『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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彼女は俺に依頼をする

 起きてすぐにすることは、髪留めで長い髪の毛をとめることだ。片側は隠れる形になるが仕方がない。今は長い髪の毛で我慢するしかない。時が来たら、短めに切ろうと思っている。置いてある眼鏡をかけて服を着替え、自室から出る

 

「おはよう。今日は早いのね」

 

 事務所兼自宅のこの家のキッチンでは咲華さんがご飯を作ってくれていた。目玉焼きにサラダ、果実と朝に適したと言える料理が並び始める。優しい味がするので俺は好きだ

 

「昼から出かけるからね。幸いにも明日の講義は朝早くからじゃないし」

 

「だからって夜な夜な遠くまで行っちゃダメよ?」

 

「わかってるよ」

 

 ご飯とともに目玉焼きを食べ、先程置かれたばかりの暖かい味噌汁を飲む。それで食べ終わった後は暖かいお茶でゆったりと寛ぐのが時間がある時の行動だ

 

 カラーンッと事務所の扉につけられている鈴がなった。こんな朝早くにお客さんだろうか

 

「珍しいこともあるもんだな。親父は?」

 

「まだ寝てるから、お願いしてもいい?」

 

「りょーかい」

 

 事務所の方へと続く扉を開いてみると、大人しい服装に身を包んだ女の子が立ったままその場で待っていた。黒い額縁の眼鏡をかけた長い髪の女の子。あの子は...

 

「おはようございます、晴大さん」

 

「...おはよう。こんな朝早くからどうしたんだ? 昨日のあの子も一緒じゃないみたいだし」

 

 昨日来た女の子。浪川 雪菜がそこで待っていた。とりあえず立たせておくのもあれなので、彼女をソファーにまで誘導して座らせる。飲み物は何がいい、麦茶かジュースか珈琲か、と聞くと、カフェオレで、と返してきた

 

「なんだ、ブラックは嫌いか?」

 

「貴方が昨日飲んでるのを見たので。それに、珈琲の香りがとても良かったから、飲んでみたいと思ったんです」

 

「三択しかなかったのにカフェオレを選ぶその度胸に免じて、俺が淹れてやろう。不味くても文句は言わないでもらいたいね」

 

「いえ、ありがとうございます」

 

 少しばかり嬉々とした感じを醸し出しながら、珈琲を入れて牛乳を混ぜ、粉砂糖とガムシロップが入った容器をいくつか持っていく。彼女はマグカップを受け取ると、特に砂糖などを入れることもなく飲み始めた

 

「なんだ、入れないのか?」

 

「これくらいが丁度いいです」

 

「そうか。俺なら3個は入れるんだがね」

 

 糖尿病になりますよ、と注意された。こんな仕事ばかりじゃ甘いものが欲しくなるというものだ。むしろガムシロップ単体を沢山入れたものを飲み干してみたい願望まである。流石にやらないけど

 

「それで、なにか依頼か? それとも忘れ物でもしたか」

 

「えぇ...依頼、ですかね」

 

「へぇ...何でも言ってみ? ストーカーか? 脅迫か? 彼氏の素行調査か?」

 

 軽く茶化しながら彼女にそう問いかけた。彼女は俯きながら、重々しくその口を開いた。そこから先の言葉を、聞かなければよかったと軽く後悔することになる

 

 

「浪川 鏡夜を探し出してほしいんです」

 

 

「..........へぇ」

 

 

 軽く頬が引き攣る感覚に陥った。すぐに元の表情に戻して、彼女に色々と聞いてみることにした

 

「その依頼をしてくるのは少なくない。色々と調べてはいるんだが...君の名前も出てきてるんだ。浪川 鏡夜の妹、浪川 雪菜ってのは君だろう?」

 

「...はい」

 

 彼女は俯いたまま、悲しそうな雰囲気を醸し出しながら話を聞き続けた。本来なら本人にこんなことを聞くのはあまりやりたくない事なんだが、これも仕事だ。俺は意を決して彼女に問いかけた

 

「何故探し出してほしいんだ? 殺人鬼の暴行を止めるためか? それとも、身内だからか?」

 

 俯いたままだった彼女が顔を上げた。彼女の目は、確固たる意思を宿していて、俺の中を何かが貫いていったような感覚があった

 

「...殺したいんです」

 

