〜奏side〜
「賑わってるなぁ……」
「う、うん……凄い、ね」
数日前に総士から聞いたとある学園祭の話。それに俺達は足を運んでいた。その学園祭というのは羽丘学園の学園祭……そう、蘭達が通う高校の文化祭だ。
学園の敷地に入って第一に思った事は賑わいだ。俺も花音も正直ここまでとは思ってなかったのだ。
「いらっしゃいませー! ポップコーンいかがですかー!」
「たこ焼きいかがっすかー! 美味いっすよー!」
少し進み広場に出ると、色々な屋台が建てられておりそこから様々な声が飛び交っていた。売上のために他クラスと競い合い、それでも笑顔で楽しんでるのが見て分かった。
とりあえず……と店を見渡しているとくい、と服を引っ張られる感覚がしたのでそちらを見る。すると、花音が服の裾を小さく握っていた。
「ど、どこに行こうか……? 」
オドオドと今にも周りの雰囲気に飲み込まれそうな花音を安心させる為に、服を握っていた手を自分の手で絡めとる。
「ふぁ!? か、奏くん!?」
「そうだな、どこに行こうか。久々のデートなんだからしっかり考えないとな」
突然の俺の行動に戸惑いを見せるが、だけど嫌がりはせずに顔を赤く染めながらも強く握り返してくれた。ただそれだけの事が嬉しく、愛しく感じてしまい、つい顔が緩んでしまうのが分かった。
「……ふふっ。えいっ!」
少し安心してくれたのか笑いながら俺の腕に抱きついてきた。
俺個人としては嬉しいが、すれ違う生徒達からの視線が痛い。言い方はあれだが呪詛のような言葉すら聞こえてくる。
苦笑いになりながらもその場から少し移動すると、花音が顔を覗かせてきた。
「あ、えっと……。迷惑、だったかな? ごめんね一人だけテンション上がっちゃって……」
「いや、急で驚いただけだ。もう大丈夫だから行くか。あぁ、手離すなよ? すぐに迷子になるんだから」
「は、離さないよ! 奏くんの手だから……──あっ! えっと今のは違くて! はうぅ……!」
「お、おう……」
恥ずかしいけどやはりそれ以上に嬉しい。そんな事を思いながらその日の行動を開始した。
~莉緒side~
「へい、いらっしゃい。何食べる? 焼きおにぎりとかオススメだよ」
「……何やってんだ、お前」
一緒に来たはずの九郎とはぐれたので校内中を探し回っていた俺。そんな時、聞き慣れた声が聞こえた方を見てみると、そいつはいた。
「何って……手伝いだよ。知り合いがいたからね」
そう言って横に視線を向けるとその横にいた男子生徒はペコリと頭を下げた。
こいつ他校に知り合いいたのか、奏達とか以外に。と少々驚きながらも九郎を引きずり出す。少し抵抗してくるが、いつもは力が弱いためそれは意味も無く俺は九郎を確保する事が出来た。
「というか早く合流しないといけねぇだろ。お前のせいで随分ロスしたんだからな」
「あははー。こんにちはー」
「聞いてんのかよ」
何故が周りの生徒達からキャーキャー言われるのに反応して手を振っている。
十二時に合流する予定だった俺達は一時間も遅れてしまっていた。既に奏達は待ち合わせのベンチにいるらしく、現在そこに向かっている最中だ。携帯でやり取りをしているからこちらの状況は把握してくれているのだが……、やはり申し訳なく感じる。
「そーいえば、ここには雄天がいるんだっけ。会えるかなー?」
「あーそうだったな。案外と会えるんじゃないか?」
早足で歩きながら引きずられる形の九郎がふと言った。
雄天というのは俺達の後輩に当たる人物だ。龍斗とは同学年で俺達からすると一個下、エタハピメンバーとは中学時代に関わりがあり、仲は普通にいい。
この学校ということは文化祭に参加はしてるんだろう。まぁ歩いてるうちに屋台は見付けれるから、今探す必要は無いが。
「雄天の事は奏達と合流してからだな」
こっちはこっちで色々と──。と、考えている時だった。
「んー……そっかー。じゃ行こっか。よーい、どん」
「は? あ、おい!? クソ野郎! 待て!」
何を思ったのか唐突に走り出した。
引きこもりのくせに総士、奏に次いで足が速い九郎はみるみる人混みに消えていく。
「っ。その速さを普段から使えよっ!」
その後を愚痴をこぼしながらも、俺は追いかけるのだった。
~奏side~
「あ、奏くん、莉緒くん達来たよ」
「やっとか……ん?」
一緒にベンチに座っていた花音が、人混みをかき分けて進んでくる二人組を見付けて俺に知らせてくれる。そちらを見るととても意外な光景が広がっていた。
