『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』 作:柳野 守利
涙が流れ終えた後、服の袖で涙を拭いて画面を見た。パスワードが入力された後、ファイルが二つ表示されていた。『リスト』と書かれたファイルを開いてみる。
「...20年くらい前からのものが......」
年月が細かく書かれていて、その横に売られた人間の身体の大きさを三段階に分けたものと、売り出した人間の名前、そして売られた人間の名前が書かれていた。コードネームや偽名ではなく本人の名前で、丁寧に身分を証明できる何かを写真として残していた。売られた人間の名前がわからない時は不明、と書かれている。もう一つのファイル、『証明データ』と書かれたファイルの中に免許証やらの写真データが保存されていた。
「...ここから、五年前」
最新の日付。今からおよそ3ヵ月ほど前で途切れている。恐らくこの辺りで、ヒューマンショップの人間は殺されたのだろう。前に死体を見た時、蛆がわいていたのを思い出した。死体の状態からも、この日付付近が最後だというのを裏付けている。そしてこの最新の日付から遡ること五年。その遡っていく途中であることに気がついた。同じ名前がずっと並んでいる。
「...こいつは......」
いや、今はそんなことよりも五年前だ。あの日のSサイズ。それが知りたい。ずっと遡っていって、遂に俺はアイツが殺された日の翌日に売り払われたSサイズというのを見つけた。殺された日は流石に売れなかったのだろう、と予想する。そしてその横に書いてあった名前は...
「...坂巻 総司、だと...?」
坂巻 総司。親父の話の中で出てきた、俺の母親を大学生の時に襲った男。後の日付に出てくる売人の名は...殆どが坂巻 総司だった。
「...母さんを殺したのは、まさか自分以外の奴と結婚したから」
いや、そんな馬鹿な。大学時代の苦い思い出をそこまで引きずるのか...!? 巻き込まれて死んだアイツは、母さんの息子だったから...?
「訳わかんねぇよ...なんで、コイツがその時になって母さんを狙ったんだよッ」
ガンッ、と拳を机に叩きつけた。わからない。犯行動機が、何も繋がらない。
「...おい、何ドタバタやってんだ?」
部屋の扉を開けて親父が入ってきた。親父は俺の姿を一目見ると、パソコンの画面に目を移した。そして書かれている名前を見て目を見開いて驚愕した。
「...こいつが、殺したのか?」
「...きっと」
親父の言葉に相槌を打ち、もう一つのファイルを開いた。身分証明をするための写真が沢山入っていた。その中から坂巻 総司を探し出す。
「...俺はあいつの顔を覚えてる。ちょいとどいてろ」
親父が俺を押しのけて椅子に座ってパソコンを弄り出した。どんどんスクロールしていき、やがて一つの画像を見つけて拡大させた。坂巻 総司の免許証だ。彼の顔が大きく貼り付けられている。どこかパっとしない顔つきだ
「...お前、見てたんだろう? こいつで合ってるのか?」
「..........」
頭の中で、あの日の記憶を探り出す。そして懸命に頭の中であの日を繰り返した。日曜日、妹は遊びに行き、俺と弟で家の中で遊んでいた。そして俺が襖に隠れている時に...
