルの鳴き声。そして岩場の先の滝がある崖沿い、手付かずの自然の中にあって強烈な異彩を放つ人工の巨人が佇んでいた。腰の主兵装を構え、近くの岩陰に身を潜める。先の尖った木々がバリケードのように地表から突き出ている。その隙間から、巨人の足元で待機している少年兵たちの姿が見えた。イーライとともに蹶起に参加した子供たちだ。そして巨人の頭部に当たる中でも口に見える部分、その巨人を操るための操縦席に奴はいた。赤い防護服に身を包んだ少年。ここに集った少年たちの中で防護服を必要とする数少ない人物。サヘラントロプス起動前に無力化するためにもまずは接近しなければならない。岩陰から一歩二歩と歩み始めたとき、視界に別の人影が映りこんだ。白い防護服に身を包み、明らかに訓練された兵士のソレである集団行動と静かな歩みで子供達を取り囲むように徐々に包囲網を狭めていく兵士たち。XOFの本隊だ。とは言っても数はそう多くない。元々が秘密部隊であり、これまでの作戦で何人も殺してきた。挙句イーライの罠によって今日少なくない数の兵士が密林の中で自然に還ることとなった。スカルフェイス亡き今、兵員や武装の補充、指揮も満足にはいかないだろう。視認できるのは十数名程度。すべて含めても30がせいぜいといったところか。

XOFの兵たちが移動を停止した。
腰を沈め、ハンドサインで合図を送っている。確認を終え、サインを送った奴が立ち上がり木の陰から銃を構え狙撃の態勢に入る。狙いはもちろん派手な防護服に身を包みコックピットで仁王立ちしているイーライだ。
数瞬の間をあけて、呼吸を整え、引き金を引く。

一発分の銃声が崖に反響し自然の音の中に混ざりこむ。だがそれだけだった。結果は予想通りだ。マズルフラッシュと同時に、イーライの盾になるように空中に浮遊するガスマスクの子供が出現し、弾丸は無効化された。
イーライがコックピットにいる時点で臨戦態勢だったことは想像に難くない。あの子供がついている限りそうたやすくやられたりはしない。

銃声に反応した他の子供たちが飛び起きるように移動を始めた。ここからではXOFとサヘラントロプスが障害となってすぐには回収できない。子供達は防護服を着たもう一人の子供と何やら口論しているようだった。岩や木に阻まれて視界が通らず状況はうまくつかめない。
だが、まあいい。こちらは巨人の相手で手一杯になるだろうし、イーライは自分の仲間を簡単には見捨てない。それはマザーベースにいた頃の言動から予想がつく。それに子供達の事はアイツに任せてある。もはや『小さな戦士』とは呼べなくなった、デカくなった男に。

続いて複数の銃声が音楽を奏でるように小気味よく重なる。大戦時、多くのベトナム帰還兵がPTSDを発症するほど戦場は混沌と化していた。恐怖が蔓延し発砲率や命中率はわずか数パーセントで、人を殺すために精神を込めて放たれた銃弾も、その目的を果たした銃弾も決して多くはなかった。感情的に、散発的に、恐怖に泣きわめく子供のような精神に支配された人と銃はバラバラで足並みはそろわない。
しかし、ここにいるのは曲がりなりにも精鋭たちだ。放たれる弾丸の一発一発は少年の命を奪う役割を全うするために躊躇なく空を裂く。集団としての訓練も行っており、味方との連携―――リロードやカバーを計算されたそれは一種のハーモニーだ。
しかし、それらを意に介さないような無慈悲な障害がそこには顕然と存在していた。
降り止まない弾丸をすべて無力化する、第三の子供によるものと推測されるバリアはそれほどに強力だった。

XOFも現状を打破すべく動く。後方から重歩兵が合流し、ミサイルによる加重攻撃を始めた。DDの兵装にもあるGROM-11と同系統の歩兵用ミサイル兵器だ。聞きなれた射出音と豪快な爆発音が木霊する。4発程度の弾頭が直撃しサヘラントロプスの周囲を爆煙で覆い隠す。他の兵士も発砲をやめ、様子をうかがい始めた。

だが俺は知っている。歩兵レベルの火力をどれほど投入しても、今は無駄だという事を。
奴はまだ、指先一つ動いていないのだから。
以前仮説として提示されていた第三の子供の超能力におけるリソース限界が存在する説はここでもその真実味を増すこととなった。いくら強力なサイキックでも、一人の人間が行うものならば限界があるはずであり、バリアのような強力な障壁の発生と火炎の発生やコントロール、巨人を動かすといった能力を同時に使うことは不可能だろうという説明は確かに筋が通っていた。超能力なんて人並み外れた能力を人間が行使することを棚に上げてはいるが。

つまり今、サヘラントロプスを動かすことに力を割かなくて済むぶんだけ、あのバリアは強力に作用するということだ。

煙が晴れて見えたのは、先ほどと変わらぬ場所で悠々と浮遊する第三の子供と、巨人の頭部からこちらを見下し睥睨するイーライの姿だった。
そしてイーライはその台座に収まり、王の命令を待つ騎士のように片膝立ちをしていた銀白色の巨人を、遂に目覚めさせた。

