『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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私にとっての悪夢

 ...寒い。凍えるような寒さに、私は目を覚ました。暗い部屋だった。周りがよく見えない。身体を動かそうとしても、鉄が擦れる音がして動かない。

 

「...どこ、なの?」

 

 身体をよじってみる。なんだか柔らかい物の上にいるみたい。これは...ベッド?

 

「...兄さんの、家?」

 

 暗すぎて何もわからない。周りに誰も居ないことがわかって、途端に恐怖に襲われた。動けない状態で、暗闇にいるなんて...しかも知らない場所。怖いものなんて沢山ある。幽霊だとか、そういったもの。けど人が恐れるのは...見えないもの、足りないもの、そういったものだ。

 

 人は人に足りないものを見るのに恐怖する生物だ。例えば、目がない、口が大きい、血だらけ。そういったもので人からかけ離れた差異のあるものを見ることを人は忌避する。そして、人は未知を恐れる。見えないもの、知らないもの。それを人は昔から酷く恐れてきた。

 

「...晴大さん......」

 

 私が恐怖のあまり彼の名を呼んだ時、部屋に苛立たしげな声が響いた。

 

「晴大さん晴大さんって...雪菜、君には呆れたよ」

 

「っ...総司さん? どこ、どこにいるの!?」

 

 総司さんの声が聞こえる。暗くてどこにいるのかは分からないけど、少なくとも知っている人が近くにいるということがわかって少しだけ安心した。

 

「ここだよ、ここ...今見せてあげるからさ」

 

「ッ...!?」

 

 唐突に部屋に明かりがついた。暗闇にいたせいで突然の明かりに目がチカチカとする。なんとか目を慣らして、声のした方を見た。

 

「......えっ?」

 

 その部屋を見た時、普通の人ならば狂気的だと言うだろう。壁、天井、ありとあらゆる所に女の子の写真が貼り付けられていた。制服、私服、エプロン、寝巻き、彼女の普段は隠れている秘部の部分が写った写真すらも貼り付けられていた。

 

 そして、窓も何も無いこの部屋の唯一の出口である扉には...総司さんがいた。

 

「やぁ、よく眠れたかい雪菜?」

 

「総司さん...これは、一体何なんですか...? なんの、冗談なんですか!? 兄は、兄はどこにいるんですか!?」

 

 腕を必死に動かしても、足を動かそうにも、手錠がつけられていて動けなかった。なんとか横たわった体制から座った体制まで直し、彼女は目の前にいる総司に向けて助けを求めた。

 

「総司さん、これ外してください...ねぇ、総司さん...?」

 

「あのさぁ...雪菜、君って案外頭悪いのかな」

 

 総司が雪菜に近づいていき、ベッドに座っている雪菜の顔を両手で掴むと、顔を近づけてニヤリと笑った。

 

「...嘘、冗談ですよね...? 総司さん...?」

 

「ふっくく...冗談じゃないよ。これが僕だ。君の保護者であり...件の連続殺人犯、浪川 鏡夜だ」

 

 嘘だ。信じたくない。彼女は心の中で叫んだ。だって、引き取ってくれたじゃないか。育ててくれたじゃないか。困った時には手を差し伸べてくれたじゃないか。どうして。どうして貴方が...

 

「...兄さんは...?」

 

 恐る恐る尋ねると、彼は顔を歪めた笑いに変えて答えた。

 

「五年前に死んだよ」

 

「嘘ッ!! じゃあなんで、兄さんは逃げたなんて報道されたの!? 死体も見つかってないのに!!」

 

「僕が売り払ったからに決まってるだろ?」

 

「...売り、払う?」

 

 ...そうだ。晴大さんは言っていた。殺人鬼は人の死体を売ってお金を稼いでいると。つまり...兄さんは、売られていた? でも、いつのタイミングで...?

