『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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『俺』

「...ありえない。五年前に俺が殺したはずだ...心臓を突き刺して、その後売り払ったッ!! お前が浪川 鏡夜だというのはありえないッ!!」

 

 ...目の前で滝川 総司が怒声を上げた。身を襲う恐怖心と、身体の奥底から湧き出てくる怒りと殺意を無理矢理押さえつけた。

 

「...橘花 恭治と橘花 海音の間に産まれた子供が双子だったとしたら?」

 

「...それ、は...だが、それだと指紋の件が合わない」

 

「一卵性双生児。それが俺ともう一人の弟。知らないか? 外国では一卵性の双子の片方が人を殺して、指紋やDNAを検査しても、どっちがやったのかわからなくて事件が終わってしまった、というケースがある。つまり....アンタが殺したのは、俺の弟である橘花 晴大だ」

 

「...まさか、いや...あの事件の後に血濡れの男の子が走っていったというのはデマではなく、お前だったのか?」

 

「そう...。当時離れ離れになってしまった兄弟。兄は母親に、弟は父親に。しかし弟は兄と離れることを嫌がり、ことある事に母親の家に遊びに来ていた。誰にも内緒でな。そうしてある日弟はある提案をした。俺達容姿が瓜二つだから、俺が兄貴の髪型にして兄貴の服着たら、母さんわからないかなって。そうして、弟の考えた遊びを実行することになった。俺は自室の襖の中に隠れた。そして弟は母さんに見せるつもりだったが...そこでアンタが来たんだ」

 

 両手に力が入っていく。燻ってきた想いが、奴を殺せと叫んでいた。仇を取れ、と。

 

「アンタは弟に母さんを殺させた。そして、血の繋がっていない父を殺した。残された弟は...兄を、俺を庇うために叫んだッ!! 俺が、鏡夜だ。俺が鏡夜だとなッ!! 情けなく隠れて恐怖のあまりに泣いていた俺を、アイツは庇って死んだんだよッ!!アンタが、殺したんだッ!!」

 

 震える身体に喝を入れるように、俺は出せる限りの声量で叫んだ。想いを口に出した途端に、それは止まることを知らず溢れだしてきた。

 

「ずっとアンタを追ってきた、この手で殺してやろうと、残された妹を放ってまでアンタを追ってきたんだッ!! 弟の名を名乗り、血を吐くような日々を送って、俺はここまで来たッ!! 弟だけじゃない...アンタは、ハーミットすら殺しただろう!? 丁寧に盗聴器まで仕掛けてやがって...アイツは、静かな人生を送ろうとしていただけだったのに...それを、アンタはッ!!」

 

 ここに来るまでに数十分かけて走ってきたせいか、身体は既に肩で息をするほどになっていた。吐露した想いは、そのまま身体の奥には戻らずに、まるで全身を支配するかのように俺の身体を満たしていく。

 

「...なるほど、あの女データを隠していたか。まぁいい、やることはやってくれた。作った麻薬のテストも充分出来た。おかげで人を売れなくても麻薬で金は手に入った。しかし...どこからだ? どこからあの情報が入ったデータを発見した?」

 

「アンタが殺したヒューマンショップの店の金庫だ。不用心だったなぁ...おかげで、ここまで来れたんだからな。とんだ喰わせもんだよ、アンタは。人を殺して金を得て、他人にその罪を擦り付け、本人は整形して口調まで変えてるときた。離婚した時点でアンタの名前は逆巻から滝川に代わって誰にも見分けられなくなった。僕って話し方も、結局は弱々しさと誠実さを見せるためだけの話し方だ。そうだろう、殺人鬼」

 

「...伊達にあの男の息子ってわけじゃないか。流石だよ、賞賛に値する。ここまで来たのはお前が初めてだ。その行為に敬意を評して...お前の弟と同じように殺してやるよ」

 

 ナイフを構えて俺の方へと向かってくる。狭い部屋で、回避なんてできない。俺は振り下ろされるナイフを横側から拳を当てることで起動を逸らし、再びナイフが襲い来る前に前蹴りを繰り出した。

