『私/俺』は『アナタ/アンタ』を『殺したい』   作:柳野 守利

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私はそれでも彼を...

 朝起きると、携帯には沙耶から連絡が来ていた。9時に駅前に集合ね、と。チラリと時計を見た。現在時刻は8時だ。少し急がなければ、間に合わないかもしれない

 

「...間に合わなくて、いいんじゃないかな」

 

 ふと、そんなことを考えた。会ってしまったら、私は彼になんて言うかわかったもんじゃない。貴方が殺人鬼? 貴方が、私の兄? 貴方は私を騙したの?

 

 ...そんな確証も何も無い言葉ばかりが頭の中に浮かんだ。会いに行かなければ、あの人は私の中でただの探偵に落ち着く。けど...話してしまえば? 真実がわかってしまえば? 彼は、いなくなってしまうんじゃないか

 

 いや、そもそもこんなのは私の予想だ。ただテレビに影響された、言ってしまえば現代の若者の思考の先だ。ただ何となく疑って、そうなんじゃないかって思い込んで。私を助けようとしてくれてる人を、私は疑っている

 

「...やだ、なぁ......」

 

 胸がズキリと痛む。でも...約束した。約束してしまった。沙耶の元に行かなきゃ。そうだ、もし晴大さんが...兄さんなら、沙耶を、守らなきゃ。私が...

 

「..........」

 

 ベッドから起き上がって、クローゼットに手を伸ばした。中には明るい色の服なんて一つもない。その中で、気に入っている服とスカートを取り出した

 

 スルスルッと衣のこすれる音がして、彼女の着ていた寝巻きが地面に落とされた。黒のジャージ。いつか返そうと思っていて、そのまま返せずにずっと使っていた彼のジャージ

 

 ...スンッと匂いを嗅いでみた。前に嗅いだ時と別の匂いがした。多分、晴大さんの匂いと私の匂いが混ざったんだと思う。恨んでる相手なのかもしれないのに、なんで私は彼の服を好んで着ているんだろう。なんで、私は...

 

「...わから、ないよ......晴大さん...」

 

 彼女はその場に崩れ落ちた。ポタリッ、ポタリッと彼の着ていたジャージに涙が落ちていく

 

 ...時計の針は彼女を置いてカチッカチッと進んでいた

 

 

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜

 

 

 

 朝から車で公道を走って駅まで向かう。この車に家族以外を乗せるのは、滅多にないことだ。目の前の信号が赤に変わる。ブレーキを踏み、待ち時間の間でミラーを見て髪型を確認した

 

 ...てっぺん辺りにピョコンと跳ねたような毛がある。まぁ、これくらいなら良いだろう。だって仕方ないじゃないか、仕事で寝れなかったんだから。おかげでこんなギリギリの時間に出るハメになるとは...女の子を待たすのは、良くないよなぁ...

 

 はぁ、と彼はため息をついた。こいついっつもため息ついてんなとか彼自身も思っている事だ。別段今に始まったことでもない。目の下に若干隈ができたところ以外、変わったこともない。外の天気は晴天だ。まったく憂鬱になりそうな天気だ、と彼は毒づいた

 

 信号が青に変わる。次の交差点を曲がれば駅につく。彼は車を駅の近くにある駐車場に止めると、駅に向かって歩き始めた。土曜日ということもあり、人は多かった。カップル、ジャージを着た部活生、土曜も出勤サラリーマン。サラリーマンはカップルを見てひどく落ち込んだ雰囲気を醸し出した。大変そうだな

 

「あっ、晴大さん!!」

 

 後ろから声をかけられた。振り向いてみると、そこには一度だけしか会ったことはないが、それでも心に深く残った女の子、月本 沙耶がいた。彼は片手をあげて、おはよう、と言った

 

「おはようございます!」

 

 彼女はにこやかに返事をした。良い笑顔だ。こちらの心の中が暖かくなるような、人懐っこい笑顔を浮かべている。だが、彼女はそんな雰囲気から一変、少し困った表情をした

 

「実は、雪...雪菜がまだ来てなくて...」

 

「そうなのか。寝坊かね」

 

「いえ...だいぶ早くに既読はついたんですけど...あっ、もうすぐ着くらしいです」

 

 左腕につけた腕時計を見る。時刻は9時を過ぎていた。どうやら俺も遅刻をしていたようだ

 

「うーっ、雪が来ないと私話せないよっ...」

 

 彼女はションボリしつつ、そしてどこか焦ったような感じで視線をうろちょろとさせている。俺はどうしたものか、と考えながら彼女に話題を振った

 

「別に気にすることはない。俺だって緊張してるしな」

 

「うっ、は、はい...」

 

「そういや、今日はどこか行きたい場所あるか? 一応考えてはいるんだが、そっちの要望に合わせるよ」

 

「行きたい場所、ですか...いやぁ、私全然考えてなかったです...」

 

 一緒に出かけてみたかっただけだしなぁ、っと彼女は小さく呟いた

 

