MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説   作:歩暗之一人

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アートブックで話題になったアイツが出てきます
1つのターニングポイントです。


MGSV:TPP 蠅の王国 創作小説 3

三章   カイコウ

 

 

 

遠い木霊のような声たちを、聞き続けるのは辛い。

実感を伴わぬ記憶であっても、失った痛みは思い出せるのだから・・・。

――『機動戦士ガンダムUC hand in hand』 フル・フロンタル

 

 

 

LZから島に上陸したスネークはまず周囲を観察した。どんな急務であっても、任務開始と同時に全力で走り出すような真似は実戦において三流以下のすることだ。スニーキングにおいて重要なのは周囲の環境との同調。つまり自然と波長をあわせることが肝要だ。そのためにまず必要なのが注意深い観察、斥候の基本であるアウェアネスに通じる洞察力だ。周りのことを知らないのに周囲に馴染める道理もない。

 

スネークが降り立ったのは海岸線の真っ白な砂浜で、島側は崖や密林への入り口、反対はもちろん海でアフリカの任地でこれまで見た種類と似た木々が幾つか根を降ろしている。何本かは地に倒れ砂に僅かに埋もれており、正に手付かずの自然といった様相を呈している。太陽は燦々と照りつけ、砂浜からの反射さえ眩しい。砂浜、と言ってもここは塩湖であるためその白さの要因は塩分によるところが多い。今回は防護マスクがあるため嗅覚はいささか鈍ってしまうが、その匂いも海岸ではまだ潮と塩の香りが強い。そしてその条件はスネークにとって好都合でもあった。自然の法則に従って長年そこに在り続けていた場所において、人が立ち入った形跡は鮮明に浮き上がる。トラッキングは容易だ。まずは海岸線沿いに進行ルートを設定。iDROIDを取り出しマップを表示、島の湾港に当たる部分にマーカーをセットして潜入を開始した。海岸沿いに進むのは、子供たちやXOFの上陸した形跡を探索するためだ。HECによる情報と言ってもこの島の内部の詳細まではつかめない。今回のHECの情報はやけに早く正確だったとオセロットがぼやいていたが、誰も島の中まで立ち入りはしない。HECでカットアウトとして情報を扱っているということは、少なからず今回の事件の情報を持っている。声帯虫に巨大機動兵器。近づきたがるやつはいない。無闇に密林に立ちるのは無謀だ。さらに、この島の地形的に上陸可能な場所は限られる。マーキングしたポイントは高確率で上陸に利用され痕跡が残っているはずだ。それを目印に、最短で目標へと迫る。

 

大陸同様、いや、それ以上に豊かな自然があふれるこの島には野生の動物も数多くいる。彼らの行動や、人に殺された形跡などもトラッキングのヒントになる。草陰に臓腑を撒き散らす死体や、踏みつけられて無残に折れた植物。その全てを味方につけるように意識する。かつてソ連の大地で戦った伝説のスナイパー、ジ・エンドがそうであったように。彼も自然を味方につけ、傍らにはいつも動物を連れていた。たしか色鮮やかな鳥―――いや、色は地味だっただろうか。トラッキングに関しても彼との戦いでは小銃の乱射ではなくスナイパーライフルを用いた狙撃戦だったため彼の足跡を手がかりに位置を探ることが重要で―――

果たして、そうだったろうか。

当然の様に思い出そうとして記憶にひっかかりを感じた。

ジ・エンドは倉庫の入り口で狙撃により暗殺したような気がしてきた。

派手な爆発で車椅子の車輪がこちらまで飛んできて――自分はそれに当たっただろうか。

 

おかしい。あんなにも壮絶なFOXの初任務の、あれほど死力を尽くした戦いの記憶がブレている。忘れているのではなく、何か別の記憶が混入しているような、しかしどちらがあとから混入してきたのかさえ曖昧になるような不安感がこみ上げる。人の記憶は確かに曖昧なものだし、俺は9年の昏睡と頭部への重症を負っている。しかしあれほど重要な記憶が曖昧模糊であるというのはどういうことだ。

 