サヘラントロプスの足元にまだ残っていた少年たちが慌てて走り出す。
それを配慮してか、巨人はすぐには動きださずに体の向きだけを変えて頭部機関砲を撃ちだし始めた。だがそれは十分に強力で、XOFの兵士たちは紙屑のようにちぎれ飛んで行った。
その圧に、成すすべもなく敗走する白い小人たち。運悪くも直撃をうけ左の脇腹から丸く胴体の六割がぽっかりと空いて、弾性を持ったゴムのようにぐにゃりと曲がりながらはじけ飛んだ兵士。至近弾の衝撃で鼓膜をやられ、平衡感覚を失ってふらつくことしかできない兵士。足場が崩壊し崖上から転落する兵士。足をやられた仲間を抱えて懸命に岩陰を目指す兵士。動けるもの皆が一様に逃げていた。動けぬものも逃げようともがいていた。この絶対的な力から遠くへ、遠くへと。それをあざ笑うでもなく、静かに巨人は立ち上がる。そして人がそうするのと同様に、膝を、肘を、腰を、首を曲げてためを作り、跳んだ。ジャンプした。子供が飛び跳ねるのとそう変わらない、それだけの動きだ。そうしてただ小人たちの辺りに着地するだけでそれが命を屠る厄災になる。何人もが吹き飛び、全身を打ち付ける羽目になった。

そして、歩く。
その巨大な一歩は、やはりそれだけで小さきものを簡単に殺す。
ここまで生き延び、逃げようとする命ですら、巨人に与えられた権能のごとき業火によって灰燼と化す。アフリカの集落で見た、黒く燻る肉と骨の塊――人だったものになるまで、ほんの僅かな時間しか必要としない。

そしてそれはもちろん他人事などではない。
先ほどの跳躍と、その巨大さに比例した一歩一歩が彼我の距離をすでに縮めている。
岩陰から弾かれるように走り出す。背後数メートルのところで灼熱に包まれ踊るように崩れるXOFの兵士たちを後目に。
すぐ傍を流れていた、ひざ下ほどの水深もない小川の中に入り岩陰に隠れる。
といっても目の前でこちらを見下ろす巨人に対して、それは身を守るにはあまりに貧弱な壁だった。しかしあの火炎をとりあえず防ぐ手段として最も早く最も近いものだった。そこで、数メートル先まで進撃した巨人は膝を畳み、首をもたげるようにして口を開いた。その口内に収まった少年と目が合う。こちらも岩陰から出て、その視線をまっすぐに受け止める。そして少年もまた、口を開いた。

《見ろ、あんたは必ず来る》
外部スピーカーを通して拡大されたイーライの声が周囲に響き渡る。

俺は子供の挑発に乗ってここまで来たわけじゃない。
自分たちが始めたことの落とし前をつけるために、坊主などではなく対等な一人の男とけじめをつけるためにここに来た。自分が背負った責任と役割を果たすために。

「お前はもう大人だ。好きにしろ。 だがこのままでは殺されるぞ」
《どう死んでも俺の自由だ。そうだ、俺は自由だ》

自由という言葉を噛みしめるように繰り返す。
こいつはいったいどんな意味で自由を語るのか。おそらく普通の人間が求めるそれとは異なっているのだろうという事だけは想像がついた。
そして巨人は畳んだ膝を、背筋を、首をまっすぐに伸ばした。『直立型二足歩行兵器』の名にふさわしい、立派な直立姿勢だ。雲の合間から差す光が神々しさを演出しているかのようにも感じられる。
そう、こいつはもう大人だ。自分の足で立っている。戦場という限られた世界の中で。

《親父の好きにはさせない。俺は呪われた運命を打ち破る!そのためにまず貴様を殺す!》
高らかにそう宣言し、イーライは、そしてサヘラントロプスは口を閉じた。

ここから交わされるのは言葉以外のものだ。弾丸、炎、火薬、およそ言葉とは程遠い暴力の塊。しかし打倒せねばならない。それが自ら背負った責任であり役割だ。

一度は倒した経験もある。策も講じた。そして何より、仲間がいる。不可能はない。
最期まで決して諦めることは許されない。任務の成功を、勝利をイメージしろ。俺は『VICBOSS』。勝利も死も許されない戦場で唯一勝利をもたらすイコンなのだから。

〈ボス!!〉
通信が届くのと、巨人に無数の鉛の雨が降り注ぐのはほぼ同時だった。
その瞬間を逃さず、全力で距離を取る。足元をうろつくだけで死にかねないうえにあの火炎放射器は厄介だ。たとえ炎に炙られなくとも熱は体力を削り、周囲の酸素は失われていく。