 俺は鞄から財布を取り出して、2枚のチケットを取り出した。このチケットは、ある男の子からの依頼で、彼女の浮気調査の報酬で貰ったものだ。まぁ、案の定彼女は浮気していたし、彼は意気消沈していた。殴り合いに発展しかけたので流石に止めたが。彼はサプライズとして買ったチケットを、もう使わないからと報酬としてくれたのだ

 

「俺の予定としては、ここなんだが...どう?」

 

「そ、それディスティニーランドのチケットですか!? え、嘘ッ!?」

 

 彼女は驚き、手で口を抑えている。あまりにその驚きようが面白かったので、彼は彼女を見ながら僅かに笑った

 

「ははははっ、そこまで驚くことかい?」

 

「え、いやだって、私達会って間もないのに、そんな...」

 

「良いんだよ。これ貰いもんだし、使う宛もなかったからな」

 

 そ、そういうことなら...と彼女は一応納得したようだ。そんな彼女を見る目線が、どんどん下がっていく。服装は明るい黄色と水色のコーディネートで、短めのスカートを穿いている。だが、目線はそこではなく、彼女のお腹の辺りで止まった

 

 ...そこに、弟の内臓があるのだと思うと、少しだけ不思議な気持ちになる

 

 突如、後頭部に強い衝撃が走った。視界がぐらつき、なんだと思い振り返れば、そこには少し怒ったような表情をした雪菜が立っていた

 

「...どこ見てるんですか」

 

「...いや、別にやましい意味では......」

 

「あっ、雪遅刻だよっ。ってか、晴大さんにいきなり何やってるの!?」

 

「...この人が貴方の胸の辺りを凝視していたから」

 

 全くの誤解だ。だが、どうこう言える訳でもない。見ていたのは事実だし...まぁ、胸ではなくお腹なんだが。それに彼女の胸は...いや、特に言わないでおこう。辛い現実を突きつけるのは仕事だが、やりたいかと言われれば、やりたくないと答える。そりゃ当然だ

 

「...まぁいい。揃ったことだし行くとするか」

 

 そう言うと彼女達は俺の隣に並んで歩き始めた。ディスティニーランドに行くためには車に乗らなきゃいけない。混むかもしれないが、電車よりは幾分ましだろう。交通費も俺が出すだけで済むしな

 

「あっ、雪! 晴大さんがディスティニーランドに連れてってくれるんだって!!」

 

「うん。知ってるよ」

 

「え、なんで!?」

 

「だって連絡先交換して、この間遊びに行ったから」

 

「ちょ、それ私聞いてない!!」

 

 沙耶が怒ったようにポカポカと雪菜を叩く。彼女はどこか優越感に浸った様子で彼女を宥めようとして、その雪菜の表情を見た沙耶がよりまた怒った。なんだかとても微笑ましいものを見ている気がして、自然と頬が綻んだ

 

「..........」

 

 なんだ、俺はまだこうやって自然に笑えたのかと自分の頬を触りながら思った。少し前までは、ずっと笑っていなかった。したとしても作り笑いだ。心の仮面。偽りの自分。長い間ずっと偽ってきた。俺は橘花 晴大だと。何度も言い聞かせて生きてきた。笑うことなんて少なかった。そうでもなきゃ、俺は壊れてしまっていただろうから。ずっと...俺は、あるひとつの感情だけで生きてきた

 

 ...それを壊してくれたのは、間違いなく彼女だろう。雪菜、彼女が来てくれたから、俺の仮面はヒビが入ったのだ。やがて砕けるのかもしれない。そんな時が来るのかと疑う反面、それを願っている

 

 ...そんなことを考えている傍ら、彼女達は俺が浮かべた笑みを見て何故か固まっていた。頬が少しだけ赤い。気恥ずかしくなって、俺はニヤリと笑うと歩くスピードを早めた

 

「...さて、それじゃあ向かうけど、シートベルト忘れずにな。俺はまだ捕まりたくないぞ?」

 

 車に乗りこんで、後部座席に座る彼女達に言った。二人共それに対して返事を返してきた

 

「はーい」

 

「...はい」

 

 対照的な子達だ。明るい沙耶と落ち着いた雪菜。だというのに、彼女達は仲が良い。普通こういったのは、落ち着いた側がついていけなくなるもんなんだが...

 

「沙耶、飴いる? 車酔いとかしづらくなるよ」

 

「ありがと雪!」

 

 ...彼女の面倒見がいいから、付き合っていられるのか。互いに互いをきっと放っておけないのだろう。良い関係だ。恐らく、友人では収まらない関係が彼女達の間にはあるのだろう

 

 ホッと息を吐いた。うん、彼女が今幸せそうで、本当に良かった

 

「...俺も飴貰っていいか?」

 

「えぇ、いいですよ」

 

 彼女は後部座席から手を伸ばして飴を手渡してくる。袋を開けて口の中に放り込んだ。ありがと、と返事すると彼女は笑顔を浮かべて返した

 

 ふと、耳になにか声が聞こえた気がした

 

「ん、今何か言ったか?」

 

「...いいえ、何も」

 

 雪菜がそう答えた。だが、彼女は誰にも聞こえない声で言った。やっぱり、疑えないです、と

 

 

To be continued...


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