白き獣は牙を研ぐ   作:マスター冬雪(ぬんぬん)

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炎と闇色の人型について少し考察


悪逆なる闇色の残滓

 雲雀恭雅 (小学生時代)

 

 

 

 ギャンッッ!!

 ギャリリリリ、ガキンッ!!

 金属が激しくぶつかり合う騒音がそれに似合わぬ日本庭園に響き渡る。美しい灯篭は蹴散らされ、整えられた生垣は削れ、木々は薙ぎ倒されていた。

 

「……!」

「っ、!」

 

 笑みを浮かべて、手を伸ばす。じりりと視界が歪んでとある裏切りの騎士が重なって見えたが幻影として振り払い、その憎たらしい白い姿に己が武器を刺し貫かせんと腕を伸ばすのだ。

 

「好い加減咬み殺されなよ」

「そう簡単にされる訳ないだろう?こんなにも愉しいというのに」

 

 釵と鉄扇が殺意を交える。またひとつ、庭にある池の縁石が地面ごと吹き飛んだ。

 僕はこの男が大嫌いだ。当然の事ながら親であるソレは子である僕を下に見、試す側にある。

 喜悦に歪み、狂い、全て嘲笑うような。

 その目。その目が。

 

 灰色の世界にて佇む、気に食わない闇色のヒトガタを思わせて憎悪を煽るのだ─────!!

 

 釵に点っていた紫の死炎が更に大きく燃え上がり、チリチリと大気を焦がして黒銀の鉄扇を僅かに蕩かせた。男が反射的に炎を強め僕の頬を切り裂く。互いに一瞬笑みが消えた。

 

「凄いね。この短時間で私の炎を上回り武器を融かす炎を灯すなんて」

「加減しておいてよく言う。まあ、貴方の天性の挑発の才には劣るとは思うけど。……ねえ、君の一挙手一投足、悉く僕の琴線に触れるんだ」

「おいおい、実の父親に向かって言う言葉じゃないよ?」

「君は僕からすれば只の遺伝子提供者だよ。若しくは僕の爪牙を研ぐ為の鑢?」

「酷い言い方だ。もっと国語頑張りなさい」

「貴方に言葉を綴るのが勿体無いだけさ。僕から貴方に対する高尚な語彙なんて期待するだけ無駄だよ」

 

「……」

「……」

 

 心做しか更に互いの炎が鮮明になった気がした。

 

「殺す────」

「やってみなよ────」

 

 ……ぱきんっ!

 

 

 

 

 

 

 代々父方の家系は紫色の炎(雲の炎)を使う者が多いらしい。過去(前世)、気紛れに情報を漁ればそのような記述があった。それ即ち死炎。死ぬ気の炎と呼称する高密度エネルギーだ。これは生物が持つ生命力であり血液のようなもの。それを炎という形で高密度に圧縮して発するには媒介を利用する事が多い。それがトゥリニセッテであり、その劣化品である人の手で製造された指輪(リング)。……手荒ながら細胞のリミッターを外し、炎の生成能力と放出能力を格段に向上させる死ぬ気弾、死ぬ気丸等がある。

 炎の放出程度ならばリングが無くとも慣れで何とかなるものではあるが、やはり補助があった方がより力を発揮する。疲労も極少なくなるのだ。

 ……炎は遥か太古、天候に準えて7つの名が付けられた。

 調和の橙を大空、分解の赤を嵐、鎮静の青を雨、活性の黄を晴、硬化の緑を雷、構築の藍を霧、そして増殖の紫を雲とした。

 一種の突然変異である血族で受け継がれる同質であり別物で更に大地、沼、川、森、山、砂漠、氷河(大地の七属性)がある。が、この場では例外の閑話休題である。

 ……炎を灯すには身体を巡るエネルギーに覚悟という薪を添え、一気に昇華する事が必須になる。感情の揺らぎが肝心であり、より強く発するには通例を覚悟とするだけで人による。実際僕のように苛立ちや憎悪で炎を振り撒く事もあるにはあるが、それは何事にも起こりうる例外に過ぎない。

 

 さて、父方の実家にはこれまた代々受け継がれる物がある。それは古くに潰した組織から徴収したものや過去の当主が蒐集したものにもそれらが混ざっている事もあるが、……正真正銘父方の家宝、家の証と呼べるものがあったのだ。

 

 

 

 僕の指に填めた雲属性の指輪に罅が入る。

 

「ねえ、これ脆いんだけど」

「……本当に馬鹿みたいに強い波動だよ。ランク付けするならB位はあるのに」

 

 気を使って流す量は調節しているのに、だ。吐き捨てるように舌打ちして父の指輪、……ではなくバングルを睨み付ける。

 鉄扇を用いる父は戦闘スタイルとしては手数よりもトリッキーな体運びと扇を広げ、閉じ、受け流し、突き、弾き、穿つもの。それは指や手首の繊細な動きが要となる。

 

 良く考えてみて欲しい、……どう考えても邪魔だろう。

 この男、受け継いだ由緒あるAランク相当の指輪を何の躊躇いもなく即刻バングルに加工させたのだ。正直僕もこの所業には、─────少しの逡巡もなく正しいと思ったね。癪だけど。過去の先人は何をしていたのやら。