上空には作戦第二段階の主戦力、DD本隊の航空部隊が展開と同時に巨人への攻撃を開始していた。先ほどのXOFの歩兵携行レベルの武装とは比較にならないほどの重武装を的確に叩き込む。地表を走って離れていてもその振動と爆音は凄まじい。
〈こちらで時間を稼ぐ。支援班から送られてくる支援物資を受取り装備を整えろ〉

陣頭指揮をとるオセロットからの通信を聞き、iDROIDを開く。マップにマークされた場所へと迅速に移動する。
支援物資を投下するといっても現状は普段のスニーキングミッションとはわけが違う。
武器弾薬を詰め込んだダンボールがパラシュートで宙を舞っているのをサヘラントロプスに見つかれば蜂の巣にされてしまう。程よい距離と、装備を整える間の遮蔽物と時間、味方がやられないようすぐに戻れるだけの遠すぎない距離、全てを考慮した最適なポイントが設定されていた。倒れた木々と豊かな土壌を全力で駆け抜けているとちょうど十メートルほど先に物資が届いた。
巨大な岩陰という遮蔽物があり、それゆえに日光を遮られ木々の裂け目になっているポイント。ガンシップによる航空攻撃と応戦するサヘラントロプスの機関砲や咆哮が島を覆う中でミサイルやグレネードランチャー、予備弾倉といった重装備を次々身にまとう。先程までのスニーキングミッションにおける隠密性を重視したスタイルから一転、破壊をもたらすために特化した人類の英知の結晶を背負い、来た道を再び走る。

重装備のせいで先程までの身軽さは失われた。明らかに落ちたスピードに苛立ちさえ覚える。世界がスローモーションに見えてきて視界の情報が鮮明に入ってくる。先程までの密林地帯は密集する木々の広げる葉が、風のない炎天下の中差す日傘のような役割を果たし、一言で言えば蒸し風呂だった。空は曇り始めたが気温は決して低くない。この周辺はそれほどではないが木々が並び、中には色鮮やかな果実を実らせているものもある。足元は野草ばかりでなく岩石や地表が顔を覗かせ、それすらも他では見ない類のものだった。塩湖に浮かぶこの島はその特性上塩生植物に代表される独特な自然を生み出す。遠くからは重火器の爆音が響く。野生そのままの風景に爆炎に照らされ夕焼け色に染まる黒煙が立ち上る。そして目の前にはもう一つ人によって刻まれた異形が、ついさっき自分が残した足跡がまっすぐ続いている。数分前の自分とすれ違いながら仲間のもとへと駆ける。きっと暑さのせいだけではない汗が額を流れ、顔中に深々と刻まれた傷跡をなぞるように落ちていく。声帯虫対策の為に外すことの出来ない防護マスクがうっとおしくてたまらない。
この数分で死んでしまった家族はいないか、俺はまだ間に合うか――――すれ違う過去の自分には声も届かない。そもそもそんなこと自分は知る由もなかった。取り返しのつかないことが起こる前に、かけがえのないものが失われる前に、何よりもケリを付けるために、戦場へ。

先程までいた地点まで戻り、再び巨人と見える。
空を舞うガンシップを蠅のように振り払おうとする銀白色の巨人が各種取りそろえられた人殺しの暴力にさらされていた。
しかしそれをものともしない劣化ウラン装甲と第三の子供によるサイキックバリアに、ふんだんに武装を積んできたはずの鋼鉄の鳥たちは攻めあぐねている。

距離を詰めすぎればサイキックの餌食となる可能性があり、何もできずただ墜落してしまう。
距離を詰めなければ兵装は十分な威力を発揮できずにジリ貧だ。


「オセロット、これより戦線に復帰する。各部隊につなげ」
〈ボス、5秒まて。―――――いいぞ〉
「皆よく聞け。これよりあの巨人をスクラップにする。事前の作戦通り俺への注意をそらすことに注力しろ。無理はするな」
効果的な打撃は与えられない以上弾薬の無駄打ちは文字通りの消耗だ。
〈全員聞いたな。航空部隊は適宜援護射撃しつつローテーション通り洋上で待機している平和丸で補給を受けろ。歩兵部隊は武器弾薬をボスへ補給し、その隙を作る陽動を援護しろ。巨人の周囲で段ボール補給は使えないからな。陽動の際の攻撃はヒットアンドアウェイ、ボスの言うとおり無理に前に出る必要はない〉


年齢も性別も特技も生まれも母語も肌の色も異なるスタッフが、一つの頭を共有する手足のように連携する。
―――超個体。
以前コードトーカーとオセロットがそんな話をしていたことを思い出す。
俺は俺の役割を果たそう。
過程と手段が違うだけでやることは普段と変わらない。気取られないように死角から接近し急所めがけて仕掛ける。暗闇から首筋にナイフを突き立てるようにあの巨人の戦闘能力を削ぐ。今回は切り札もある。さあ、二度目の巨人討伐だ。






















―怖い。
鉄の筒が、こちらを向いている。その奥には弾頭と弾薬を包んだ薬莢がおしりについた雷管に衝撃が来るのを静かに待っている。つまりはその銃を持つ少年の指が引き金を引くのを。