「...思い出したよ。間違いない...怖くて、あまり見れなかったけど...きっと、コイツで合ってる」
アイツが声を出さずに、俺に助けを求めた。あぁ、俺はそれを...見ていることしか出来なかった。アイツは俺を庇って...殺された。
「...こいつが今いる場所さえわかれば......!!」
「だが、どうやって探す? 今の今まで目を眩ましてきた奴だ。そう簡単に...」
「...大学だ。大学なら個人情報を保管してあるはず。あの時の、俺が大学生の二年の時の奴の個人情報を探し出す。そっから、奴の住んでた家に向かう。何かあるはずだ。もしくは...奴自身が見つかるかもしれん」
...坂巻 総司が見つかる可能性は低い。既に逃げた後だろう。だが、奴の個人情報を手に入れられるに越したことは無い。
「...親父」
「わかってる。準備して俺の車に乗れ」
「っ...了解」
いつになく真面目な親父の声を聞いて、身が引き締まった。親父も、この瞬間を待ち望んでいた。普段はダラけた優しげな親父だが...こういう時の親父は、やっぱりカッコイイ。親父は立ち上がってすぐに親父の部屋へと向かっていった。俺も服を整え、鞄に必要なものを詰め込んで準備を完了させる。親父の部屋から、大きな声が聞こえてきた。
『あぁ!? 今それどころじゃねぇんだよ!! 警察の仕事よりも大事なのかだとッ、当たり前だろうがッ!! 秀次、そっちは頼んだからな!!』
怒声にも似た声だった。あんな声を出す親父を、俺は久しく見ていない。そして仕事を投げつけられる秀次さん...。あの人には強く生きてほしいものだ。
「......もうすぐだ。もうすぐ、俺は...」
グッと強く手を握りしめ、荷物を持って飛び出した。親父の車に乗り込むとすぐに親父もやってきた。車を走らせ...俺達は潭亭大学へと向かった。
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夏休みなので大学の中には人が少なかった。事務室に向かえば、交代制で勤務している職員の方々がいた。アポ無しの訪問で取り合ってくれるのかと思いきや、卒業生だった親父は元の顔の広さもあって職員に快く迎え入れられた。この大学の学長である教授もいたので、何とか話をこじつけることに成功した。事務室ではなんだから、学長室へ、と俺達は学長に案内された。
「学長殿、急な訪問申し訳ありません」
「いえ、夏季休業でしたからそこまで大変ではなかったので大丈夫ですよ。しかし、君の顔を久しぶりに見たよ。そちらは...助手かね?」
「いえ、私の息子です」
「ほぉ...父親に似て優しそうな雰囲気を持ってるねぇ」
そうやってニッコリと笑う50代後半に見える白髪の男性。この人がこの大学の学長だ。片目を髪の毛で隠し、眼鏡をかけた見る人からすれば陰キャラにも見えるこの状態で優しそうとは...中々面白い意見を出す人だ。
「それで...なんの用があってうちに来たんだい?」
学長室にある来賓用のソファに座らせられ、その反対側に学長が座る。目の前にある机にはお茶が入れられたカップが置かれていた。
学長の言葉に、親父が答える。
「私が二年の時に起きた学院内での強姦未遂事件、覚えておいでですか?」
「あぁ...覚えているとも。なにぶん、手を焼いた事件だったからねぇ」
世間にバレないように色々と手回ししたと聞いていた。さぞかし大変なことだっただろう。親父は話を続けた。
「その事件を起こした坂巻 総司の情報ができれば早急に知りたいのです。個人情報を守らねばならないのはわかりますが...どうか閲覧の許可を頂けませんか?」
「...知って何に使う気かね?」
「私は探偵です。探偵が情報を欲する理由は一つ...それが、犯人へと迫る手がかりだからです。私には手詰まりな状況、この状況を打破できるのは、その一つだけなのです。どうか、お願いしますッ!」
そう言って親父が頭を下げた。
「どうか自分からもお願いします。その情報があるだけで、私達は事件の真相へと迫ることが出来るのです。どうかお見せ願えないでしょうか?」
俺も親父に習って頭を下げた。ここで情報が手に入らないのがいちばん不味いのだ。どうか、その情報を俺達に...。頭を下げながら、心の中で必死に祈った。
「...まぁ、一応保管してあることにはしてある。うちから出た犯罪者なんで捨てようかと思ってたんだがね...警察とのゴタゴタの時に使えるかと取ってあったんだ。おふた方、顔を上げなさい。私は貴方達になら見せることを厭いませんよ」
顔を上げると、学長はまたもニッコリと笑っていた。俺達の願いが通じたのか...。とりあえず安堵の息を漏らした。
「ありがとうございます...!」
「はっはっは、この歳になってこんなことを頼まれるとはな...少しばかり待っていて欲しい」
そう言うと学長は立ち上がって鍵のつけられた棚を開いて中から分厚いファイルを取り出してきた。そのファイルの中身をペラペラと捲って、一枚の紙を取り出すと俺達の前に差し出した。
「これだ。これが坂巻 総司の個人情報を書いたものだ。一応言っておくが...悪用はしないでもらいたい」
「大丈夫です。橘花探偵事務所の名にかけて、約束します」
もう一度頭を下げてから、その紙の内容を見た。現住所と書かれた場所があり、その場所はここからそう離れていない場所だった。調べてみると、どうやらアパートの一室を借りていたようだ。
「ありがとうございました。それでは、自分達はこれでお暇します」
「力になれて何よりだよ。お仕事、頑張りたまえ」
終始ニッコリとしていた学長を尻目に、俺達は大学を後にした。次に目指す場所は、坂巻 総司の住んでいたアパートだ。
To be continued...