 聞き間違えたかと思うような言葉だった。だが、再度開かれた彼女の口から発せられた言葉に、それは聞き間違いではないということを決定づけられてしまった

 

「兄を、殺したいんです」

 

「......そりゃまた、なんで?」

 

 引き攣った顔が元に戻らない。今鏡を見れば酷く滑稽な顔をしていることだろう。普通思わないだろう、ただの女子高生が兄を殺したいという理由で依頼をするなど

 

「兄は、父と母を殺しました...だから、同じ目に遭わせてやりたいんです。私が味わった悲しみと苦しみを、味あわせてやりたいんです」

 

「だから殺す、と?」

 

「それが、一番手っ取り早いですから」

 

「君が殺人犯になろうとも?」

 

「...はい」

 

 淡々と、しかし冷酷にその言葉は紡がれる。額を抑えて溜息を吐く。何度か頭をガシガシと強くかいて、俺は口を開いた

 

「同じ苦しみを味合わせるなら、殺すのは得策じゃないだろうさ」

 

「...何故ですか?」

 

「罪を認識させ、それを償わせる。それは警察の仕事だ。俺達探偵にはそれは出来ない。俺達ができるのは、証拠を集めることだ。そして犯人を特定し、それを警察に突き出す。それが探偵の仕事だ」

 

「...だから、なんですか?」

 

「死ぬって言うのはな、物事のしがらみから抜け出すってことだ。罪から抜け出し、償いをせず、消えちまう。それは復讐になり得ない。君は、ただ自分が抱え込んだ恨み辛みを晴らしたいから殺したいんだ。それは復讐じゃない。自己満足だ」

 

「私にとっては、殺すことこそが復讐です。例えそれが自己満足だとしても」

 

「それは君が罪を負ってまでするものじゃない。君みたいなのが未来を潰すんじゃない」

 

「...でも」

 

「でももなにも無い。俺に出来ることは、全ての罪を明らかにし、その上で刑務所にぶち込むことだ。相手の心に罪を認識させ、その上で償わせずに生きながらえさせる。それこそ、俺にとっての復讐で、俺が君に提示できる最大の復讐方法だ」

 

「...貴方にとっての?」

 

「あぁ、そうだとも」

 

 あまり話したくはない内容だが...致し方ないことだ。それに、彼女には知っていてほしい情報でもある。いずれ訪れるかもしれない未来のために

 

「俺も親父も、殺人鬼を追っている。それも、ずっと前からだ」

 

「そうなんですか」

 

「あぁ。殺人鬼は昔からある手口を使っていてね。なんだと思う?」

 

「...わかりません」

 

「死体を売ってるんだよ」

 

「...えっ?」

 

 彼女は頓狂な声を上げた。そりゃそうだ。この事は警察でさえも知らない。俺と親父が長年追っかけて掴んできた情報だからな

 

「俺が奴を追う理由...それは、俺の弟が殺されたからだ」

 

「...弟さんが...?」

 

「あぁ。そんでもって、その死体を売られちまったわけだ。その死体の受取人も先日何とか見つけ出した。口封じのためか、殺されてたがな」

 

「...そう、だったんですか」

 

「そんで、売られた弟の体の臓器はまた別ルートで売られた訳だ。俺はその売られたルートがわかったから今日の昼から出かけて行ってみる予定だ」

 

「すいません、そんな大事な時に押しかけてしまって...」

 

「良いんだ、気にすんな」

 

 先程まで確固とした意思を宿していたその少女は、今は落ち込んでいるように見える。酷く脆そうだ。体ではなく、心が。磨り減ったのだろう、長年の間で。そして、それを支えているのが、殺人鬼への、兄への復讐心ときた。こういった奴の結末は決まってる。どう足掻いたとしても、BAD ENDだ

 

 ...そうさせないために、俺はいる

 

「親父が殺人鬼を追う理由だがな...前の嫁さんが殺されたんだよ」

 

「..........」

 

「俺にとっては母親でな。今いる嫁さんは、親父の再婚相手ってわけだ。昨日も見たろ? 咲華さんのことだ」

 

「...だから、名前で呼んでるんですね」

 

「そういうことだ。親父も頑固でね。前の嫁さんでも、俺の愛した女だって言って、ずっと追っかけてんだ」

 

「...皆、兄のせいで大切な人を失ってるんですね」

 