<ボス、聞こえるか。実は懸案事項がもう一つある>

ミラーから通信が入り、自分が重要なミッション中であることを思い出す。

と同時に痛みを自覚する。あの頭痛だ。頭蓋に響く、自分の存在を不安定にするあの痛み。

だがこんなことで集中を乱す訳にはいかない。精神を持ち直さなくては。

「どうしたカズ」

<イーライと共に逃亡したメンバーの中に1人だけ少女がいる。本人の希望と、俺たち違う人種の人間には黒人の子どもの性差が一見見分けにくいのもあって一部の人間以外には男ということになっているが、その子についてだ>

 

子供たちの保護、管理、教育に関しては全てミラーの管轄だったため、スネークはその子のことを知らなかった。スネークが名前を把握していたのは悪魔の住処(ンゾ・ヤ・バディアブル)で救えなかったシャバニ、マザーベースの事故で命を落としたラーフ、そしてイーライくらいだった。回収した子供たちに関してはミラーがDDR、『武装解除』(Disarmament)『動員解除』(Demobilization)『社会再統合』(Reintegration)のうち社会再統合にあたる教育や職業訓練を施しているはずだ。

<その子だが、子供たちの中でも熱心に教育を受けていた子でイーライの蹶起に参加する動機がもっとも薄い子なんだ。そしてマザーベースに残った子供たちの証言から、彼女が度々居住区を抜け出して何かの作業をしていたことが分かった。これはあくまで予想だが、イーライにサヘラントロプスの修理を強制され、メカニックとして強引に拉致された可能性がある。もしかすると他の子供達とは別の場所に監禁されているかもしれない>

「ちょっと待て、その子が一人でサヘラントロプスを修復したのか」

にわかには信じがたい、という表現がこれほど当てはまる状況も中々ないだろう。いくら勉強熱心とは言えアフリカで少年兵をやっていた少女があの兵器を修繕出来るものだろうか。

<もちろんあの修復はエメリッヒの指示によるところが大きい。だが彼女は少年兵になる前は比較的大きな街の裕福な家で、きちんとした教育を受けていた。英語もある程度は話せたようだ。それがテロまがいのとある事件で街が暴動に巻き込まれ、数日かけて街は崩壊。命からがら逃げ延びたは良いものの逃亡中に唯一生き残った肉親である父が死亡。行く宛をなくした彼女は現地PFに拾われ、それまでの生活から一転少年兵として生きることになったそうだ。女であることを隠していた理由も察しはつく。だから彼女にはある程度の学術知識と、父の専門である工学の知識が備わっていた。そして父譲りの好奇心も。イーライにとっては渡りに船だったわけだ>

マーキングしたポイントへ進む中で、その少女の話を聞いていて感じたのは、その子がミラーにとっての幻想だということだった。子供たちがマザーベースで反旗を翻そうとしたあの頃に、ミラーはオセロットに言われていた。子供たちをよりよい未来に導こうとするミラーの意思とは裏腹に、戦場に帰りたがる子供たちという現実を目の当たりにした時、『お前の幻想は捨てろ』と。その意味でその少女はミラーの幻想、希望だったはずだ。学ぶ事で知識を得て、戦場以外の場所で生きていく。そんな可能性を体現していたに違いない。

 

「つまり、子供たちの回収も向かってくるやんちゃ坊主を投げ倒してフルトンで上げればいいと言う程に単純ではなくなったわけか」

<ああ。彼女は本人の意思とは関係なく巻き込まれた可能性が高い。ボス、必ず救い出してくれ>

「ああ、それでその子の名前は?」

ほんの僅かな、それまでの会話のテンポより少し遅いという程度の僅かな沈黙の果てに、ミラーは口にする。

 

「フレーデだ」

 

全てが、繋がっているように思えた。

一見、ただの偶然。しかし人間というのは物事を見たいように見る生き物だ。

関係のないものを、関係のあるものとして考えたがるし、雲の形から食べ物を連想したり、木の木目から人の顔に見えるものだって見つけ出してみせる。

 

それを分かっていても、つながっていると感じた。

 

これはもうミラーだけの希望ではない。未来を生きる子供たちを必ず救わなければならない。これはきっと自分たちの自己満足にすぎない。散々人を、自分より若い兵士も殺しておいて綺麗事をと言われるだろう。

 

それでも――――

 

「分かった、カズ」

静かな、しかしにじみ出る決意を感じさせるその一言は、ミラーにも伝わっていた。

 

