『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』 作:柳野 守利
───俺が鏡夜だ
そう言った彼の本当の心を知る者はいない。ただ、アイツは正義感が強かった。虐められている子がいれば、割って助けに入る。腕っ節も強かった。
───俺が鏡夜だ
何度もあの日の夢を見た。そして、俺はその夢の中の俺を恨んだ。夢の中だけでもいい。手を伸ばせ、と。隠れていないで、足掻けと。両親を助け、弟と妹を助けろと。
...だが、夢の中ですら俺は臆病だった。死ぬのが怖い。代わりをしてくれるのなら、俺は喜んで差し出そう。流石にそんなことを思うほど外道ではない。が、それに近しい気持ちではあった。臆病で、気が弱くて、そんな自分が世間で生きていくためには他人に優しくする他なかった。
───たすけてくれ
流石にアイツでも、死の恐怖には逆らえなかった。一度だけ、アイツは俺の方を見た。そして...俺を見たアイツは、アイツの目は...何かの覚悟を決めたんだと思う。いつも真っ直ぐだったアイツの瞳は、より一層真っ直ぐになった気がしたからだ。
勇敢で、物怖じしなくて、よく笑っていた。友達と元気に遊んで、体を動かすのが好きだった。そのくせ、俺の後ろをついてまわって、これやろう、あれやろうって遊びに誘ってきた。
...正反対だった。ほとんど全てが。好きな食べ物も、嫌いな食べ物も。アイツは辛いのが好きで、俺は甘いものが好きだった。アイツは外で遊ぶのが好きで、俺は部屋に篭っていた方が好きだった。アイツは足が速くて、俺は遅かった。ことある事に、比較された気がする。お前の弟、凄いよなって。まぁ、別に俺はそれを聞いても、そうだなとしか思えなかった。
...仲は良かった。普通の兄弟以上には、仲は良かったと思う。アイツがどう思ってたかは知らないけど...けどきっと、アイツは俺以上に、兄としての俺を慕っていたんだろう。
───俺の方が兄貴より上? そんなことないよ。兄貴は凄いんだよ!! 頭がいいし、優しいし、なにより怒んない。遊びに誘えば嫌な顔しないで一緒に遊んでくれる。だから、俺は兄貴よりも上だとは思わないよ。だって俺...兄貴みたいになりたいから。
...そう、正反対だったんだ。俺達の理想も。俺は、強く、格好よくありたかった。運動できて、すげぇなって言われたかった。だが、アイツが目指していたのは俺だった。誰にでも優しく、頭が良い。まるで正反対の俺達は...ただ、容姿だけは同じく産まれてきた。ほんの少し、俺が産まれるのが早かった。それだけだ。
...そんな俺達を表すかのように、名前はつけられていた。鏡写しの兄弟。夜のように静かな兄。晴天を体現したような明るい弟。それが、俺達
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
...不意に、扉が開かれた。私に覆い被さっていた総司さんは驚いて扉の方を見た。そこにいたのは、髪の毛で片目を隠し、黒縁の眼鏡をかけた男の人...晴大さんだった。
「晴大さん...晴大さんッ!!」
私は、くぐもっていた声を張り上げて彼の名前を呼んだ。助けに来てくれたんだ。ここまで、私を助けに。それだけで良かった。たったそれだけのことでも...私は、体の底が暖かくなるような感覚に陥った。
「...貴様ら橘花は、俺の邪魔をしなくちゃ気が済まないのか!!」
総司さんが私から降りて怒声を上げた。晴大さんは無表情のまま、総司さんを睨みつけている。
「...邪魔、ねぇ......。なぁ、聞かせてくれよ殺人鬼。アイツさ、死んだ時何を思っていたんだろうな?」
「...アイツとは誰だ。いや、それよりも恭治はどこだ!!」
「親父なら来ないよ」
その言葉を聞いた総司さんは焦った表情から一気に笑みを浮かべた。そして心底嬉しそうに声を上げた。
「くっ、ハハハ!! お前まさか一人で来たのか? なら何も問題は無い。あの頭のイカれたてめぇの親父がいないのなら、俺が負けるわけがない!!」
「...なぁ、聞かせてくれよ。五年前にアンタが殺した男の子。橘花 恭治の息子...アイツさ、何を思って死んだんだろうな」
「あぁ? んなもん知るかよ。死人に口なしだ。どうだっていいだろう?」
「...そうか。けど、きっと...今の俺とは違う想いだったんだろうなぁ」
そういって晴大さんは悲しげに俯いた。その間に、総司さんは先程手放したナイフを拾って右手で構えた。
「...どうやってここまで来た? バレるようなへまはしなかったはずだ」
素朴な疑問を彼は問いかけた。警察が嗅ぎつけにでも来たら一緒に恭治も来るだろうという考えだろう。一応適当なフォーム保持者を無料でフォームを渡すという約束の代わりに恭治を足止め、あわよくば殺せと言ってはあるが、流石に無理だろう。
「発信機。彼女が寝てる間に全部の服に仕込んだ。防水対策もしてある。洗濯程度じゃ落ちないようにもした。それで一つだけがここで止まっていたからそれを辿ってきた」
「...そうか。夜中に誰かが周りをうろついていると思ったら貴様か」
「ご名答。バレるとは思ってなかったんだけどね...おかげで警察の警備が固くなったせいで夜中に出歩くのが困難になった。まぁ、苦労はこうして報われた」
彼は辺りを見回してから顔を歪めた。そして総司さんに問いかけた。
「これ全部アンタが盗撮したのか。余程の変態だな」
「...なんだ、見て興奮してるのか? 俺の後ろに、本物があるぜ?」
そう言って総司さんが私が良く見えるように私をベッドから無理やり起こした。触られる度に、変な感覚で頭がおかしくなりそうだ。
「み、見ないで......」
そう言って私は身体を隠そうとするけど...彼に見られている、それだけで何故か身体が余計に熱くなってしまった。薬のせいだと思いたい...私はこんな変態じゃない...。
「...雪菜から手を離せ。俺の家族に触れるな」
「...あぁ? 雪菜の家族は俺だけだ。お前はコイツとなんら関わりもないだろう? なのに、家族気取りか? 雪菜に惚れでもしたのか...だが、残念だなぁ。この娘はもう、俺のものだ」
総司さんが私の身体を舐め回すように見下ろす。ゾクリッと嫌な感じがした。気持ちが悪い...はずなのに...。
「...残念だけどさ、雪菜の家族は俺だ。アンタじゃない」
「...てめぇはあの橘花の息子だろう?」
「正確には、橘花 恭治と橘花 海音の息子だ」
「...なに?」
...かい、ね? 私の母さんの名前は...浪川 海音。でも、その名前はお父さんの苗字で...。再婚した時に来たのが兄さんで...でも、もう殺されてて....
...どういう、ことなの? 私には、この状態では上手く理解出来なかった。必死に理解しようとしている中、晴大さんはつけていた眼鏡を外して、総司さんを強く睨みつけながら言い放った。
「アンタがもう名乗ならないのなら、その名前、返させてもらおうか......」
「───俺が、浪川 鏡夜だ」
To be continued...