――怖い。
対してこちらは両手を広げて少年の眼前に立ちはだかっている。銃どころか武器もなく、ただ背後に流れ落ちる滝の水しぶきが背中を濡らしている。

―――怖い。
身体が震えている。濡れて冷えた防護服が体温を奪っているのか、恐怖で震えているのかわからない。あるいはどちらも正解なのかもしれない。

「どうして邪魔をするんだ!もう戦いは始まっているのに!」

みんなは口々にこんな風なことを繰り返して、この滝裏の洞窟から出て行こうとする。こっちに銃口を向けているのは、白い防護服に身を包んだ大人たちが来た途端に滝の裏へ逃げようと叫んだ僕の言葉にギリギリまで反対した子だった。サヘラントロプスが動き始めるまでその足元で口論して、巨人が体を起こしてようやく身の危険を感じてこの洞窟についてきた子だ。
みんなを死なせないためにもここから出すわけにはいかない。そのために体を張って止めようとするけど、それは皆にとって邪魔でしかない。目の前の障害を排除するために武器を使う。当然のことだ。今この場では武器はみんなが持っている銃で、障害は僕のことだ。ここには何人かの子供がいる。それぞれが一人の人間だ。他人だ。だが敵と味方という輪郭をつけるのはとても簡単で、僕はみんなの敵だ。さっきまで仲間だったとしても一度線が引かれてしまえば、一瞬で極めつけの、徹底的な他人に成り下がる。それこそ銃口を向けるほどの。殺せるほどの。

「どいてよフレーデ!イーライを助けなきゃ!」

嘘だ。イーライに助けが必要ないことも、自分たちが足手まといなことも少し頭が働けばわかることだ。それを知らんぷりして――それがわざとなのか無意識なのかは知らないけれど――ただ戦場に駆け出したいだけなんだ。

「だめだ。これはイーライからの指示でもあるんだよ」
声も震える。銃口や死は戦場では常に自分たちのすぐ隣にいた。街が焼かれ、それなりに平凡で平和な生活から少年兵になって人殺しを強要された日々を思い出す。その時もこんな恐怖に襲われただろうか。いや、あの時は自分の手にも銃があった。自分も相手を殺せた。対等だった。ガンパウダーで心は麻痺し、そもそも家族を失ったショックで心は壊死しかけていた。まともじゃなかった。人殺しをし始めたころも、戦場に身を置くことが日常になっても、こんなに怖いと思ったことはない。一方的にやられる怖さは戦場で殺し合いをする何倍も怖い。

でも本当に怖いのは、僕が怖い怖いと繰り返し今噛み締めているのは、死ぬことだけじゃない。他人だ。他人が怖い。きっとどこでも誰でもそうなんだ。些細な事で敵を作り、相手との違いをあげつらい、自分と相手とは異なるのだと叫ぶ。ただ戦場では感情に支配される側面が強いというだけなんだ。

そして戦場で「自分たち」に入らないものは「敵」で、それは排除すべき対象だ。

僕にいろんなことを教えてくれたエメリッヒ博士はマザーベースを追放されるときに「まともなのは僕だけか」と叫んだそうだ。
今の僕はまともだろうか。理性という名の枷が外れて、戦場という日常へ帰ることを望み、目の前で声を荒げるみんなを前に、僕が持つ唯一の武器は言葉だ。それすらも届くか不安で、理解してもらえず、一方的に銃口を向けられている。
怖い。怖くてたまらない。次に瞬きした時には死んでいるかもしれない。みんなに囲まれているのに孤独に死んでいく。目的も果たせず、僕がこの世に遺すのは世界に圧政を敷く鋼の巨人。
それでも、僕には希望がある。そのために頭を使え。腹を減らした猛獣にさえ届く言葉の弾丸を放て。まだだ、まだ、死ぬわけにはいかない。みんなを死なせるわけにもいかない。

防護マスクを脱ぎ捨てる。
空気を吸う。震えた声では何を言っても意味はない。言葉そのものにも意味はないのかもしれない。それでも放つ。この言葉に込めた意味がより強く伝わるように。僕自身の恐怖と、この洞窟に響き渡るみんなの怒号を圧倒する声を、放つ。


「僕に考えがある!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


本当はない。でも目的は達成した。
普段では絶対に出さない大声が出た。滝の水しぶきが長年かけて作ったこの小さな洞窟という場所も声を大きくする助けになった。みんなが静まったこの一瞬を無駄には出来ない。

「いいかみんな、今出て行っても無駄死にするだけだ。僕らはこの先もイーライと共に生きていく。戦いつづける。その覚悟をしてきたはずだ」

僕はそんな覚悟をした覚えはないけれど、ケッキ前にマザーベースから脱走した子を中心にイーライはそう言ったと聞いた。覚悟をしろと。

「僕は何も闘うなと言うんじゃない。今は身をひそめ、この後のために準備するんだ」

しゃべりながら次に何をしゃべるべきか考える。理性のない猛獣にただノーを突き付けてもその力の前では無力だ。ただ踏みつぶされる。規則やルールを強いるなどもってのほかだ。
――――戦場では、まともなやつから死んでいく
僕を少年兵に仕立て上げた男がよく言っていた。