目的の湾港についたスネークは空の木箱と木材でできた簡易テント、そして子どもの足跡を即座に見つけた。子供たちにはトラッキングを警戒する知識も術もない。彼らが教わったのは銃の撃ち方、人の殺し方だ。手がかりを頼りに、スネークはいよいよ緑と土と木漏れ日で構成された密林の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パパは臆病者だった。

野心や闘争心などはかけらもないし、自分の研究や学術的な勉強に没頭するあまりいろんなことがおろそかになっていた。他人とも距離をおいて、何かに怯えるように自分の世界に篭っているようだった。ただ、パパの「自分の世界」にはちゃんと僕とママが入っていた。パパはいろんなことを教えてくれたし、僕とママのことを大切に思っていた。パパが怯えていたのはその外の世界だ。パパもアフリカの生活事情の例に漏れず内戦と民族紛争の只中で生きてきた。早くに内紛で両親をなくした臆病なパパは戦場から逃げることを必死に考え抜いて、少しばかり賢かった頭をフル活用して見事に逃げ延びた。引き換えに何処かに定住することはなく、その生活は現地のそれと比較しても人のものとは程遠かった。植物や果実で飢えをしのぎ、野生の中で生きてきた。元々薬草を扱っていた両親、つまり僕の祖父母のお陰で植物への知識はあったらしく、採取した薬効植物を行く先々の村で水や食料と交換してもらうこともあったらしい。しかし、違う民族を容易に受け入れる場所はどこにもなかった。だってそれを理由に争っているのだから。そして漂流するように逃げた先で、戦場となった村の悲惨な爪痕を目のあたりにすることも少なくなかった。野に放置された内蔵をぶちまけた少年の死体や頭を撃ち抜かれた上で侵され股から精液を垂れ流す少女の死体をいくつも見てきたという。

 

僕が自分を僕と呼び、可能な限り男の振りをしているのはこの辺の事情が関係している。臆病なパパは女であることを隠せなくなるまでは男の振りをして、万が一にもそういった尊厳を根こそぎ奪われるような死に様を晒してほしくないんだそうだ。なんともネガティブでマイナス思考だけどそれがパパの願いだった。それほどその光景がショッキングだったんだろう。それは少年兵になった後の自分の経験からもわかる。男と女では消費のされ方が少しばかり違うのだ。多分、殺戮や陵辱が当たり前の世界において、パパだけがまともだったのだ。いや、逆なのかもしれない。

 

それからパパはある外国人に出会う。ある戦闘で手ひどく負けて部下も全員死なせた挙句に自分も傷を負った兵士だった。死ぬほどの傷ではないけれど、どんな傷も治さなければ死につながる。パパは持ち前の簡単な薬効植物や応急処置の知識でもってその人の危機を救ってあげたそうだ。優しいのかと言われれば、やっぱり臆病なだけだったのかもしれない。そして恩返しをしたいというその人に拾われてその辺の子どもじゃ受けられないような待遇の生活の中に身をおくことになった。なんともうまい話だけど、それからパパは建築や土木に携わる仕事を志し、工学的な知識を学んだ。

「家とか、家族とか、そんなものがずっと憧れだったんだ」

パパは優しい声でそう言っていた。屋根のない漂流生活や、失われるばかりの悲惨な世界を見てきて、何かを創造するモノづくりを志すというのは、幼い僕にもなんとなく理解できた。

そして学び、働き、生きていく中でママと出会い、恋をして、僕が生まれた。

 

 

パパは臆病者だった。そんなパパが、僕は誇らしい。

 

 

そして受け継いだモノが、今確かに感じられるのが嬉しかった。

パパから教わったり、盗み見ていた技術が、少しだけだけど、今この巨人を木偶人形にするのに役立っている。もちろんこいつを修理するときにも大いに役立ってしまったのだけれど、今は後悔よりも先にやるべきことがある。

『仕込み』は終わった。

 

作業を始める前には、他の子供達も大人達への『仕込み』に取り掛かるためにこのベースキャンプを離れていた。ずいぶん大掛かりでアナクロな罠を作っていたのでそれを仕掛けにいったのだろう。あんな罠に嵌まるとは普通思えないと思うほど前時代的なものばかりだったが、それこそが相手の油断を突くイーライの策だった。子供たちだけではまともにやりあっても勝てないことはわかっている。だからこそ罠を有効活用する。現地で調達出来るもので最大限の効果を発揮する武器を作る事にイーライは長けているようだった。

 

