『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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俺の想い

 身体に走る痛みを我慢しながら、俺は病院の庭園へと赴いた。フェンスに近寄り、下を見れば雪菜と沙耶らしき2人が歩いて帰っているのが見える

 

「..........」

 

 ポケットから携帯を取り出して、親父へと電話をかける。三コール程で、親父は電話に出た。とりあえずは...挨拶と情況報告から始めるとしようか

 

「...親父。今さっき起きたよ」

 

『...そうか。そりゃ良かった。調子はどうだ?』

 

「身体中痛む。筋肉が張り裂けそうだ」

 

『そりゃそうだろうよ。わかってて使ったんじゃないのか?』

 

「...半ば覚悟はしてたさ。実際なってみると、もう二度と使いたくないぐらいには痛い」

 

 親父の声はいつも通りだ。心配そうだとか、どこか暗い雰囲気があるとか、そんなもんじゃない。いつも通りの、どこか優しくて穏やかな声だ。不思議と安心する

 

「...んで、やっぱりあの麻薬、神経麻痺とかそこら辺だったのか?」

 

『...神経麻痺、というよりは...アドレナリンの大量分泌だな』

 

「...アドレナリン?」

 

 予想していたものとは違うものが出てきた。困惑した俺の声に、親父は続きを話した

 

『そうだ。アドレナリンを大量に分泌させることによって、人が無意識的に自制している枷を外す。それがこの麻薬の効果だ』

 

「...火事場の馬鹿力を、人為的に起こさせるってことか?」

 

『そういうことだ。だが、それだけじゃない。人が無意識的に自制する枷。こいつを、本当にとっぱらってしまうんだ』

 

「...それは、どういう意味だ?」

 

 火事場の馬鹿力という所までは、俺の予想と合っていた。あの男の様子からして、神経を麻痺させることで自分の自制を無くして火事場の馬鹿力を強制的に発揮させているんだと思っていた。そして、強制的に、しかも長期間に渡っての火事場の馬鹿力は体に多少なりとも影響を及ぼすだろうと思っていた

 

『人が普段セーブする力を9割近く出し切れるのが火事場だ。だが何故火事場を持ってしても10割を出せないのか。それは、身体の限界だからだ。それ以上やれば影響が出る。後遺症なり、何なり。下手すれば、筋繊維が完全に崩壊して動かなくなる。その最後の、命に関わる枷すらも外してしまうんだよ、コイツは』

 

「......そんな、危険なものだったのか」

 

 

 思わず絶句した。下手に動き回らなくて良かったと、あの時の俺の行動に感謝した。確かに、いつもより身体が軽くて、なんでもできる気がした。無性に叫びたくもあった。そして......

 

『そして、アップ系と称されたこの麻薬だが...神経に働きかけて、暴動を起こさせるんだ。普段抑圧する、心の負の部分。それを、行為として表に出す。暴力、非行、殺人。それらの衝動を起こさせるんだ』

 

 ...無性に、殺したくもあった。自制できたのは、恐らく彼女達がいたから。普段なりを潜めている殺人衝動。それを表に出させる麻薬、フォーム。ここの所、事件が勃発している。暴行、盗難、殺人。その行為の引き金はおそらく...

 

『最近の事件の犯人の大半が、フォームを服用してやがった。そんでよ、その犯人たち、どうなったと思う?』

 

「...中毒症状でも出てるのか?」

 

『それなら可愛いほうだ。まず、服用する。んで、効果が切れる。痛むから服用する。すると痛みがなくなる。衝動的な行動をしたくなり、やがてまた服用する。んで、身体の調子が悪くなって、捕まる。そして...死ぬ』

 

「......死ぬ?」

 

 ...聞き間違えであってほしいが、まさか、あの麻薬死に直結しているのか? そしたら、俺もそこそこまずいのではないか?

 

 無意識に自分の心臓部分を押さえつけた。動悸が素早くなっているのがわかる。親父は、話を続けた

 

『死ぬと言っても、一度の服用なら大丈夫だ。だが、重ねていくと体内で浄化できない物質が溜まっていく。こいつがとんでない毒素を含んでいる。本人は気付かぬうちに大量摂取して死んでいくのさ』

 

「......俺はまだ、死ぬわけにはいかない」

 

『わかってる。ってか、話聞いてたか? 一度の服用じゃ死なねぇよ。そんで、こっからは依頼の話だ』

 

 電話の向こうでコトッと音が聞こえ、ズズっと何かを飲む音が聞こえた。珈琲だろう。家に帰って咲華さんの作ったカフェオレが飲みたくなってきた。はやく退院したいものだ

 

『お前には今後この麻薬の調査を徹底的にやってもらう。警察の予見だと、この麻薬の製造者は殺人鬼なんじゃないのかって』

 

「...何故そう思う?」

 

『殺人鬼は、人を殺すことを楽しんでいる。けど、人を殺すのに警察は邪魔だ。なら、手薄にさせればいい。そのためには、多くの駒が必要だ。それが、麻薬購入者。つまり...殺人鬼は非行者を作り出して、自分の動きやすい状況を作ろうとしているんじゃないのかって』

 

「...警察を舐めすぎだろう。それに、事がもっと大きくなれば、自衛隊も動きはじめる。そうなれば、余計に動きづらくなるだろう」

 

『...そういった考えもあるか。いやなに、本部の連中頭固くてね...だが、俺は予感がある。この麻薬は何かしら繋がっているはずだ。だから俺はこれをお前に頼む。引き受けてくれるな?』

 

「...もとより受けてた仕事だ。文句も何も無い」

 

 そう、元々は警察から受けた依頼だ。任されたからには、達成しなくてはならない。しかし...この麻薬がどう殺人鬼と繋がるのだろうか...