「例えば脱出路の確保だ。万が一の場合の逃げ道を確保するために今イーライがいるところとは違う場所を制圧するとか」

ではどうするか。一つは目線をそらす。空腹の猛獣が目の前にいるならうまそうな肉をどこか別のところに放り投げればいい。イーライのいる戦場が危険なら、別の安全な戦場へ誘導すればいい。

「イーライなら助けなんていらないさ。僕たちが傍にいてはむしろ邪魔かもしれない。それにあのガスマスクの子もついてる。イーライが負けるような相手に僕たちが勝てっこないよ。それなら万が一のために逃げ道を確保するべきだ。そうだろ?」

相手に発言させてはいけない。この空間を言葉で支配する。立て続けにしゃべり倒す。たとえよく聞いていなかったとしても納得させる。

「それにここにいろってのはイーライの命令なんだよ?それを破るのかい?」

猛獣にだって強い奴と弱いやつがいる。群れにはボスがいて、それは絶対だ。

「相手を間違えるな。僕らの敵は目の前にいる大人たちだけじゃない。世界中の大人達が、いや、世界そのものが敵なんだよ」

イーライの言葉を借りる。
肉を放り投げるように、また敵をずらす。
戦うなとは言わずに戦いから遠ざける。

「僕たちは戦場が日常だった。それはこれからも変わらない。ただ違うのは、その戦場が選ばされたものか、自分で選んだものかだ。」

何となくわかってきた。僕はイーライの副官だ。ファントムだ。彼の言葉を使い、彼のように振る舞えば、ここにいるみんなをまとめられる。

「自分の復讐をするためにもここで死ぬわけにはいかない。違うかみんな?」

復讐という二文字で皆を煽る。最低だ。今皆の頭の中では殺された家族や友人の光景がまざまざと甦っているだろう。自分で言っておいて自分自身家族を失ったあの日を思い出している。
言葉は尽きた。みんなに問いかけた。猛獣の暴力の矛先は変えられただろうか。

僕の叫びを最後に、洞窟は静まり返る。
誰も身じろぎ一つせずに、環境音が静かに耳に入り始める。流れる滝、虫の鳴き声、風、そして遠くで響く爆発音と鉄の軋む音。

目の前の少年が、銃口をゆっくりと下す。
集団の中から、髪を紫に染めた少年が前に出てきた。戦闘前にサヘラントロプスの前で声をかけてきた子だ。
「僕はフレーデに従うよ。フレーデ、次はどうすればいい?」
ぼくも、俺もと続き、みんなが僕の次のことばを待っていた。
みんなを死なせたくないのは本当だけど、口にした言葉は嘘にまみれているのに。
きっと僕もまともじゃない。まともだったら死んでいた。ラーフの時と同じように理性という役割を、みんなの怒りを燃え上がらせる起爆剤としての役割を果たしてその辺に転がっていただろう。でもだからこそ、まともじゃないからこそみんなは僕の言葉をきいてくれた。
嘘はいずればれる。でもこれでいい。完全に他人になりすましたり、他人として生きていくことは出来ない。ただ舞台の上の役者のように、一定の時間、一定の役割を演じることは出来る。時間だ。僕があの巨人に仕掛けたウイルスが身体を蝕む時間さえ稼げれば、みんなは守れる。もう少しだけ狂気の、しかしちょっぴり頭の回る副官を演じなきゃいけない。先ほどまでイーライの前で怯えて言うことを聞く従順なメカニックを演じたように。

僕はみんなに武器の確認をさせながら、戦場とは真逆の退路を確保するための指示を出した。



















〈ボス!!ご武運を!!!〉
そう言って一機のヘリが黒煙を上げながら巨人へと突っ込んでいった。
被弾を重ね、墜落を悟ったパイロットが捨て身の特攻を仕掛けたのだ。
しかしその機体は巨人にダメージを与えることなく、波打つブレードに両断されながら落下し、その足元で派手な爆炎を上げた。

《フハハハハハハハハハハ!!》
イーライの高笑いが外部スピーカーを通して島に響く。
これで4機目だ。歩兵も十数人が死亡。他多数が重軽傷を負っていた。

戦闘を始めて一時間が経過しようとしている。こちらの損害も甚大だが、巨人に対するダメージも間違いなく蓄積している。何より操縦者のイーライはずっと独りで四方八方から飛来するミサイルを迎撃し、ヘリを落とし、歩兵を蹴散らし、俺を追っている。いくら巨人が強力でも生身の操縦者には必ず限界が来る。そしておそらく第三の子供にも。