「調整は終わったか」

突然背後からイーライの声がした。驚きの余りうわずった声で返事をする。

ここでボロを出すわけにはいかない。僕は仲間だ。自分をそう騙せ。利用されることを受入れて、恐怖と好奇心に負けて思考を放棄した子どもを演じなくては。臆病なパパのように。

「試運転してみてくれないか、イーライ。立ち上がるだけでいいから」

イーライは頷くとコックピットに乗り込み、サヘラントロプスを起動させた。

尻もちをついて崖にもたれかかっていた巨人が、人のように、手をついて上体を前傾させながら立ち上がる。見上げるその姿は、今更ながら正に巨人だった。背筋がまっすぐと屹立していて、首だけで見下ろすその姿は畏怖を撒き散らしている。直立二足歩行について語っていたエメリッヒ博士の言葉がいくつも蘇ってくる。

「問題ないな。これであとは奴らを待つだけだ」

満ち満ちた闘気とでも言うべきものがイーライから伝わってくる。サヘラントロプスを片膝立ちの姿勢にして、イーライは巨人を一端眠らせた。

それは王に使える守護騎士の様にも見えた。

 

どうやら仕込みには気づかれなかったようだ。

イーライは僕を利用しているが、決して仲間をないがしろにしてはいない。むしろ王として臣民をきちんと従える責任を果たしているようにも見えるほど手厚く扱っていた。イーライの報復心は確かに強烈だ。それ故に、他への注意が薄れているということもあるのだろう。身内の裏切りということまで頭がまわらないのかもしれない。それは僕にとっては好都合だった。

罠を仕掛け終えた子供たちも帰ってきた。

 

「フレーデ、敵がここまで来て戦闘が始まったら、みんなを連れて滝の裏の洞窟に避難しろ。お前が副官(XO)だ」

みんなに聞こえないうちにイーライがそう告げる。

「わかった。」

短い返事を返す。そう、みんなを守りたいこと自体は本心だ。みんなは戦場に出たいのだろうけど、巨人とXOFの戦いの前では犬死するだけだ。逃げるなんて、と言い出しかねないがその辺はイーライが持つカリスマでなんとか説得できるだろう。実際サヘラントロプスが動き出せば、近くにいるだけで危険極まりない。

 

 

マザーベースに着く前、ゲリラやPFに混じって殺し合いをしていた時以来の、戦争の匂いが近づくのがわかる。

自分の計劃がうまくいくことを祈るくらいしか、僕には出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スネークが森に入ってしばらくすると、子供たち以外の痕跡も発見した。しかし数はそう多くない。オセロットから通信が入る。

 

<XOFの斥候部隊のものだろう。HECの情報によると事前に少数部隊を送り込んでいるようだ。奴らも子供たちとサヘラントロプスを探しているはず。気をつけろ、ボス>

 

 

つまり大人数の本隊は別の地点から上陸したということだろう。急がなければ奴らのほうが先にターゲットに接触してしまう。

しばらくこの斥候の痕跡を辿る。斥候だけあって巧妙に痕跡を消そうとしているが、ザ・ボスに仕込まれた俺のトラッキングには敵わない。そこで異変に気づく。数メートル先に素人目にもわかるようなくっきりとした痕跡が残されている。それは争ったような足跡の乱れと、そこから続く両足が引きずられた、轍のような痕だ。スネークは周囲を警戒しつつその先へと進む。すると森の突き当り、高さ数十メートルの岩の壁が続く場所に出た。そしてその側面に開いた洞窟の中へと、その痕跡が続いている。その出入り口には子ども一人分の足跡と、同じように引きずられた痕が幾つか見受けられた。

 

<ボス、罠の可能性も高いが何か情報が得られるかもしれん。慎重に進んでくれ>

 

オセロットの忠告を受け止めつつ、返事もせずにスニーキングに専念する。入り口の横からカバーアクションで内部を窺う。僅かな冷気が流れ出てくる洞窟からは、数人の気配がする。しかし伏兵がいるような気配ではないし、そもそもここはアンブッシュには向いていない。スネークはハンドガンを構えつつ内部に突入した。

 

そこには白い防護服を着た数人の兵士が横たわっていた。しかし立ち上がるどころか、こちらに気づいた様子もない。うなだれるようにただそこに横たわっている。そこで気づく。彼らは防護服を着ているがマスクをしていない。