「お前が気に病むことはない」

 

「...ありがとうございます。話を聞けて、良かったです。兄がどうやって生きているのか、わかりましたから」

 

「...なに?」

 

 軽く眉にシワを寄せて聞き返した。彼女は俯いたまま、少し涙ぐんだ様子で話しだした

 

「ただの中学生が、誰の力もなしに生きられるわけがなかったんです。兄は、殺した人を売り払って、そのお金で生きていたんですよね」

 

「...それが、殺人鬼の生き方なんだろうな。胸糞悪くなる話だが」

 

「...私は、どうするべきなんですか? あの兄の妹として...被害にあった人に、謝るべきなのですか? 私自身の手で、兄を止めるべきなのですか?」

 

 ポタリッ、ポタリッと机に涙が落ちた。彼女の可愛らしい顔が、涙で濡れて軽く歪んでしまっている。手を伸ばして、指で彼女の涙をすくう。そして、頭に手を乗せて軽く撫でた

 

「君は何も心配することは無い。殺人鬼は、俺と親父で絶対に捕まえる。君は兄を殺したいのかもしれない。俺らもそうだ。大切な人を殺された。俺も、君と同じ想いだ。けど、それをしてしまったら、俺は殺人鬼と同じになってしまう。君もそうだ。思うだけにしろ。実行に移すな。君は被害者だ。誰に謝る必要も無い。それに、君は兄を止めたくて俺達に依頼を出しに来たんだ。それだけで、充分よくやったとも」

 

 彼女の頭から手を離した。泣くまいとしていた彼女は、我慢することも出来なくなったのか、声を出して泣き始めた。辛かったのだろう。こんなこと、友達には相談できない。信頼できる親はいない。誰にも話せず、心の中で迷い続けた。自責の念に押し潰され、なんとかしなくてはと思っても何も出来ず、ただ日に日に殺人鬼への殺意は膨れるばかり。悲しさも、親を想う愛しさも優しさも、すべてを殺意へと変えてしまったのだろう

 

「君は自分の今を進みなさい。限りある余生を幸せに生きなさい。そして、殺人鬼が捕まったら問い詰めればいい。暴言雑言をしまくればいい。警察にはそれくらいの手回しは出来る。だから...少しずつでもいいから前に進みなさい」

 

 彼女の泣く声は止まらない。彼女は口を開き、泣き声で途絶え途絶えになりながらも、必死に言葉を紡いで伝えてきた

 

「な、ら...手伝って、ください...私が、前に、進めるように...」

 

「...いいとも。俺なんかでよければね。その依頼、承ったよ」

 

「あり、がとう...ございます...」

 

 未だ泣き止まない彼女に、ポケットの中に入れていた青色のハンカチを取り出して渡した。彼女はお礼を言うと、そのハンカチで涙を拭き始めた

 

「...楽になったか?」

 

「...はい」

 

 未だ軽く泣いてはいるものも、彼女は頷いて返してきた。俺は、忘れないうちにと机の中に入っている小さな手帳を取り出して、ボールペンとともに彼女に渡した

 

「そこに、君の名前と保護者の名前。そして連絡先と住所、依頼内容を書いてくれ。これも一応、仕事なんでね」

 

 そう言うと、彼女は綺麗な字で手帳に書き込み始めた。書き込まれていく彼女の名前、保護者の所には滝川 総司と書かれている。知らない名前だ。一応後で親父にも教えておこう。その下には彼女の携帯番号が書かれていて、更に、滝川 総司の携帯番号と自宅の電話番号が書かれていた。そして住所も書き終え、依頼内容を書き始めたが...その指は止まってしまった

 

「...どうした?」

 

「いえ、その...なんて、書いたらいいのか...」

 

 既に書かれた依頼内容の一つは、殺人鬼である兄の捜索。そしてもう一つ書こうとしているのは、先程の彼女の手伝いのことだろう

 

「恥ずかしがることもないさ。自分がしてもらいたいことを書いてほしい」

 

「...はい」

 

 彼女の頬が軽く赤く染まった。そして書かれた依頼内容。それは...