その疲弊具合を見極め、たった一度のチャンスを逃さずに切り札を切る。その時はもう近いはずだが、まだ確信が持てない。
というのも、サヘラントロプスが想像以上に盾を上手く使っているのが原因だ。以前戦った時にはなかった兵装の一つとして、今回サヘラントロプスは左手にシールドを装備している。ヘリの機銃はもちろん、ミサイルでさえ防御しうる頑丈さを持っている。巨人はそれを的確に使用することでサイキックの使用回数と機体本体へのダメージを軽減しているのだ。まるでどこから撃たれるか分かっているように、射線に事前に盾を構えている。俺の撃った弾も何度も防がれた。
以前インフォーマントの情報やオセロットから聞いた話によると、第三の子供は感情を、特に怒りを敏感に受信してしまうとのことだった。つまりイーライと少年は相手の殺気のようなものを読み取って、誰がいつ何を撃ってくるかを事前に把握できると考えられる。読み取られるまでは予想できたが、ここまで戦いに適応してくることは想像の埒外だった。おかげでサヘラントロプス本体のダメージは消費した弾薬に対して軽微だ。

こうして思考を巡らせながら走り、次の攻撃ポイントを模索する今も仲間は次々死んでいく。巨人は再び溜めを作り跳躍した。島の上部にあたる視界の開けた斜面に着地し膝を折りたたんでレールガンの発射体制に入った。
その槍の矛先は、補給のために撤退する支援ヘリに向けられていた。戦闘エリアから離脱するべく動いていたヘリとの距離はかなりある。故に、直進していたヘリは格好の的だった。
回線を開き警告するために叫ぶ直前、黒煙と暗雲にまみれた薄暗い空を、人工の雷がまっすぐに裂いた。まるで遠くに打ち上げられた花火のように、遅れて音が届く。
また、家族を失った。

〈ボス、あれの準備は出来ている。指示の出し方はアイツの時と同じようにしてくれればいい。あとはタイミングだが〉
「ああ、分かっている」
焦るばかりではいけない。まだだ。まだその時ではない。あと一歩が足りない。

巨人が再び跳躍して、高い斜面から地平に降りてくる。地震のような揺れに見舞われふらつく。しかし敵は待ってはくれない。すぐに走り出し十数m先の味方と合流する。
「ボス!これを」
補給の兵士からロケットランチャーを受け取る。兵士は素早く撤退し、俺自身は巨人の背後から接近する。背中に生えるように突き出ている白いタンク目がけて弾頭を発射。着弾を確認せずにそのまま後ろへとダッシュする。背後で爆発音と巨人のうめき声がしたのを耳で確認しながら素早く距離を取る。しかしこちらを捉えたサヘラントロプスは足を踏み出し迫ってきた。

「ボスのもとへ行かせるな!!」
「援護しろっ!!!」
仲間たちが叫ぶ。
先程補給の役割を果たし撤退していたはずのスタッフが手持ちの小銃から弾を吐き出しながら巨人の足元に躍り出る。この戦場において一際小さく乾いた音が爆音に紛れて耳に届く。走りながら振り向いた視界の端で、巨人の左足と地面の間に下半身を挟まれるそいつが見えた。
「行ってください!ボス!!!」
俺の足が止まりかけるより早くそいつが叫ぶ。
痛み、なんて言葉では言い表せないほどの苦痛を殺し、目に涙を溜めながら声を上げる。
そいつを踏み潰すために巨人は「踏み潰す」という動作の分だけそこに立ち止まった。たったそれだけの刹那。命を賭した一瞬を無駄には出来ない。
巨人が左足を上げてまたこちらへ迫ろうとする。仲間の断面からは控えめな血しぶきが上がり、赤黒い液体が乾いた布に染み込むように拡がる。巨人の左足は鮮血の糸を引きながらこちらへと踏み出された。 
前を向き直し、走る足に力を込める。

《貴様は誰も守れやしない。自分の身さえな!死ね!!》

迫る巨人からイーライの声が降ってくる。

――――後何発撃てばいい。後何回走ればいい。後何人失えばいい。
息を整える間もなくひた走る。分かり切った答えを口にする。
――――『勝利まで永遠に』























笑いが止まらない。これが絶対的な力だ。
俺個人はまだ子供だ。身体的な面はもちろん、経験や知識で大人には勝てない。
権力もない。あるのはただいつだって腹の底から体を溶かすように燃え盛る怒りだけだ。
だから復讐するためには力をつける時間が必要だった。そのために同じ少年兵を仲間にし、知恵を絞り、大人たちにさえ負けない部隊を作った。時間をかけて、まだまだ強くなる。そのはずだった。
それをあいつに邪魔された。よりによって一番殺したいあの男に。でも今となってはそれは近道だった。人を、金を、力を集め、大人に成長するための時間をショートカットできた。
手に入れた、力を。
この巨人と、コイツの力さえあれば今からだって世界を相手に戦える。
俺は世界を壊す。手始めにこの島を領土として国を作る。俺は王として君臨する。この巨人は俺達の国の、力の象徴になる。巨人とともに王自らがこうして敵を屠れば部下はついてくる。これからはこの巨人が法螺貝の代わりだ。
さあ追い詰めた。
「BIGBOSS! 踏み潰してやる!!」
あと一歩。これでおわ―――