 

『...そういえば、お前が寝てる間に雪菜ちゃんの保護者...滝川 総司さんが見舞いに来たよ。お礼も言ってた』

 

「あぁ、そう...。どんな感じの人だった?」

 

『優しげな人だったよ。俺の名前を伝えたら、驚いてた』

 

「...なんで?」

 

『有名な探偵、橘花 恭治に会えて驚いたんだと』

 

「...有名、か?」

 

 確かに、親父は警察内部では顔と名前がしれてる。けど、それは基本的に外には出されない情報だ。一般人が知っているとは考えにくい。となると...滝川さんは警察関係者? いや、いつだか雪菜からはサラリーマンだと聞かされたが...

 

『いやぁ、俺も有名になったもんだ。客はめっきり来ないが』

 

「良かったな親父。世界は平和だ」

 

『商売あがったりになるくらいなら世界平和はいらん。それに、今尚殺人鬼が闊歩してやがる。それを平和と言うなら...世紀末だな』

 

「核の炎に包まれた世界なんかよりはよっぽど平和だと思うんだが...」

 

『違いない。とりあえず、伝えることは伝えたからな。とっとと退院して捜査に移れ。時間は有限だ』

 

「まだ身体痛むんだが...」

 

 未だに身体中のそこらかしこが悲鳴を上げている。こんな状態では走ることすらままならない。現に、今こうして立っていられるのもなかなか厳しいのだ

 

『慣れろ。これから死ぬほど味わうことになるだろうからな』

 

「......それは、どういう...?」

 

『病室の脇に置いたお前の鞄に、フォームを何枚か入れて置いた。相手はフォーム持ちになる可能性がある。そうなれば、お前に勝ち目はない。いざとなれば、躊躇うことなく使え』

 

「服用して死ぬんじゃないのか...。それに、俺だってフォームが無くても...」

 

『俺に傷一つつけられねぇ奴が何ぬかしやがる。それに、調べた所個人差はあるが5枚程度ならセーフラインだ。それ以上は命に関わる。気をつけるんだな』

 

「......了解」

 

 プツリッと電話が切れた。フォーム。それは身体を強制的に活性化させる薬物。親父の言う通り、今後戦う可能性のある相手はフォーム持ちの可能性が高い。素人だろうと、狂人になってしまえば手がつけられない。俺は親父ほど強くはない

 

 ...少しばかり恐ろしいが、それでも使わざるを得ない状況があるだろう。だが...彼女を残して死ぬわけにはいかない

 

「...雪菜......」

 

 フェンスから下を見下ろした。雪菜と沙耶はもういない。ポツリと呟かれた言葉は、風に吹かれて消えていった。心が締め付けられる。ただ、取り憑かれたように動いていた機械の心が...いつ、こんなにも人らしく戻ったのだろうか

 

『晴大さん』

 

 頭の中で声が響く。あぁ、そうだ。きっと、彼女に会ってから...人に戻ったのだろう

 

 ...弱くなったものだ。護るものがない方が、俺はきっともっと強くなれる。フォームなんかなくたって、俺は戦える

 

 けど...護るものがあれば、俺は立っていられる。人として生きて、そして護るもののために躊躇いをなくすことができる

 

 ...さて、どちらがいいのだろうか。機械のような俺と、()()()()()俺と

 

「...殺人鬼と復讐鬼、か......」

 

 ククッ...クククッ...。喉の奥から笑いが込み上げてきた。人にあらず。そう...鬼だ。猛威を振るう鬼なのだ、俺は

 

 やがて地の底に落ちる鬼なのだ

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 そのように生きたことを、後悔したことは無い。ただ、俺は好きな人の為にやっているだけだ。そこに、歪んだ思いなんてない。俺はただ、彼女が好きだった。今も尚、心の奥底深くで、あの時の光景が目に浮かぶ

 

 彼女の涙を浮かべた姿が

 

 しかし...因果なものだ。奴はまだ俺につきまとうのか。まぁ、わかるわけがない。アイツは俺に気づけない。表向きは、普通の人として。しかし、裏を返した俺が...鬼だ。殺人鬼だ。誰にもわかるわけがない。誰にも俺を捕まえることは出来ない

 

 父を殺し、母を殺し...さて、あとどれくらい殺していればいいのだろうか。これが完成すれば、この長い計画は幕を閉じる

 

 不安な要素なんて想像出来ない。後は時間が解決する。死体を売り払えなくて金は少なくなったが、それを補えるだけの収入もできた

 

 全てが終わって...彼女と一つになれたら、どうしようか。旅行にでも行こうか。いや...やはり外に出したくはない。監禁して、調教して、服従させて...

 

 ......今から楽しみで仕方がないよ、雪菜

 

 せいぜい...騙され続けるといい。そして何もかも伝えた時に、見せてくれ。人が刺された時の表情よりも恍惚とした表情を...

 

 ...君の母さんが死んだ時のような、素晴らしい表情を

 

To be continued...

 

 

 


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