『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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俺の中で何かが変わった

 あれから数時間。風呂にも入りさっぱりとした俺はハーミットからの連絡を自室で待っていた。しかし、こういう時というのはやけに待ち時間が長く感じる。次第に、イライラが募って貧乏揺すりまで始めていた。

 

「......はぁ」

 

 待てども待てども、事態は進行しない。今落ち着かなくてはいけないのは間違いなく俺だろう。そんな状態で待っていると、携帯が震えた。震えた瞬間に携帯を手に取って画面を見た。しかしそこに映っていたのは別の人物からのメールだった。

 

「...月本 沙耶」

 

 ハーミットではないことに少し落胆しながら、メールの内容を確認した。書かれていた内容は、最近雪菜の元気がないとのこと。彼女は沙耶に事のあらましを伝えていないのだろうか。

 

「..........」

 

 とりあえず雪菜の置かれた状況を説明しておく。こうなると...沙耶も来づらくなってしまうな。雪菜が来れない以上沙耶が一人で来るというのもないだろう。あの子は友達思いの優しい子だ。雪菜が来れないのに私だけというのを彼女は好まないだろう。

 

「......っ」

 

 再度、携帯が震えた。画面に映っていたのは非通知の電話。ハーミットだ。待ち望んでいた電話が来たことに手が震えた。早く聞きたい。その先を知りたい。犯人は誰だ、殺人鬼は誰だ。早く、その正体を...

 

「...はい。橘花です」

 

 震えそうになる声を抑えて、電話に出た。携帯の向こうから、先程まで聞いていた女の声が聞こえてくる。

 

『ハーミットよ。解析、ちゃんと終わったから』

 

「...それは良かった。じゃあ...とりあえず今から向かう」

 

 外を見ればもう暗くなり始めていた。夜間に出歩くことになるのは仕方がない。一刻も早く、知りたいのだ。

 

『...あのね、聞きたいことがあるんだけど』

 

「...なんだ?」

 

 荷物を纏めながら出歩く準備をする。外出用の黒い服に身を包んだところで、彼女から声をかけられた。どこか震えているようだ。怯えているようにも聞こえる。携帯の向こうから、思わぬ声が聞こえてきた。

 

 

 

 

『───貴方が、殺人鬼なの?』

 

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 その言葉を聞いて、内心驚いていた。まさかここまで嗅ぎつけてくるのかと。手がかりは絶たねばならない。俺は絶対に知られるわけにはいかないのだ。ここまで追ってきたことには素直に賞賛しよう。誰もここまで辿り着けなかったのだから。だが、それもここまでだ。

 

 俺はね、怒りも感じているのだよ。何が君をここまでさせるのかわからない。俺にはしっかりと理由があるとも。好きだからだ。好きで好きで、愛して止まなくて、だから俺は彼女を手に入れるために、身体も心も俺のものにするためにやってきたのだ。それを、お前如きが邪魔をしようとするのなら...

 

 

 

 ...完膚なきまでに殺し尽くそう。

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

『今日のニュースです。昨晩〇〇地区の裏路地で男性三人の死体が発見されました。身体のパーツがバラバラになっており、殺害現場にはまたしても浪川 鏡夜によるカードが置かれていました。その裏路地の奥にある誰も使っていないアパートにも女性の死体があり、部屋を捜索すると麻薬が大量に見つかりました。部屋の中を荒らし回った形跡もあり、浪川 鏡夜は麻薬を持って逃げた可能性があります。』

 

 朝、帰ってきてテレビをつけたらもう既にニュースになっていた。机の反対側に座る親父が煙草の代わりとして食べている飴を噛み砕きながら俺に聞いた。

 

「バイヤーが殺されたか。お前、昨日会いに行って帰ってきただろう。その時は何も無かったのか?」

 

「...朝方はな。夜に行ったら、死んでたよ。ってか、通報したの俺だしな」

 

「現場は?」

 

「聞いての通り。死体が散乱、血飛沫を上げてたよ。バイヤーの部屋にも行ったが...まぁ...悲しそうな顔で、死んでたよ」

 

 そう言って俺はポケットからUSBメモリーを取り出して机の上に置いた。黒いはずのそれは、どこか赤黒く変色しているように見える。

 

「...解析を頼んだのか」

 

