『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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俺は最後の戦いへと向かう

 時間が無い。あまり悠長に待っていられなくなった。もっと時間をかけて、彼女の成長を待ちたかったが...仕方がない。それに、今でも彼女は充分魅力的だ。可愛らしい顔、黒縁の眼鏡がまるで母親のよう。長い髪もサラサラと、指が通り抜けそうだ。

 

 ...さぁ、最後だ。お前の負けだよ、橘花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 

 目覚ましの音が鳴った。ぴぴぴぴっと軽い音を鳴らす。習慣づけられた身体はその音に反応して身体を起こした。けどまだ、少しだけ眠かった。

 

「......なんで、起きちゃうのかな」

 

 見ていた夢は鮮明に思い出せる。私は、彼と一緒にいた。晴大さんと一緒に過ごしていた。朝ごはんを作って、一緒に食べて、他愛のない話をして、一緒にテレビを見て、一緒に出かけて、一緒に......

 

「..........」

 

 けれど、目が覚めてみればそんな幻想は消え去った。あるのは現実。私の部屋。私だけがいる部屋。晴大さんはいない。気晴らしに彼のジャージの匂いを嗅ごうとして、返してしまったことを思い出した。

 

 ...同じものを買って返せばよかった、と少しだけ後悔する。

 

「雪菜、起きてるかい?」

 

 ノックの音が響き、総司さんの声が聞こえてきた。私は寝ぼけている頭を振って覚醒させて、総司さんに返答した。

 

「はい、起きています」

 

「そうか。とりあえず朝食作ったから降りてきて食べなよ」

 

「はい...」

 

 ...珍しい。私が起きるのが遅い時は総司さんが作ってくれたりするけど、普段ならまだ寝てるはずなのに。お仕事でも入っているのだろうか。

 

「......おはようございます」

 

 着替えてリビングに向かうと、総司さんはテレビを見ている最中だった。どうやらもう朝食は済ませたみたい。総司さんはテレビから視線をずらして、私を見ると優しく微笑んで、おはようと言った。

 

「...雪菜、朝食を食べ終わったら見てもらいたいものがあるんだ」

 

 総司さんが真剣な顔つきで私に言った。見てもらいたいものとは、なんだろう。私は不思議に思いながら、朝食を食べ始めた。目玉焼きとレタス、それとご飯。簡単なものだったし、果物もないけど朝には丁度いい。そういえば、朝食に果物をとるのがいいらしいけど、太っちゃうって聞いた気がする。果物って満腹中枢が刺激されないんだとか。朝食べて痩せられると言われてるのは...ブロッコリーだったっけな。そんな話を沙耶から聞かされた。沙耶も充分痩せてるのに、まだ痩せる気なのかな...?

 

 そんなことを考えながら、私は朝食を食べ終えた。それを見計らって、総司さんが私に近づいてきて白い封筒らしきものを手渡してきた。

 

「...これは、誰からですか?」

 

「...開いてみるといい」

 

 なんだろうか、一体。封は既に切られていて、総司さんが確認したんだろうと思う。表には、浪川 雪菜さんへと書かれていて、裏側には何も書かれていない。私に手紙を送ってくる友人なんていないはずなんだけれど...。恐る恐る封筒の中に入っている二つ折りにされた手紙を取り出して開いてみた。

 

「......嘘っ...」

 

 ...そこに書かれていたのは、手鏡の中に映る三日月。それとほんの少しの文章だった。

 

『俺と一緒になろう。俺が必ず君を幸せにするから』

 

 書かれていた内容は、これの他にもうひとつあった。

 

『警察や探偵を頼ろうとしても無駄だよ。俺はずっと君を見てる。助けを求めても無駄だし、やろうとなんてしないでね?』

 

「......兄さん...? 嘘っ...でも...」

 

 信じられなかった。今の今まで姿を隠してきた兄が、今になって私に接触してきたのだ。不安を顔に出しながら総司さんの方を見ると、彼も困惑しているようだった。

 

「...雪菜、僕はこれを警察に見せた方がいいと思うんだ。助けを求めよう」

 

「...けど、誰にも助けを求めるなって......」

 

 わからない。わからない。兄さんの考えていることがわからない。なんで、どうして? どうして今になって私を狙うの。それに、一緒になろうって、なに? 貴方が父さんと母さんを殺さなければ、私達は一緒にいられたのに。今更、一緒にいようって...

 

「...癪だけど、橘花さんに連絡しよう。警察よりもあっちの方が早いかもしれない」

 

 そう言って総司さんが携帯を取り出して電話をかけようと画面をタッチしていると、私の携帯に一通のメールが送信されてきた。メアドは登録されていないからわからないけど...件名に、鏡夜と書かれていた。

 

『助けを求めるなって言ったはずだよ? いいのかな、沙耶ちゃんが死んじゃうよ?』

 

「......嘘っ、沙耶...?」

 

 まさか、沙耶が捕まっているの? そんな...

 

 ...助けなきゃ。沙耶を助けなきゃ。私の友達だから、大切な親友だから。殺させたりなんてさせない。させるわけがない。むしろ、貴方が接触してくれるのなら好都合よ。私は...貴方を殺したくて今まで生きてきたんだから。

 

「...どうやら、助けも求められないようだね」

 

 総司さんが私の携帯を覗き見て言った。私は周りを見回して、監視カメラがないか確認した。どこかに隠されているはず。そうじゃなきゃ私達が今何をしているのかわからないんだから。けど、この家のどこに...いや、そもそもいつ仕掛けたんだろう...。そんなことを考えていると、隣から総司さんのうめき声に似た声が聞こえてきた。

 

「...なん、だ......急に、頭が......」

 

「総司さん...!?」

 

 総司さんが頭を抑えて、倒れてしまった。近寄って揺すってみるが、何の反応もない。けれど、呼吸はしていた。見た感じ、眠っているだけみたいだけど...