『警告 システム起動――――――自爆シークエンス開始』






















DD全隊による総攻撃でも易々とは傷がつかないような銀白色の鎧に身を包んだ巨人の動きが、今まさに俺を追ってあと一歩のところまで肉薄してきたサヘラントロプスが、止まった。
「狙え」
その瞬間を見逃さず、合図をだす。
「撃て」
かつて戦場を共に駆けた、あの沈黙の狙撃手にそうしたように。

先ほどとサヘラントロプスが放ったものと同質の音が、振動が、光が、再び空を裂いた。サヘラントロプスの正面、俺の後ろから、俺の頭上を、まっすぐと。
違うのはそのそれぞれが、巨人のものより一回り小さいことと、その光の行き先が巨人の左肘であることだ。

金属がひしゃげるような音の後、少し遅れて鉄同士が重なりぶつかり合う派手な音がした。
巨人の左腕が盾ごと吹き飛んで、木々を押し倒し岩にぶつかりながら地を滑った。
左手を吹き飛ばされた衝撃と機体制御バランサーの働きで右足に重心がかかる。

「撃てぇ!!!!!」


再び一筋の閃光がサヘラントロプスの右膝を貫き抉る。悲痛の絶叫にも聞こえるような金属の軋む音を立てながら、巨人はその右半身を大自然に埋め盛大な土煙と僅かな水しぶきを上げた。




















目を開くと、世界が直角に傾いていた。それが、自分が横に倒れているせいなのだと気づくのに2秒かかった。轟音とともに真正面から放たれた、たった二撃の砲弾がこの巨人を倒した。たとえ真正面ではなく死角からの攻撃だったとしても、相手の感情に反応することで対応できたはずだ。しかし先程までコイツを通して感じていた殺気や敵意は微塵も感じられなかった。決してあと一歩であの男を踏み潰せると逸ったわけではない。そしてこの巨人が倒された原因はもう一つある。突然作動した自爆シークエンスだ。この機体を修理し武装を整える前から唯一存在した攻撃手段。それがタイマーで起動するようになっており、そのせいで機体がロックされた。そんなことが出来たのは一人しかいない。

「フレーデェ!!!!!!!!!!」

怒りが膨れ上がる。これ以上はないというほど常に沸騰している精神の温度が更に上昇した。
「おい!お前の力でコイツを動かせ!!」
側にいるはずの魔法使いに怒鳴り散らす。自分はまずこの自爆シークエンスとやらを止めなければならない。でなければこの機体が核爆弾として起爆し全てが水の泡だ。
パネルを見るとすでにウラン濃縮アーキアによる劣化ウラン装甲のウラン濃縮が始まっている。起爆停止の操作がどのパネルで行えるか探す。タイマーは刻一刻と週末時計の針を進める。機体も満足に動いていないようだ。なにせ左腕と右足がない。
「クソっ!!」
タイマーが、0へと近づく。
あの男はすぐ近くにいるはずだ。復讐は遂げられる。だがこんな終わり方は望んじゃいない。
パネルの表記が0ZEROになり、電子音が鳴った。
「クソォッ!!!!!!!!」





ピーという電子音が鳴りつづける。他には何も起こらない。パネルには「臨界発生装置にエラー」の文字。



























巨人は膝を折り、地球の引力に従ってその身を大地に伏せた。その四肢のうち左手と右足を失い、最早立つこともできまい。先ほどまで正面に屹立しその堂々たる威風を放っていた巨人は俺から見て左に倒れこみ、俺はちょうどつま先からまっすぐ数メートルのところから視線をわずかに左に向け、まだわずかにうごめく巨人の姿を見つめる。これまでのダメージでもあるだろうが、装甲が融解するように破損している。

――――まるで巻き戻しだ。キプロスの病院で目覚め、後にXOFに追われたあの日、俺は満足に動かない体に苦心しながら必死に逃げ回った。ベッドから転げ落ちて床を這いつくばり、壁にもたれかかり前傾姿勢の中腰で立ち上がり、何度も転び、灰皿をひっくり返し、床を舐め、やっとの思いで立ち上がって、死に物狂いで走った。
それは奇しくも進化の過程をたどるようだった。
そして『直立型二足歩行兵器』と銘打って創造されたこいつは今、それを巻き戻すように垂直な直立歩行と前傾姿勢の超電磁砲射出形態をとり、そして腕と足を失って地を這っている。
よくヒトの進化の過程を表す時に見る「March of progress」のような、サルからホモサピエンスへと四足歩行が直立二足歩行になる様子そのままだった。俺の物語は地を這うところから始まり、二本の足で立ち、戦場を走り抜けてきた。そしてその締めくくりとして対になるように、この巨人はまっすぐ伸びた背筋と足を折りたたみ、地に伏した。かつて俺自身が口にした、俺たちの象徴たる巨人が今、第二章を終えた区切りとしてそこに倒れている。三度目はごめんだ。今度こそ思い出のまま静かに眠ってもらわなければ。
イーライを引っ張り出すためにサヘラントロプスに近づく。
巨人の膝に雷槍を突き立てたバトルギアも、とどめを刺さんとばかりに近くまで接近し俺に随伴するようにその四駆を駆動させながら前進していた。