 

「あっ、ち、違っ...こ、これは間違えで...」

 

 私と一緒に前へ進んでほしい、と書かれていた

 

「わ、私が依頼したいのは、そういうことじゃなくて...」

 

「...おや、もうそろそろ時間だな」

 

「あっ、ちょっと待って...!?」

 

 ヒョイっと彼女の手から手帳を取り上げる。ふむ...一緒に前に進んでほしいとは、これはある種の告白だろうか?目の前であたふたとしている彼女も見れて、非常に愉快だ。このままにしておくことにしよう

 

「それじゃあ、依頼承りましたよ」

 

「う、うぅ...」

 

 彼女は恨めしそうにこちらを睨んでくる。そんな彼女を見て笑いがこみ上げてきた

 

「くっはははっ、なに、まぁいいじゃないか。あまり頼れる人もいなかったんだろう? なら、俺になら甘えたっていいんだよ? それも、お仕事の内さ」

 

「うぅ...」

 

「ガス抜き程度にでも考えておけばいいさ。辛いことがあれば話せばいい。わからないことがあれば聞けばいい。相談したいことがあるならすればいい。君はもう充分苦しんだんだ。ここから、少しずつでも明るい未来に行くために、頼りなさい、周りの人を」

 

「......はい」

 

 泣き顔から少し変わって、彼女は少しだけ微笑んだ。それが見れただけでも充分だろう。彼女は立ち上がって、そろそろ帰ると旨を伝えてきた

 

「なんだか、乱暴な口調の人だと思ってたのに、優しい言葉も使うんですね」

 

「使い分けてるんだよ。これでも、人と接するお仕事だからな」

 

「...その優しい口調が、本当に昔の兄みたいで...ちょっとだけ、いいかなって思います」

 

「恨んでるんじゃないのかい?」

 

「今と昔は別ですよ...好きだったんです、昔の兄は...本当に...」

 

 そう言って彼女は事務所の入口の扉に手をかけた。振り返って、軽く頭を下げてから聞いてきた

 

「また来ても、いいですか?」

 

「俺がいるかはわからんが、いつでも来るといい。珈琲ぐらいなら出すよ、咲華さんが」

 

「貴方の珈琲が飲みたい、といったら?」

 

「俺がいる時にでも頼むんだな」

 

 カラーンッと音がなって、彼女はお礼を言ってから店を出ていった。昼近くの事務所付近は商店街へ買い物に行く人々が沢山通る。その人混みに紛れるように、彼女は消えていった

 

「...ふぅ。まったく、困ったもんだね。どうだい、親父?」

 

 後ろを振り向いてみれば、扉を開けて親父が入ってきていた。恐らく途中から聞いていたのだろう。それぐらいはわかった。これでも探偵やる上では気配察知の能力も割と重要だからな

 

「人の過去を話しやがって...まったく」

 

「仕方ないな。信用を勝ち取るには手の内を明かすのが楽でいい」

 

「そりゃそうだがね。んで、保護者の名前は?」

 

「滝川 総司、というらしいな」

 

「滝川 総司ね...」

 

 親父が静かに何かを考え出した。何か気になることでもあったのだろうか

 

「知り合い?」

 

「いやまったく。でも、似たような名前をどっかで...そうだ、昔大学生の頃聞いた気がするな。まぁ、関係ないだろうがな」

 

「ふーん、まぁ、一応調べておくに越したことはない。親父の大学ってどこだっけ?」

 

譚帝(たんてい)大学だな。そこの心理学専攻だった。調べるなら、俺の大学の友人の連絡先を渡すぞ。一癖二癖あるかもしれんがな」

 

「親父自身で調べれば...って、無理か。警察からお呼ばれしてるんだろう?」

 

「集まって会議に参加してくれ、だとさ。こんなら特命係みたいな感じで警察署に部署を置いてほしいもんだね」

 

「流石だな、親父は。警察に友人がいるんだっけか」

 

「高校時代のやつがな」

 

「ほぉ...」

 

 親父の交友関係はなかなかに広い。調査する分には助かるからいいんだがね。今回みたいな時には助かる

 

「こっちの件が片付いたら滝川 総司について調べてみるよ」

 

「任せた。俺は奴の足取りを追う」

 

 そうやって俺と親父は互いに情報の交換をし合い、殺人鬼を探し出していく。俺はもう親父の足を引っ張るようなヘマはしない。これでも探偵として働き始めてそこそこ力はつき始めたんだ。絶対に逃がすものか

 

 

To be continued...


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