「あぁ。命に変えて...守ってくれたよ。本物のUSBは破壊されたか持っていかれたが、アイツはコピーを作って自分の身体に隠してあった」

 

 おかげで血濡れたようになってしまっているが...。それでも、彼女が命をかけて守ってくれたのだ。これで何も得られなかったらそれは...彼女に顔向けできないだろう。

 

「...やけに落ち着いてるな」

 

「...そう見えるのか。まぁいい...中身を見てくる」

 

 そう言って俺は立ち上がった。落ち着いている? 何を馬鹿なことを。落ち着いてなんかいない。ただ、感情が定まっていないだけだ。殺されたのは悲しい。彼女は彼女なりに気遣いがあった。母のようだと思った。けど殺された。護れなかった。

 

 ...頭の中で考えていると、次第に心の奥底から湧き上がってくるものがあった。怒り、憎しみ、殺意。時間が経てば経つほど、その事実は俺の心を痛みつける。

 

「...あぁ、クソっ」

 

 どうしようもない思いが、ぶつけられない悲しみが、心の中で渦巻いていた。それでも涙は零さぬと、歯を食いしばった。自室に戻って乱雑に扉を閉め、パソコンにUSBメモリーを突き刺した。たちあげたパソコンの画面に、USBメモリーの中身を見るためのパスワードの入力画面が出てきた。その画面の下に、ヒントが書かれていた。

 

 『14106』『ポケット』『鈴』

 

 この三つ。最初は何のことか分からなかった。けど、暗号としてはだいぶ簡単なものだった。昔の人なら、簡単に分かったんだろうけど、現代人にそんなものを使うなよ、と心の中で彼女に愚痴を言った。それで、ポケットに鈴。ポケベルのことだろう。一昔前の連絡手段として使われていたものだ。文字ではなく数字で送られてくる情報を、当時の人は読み解いていた。

 

 そしてポケベルでいう14106というのは...

 

「......っ」

 

 カタカタと弱々しく音を立てて、パスワードが入力されていく。たった四文字の、普通の生活なら何気ない...という訳では無いが、ここまで重くのしかかってくるものなのかと、恋人もできたことのない俺にはわからなかった()さが、嫌というほど痛感した瞬間だった。

 

『愛してる』

 

 そんなたったの四文字なのに。出会って、一日も経ってないのに。ただ一夜、共に過ごしただけだというのに...

 

「...っ、ぁ......」

 

 彼女は、裏にはふさわしくなかった。あまりにも綺麗だった。心も身体も裏に染まり、汚れていたとしても...彼女の想いは、綺麗だった。優しかったのだ。その優しさに、心を許し...そして俺の身勝手で、彼女は死んだのだ。

 

 彼女を殺したのは間違いなく...俺だ。原因を作ったのは、誰でもない俺であった。

 

『いつか何かが変わったら、私も変われるのかもしれない。表に戻ってみたいって気持ちはあるよ。普通の生活をして、普通に恋をして、子供も作って、好きな人と一緒に暮らして。そんな夢みたいな日常を送ってみたいなって』

 

 夜に彼女が漏らしていた言葉を思い出した。

 

『白馬の王子様に憧れるのって、おかしいって思う?』

 

 その言葉に首を振ったのを覚えている。

 

『私ね、待ってるんだ。こんな薄汚いところにいても見つけてくれる王子様。汚れた服を着ていても、汚れた身体になっていても、私と一緒にいてくれる人。私を、この裏から連れ出して、普通の人らしい生活に戻してくれる人』

 

 そんなものに期待するくらいなら、自分の力でどうにかすればいい。そう答えた。

 

『無理よ。私は君と違って弱いから。だから待ってるの。私がいてもいいと思う人。私を助けてくれる人。私が...助けたいと思う人』

 

 ...ポタリッ、ポタリッ、とキーボードに涙が零れていた。

 

 泣かないと決めていた。泣きたくないと思っていた。終わるまで泣きはしないのだと思っていた。

 

「ぁ....ぅっ...」

 

 喉の奥から溢れ出そうとするものを抑えつけた。自分の不甲斐なさに、非力さに、彼はまた一人で涙を流していた。

 

 

 ...カチリッと彼の中で何かが変わった音が聞こえた。

 

 

 

To be continued...


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