 

まさか―――

 

スネークは服の前をナイフで裂き、胸部を露出させた。そこには見覚えのある、痛々しく膨張し青紫に変色した胸部が顕になった。

 

<イーライのやつ、XOFの斥候を捕まえて英語株の培養に使っていたのか>

オセロットが状況から導かれる答えを端的に示してくれた。

声帯虫には限りがある。が、ここにはもちろん声帯虫の研究者も施設もない。新たに作り出すためには虫自身に繁殖させるしかないのだ。

そのための宿主として敵を贄にする。数多くのミッションで装備品の現地調達を実践してきたスネークはまず感心した。そして戦慄する。あの坊主が成長したら、一体どれ程の戦士になるのか。世界を相手取るに相応しい才覚をイーライが持ち合わせていることを、強く再認識した。

 

急がなくては。手遅れになる前に。

 

この兵士たちはすでに末期症状。どうすることもできない。

すると1人が声をかけてきた。消え入りそうな弱々しい声で。

「あんたが….BIGBOSS……」

眼帯に鬼の角、そして何よりもセンスが、BIGBOSSの存在を確信させた。

戦士が持つ共通の感覚が、言葉よりも濃厚に思えるほどの意思疎通を実現していた。

スネークは、この敵兵が次に何と言い出すか分かっていた。

 

「あんたなら….光栄だ……殺してくれ……..」

状況を察したときから、そうしてやるつもりだった。

誰にも看取られず、全身の痛みさえ消えた倦怠の中で自分という存在が終わる絶望を思えば、誰かの手にかかって、今すぐこの苦しみから開放されたい。

戦士でなくても、予想はつく。

 

ハンドガンを、ゆっくりと構えなおす。

「お前、名前は」

「ジャックだ……あんたのファンの……1人だよ………」

 

「覚えておこう」

「ありが……とう……」

 

 

 

 

身動きのできないXOFの兵士の頭蓋を、ハンドガンで撃ち抜く。

 

一人

 

二人

 

三人

 

 

 

否が応でもあの日、マザーベースのパンデミックを思い出す。

生を懇願する仲間

憎悪をむき出しにしてくる仲間

死を受入れ頭を垂れる仲間

 

遠い木霊のような仲間たちの声が、俺の中で反響する。

 

同じように、虫に侵され無力だった仲間を、何人も撃ち殺した。

 

何人も。何人も。何人も。

 

共に戦い、飯を食い、訓練し、談笑し、意見を交わし、誕生を祝い、技を教え、忠を尽くしてくれた仲間たちを。

 

 

この記憶だけは、揺らぐことのない、俺の記憶だ。

 

四人

 

 

この先も、俺だけが背負い、歩いて行く。

俺だけの―――――

 

 

五人

 

 

 

あまりの重責と惜別と後悔と、言葉にしたところで全てズレているような、どれだけ積み重ねても足りないような、そんな苦しみと痛みが再び去来する。

あの時の感覚が蘇るたびに、自分も死んでしまいたいと思うことさえある。自分の何処かがそう叫んでいる。だがBIGBOSSはそれを許さない。この左肩に輝くダイアモンドが、それを許さない。

 

<ボス…>

少し立ち止まってしまった。これではいけない、これはBIGBOSSではない。

「すまない。先を急ぐ」

 

スネークは洞窟を出て、一番新しい子どもの足跡を目標にトラッキングを再開する。

 

<このルートなら、島の規模からしてもこの森を抜けた先が怪しいな。ちょうどHECと諜報班の情報を基に予想したポイントの一つがその先の開けた場所だ。コードトーカーに接触した洋館の前方に広がっていた密林地帯を思い出せ。規模はあれくらいだ。本拠地が近ければトラップの類も増えるだろう。気をつけろ、ボス>

前線指揮担当のオセロットから再び通信が入る。鬱蒼とした木々の合間を縫うように進行していると前方にそびえる大木の側に血溜まりができているのを発見した。そう古くはないようだ。辺りに敵の気配もない。詳しく観察しようと接近したスネークの右肩に何かが降って来た。

 

液体が首元に巻いたスカーフに赤黒く染み込んでいく。血だ。

見上げればそこには木に吊るされたXOF兵士の姿があった。

古典的な罠だが、スネアにかかって吊るし上げられたのだろう。そしてその先には鋭利に尖った木柱が待ち構えていた、ということらしい。

 