 

「...聞きたい? 聞きたいよねぇ、だって今まで信じていたものが崩れ去ったんだもの。けど、タダってわけじゃない。君だって今の状況がわかっているはずだ。だから...優しい僕は君にこれを渡そう」

 

 総司さんの手に乗っているのは、赤い紙と白い紙が重なったモノだった。なんだろうか、これは。

 

「これを飲んだら、教えてあげるよ」

 

「......なんなんですか、これ」

 

「教えない。んで、飲むの、飲まないの?」

 

「...本当に、教えてくれるんですか?」

 

「あぁ、教えるとも」

 

 私の目の前で、総司さんはニヤニヤと笑っている。私は...こくりと頷いた。それを見た総司さんはより一層笑みを深めた。

 

「いい子だ。けど、今手縛ってるからねぇ...仕方ないかぁ」

 

「なにを、うむっ...!? 」

 

 彼は徐ろに自分の口の中にソレを放り込むと、雪菜の唇に無理やり唇を合わせた。舌で無理やり唇をこじ開けて、彼女の中にソレと唾液を流し込んだ。それだけでなく、何度も舌で彼女の口の中をかき回し、唇に何度も自分の唇を合わせる。やがて彼が離れると、唾液が糸のように伸びて切れた。

 

「はぁ...はぁ...なんで、こんな...」

 

「ふっくく...やっとだよ。やっとここまで来たんだ」

 

 彼は笑う。高らかに笑い続ける。

 

「...初めて、だったのに......」

 

「なに、そんなものもそのうち気にならなくなるよ。君はもう、僕のものだからね」

 

 そう言って彼はベッドから離れて、大袈裟な仕草をしながら話し始めた。

 

「まぁ、約束は守ろうか。嫌われたくないしね」

 

「..........」

 

「...さて、じゃあ話そうか」

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 大学生の頃。僕は...いや、もうこの口調もいいか。俺はね、君の母親が好きになったんだよ。愛していたと言っても過言ではない。軽く話しをして、ご飯に誘ったこともある。けど、彼女は俺に見向きもしなかった。告白して、振られて、日頃から溜まっていた俺は彼女を無理やり犯そうとした。けど、それは止められた。当時同じ学年だった橘花 恭治によってな。

 

 さて、それで俺は大学を辞めさせられ、一緒に住んでいた両親はカンカン。元から仲は良くなかったけどね。母親は近所の人達からの嫌味でヒステリック、親父はそんな母親を見て浮気。離婚になるのだって時間の問題だった。

 

 学校側が止めても、そういった情報は出回る。親父は職を失い、俺を蹴り飛ばした。母親もそれに加担。もう何もかもウザかった。上手くいかなくて、ムカついて...

 

 ...だから殺した。俺にはね、神様が与えてくれたものなんてなかったさ。日常を生きる上では、ね。俺には人を傷つける才能があった。心にじゃない、身体にだ。それのおかげで、人を殺す才能だって簡単に開花させた。それでも橘花 恭治には勝てなかったがな。まぁそれで、その才能を自覚したのは両親を殺した時だった。そんで両親を売り払って、なんとか生きてきた。

 

 そんな折りに、橘花 恭治が結婚したと話を聞いた。どこから聞いたのかって? 裏で生きていれば情報なんていくらでも買える。そんで、結婚したって聞いて、最初は憎くて堪らなかったが、祝福してやったさ。血のメッセージカードでも贈ろうかと思ったがね、流石にやめておいてやったよ。

 

 んで、その後子供を作って離婚。その話を聞いて俺は舞い上がったね。彼女は、海音はまたひとりだ。なら、今度こそ俺が貰おうってな。邪魔は入らない...予定だった。彼女はすぐに次の相手を見つけた。それが君の親父だ。今度こそは祝福してやれなかったね。橘花 恭治と付き合うならよかった。だが、離婚して、それでも俺とは一緒にいられないと?

