『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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俺は決意を抱いた

「晴大さんッ!!」

 

 雪菜が彼の名前を叫ぶ。壁まで殴り飛ばされた彼は周りにあった棚やダンボール等と一緒に崩れ落ちた。ダンボールの中からは四角い紙のようなものがいくつか飛び出して四散する。それは先程あの男が呑み込んだものと同じものだ

 

「く、はは、ハハハハハッ!! すげぇよ、すげぇよこれ!! やっぱよぉ、何でもかんでも思い通りになるってのは気分がいいもんだよなぁ!!」

 

 男は先程の様子から打って変わって上機嫌になる。顔が赤く染まっている。いや、顔だけではない。暗くて見えにくいが、首や手も薄らと赤く染まっている

 

「恭治、抑え込め!! 俺は晴大を連れて一旦出る!!」

 

「そう簡単に言ってくれるなよなぁ...」

 

 どこか落ち着いた様子の恭治だが、その額には汗が滲んでいる。秀次は雪菜と沙耶を連れて晴大の元へと向かい、彼の体を起こそうとする。だが、男はそれを許そうとせず、秀次の元へと凄まじいスピードで走っていく

 

「これ以上俺の息子に手ぇ出すんじゃねぇよ」

 

 その間に恭治が入り込む。恭治の体にめがけてスピードを乗せた拳が振り抜かれる。それを手で受け流す。鈍い音が響いたが、恭治は拳をいなすことに成功し、そのまま腕を掴んで背中に回して取り押さえようとするが、力づくで振りほどかれ、そこから体を回転させて恭治に蹴りを入れた。恭治は右手で払うように足の機動を変えたが、勢いよく右手が弾かれ、そのまま力なく垂れ下がってしまった。激しい痛みが恭治を襲い、動かそうとしても動く気配がない

 

「ぐっ...肩がぁッ...」

 

「恭治ッ!?」

 

 秀次が有り得ないものを見る目で二人を見た。秀次は恭治の強さを知っている。そんな彼が蹴り一つで肩を脱臼させるなんて、ありえないと驚愕した。そして、その脅威は今度は自分に向かってやってくるとすぐに気がついた

 

「クソッタレがッ...それ以上動くんじゃねぇ!!」

 

 ホルスターから拳銃を引き抜いた。通常警察は拳銃で発砲してはいけない。法律上発砲の許可がおりるのはほとんど無い。撃った場合、それが適切であろうとなかろうと、警察側の汚点となってしまう

 

 そんなことは秀次でもわかっていた。でも、そうせざるを得なかった。そうしなければ、撃たなければ俺達は死ぬ、確実に。そう思わせるだけの力が相手にはあった

 

「動くな...動くなってか? そいつぁ無理だなぁ...俺もう、止めらんねぇんだよッ!!」

 

 ヒャハハハハッ!! 狂ったように笑いながら男が恭治を無視して秀次の元へと向かってくる。もうやむを得ない。秀次は拳銃の引き金を引いた。乾いた音と共に、鉄の塊が男に向かって射出される

 

「...嘘、だろ...」

 

 有り得ない。そんなこと、人間ができるわけがない。秀次は頭を混乱させた

 

 拳銃で発砲したと同時に、男は飛び上がったのだ。それも、自分の身の丈以上に。弾丸が当てられなかったのではない。当たらなかったのでもない。弾丸は、避けられたのだ

 

「邪魔なんだよッ!!」

 

「がッはァッ...」

 

 男はそのまま秀次の目の前に降り立ち、拳銃を奪い取ると秀次の腹に思いきり膝蹴りを叩き込んだ。秀次は胃の中身を撒き散らし、その場に腹を抑えて倒れ込んでしまう

 

「はは、ハハハ、ハハハハハハッ!! 良いぜぇ、最ッ高の気分だッ!! 多少なりとも値は張ったが、スゲェもんだなこの『フォーム』ってやつぁよぉ!!」

 

 男の笑い声が響く。救出に来た男性陣は壊滅。現在動けるのは恭治だけだ。その恭治も肩が脱臼していて充分には戦えない

 

「恭治さん...晴大さん...」

 

 雪菜が泣きそうな声で彼らの名前を呼ぶ。そんな雪菜を男はじろりと見た。その目は、彼女の体を隅から隅まで見回し、ひひっと声を漏らした

 

「そういやぁ...お前、さっき俺に生意気な口きいたよなぁ...。悪い子には、お仕置きしなくちゃなぁ...」

 

 男が雪菜に向かって近づいていく。雪菜はその場から逃げ出そうと沙耶の手を取って動こうとするが、沙耶は腰を抜かしていて動ける状態じゃなかった。彼女を置いて逃げることを、雪菜は許せなかった。彼女を置いていけば、自分だけは助かるかもしれない。けれど...彼女は、自分の大切な友達だ。置いていけるわけがない

 

「その子に手を出すなッ」

 

 恭治が痛みに顔を歪ませながら、男に向かって突進する。脱臼した右腕は先程秀次が稼いだ少しの時間で無理やりはめ直した。しかし動かせるわけでもない。腕が使えないのなら、体で動きを止める。全身を使った体当たりを男に繰り出した