 

 ...が、それは滝川 総司の左手によって阻まれる。左手で右足を抑えられ、ナイフを横から突き刺された。

 

「ぐっ...」

 

 突き刺さったナイフには目もくれずに片足立ちの状態で薙ぐように腕を振って総司の顔面を狙う。

 

「おっと」

 

 ナイフが勢い良く抜かれて、そのまま右手で拳が防がれる。仕方が無いのでそのまま支えとしている足から力を抜いて地面に倒れるように全体重で落ちた。足を脇で抑えるように掴んでいた総司は少しだけ体制を崩し、なんとか足を抜いて、そのまま頭の後ろに両手を置いて思いっきり反って、飛び起きる要領で総司を蹴り飛ばした。壁まで蹴り飛ばされ、貼り付けられた写真が数枚剥がれ落ちた。

 

「っ、てぇなぁ...まさか、てめぇフォーム飲んでんのか」

 

「当たり前だ。父さんに怪我を負わせられるような化け物に、何もなしで勝てるわけねぇだろうが」

 

 足から流れ出る血を気にもとめずに立ち上がる。痛む...が、それだけだ。フォームの効果はアドレナリンの大量分泌。アドレナリンは痛みを抑えて気分を高揚させる。しかしフォームの第二の効果、抑えていた感情の浮上、激化。つまり今の鏡夜は痛みをある程度気にすることなく、感情のままに戦おうとしているのを今まで培った理性で押さえつけている状態だ。当然、判断能力はある程度落ちるが、その分以上に身体能力が限界近くまで引き出されている。

 

「あっそ」

 

 総司は立ち上がると同時に近くの机に置いてあった電気スタンドを掴んで投げつけた。今の鏡夜にはそれを躱す必要も無い。顔面めがけて飛んできたそれを右手で弾き飛ばした。

 

「...ッ!?」

 

 電気スタンドが鏡夜の視界を遮った。弾かれた電気スタンドの後に見えたのは、目の前に迫っている足だった。顔面を狙った蹴りが鏡夜に的確に放たれる。反応速度が上がっていても、不意打ちに近い形で放たれたそれは、鈍い音をたてて鏡夜の顔面に穿つように放たれた。

 

「ぁっ......」

 

 彼女の悲鳴が小さく部屋に響いた。だが、その悲鳴をまるで何も無かったかのようにかき消す程の大きさの鈍い音が響いた。そしてすぐに壁にぶつかる音が響く。壁に当たった反作用で前に勢いよく倒れた鏡夜の顔は、薬の効果と相まって余計に赤く見えた。

 

「っ...く、そがぁ...」

 

 天性の殺人鬼。それが滝川 総司だ。対して彼は、復讐心に身を任せて、元々は良くなかった運動能力を血を吐く努力で昇華させた努力型の天才。薬でドーピングしてもなお、鏡夜の戦闘能力は滝川 総司に追いつかない。天才は努力でなるものだ。誰かはそう言った。それは間違いだ。現に、目の前に天才に努力と道具を使ってまで殴りかかった男は負けているのだから。

 

「お前は間違えたんだよ...俺を本気で殺したいなら、あの化物とくるべきだった。お前は自分の気持ちを優先した結果...誰も守れずに死ぬんだ。いやぁ、素晴らしい兄弟愛じゃないか!!」

 

 アッハッハッハッハッ!! 総司の笑う声が響く。そしてとても愉快そうに顔を歪めて鏡夜を嘲笑(わら)った。

 

「本当、兄弟だね...どっちも、何も出来ず、誰も守れずに死ぬんだ。お前の弟? あぁ、そっくりじゃないか。叫んで、自分の気持ちを優先して突っ込んで、挙句死ぬ。兄弟ってのは馬鹿まで似るんだねぇ!!」

 

 ...同じ...? 俺が、アイツと...?