 ともあれBランクと言えど現代では貴重な指輪。父如きに使い潰すのも勿体無い。それに何より水を差された気がして鼻白んだ。

 

「今日は止めにするよ。萎えた」

「ん……そろそろ弥雅も帰ってくるしね」

 

 それを言うなら恭弥も見回りから帰ってくる頃合だ。未だ恭弥には炎は"早い"。苛立ちで思わず使ってしまえば彼の為にならないし、何より炎は便利過ぎる。もう少し身体が出来てからが好ましい。炎の運用は純粋に危険を伴うしね。

 存在は匂わす程度で。これは父との暗黙の了。

 踵を返して外へ出る。これから学校にて生徒会業務があるのだ。視界の端では父の部下が迅速に庭の整備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの闇色が何を企んでいるのか、まだ皆目見当も付いていない。アレと言葉を交わす機会等最初に死んだ時とこの生が始まる時のみしかないのだ。知っている事と言えば奴は位階を同じくする人外共を憎み、鏖殺しようと計画を立てているという事、人の命等道端の小石程の価値もないとする愉快犯という事、位だ。全てお遊び感覚なのが更に腹立たしい。

 どういう存在なのか。途方も無い魂の練度からして世界そのものか邪なる化身か……幾らかの世界に君臨し、干渉する権利を持っているのは確かなのだ。でなければ僕を異なる世界に転生させる事等出来ない。……きっとそれは、邪神と呼ぶべきなのだろう。

 

 さながら古なる神々による神話大戦か?

 そして僕は邪なる神に遣わされし尖兵、その見習い。

 

 ふざけろ死ね。

 八つ当たり気味に難癖付けて罵倒する。そうでもしなければ碌に考察すら出来やしないのだ。主に嫌悪によって蕁麻疹が出る。

 どうせ期限はないのだ、充分に力を蓄えさせてもらうとしよう。その慢心に足掬われて不様に地を舐めるがいい……。

 

 

 ────それ位には、最初の生に思い入れがあったのだ。

 取るに足らない凡人として生きた生が。

 それでも、何よりその日常が大切だったのだ────

 

 

 僕の視界には絶えず憎たらしい闇色の残滓が燻っている。闇色の人型から放たれるもの。それは奴からの祝福(呪い)

 ……故に少しでも似たような気配を出す者が現れると、

 

 

「……皆殺しにしたくなるんだよね」

 

 四肢の骨をバキバキにされて、内臓を幾つか傷付けられた不良共。僕を見下し剰え暴力により従えようと、狂気じみた喜悦の目を向けてきた不遜な愚図共。目のイカレ具合からして恐らく薬でもしていたのだろう。狂気的なそれが更に闇を思わせたが故に、此処までの暴虐を成した。

 古くからある旧家である雲雀家の子供、脅せば金を落とすとでも思ったのだろうか?それともまた兄が恨みを買ったか?……まあどうでもいいか。呻き声すら上げられぬ瀕死の屑から、路地裏の地面が赤で模様が描かれていく。

 

「僕は恭弥程甘くは無いよ。そういう、闇色の(狂気的な)気配に敏感なんだ」

 

 時間を無駄にした。早く学校に行かなければ。

 血塗れの武器を払うと壁にべっとり滴った。頬に付いた血を手の甲で拭いながら歩く。……父に切られた部分は存外浅いものだ、とっくに乾いてしまっていた。

 

 

「わぷっ?!」

「……興味本位でこんな所、覗いちゃ駄目だよ。小動物」

 

 路地裏を出て学校の方に足を向けようとした時、奇妙な声と共にぶつかった小さな人影に立ち止まった。吊り気味の目と、長い黒髪。無垢な目の僕と同じ位の年齢の女子だ。背中には赤いランドセルがあり、どう見ても帰宅途中なのだろう。

 

「いい子は真っ直ぐ家に帰るんだ。いいね?」

「う、うん、ごめんなさい。……えっと、痛くない?」

 

 頬の傷を指摘されたらしい。

 

「別に。痛くないよ」

「……あのね、これあげる!」

 

 スカートのポケットに入っていたらしい絆創膏を僕の手に押し付けた少女は手を振りながら走っていった。ああ、前をそんなに見ないから、親に絆創膏を持たされる位転けるのだろうに。

 ふと息を吐いてスラックスに絆創膏を押し込んだ。

 ……久しぶりに僕を恐れない人間に会った気がする。最近は大分名が知れてきたようで、どいつもこいつも僕を遠巻きにするからね。恭弥よりはマシだけど。

 部下に連絡して"掃除"を命じつつ吐き捨てる。

 

「まあ、ストレス解消にはなったかな」

 

 そも、町の不良にそこまで期待していないしね。

 僕は小さく、憂鬱の溜息を吐く。

 

 空は広く秋晴れていた。

 

 

 

 

 




雲雀兄弟・・・何か二人だけ修羅の国で生きている気がする今日この頃。そろそろ幼少編終わりたい(願望)

あとヒロイン表現が露骨過ぎた件について謝罪します。

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