足を捉えたロープに吊るされ逆さになっているその兵士の腹部はその木の棒に刺し貫かれていた。滴ってきた血液の出処はその死体だった。

 

オセロットの言うとおり、トラップが設置されていた。おそらくイーライたちが仕掛けたものだ。よく目を凝らせば、目の届く範囲で白い防護服の死体が同じようにもう二体ほど吊るされている。

更にトゲ付きの丸太に轢き殺された奴に、ワイヤーにかかってクレイモアか手榴弾のような爆発系のトラップにやられて体の右側が消し飛んでいる奴、落とし穴に落ちた奴、先端の尖った木々を備えた四方数メートルの天蓋に潰された奴。全部でおよそ20ほどの遺体があちこちに転がり、白い防護服を血で彩っていた。

イーライは賢い。正面切って戦闘をすれば負けることを冷静に理解している。

だからこそ、油断している相手を、会敵前に、前時代的な予想の外にある手段で殺していく。

これで最新装備の大の大人が20も死んでいるのだ。見事としか言えない。

 

スネークは自分自身もトラップに警戒しながら先へ進む。

同時に強く刺激される記憶があった。

 

FOXの初任務、スネークイーター作戦でのソ連のジャングル。

同じようなアナクロなトラップがいくつも行く手を阻んできた。

特にコブラ部隊の1人、ザ・フィアーとの戦闘ではトラップに手を焼いた。

奴はトラップを巧妙に配置し、レーションや雑誌といった囮まで利用していた。挙句の果てに電流を流した鉄線やフェンスまで―――

いや違う、それはそれよりも前に設置してあったのではなかったか。たしかグラーニンがいた研究所の外縁部や、ハインドが駐機してあった中継基地に―――いや、あれはハインドだっただろうか。名前そのものをつけたのは俺自身のはずだ。だがどんな会話をして名前をつけたか思い出せない。

先程のジ・エンドとのスナイパー戦の記憶に続き、こちらも曖昧にしか思い出せない。

これも昏睡の影響なのか。

 

あってはならない不安が、焦燥感が、確かに迫ってくるのを感じる。

すぐ側にあった、原始的なトラップとその被害者であるXOFの兵士を注意深く観察する。

 

俺が引っかかったトラップは『こんな感じ』だったはずだ。

それは確信を持って言える。

だが、『具体的にどうだったか』が思い出せない。

目の前にほとんど答えのようなヒントが有るのに、自分の実感が伴わない。

 

記憶障害のせいにしていいレベルの問題なのだろうか。あの濃密な闘争を、心・技・体の衝突を、BIGBOSSを作り上げた重要なファクターを、忘却の彼方に置いてきてしまっているという事実は。

 

 

不安がまた、新たな不安を呼ぶ。

 

忘れているのは、これだけか?

忘れていることさえ忘れているのではないか。

 

 

人は、生まれ持った遺伝子と、経験した環境で、自分という精神を織りなす。

だが今の俺は、経験したはずの積み重ねが消失していくのを実感している。

そこに在ると思っていたものが幻だったと、見えていると思っていたものがはじめから無かったのではないかと疑い始めている。

他でもない、BIGBOSSが積み上げたはずのスネークイーターが、無理をして背伸びしたジェンガのように隙間だらけなのだ。

実感した途端、それこそすかすかのジェンガのように、揺れ始める。

 

今この景色は、密林と原始的な罠と単独潜入する自分自身というビジョンは経験したはずの景色だ。

 

そう思えば思うほど、あの日ソ連の大地で吸ったはずの大気や見たはずの景色、聞いたはずの残響が遠のいていく。

 

 

 

 

 

<ボス、どうした。何かトラブルか>

まただ。

作戦中に1人で考え事をして立ち止まり、通信で呼び戻される。

何度目だろうか、いつになく自分が異常であることを再認識する。

「いや、問題はない。このまま目標ポイントへ進む」

<ああ、気をつけろボス。XOFもイーライ達もそう遠くはない。>

 

気を引き締め直し、周囲と波長を合わせる。

自然以外の痕跡を探索しながら、自分自身を自然と一体化させる。

 

 

 

 

そこで、一つの異変に気づく。

誰かが近づいてくる。

1人だ。

姿は見えないが、こちらへまっすぐ歩いている。

移動そのものは熟練の斥候のそれだ。並の兵士なら接近には気づけまい。

だが隠しきれない殺気が伝わってくる。

 