 

「動かなきゃいいものをよぉッ!!」

 

 男は恭治の動きに合わせて右拳を振り抜く。しかし恭治は先程もその動きを見ている。迫り来る拳を躱して左手で腕を掴んで逆側に曲げようと力を加えた

 

「ふんッ」

 

「ぐっおぉっ...」

 

 しかし男はそれを許さない。今度は左拳を恭治の腹に叩き込んだ。加えていた力が緩み、男は恭治を振りほどいてすかさず追撃を加える。右、左、蹴り、フェイントを混ぜて右を振り抜く。それを恭治は左手だけで全ていなしきっていく

 

 正面からの力勝負に勝ち目はない。たかが拳一つ、蹴り一つ。それだけで骨がやられてしまう。威力を受け止めてはいけない。体全身に回すように受け流す

 

 

 ...恭治は男の攻撃を幾度となく受け流し続けた

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

「ぐっ...身体中、痛ってぇなぁ...」

 

 意識を覚醒させると、ぼんやりとした頭が一気にスッキリする痛みに襲われた。何があったのか思い返せば、自分はあの男に急に殴り飛ばされ、壁まで弾き飛ばされたのだった。自分の周りには見たことのある四角い紙が落ちている

 

 それは、警察に依頼されていた麻薬...『フォーム』と呼ばれていたものだ。聞かされていた内容は、アップ系で気分高揚など。その他に詳しいことはわからなかったらしい

 

「...あい、つは......」

 

 顔を上げて、鈍い音が聞こえてくる方向を見た。恭治と男が殴りあっていた。いや、殴りあいではない...一方的な暴力だ。その一撃一撃が、人の身体に確実に害をもたらす威力を持っている。それを全ていなしている恭治を見て、流石だと心の中で呟いた。だが、見ていると不思議な点がある。恭治は右腕を使っていない。怪我をしたのだろう。それは不味い。いくら親父が頭がおかしいくらいに強いとはいえ、怪我をした状態であんな馬鹿力を持った男とやり合うなんて無茶だ

 

「...そういえば......」

 

 少し前の記憶を探り出す。あの男に殴り飛ばされる前、あの男は何かを飲んでいた。周りに散らかっている四角い紙──フォームを手に取った。恐らくこれだろう。あの男の力の正体は、この麻薬だ

 

 だが、一体全体こんな麻薬に何の効果がある? せいぜい感覚の麻痺程度だろう...

 

「......まさか...」

 

 感覚麻痺。まさか、そういうことなのだろうか。だとすれば、危険すぎる。この麻薬は、効果が切れれば体に尋常じゃない被害をもたらす可能性が高いものだ

 

「あ゛ぁ゛ぁぁぁッ!!!」

 

「っ...!!」

 

 恭治の悲鳴が響いた。見れば、右腕を抑えてうずくまっている。怪我をしていたところを再度やられたのだろう。うめき声をあげる恭治を、男は蹴り飛ばした

 

「ヒャハハハハッ!! 正義のヒーロー気取って助けに来たってのに...ダッセェ奴らだなぁおい!! ククッ、ハハハハハハッ!!」

 

 男が笑いながら雪菜に向かって近づいていく。彼女達は必死に逃げようとするが、すぐに捕まってしまった

 

「あの野郎ッ...」

 

 誰の許可を経て彼女に触っている。誰の許可を経て彼女を傷つけようとしている。やらせるものか。彼女は俺が護るんだ。今後こそ、護ってみせるんだ

 

「..........」

 

 俺は落ちていた麻薬を、躊躇いなく口の中に入れ、飲み込んだ

 

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

「いや、やめて!! 離して!!」

 

 私は必死に腕を振るう。けど、掴まれた腕は振り解けない。男はニヤけた顔のまま、私達の体を地面に倒した。背中から地面に落とされて、とても痛い

 

「やだ...やだぁ...晴大さん、助けて...」

 

 沙耶が泣きながら助けを呼んでいる。守らなくちゃ。私が、沙耶を守らなくちゃ...

 

 けれど、いくらもがこうとも男は私達の体を離しはしなかった。二人を片手ずつだというのに、軽々と抑えつけられている。私の左手は、ずっと沙耶の手と繋がれている。怖いのか、とても強く握られていた。そして...酷く震えている

 

 ...違う。震えていたのは、私だった。私も、彼女の手を強く握った

 

「邪魔者もいなくなったし...ひひっ、あいつらにゃ悪いけど、お先に楽しませてもらおうかなぁ」

 

 怖い。怖い、怖い。怖い怖い怖いッ...やだ、やだッ!! やめて、お願いだからやめてッ!! 私の体に触らないでよぉ!! 誰か...お願い、誰か...

 

「助けて...」

 

 掠れた声が響く

 

「助けて...お願い...」

 

 脳裏に浮かんできたのは、一人の男の人。震える声で、彼の名前を叫んだ

 

「晴大さんッッッ!!」

 

 彼の名前を叫んだ。沙耶も叫んだ。助けてと叫んだ

 

 ...あぁ、でも......助け、なんて......こんな、状況じゃ......