 

「...まさ、か......」

 

 ...私も、何だか頭がふらふらとしてきた。瞼が落ちてきて、身体が前のめりに倒れそうになる。なんで、こんなに眠いんだろう...睡眠薬...? でも、いつ...まさか、朝食に...

 

「...そ、んな......」

 

 バタンッと彼女も倒れ伏した。そんな折、携帯が音楽を鳴らして振動し始めた。携帯の画面に浮き出ている名前は...橘花 晴大だった。しかし眠ってしまった彼女では電話に出ることも出来ず、何コールかすると電話は切れてしまった。

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

『浪川 鏡夜が犯行予告を警察にしてきた。港の方の不良の溜まり場になってる場所がある。元は工業地帯だったが、もう既に朽ちた倉庫や工場だった建物が陳列してる場所...あぁそうだ。この前あの強姦魔がいた場所だ。お相手...お前さんを指名してるよ』

 

「..........」

 

『どうする、恭治。俺も行くか?』

 

「...お相手、俺を指名だろう? なら、俺だけでいい」

 

 そう言って恭治は肩を回して体の調子を確認した。ポキポキと音が鳴っている。あの事件から身体を多少は動かしているが、それでも軽く訛りはあるだろう。これでも晴大程ではないが怪我はしていた。二日で動いても問題なくなったとはいえ、その後も深夜徘徊がメイン。身体を戦闘用に鍛えなおすなど出来るはずもない。

 

『...お前の息子はどうした?』

 

「まだ捜査中。俺はちょいと飴食いに戻ってきた」

 

『...なぁ、お前の食ってる飴よぉ、なにか薬物的なものじゃないよな?』

 

「お前は禁煙の辛さを知らないからそんなことが言えるんだ」

 

 身体を休めようとすると、無意識にポケットに手を伸ばして煙草の箱とライターを取り出そうとしてしまう。そしてポケットに手を突っ込んで、ないことにガッカリするのだ。

 

「......ん、息子が戻ってきたようだ。切るよ、秀次」

 

『はいよ。お前のことだから心配はないだろうが...死ぬなよ』

 

「支援ぐらいはしてくれよ」

 

 彼は電話を切ると、慌てた様子でこちらに向かって走ってくる息子を見ながら、奥歯で飴を噛み砕いた。胸騒ぎは、どうやらまたもや的中するらしい。

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 坂巻一家の住んでいた部屋から飛び出して、俺は親父の元へと走った。車で休んでいた親父は俺を見るなり車から出てきて、携帯を片手に振りながら近づいてきた。

 

「よぉ、進展はあったか?」

 

「わかった、わかったんだよ、犯人が...!!」

 

「へぇ、んで...誰だ?」

 

「...──────」

 

「..........」

 

 俺の出した名前に、親父は顔を顰めた。右手を強く握りしめて、車のボンネットを殴りつけた。

 

「あの野郎...」

 

 ボンネットは凹んでいる。殴りつけた親父は全く痛くなさそうだった。親父の車だから別にどうだっていいがね。

 

「...悪いニュースだ。殺人鬼は俺を指名で呼び出した。恐らく、殺人鬼が唯一やられる可能性があるのが俺だから、だろう。場所は正反対だろうな、きっと。んで、どうするつもりだ? お前の策は?」

 

「..........」

 

 ...策、と言われても何も思いついていない。けれど、俺が行かねばならない。俺が、奴を殺さなければならない。あいつを殺して、ハーミットまで殺したんだ。許せるわけがない。しかし、親父でないときっと...勝てない可能性もある。

 

「...親父は、呼び出された場所に行ってくれ。奴は、俺がやる」

 

「...正気か? アイツは、俺が素の状態で怪我を負わされた奴だぞ?」

 

 そんなことは知っている。親父が行くべきだとも理解している。けれど...この想いは...5年間も燻ってきたこの想いがそれを赦してくれないッ!! 俺の中でどす黒く成長してしまったこの復讐心が、奴を殺せと叫んでいるッ!! 否定なんてできない、俺はその為に今まで生きてきたんだから...!!

 

「...俺が、やる。俺がやらなきゃダメなんだ。あの時助けられなかった、アイツが俺を駆り立てる。俺はなんのためにアンタに稽古をつけてもらった? この為だろう!? この為に血反吐を吐いたッ、アンタにぼこぼこにされようが、吐こうが、それでも立って、アンタに刃向かったんだ。アイツはそれを望まないかもしれない。勇気のなかった俺に、何もかも忘れて生きろと言うかもしれない。けど、俺は...」

 

 

 ───俺が、鏡夜だ

 

 

「...情けない、惨めな...弱虫な俺を、庇って死んだアイツの想いを...背負って、果たすのが兄としての役目だ。だから、頼むよ()()()。俺に、行かせてください」

 

 真っ直ぐ目の前に立っている父さんの目を見据える。父さんの眼光は鋭く、俺の身体を貫くかのようだった。けど...目を逸らしたりしない。あの日、俺は目を背けてしまったのだから。

 

「...わかった、行ってこい。負けることは許さん。じゃなきゃ俺の助手失格だからな」

 

「っ......わかった」

 

 親父は優しく微笑んだ。俺も、覚悟を決める。携帯の画面には彼女に取り付けた発信機が何処にいるのかを報せていた。彼女の家の近く、路地が入り組んだ先で止まっていた。

 

「...終わらせよう。なぁ、晴大」

 

 彼はそう言って走り出した。護るべき彼女の元へ。心の中に燻る復讐心が示す方向へ。

 

To be continued...


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