 

「...違う......」

 

「あぁ?」

 

「アイツは、違う...」

 

 ...アイツは、自分の気持ちを優先して突っ込んだんじゃない。自分の気持ちを優先して死んだんじゃない。アイツは...アイツが、自分の気持ちを優先するのなら...

 

「...アイツは、逃げなかった...」

 

 ...命惜しさに、逃げたはずだ。だって、母さんはともかく、あの父親は、アイツの父親じゃない。アイツの父親は、父さんだ。アイツが親父と慕っていた父さんだ。母さんは既に手遅れだった。なら...アイツが逃げなかったのは...

 

「...死にたくない、思いよりも...アイツは、兄を慕う心の方が、大き過ぎたんだよ...」

 

 そうだ。アイツは俺とは違う。正義感溢れる男だった。皆が慕うような強さを持っていた。運動能力が高くて、皆に尊敬されるような男だった。俺とは、正反対だった。そんなお前が、コイツを殺せなかった...。

 

「俺と、アイツは違う...だから...」

 

 ...俺はそれを証明し続けなければ。俺とお前は正反対で、俺はお前の理想でなくてはならない。アイツができないことをやるのが俺で、俺にできないことをやるのがアイツだ。だから......

 

「...俺はお前を、殺さなくちゃいけないんだよ」

 

「...死に損ないが。そんな体たらくで、できるわけねぇだろ!!」

 

 総司の蹴りが鏡夜の腹に入る。壁と挟まれて、力がうまく分散しないまま鏡夜の体内を蹂躙していく。腹の中から血がせり上がり、身体を押された衝撃で、先程刺された足の部分から血が勢いよく溢れ出た。それを見た総司は満足げに笑うと、鏡夜の見ている目の前で雪菜を犯してやろうと、ベッドの方へと歩いていった。

 

「がっ...ぁ......ッ」

 

 ...証明しろ。お前は何のためにここまで来た。復讐心? 家族愛? いや違う。もっと簡単な理由だった。死んだ人を思い出せ。母さん、父親、晴大、ハーミット...多くの知らない人。なぁ、俺はこのために戦っていたのか?

 

 ...違うだろう。俺は、誰でもない俺のために戦ってきた。その中に家族の思いも含まれているかもしれない。けど、それらを纏めて、俺は俺のためにここまで来たんだ。

 

「なっ...!?」

 

 総司が驚きの声を上げた。まともに動かない身体で鏡夜がしたことは...ポケットの中から、ありったけのフォームを取り出して飲み込む、ということだった。それは、恭治に言われた致死量の最低ライン。しかし...それは間隔をおいて摂取したからだ。それを一度に飲み込めば...

 

「...血迷ったか」

 

 作った張本人は、それを服用しない。それが無くても天才は自分の力を最大限まで引き出せる。それになにより...危険性を知っているのに使うわけがない。総司がこれを作った理由は、強力な媚薬を作るためだ。そのために前準備としてこの薬を作ったのだ。

 

「......俺、は...」

 

 ...そうだ。俺は...ただ...

 

「...仕方ないなぁ。ガキには身体に教えなきゃわかんねぇかなぁッ!!」

 

 総司がナイフ片手に走り出す。フラフラと立ち上がろうとしている鏡夜目掛けて、そのナイフを突き刺した。心臓はあえて狙わない。動けなくなる程度でいい。そうでなくては、雪菜の心をより強く縛り付けられない。

 

「...なに」

 

 言葉を全て言い切る前に、総司が反対側の壁に向かって勢い良くぶっ飛んだ。パラパラと落ちてくる壁に貼り付けられた写真の上に、総司の口から飛び出た血がぶちまけられる。

 

 腹に突き刺さったナイフを勢い良く抜いて、鏡夜は言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...俺はアンタを殺したい」

 

 

 ただ、その一心だけでここまで進んできたんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

To be continued...





 現代の科学なら確か一卵性でも見分けができたはずです。この世界では...そういうことにしておいて下さい。

 一応昔に一卵性の双子の殺人事件あったらしいですよ。

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