 

 誰よりも彼女を理解していたはずだ。理解出来るはずだ。なのに、なぜ俺は彼女と共にいられない? 苛立ちは募り、遂に俺は行動に出た。彼女の家を突き止め、侵入して、子供を人質に取った。男の子だった。そう、それが橘花 鏡夜だ。彼女は泣いて頼んだよ。やめて、殺さないでって。だから俺は言ってやったのさ。

 

 ...鏡夜、君が自分の両親を殺したなら、君の妹だけは助けてあげるよって。妹がいることと、恭治との子供の親権を持っていることは知っていたからね。そして雪菜、君がその時家にいないことを知ったから、嘘をついて騙してやったんだ。彼女が遊びに行って帰る途中に連れ去った。彼女はもう俺の手の中だってね。

 

 彼女は泣いたよ。あぁ、犯してやりたかったね、あの顔、あの絶望的な表情だよッ!! 可愛らしい顔を歪めて、助けを乞うんだ!!

 

 ...そして彼は彼女を刺した。僕が渡した包丁でね。一度刺して殺せなかった彼は、苦しませないために心臓を突き刺した。そして次は父親。近くにいた父親はそれを見て俺に突貫してきた。まぁ、ナイフでズタズタにしてやったけどね。そしたら今度は、彼女が悲鳴を上げた。驚いた、まだ生きていたんだ。俺はナイフでトドメを刺した。泣きながら死んでいったよ。

 

 そして一人残された鏡夜は...叫んだ。俺が鏡夜だ、俺が鏡夜だ、なんて訳の分からないことを叫んで包丁で突き刺そうとしてきた。素人にやられるわけがない。蹴り飛ばして、包丁を突き立てた。勿論、俺の指紋はついてない。手袋してたからね。

 

 そして...君が帰ってきた。僕は急いで隠れた。君は部屋の惨状を見て気を失って倒れたんだ。子供の死体は高値で売れる。君も殺して持っていこうとしたんだけど...

 

 ...あまりにも似すぎていたんだ。顔立ちも、幼いけど確かに彼女に似ていた。だから俺は君を預かろうと決めたんだ。彼女の友人を装ってね。とりあえず鏡夜に刺さっていた包丁を抜いて、警察を呼んで、俺は逃げた。包丁についていたのは鏡夜の指紋。鏡夜は見つからず、逃げたのだろうと推測された。

 

 そして準備が整って、君を迎えに行った。久しぶりに君を見た時は驚いたよ。酷く痩せていたからね。だから、優しくして沢山食べさせて、僕好みに仕上げようとしていた。歳をとるにつれて、君はどんどん彼女に似ていった。お金の心配はなかった。五年前からずっと殺しを続けて売ってお金を稼いだ。いやぁ、家を建てるのも楽だったよ。なにせ鏡夜のぶんだけで結構賄えたからね。

 

 ん、今日の朝? あぁ、君のご飯に睡眠薬を仕込んだだけだよ。全部自作自演。携帯で元からメールの文章を作っておいて、君に送っただけ。アプリも元から開いておいた。ほら、これで電話をかける手間よりも早く君にメールが届いただろう? まんまと騙されたよね、君。本当...可愛らしい。

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

「...そんな......」

 

 その話を信じたくなかった。今まで生活していた家が...兄さんの死体で稼いだお金で建てた家だなんて...。それに、総司さんのことも...。信じていたのに......

 

「これが現実だよ。君の助けは来ない。誰もこの場所を知らないんだから」

 

「っ、い、いや...こないで!!」

 

 さっきから身体がおかしかった。妙に熱い。熱くてたまらない。彼が身体を触るたびに、変な感覚が身体を突き抜けていく。頭がボーッとして、自制が効かなくなってきて...

 

「やだ...やだぁ......」

 

 上に来ていた服が、彼が取り出したナイフで切られた。下着も切られ、私の身体が顕になってしまった。彼の手が私の身体を触るたびに、刺激が駆け抜けて声が漏れてしまう。

 

「んっ...や、やぁ......やだぁ...やめて、お願いだからぁ...あっ」

 

「...そんなことを聞くと思ってるのかい? 何年かけたと思ってるんだ。もう誰も止められない。さぁ、雪菜...朝言っただろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が君を幸せにしてあげるからさ」

 

 

 

 

To be continued...


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