このバトルギアこそが対第三の子供として調整されたAI搭載型の自立兵器。この戦いにおける切り札だ。構造や戦闘能力はエメリッヒ博士が残したバトルギアを完成形へ改良した程度だが、本来人間が搭乗する部分にAIを搭載した。モデルはもちろん俺が回収し、研究開発班に鎮座していたピースウォーカーのママルポッド。ただし厳密には自分で思考し行動の選択を行うほどのAIは積まれていない。更に、思考モデルに選ばれたのはザ・ボスではなく、沈黙を破り捨て部隊を離れたクワイエットだ。自分で思考するAIは不確定要素が多すぎる。それはピースウォーカーの一件以来軍関係者の間で広まった知見だった。しかし、こちらの感情や思考を読む力を持った敵がいるのならば、感情を持たない兵器による一撃必殺の奇襲こそが有効打になる。自ら有利な場所を選択し、相手の行動や弱点を探り、一定以上の距離からの効果的な狙撃を成功させる。なにより俺の指示を正確に実行する。俺は指示こそ出したものの、バトルギアがどこにいて巨人のどこを狙うのかまでは把握していなかった。だがコイツは、敵に発見されることなく移動し、厄介だった盾と片腕を関節部を正確に狙い撃つことで排除し、その後の微妙な重心の変化をついて再び脚部関節を穿ち、見事に巨人の手足を砕いた。サヘラントロプスがなぜ一瞬の隙を見せたのかは不明だが、バトルギアはその目的を十分に果たしてくれた。この戦場にのみ、サヘラントロプスを打ち倒すためだけに生まれた物言わぬ狙撃手の亡霊。これまでの戦闘で得られたデータをもとに複製された、かつての相棒。


視界の右端で、何かがスパークした。横たわる巨人の身体の中央、脚部の付け根、人で言うところの股間部で機器がスパークし、そこに備え付けられた火炎放射器が炎を吐き出そうとしていた。しかし満足に起動できないようで弱々しい吐息のような火がこぼれるばかりだった。すでに脅威ではな――――――――
その時、風がなでるように運んできたソレに嗅覚が反応する。マスク越しでもわかるほどに、スパークする機器の周辺から燃料独特の油の臭いが漂ってきている。最悪の場合引火、誘爆する可能性もある。


ヘリから身を投げ出す少女パスが爆散するあの記憶がフラッシュバックする。
最悪のケースが脳裏をよぎる。


急いでイーライを機体から引きずり降ろさねばならない。
歩みを早め、岩と土と植物で織りなされた大地に横たわり残った右腕を地面に擦り付けながら振り回す巨人に接近する。ただ振り回しているのではない。立ち上がろうと、大地に手をつこうとしては失敗し地表を抉る行為を必死に繰り返していた。
ニカラグアで見た、彼女ザ・ボスの最期と同じように。

「撃て」
すぐ隣を共に歩んでいたバトルギアの超電磁砲が駆動音を上げ、辺りを一瞬青白い光に包む。
誘爆やコックピットへの被害を避ける正確無比な射撃によって右肩下の劣化ウランと金属フレームがひしゃげ、腕部が少し離れたところで物言わぬ鉄塊と化した。
これで巨人は右肩から先、左肘から先、右膝から先を失った。
駆動系は沈黙し機体の各所から黒煙が上がって―――



『まだだ!!! まだ終わっていない!!!!!!!!!』



突然、巨人の頭部、サヘラントロプスのコックピットからイーライの怒号が聞こえてきた。
これ以上何を――

不安の種が芽を出した。
サヘラントロプスの火炎放射器から漏れ出ていた火が、徐々に勢いを増している。


同じだ。
キプロスで空を舞った、ヘリを飲み込んだ燃える鯨。
幾度となく行く手を阻んだ、燃える男。
感情で、煮えたぎる酸のような怒りによって、現実に現れる火炎。
陽炎のような曖昧なそれは、あの少年によって実在を得る。


青い炎と相まって紫に染まったそれは膨れ上がり花のように広がっていった。花そのものは花弁のように美しく花開くのではなく、針のような細く鋭い炎が無数に広がり、葉に見える部分さえその刺々しさを惜しみなく表していた。
花開いた恩讐の炎は、その赤紫の熱量を咲かせて――――異臭を放つ損壊部からほとばしるスパークに触れようとしていた。


走り出す。叫ぶ。あの時と同じように。
「止せぇ!!!!」
一際大きな火花が引き金となり、俺は再び、熱の圧力に運ばれて宙へと弾かれた。







ルビ修正できてないとこがこの章以外の過去投稿分にも多々あると思います申し訳ない( ˘ω˘ )


ツイッターで偶に呟いてます。歩暗之一人 でも 蠅の王国 でもツイッター内で検索すれば出て来ると思いますのでよろしければ。






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