「ふふん♪ 莉緒遅いよ、ちゃんと運動してる?」
「っ……! はぁ、っ! くそっ……はぁっ、はぁ……!」
飄々と莉緒に話す九郎と息を切らしている莉緒。見た感じ走ってきたのだろうが、競走でもしたのか莉緒は悔しがっていた。
「え、えっと水……飲む?」
それを見た花音は莉緒と九郎、二人にお茶の注がれた紙コップを手渡した。二人ともグイッと飲み干して、莉緒は地面に座り込んだ。
「さて……屋台を回ろうか。昼ご飯探しだよ」
そんな莉緒とは真逆に、どこか満足げに次の行動を提案する九郎。
確かに昼飯の為に集まったのだが、莉緒がこれじゃあ動くに動けないと思うが……。
と、そこで花音が手を挙げた。
「えっとぉ……莉緒くん疲れてそうだし、私が買ってこよっか?」
「い、いや……かのが行くまでも、自分で行くから……」
莉緒がゆっくりと立ち上がったところで九郎は冗談げに言うが。
「じゃ全員で行こっかー。そだねー……莉緒は総士が抱えるとしてー」
「やだね。行くぞ龍斗」
「え、あ、はい。なんか、すいません先輩!」
即答、と謝って後に続く龍斗。九郎は二人を追うようについていき、ベンチ前に残されたのは俺と花音、莉緒になった。
当然、見捨てるわけにもいかず莉緒のペースで歩いて先の三人に追い付こうとする。
「……なんかさー」
「どうした?」
ふらーっと歩きながら莉緒が話しかけてくる。
「奏とかのって付き合ってんだよな?」
「付き合ってるけど、それが?」
「いや……あんまり変わってないなー、って」
変わらないというのは俺達の雰囲気がらしい。自分達だと結構変化したと思っているが、周りから見るとそうでもなく昔……つまり付き合ってなかった時と大差ないと言われる。
「そ、そうかなぁ?」
「変わってないって……。手とか繋いでるだろ」
そう言って俺は結ばれた手に視線を落とす。これだけでも十分な変化だと思う。
「え? 昔から繋いでただろ?」
「……繋いでたか?」
「さ、さぁ?」
「はぁーっ。無意識のうちにかよ、相変わらず付き合ってられねぇな」
二人揃って疑問符を浮かべる俺らに呆れる莉緒。そんなやり取りをしながら歩くと先に行った三人がある屋台で止まり楽しそうに話をしているのが目に入った。何故か人だかりも出来ていて、それを避けながら屋台の前にたどり着く。
「何だ、ここで買うのか?」
「わぁ……いい匂い」
花音の言う通り、とてもいい匂いがする。ちょっと離れた場所からも匂ってたがここのやつだったのか。
ちょっと気を取られクレープを眺めていると店の人から声を……名前を呼ばれる。だけどその声には聞き覚えがあって──。
「か、奏さん!! 本当に来てたんですね!」
「? あ、雄天……だよな? 久しぶり」
話しかけてきたのは滝河 雄天。
昔エタハピとして活動していた時によく見かけた人物の一人だ。
「どうぞっ! クレープになります!」
「おう、さんきゅーなひまり」
久々の再開に浸っていると総士が屋台に居たひまりからクレープを何個か受け取って九郎達に渡していた。種類は色々、イチゴやらチョコやら……割と豊富だ。
そのクレープを食べながら九郎は俺達から背を向けて歩き出す。
「……奏。僕達は向こうのベンチに居るから、雄天と話し終えたら来てね」
「あまり時間はかけるなよ。俺らは辞めたとはいえここの地域だと認知度はまだあるんだ、くれぐれも余計な事は避けてきてくれ」
龍斗と総士もそれに続く。その前に耳元で総士が何かを言ってきた。最初こそ訳が分からなかったが、その意味は自然と分かる事になった。
「ふえっ……?」
「おわっ!?」
屋台を中心に何人もの生徒が集まってきたのだ。男子、女子とどちらもだ。それのせいで俺達は位置が離れてしまう。
「あはは……。流石奏さん、今でも人気はあるんですね……」
「ゆ、雄天も人気だよっ!!」
変なところで張り合おうとするな、こちらは混乱してんのに……。
ざわざわと声がするので少し聞き耳を立ててみる。
「あれってエタハピの──」「すげぇ! 草薙奏じゃん! 他校だから見れる機会ないんだよなぁ」「あっちは莉緒くんじゃない?」「高校生……だよね? すっごいかっこいい……!」
「(うわぁ、何だこれ。こういうのは春高だけでいいのに……)」
別の高校で騒がれるなんて思ってもなかった。恐らくあいつらはこれに気付いてて場を離れたのか?