 

「彼女に、手ぇ出すなっつっただろうがァァッ!!」

 

 ...彼の声が響いた。私たちを圧迫していた重さがなくなり、目の前にいた男は凄まじい勢いで転がっていった

 

 目の前に、晴大さんが立っている。普段は無表情で、けど、優しい兄のように微笑む彼が、怒りを露わにして立っていた。その顔や身体は、どことなく赤く見える

 

「あ、ぁ...せぇだいさんっ...」

 

 沙耶が涙を流しながら彼の名前を呼んだ

 

「...晴大さんっ......」

 

 私も彼の名前を呼んだ。胸が高鳴っていた。助けてと言ったら、助けに来てくれた。私達を守るために、怒ってくれた。私達を守るために、体をボロボロにして戦ってくれている

 

 ...嬉しかった。言葉では、表せないくらいに...私は嬉しかった

 

「っ、てめぇ...邪魔しやがって...」

 

 男が起き上がりながら彼を睨みつける。そしてポケットから折りたたみ式のナイフを取り出して彼に向けた

 

 ナイフを見て、私は背筋が凍りついた。彼が死んでしまう...。両親のように。身体中を裂かれて...。嫌だ、そんなのは嫌だ...

 

 ...けど、私に動くことなんてできなかった。あの日と同じように...私は、見ることしか、できない...

 

「いいぜ...もう俺ぁ怒ったわ...ぶっ殺してやるッ!!」

 

「こっちのセリフだッ!!」

 

 男がナイフで突き刺そうと凄まじい勢いで突貫する。彼はそれを横に避け、腕を掴んで体を使って抑え込む。そして右足を下げて、腕を固定して、膝を上げる勢いで男の腕を逆方向に曲げた

 

「あぁぁッ!? 」

 

 男が悲鳴をあげる。しかしそんなことは知ったことではないといったように、彼は男を蹴り飛ばした。先程彼が蹴り飛ばされた時と同様に、普通ではありえない距離を蹴り飛ばされる。地面と擦れ、壁に当たり、地面に伏す...かと思いきや、男はそのまま立ち上がって彼を鋭く睨みつけた

 

「なんでだ、なんでテメェが俺に歯向かえてんだよッ!! 強くなった俺に、誰も勝てなかった俺に、テメェみてぇな野郎がぁっ...!!」

 

 男はフラフラとしながら彼に向かって覚束無い足取りで歩み寄っていく。彼は男に言った

 

「...効き目はまだ残ってるよなぁ? アイツらに手ぇ出したんだ...それに、親父や秀次さんにも...。やる覚悟があるんだ。やられる覚悟ぐらい、あるよなぁ?」

 

 彼が右手を強く握る。男はその場から逃げようとするが、ふらついた身体でうまく走れない

 

「...俺の大切な人達に手ぇ出した罰だ」

 

 その場から走り出し、助走をこれでもかというくらいつけて...

 

「...歯ぁ食いしばれッ!!」

 

 全力の一撃。振り抜かれた右拳によって、男は回転しながら地面を転がり、跳ね、壁に当たって止まった。起き上がる気配はない

 

「晴大さん...?」

 

 私は彼の名前を呼んだ。彼は、その場で立ち尽くしたまま動かない。沙耶も、彼の名前を呼んだ

 

「せぇだいさん...だいじょうぶ、ですか...?」

 

 ...グラりとその体が揺れた。そしてそのまま...

 

 ...彼は地面に倒れ込んだ

 

「晴大さんッ!?」

 

 倒れてしまった彼に駆け寄った。呼吸がとても荒い。酷く汗もかいていて、痛そうなうめき声をあげていた

 

 ...近くで、パトカーのサイレンが聞こえてきた

 

「...たくっ...おせぇ奴らだ...」

 

 秀次が仰向けの状態で呟いた。その近くの壁には、恭治が背中をもたれかけるように腕を抑えながら座っている

 

「ヘマ、しちまったな......まさか、腕をやられるとは、な」

 

「ハッ...なんだ、油断でも...してたのか?」

 

「...あそこまで、力があるとは思ってなかったよ」

 

 恭治は苦笑いをしながら、秀次の方ではなく未だ倒れている彼と雪菜達を見た

 

「...やるじゃないか...流石は、お前の息子だな」

 

「...あぁ。何か容態がおかしいが...すぐに他の奴らも来る。そんで、さっさと病院まで運んでもらうか...」

 

「そうしよう...何はともあれ...」

 

 秀次は全身の力を抜いて地面に身体を預けた。恭治が秀次の言葉の先を代弁した

 

「...一旦、捜査は中断だな。願わくば...今回ので、何かしら掴みたいもんだな。殺人鬼しかり...」

 

 恭治が先程まで彼が倒れていた場所を見た。ダンボールから出てきた麻薬...フォームだ

 

「...あの麻薬しかり、な」

 

 恭治はこれからの事を頭に浮かべながら...やがて意識を落とした

 

To be continued...


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