イーライの持つ突き上げるような報復心ではない。

世界や誰かを憎んでいるのではない。

辺り一面を覆うような、静かな、だが確かに強力な殺気。

自分自身への憎しみが、周囲に漏れ出ているような哀しみさえ感じる。

 

 

 

そして、懐かしい匂いがする。

 

 

その一瞬の動揺が反応を遅らせた。

すぐさま緊急回避したスネークの右肩を、一本のナイフがかすめる。

 

瞬時に体制を立て直し、ナイフの飛来した方向へハンドガンを向ける。

敵影は見えない。密林の木々を利用して身を隠しながら移動しているのだろう。

 

視界の悪い密林の中で、木々に身を隠し戦う。

ザ・フィアーだけでなくザ・ボスとの戦闘さえ思い出す。

 

インファイトに備え、ハンドガンとナイフを同時に構える。

スネークイーター作戦中にエヴァに語った、CQCへの移行をも想定したオリジナルの構えだ。

 

 

そういえばなぜダイアモンドドッグズにきてからこれまでこのスタイルを取らなかったのだろう。

また自分の存在が揺れ始める気がして考えるのを止める。

 

ザ・ボスとの戦闘さえ思い出せないのではないかという不安が脳裏をよぎる。

また、強制的に思考を停止させ迷いを振り切る。

 

今対峙している敵は明らかに手練だ。頭痛や考え事の片手間に相手を出来るような敵ではないことは考えるまでもない。

 

 

視界の右端に、赤い布がたなびくのが一瞬見えた。

あんな目立つ色の装備でここまで悟らせずに動くことの出来る敵に、それだけで敬意さえ覚える。

 

相手の動きを予想し、右側に銃を向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出てこない。

嫌な予感がする。

 

感覚を研ぎ澄ませる。

聴覚が、枝葉が揺れる木々のざわめきを捉えた。

 

思考よりも早い反射の速度で頭上に構える。

そこには自分めがけて鉈(マチェット)を振りかぶりながら飛び降りてくる、赤黒いマントに全身を包んだ敵の姿があった。

敵に正面を向けたままバックステップを踏みながら鉈をナイフで凌ぐ。

その重量を全てのせた鉈の衝撃に逆らわず、むしろ利用して後ろに飛び退る。

敵は軽快な動きで、スネークと切り合った勢いで宙返りしながら、着地までの間にサバイバルナイフを一本投擲してみせた。スネークはそれを冷静に撃ち落とす。

 

 

赤マントの敵は着地し、スネークはハンドガンとナイフを構える。

一息の間に、お互い共に常人離れした技を見せあい、相手を認める。

 

一瞬の沈黙の後、スネークは口を開く。

「お前は誰だ。XOFか」

 

赤い外套を全身に纏い、顔さえフードの奥に隠れて見えない。性別さえ判断できない敵を前に、情報を引き出す必要があった。

聞いてはみたものの、その敵がXOFなどではないことは感づいていた。

 

影に覆われたその敵の顔が、笑ったように見えた。

しかし感じ取った感情は歓喜ではなかった。

 

安堵。安心。安らぎ。

 

そしてその笑みを浮かべた影の奥、闇の底から、言葉を紡いだ。

「敵でも味方でもない。そういうどこにでも在る関係ではいられないんだよ俺達は」

 

英語だ。確かに英語を喋っている。だがこいつはマスクをしていない。

そして男だ。

男はフードをとり、貌を露わにする。

 

左の頬から下は焼けただれ、歯が露出している。

 

両耳から伸びるイヤホンは、どこにつながっているのかわからない。

 

少なくとも目覚めてから会ったことのある男ではない。

 

しかし、焼け落ちること無く残った上唇よりも上の、目鼻立ちには覚えがある。

その面影を、俺は知っている。

 

 

「久しぶりだね、スネーク」

 

 

確信する。

この男は自分と同じ、死んだはずの男だ。

 

 

懐かしさの、その男の正体は、あの時の少年だった。

 

 

 

 

 




しぶに投稿したものをコピペしているのでルビとかおかしくなってますしページ分割もできてないので歯切れが悪いです

申し訳ない( ˘ω˘ )

次回、あの少年との結末やいかに。

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