店の迷惑になるのも嫌だから俺も二人を連れてこの場を立ち去ろうとする。
……が、そう簡単に事は進まなかった。
「は、ハロハピの松原さん……ですよね?」
「えっ? は、はい……」
「あ、握手! してもらってもいいですか!?」
「え、えぇ……? いいです、よ?」
人混みを掻き分け花音の元に向かう。莉緒も俺同様、花音の元に向かってるようだ。その花音はこの高校の生徒と握手をしていた。話の内容は聞こえない、いや、別に握手だけならいいのだ。
花音とその男子生徒は握手を終え、向かい合う。
「あっ、と。ら、ライブ見てくれてるんですか……?」
「は、はいっ! とても楽しいですよね! 元気、貰ってます!」
「そうなんだ……っ。えへへっ、それを聞くとこころちゃん、喜ぶと思います」
ふにゃ、と表情を緩めている。何か嬉しい事を言われたのだろう。
……俺と花音、付き合い初めて分かった事だがあいつは自分の評価が低い。俺が思ってた以上に低く自分を見ている。それ故にたまに男から声をかけられる事があるそうだ(千聖談)
「俺は弦巻さんよりも……松原さんに喜んで貰いたいです!」
「え──。わ、私も嬉しいですよ?」
「いえ、その──あぁっ! なるようになれ、だ! ……単刀直入に言います!!」
ガバッ! と姿勢を正して目を丸くする花音に何かを伝えようとする。その瞬間、俺はあと数歩を一気に詰めた。
「松原さん! もしよろしければ俺と──」
「──『付き合う』のは不可能な願いだな、残念ながら」
花音の前に腕を回し自分に寄せて男の言葉を受け取り、遮る。
「あれ、奏くん……?」
「全く……。悪いなお前、こいつ俺の彼女だから」
行くぞ、と小声で伝えその場を急いで離れる。
俺の発言からか周りが凍ったように静かになる。その隙に莉緒も人混みから抜け出して総士が居るであろう場所に向かった。
「おぉう、やるぅ流石リーダー」
「リーダーは総士だ、変な事言うな」
その後、背後の人物達がうるさくなったのは言うまでもない。
近くにあったベンチには総士達が座っていた。
「随分遅かったですね、何かありました?」
「花音がナンパされた」
「うぅ……」
クレープを食べていたみんなに簡潔に説明をすると花音が顔を赤らめてしまう。移動しながら話すとやはりそんな感じはしていなかったらしい。人に慣れ始めたのはいい事だが、こういう所は女なんだから注意はしてほしいものだ。
「か、花音さんがナンパぁ!?」
どこのどいつですかそんな不届き者は、と騒ぎ始める龍斗。それに対し総士は驚いた表情、九郎は興味を持ったように聞き始めた。
「花音は可愛いから……」
「だな。でもナンパって本当にあるんだな、すげえ勇気の持ち主だぞそいつ」
「く、九郎くん……サラッとそんな事言わないで、照れちゃうよぉ……」
「一旦落ち着け。それに無事だったんだからいいだろ」
「えへへ……奏くんのおかげだよっ」
この場を流そうと思って言った言葉だったが別の意味で捉えられてしまったようだ。笑顔でお礼を言われるとなんか……気恥しい。
「お、おう」
と、そこに俺たちの誰でもない声が割り込んでくる。
「──それ、やってて恥ずかしくないの」
「平常運転ですな〜。これは司会のマー君もビックリですね〜」
「正直あの奥手な二人がこうなるなんて思ってなかったですね」
「「!?」」
俺らの誰でもない声で我に返り驚く。
俺達の後ろには蘭、モカ、雄天が立っていた。それもとても妙な笑みを浮かべながら。
「それにしても驚いた。あの奏が、あの奏がこうなるなんてね」
「……どういう意味だよ」
やたらと“あの”を強調してくる蘭。俺がなんだってんだ。
「分かる」
「ほら九郎さんも言ってる」
いやもう、なんなんだよこいつら……。
「というか、モカと雄天。変な茶番するなよ」
「あはは、すいません。あ……でも、本当におめでとうございます。なんて言うか……とてもとても幸せそうで……」
「ま、お前らほどじゃないけどな」
雄天とひまり、この2人は付き合っていてそれは見ててこっちが恥ずかしくなるくらいのイチャイチャっぷりを見せつけてくる。
本人達はそれに関してどう思ってるのかは知らないが……。
と、話していると更に後ろから誰かが走ってきた。そして。
「雄天〜!」
「おわっ!? ひ、ひまり……!?」
雄天が体勢を崩す。その正体はひまり、今の話のメインを飾った人物だった。
「ユウを見るや否や飛び付くのかよ……」
「誰がいても平常運転、だね……」
少し遅れて巴とつぐみもやってくる。
「……いやぁ改めて思うけど、このメンバーが揃うって珍しいよな」
巴は俺達を眺めながらそう言った。その言葉にはこの場にいた誰もが同意するはずだ。
個別に会う事はあってもあの頃のように全員で揃うなんてのは少ないだろう。俺自身こんな日が高校であるなんて思ってもなかったんだ、他の奴らもそうだと思う。
「マー君と草薙さんは立派な男に……。これは次は総士の番ですかな〜」
「なんでだよ……。それを言うなら莉緒が──」
「えぇ俺に振るのか? じゃあ九郎、パス」
「……龍斗」
「任せてください先輩! こほん。つぐみが総士先輩に告──」
「わぁぁああああ!?!?」
…………多分思ってる、のだろう。なんか盛り上がってるけど。
「ふふっ、賑やかだね」
「だな。いつも以上に楽しいよ」
総士達のやり取りを眺めてると雄天とひまりがある提案をしてきた。
「あ、そうだ! 奏さん、一緒に屋台とか回りませんか? もしも時間があるならですけど」
「うんうん! 花音さんも一緒に行きましょ!」
その誘いに悩むまでもなく俺と花音は返事をする。
「うんっ! 行くよ!」
「おう。おーい! 俺達移動するけどお前らはどうするんだー!」
席を立ちまだ騒いでる数名に声を掛ける。しかし先程よりも盛り上がってるらしく聞こえてないらしい。
「……はぁ、仕方ないな。雄天、花音少し待っててくれ少しアレどうにかしてくる」
「あれ? 私には?」なんて後ろから聞こえてきたがスルーし盛り上がり続ける連中に歩いてゆく。
──こんなふうに盛り上がってるあいつらを見ると昔を思い出す。花音も笑っていて……まぁ、あの時からは考えれない関係になってる訳だがそれも今は嬉しくて。
自然と笑みが浮かぶ。
「(楽しいなこういうの)」
今日一日はもっと楽しくなる、そんな確信を持ちながら俺は総士達に声を掛けたのだった。
こんな自分とコラボしてくださった上にずっと待っててくれた椿姫さんに全力の感謝を──
椿姫さんの作品である“夕焼けに誓う幼馴染達”もよろしくお願いします! マジで、マジで面白いですので!