死んだ目つきの提督が着任しました。   作:バファリン

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若干遅れました。八話目です。

どうぞ。


8話 初めての信頼

 今日の業務も終わり、食事も終わり、風呂も入り、となる頃にはすっかり日も暮れて時間は、23時。

 となるとやることは自然と睡眠を取るということになるわけで、俺はようやく身体を休められる、とベッドにダイブした。

 

「……あぁもう、疲れた。寝よう。今寝よう。即座に寝よう」

 

 新品のベッドのマットレスに全体重を預けると、面白いくらいに体が沈み込む。……おぉ、すげぇ気持ちいいなこのベッド。

 

 というか初日から波乱万丈すぎ。ブラック鎮守府は特殊手当とか出すべきだわ。精神的ダメージ手当的なやつ。

 それにしてもなんて気持ちいいベッドだよこれ……あぁ……意識が……遠……。

 

『〜♪』

 

 スマートフォンがある音楽を奏でながら、ブブブブと震えた。着信である。

 

 曲は○ューベルトの魔○。この時点で誰から電話が来たか察していただきたい。息子よ息子よ言ってるスマホを引っ掴み心の底から嫌ではあるが着信ボタンを押した。

 

『ひゃっはろー。こんばんは比企谷君。お勤めご苦労様だね〜。それにしても一回の電話で出るなんて珍しいじゃない?』

 

 相手は勿論、雪ノ下陽乃さんだ。

 

「……ども、雪ノ下さん。いや、ビジネス上の関係になったらそんなことしませんってば。流石の俺もそこら辺の線引きはしますよ」

 

 流石に馬鹿にし過ぎである……とも言い切れないか。実際それくらいの事やってきてる訳だし。今は雪ノ下さんを驚かせることができたという事にニヤニヤするくらいでいいだろう。

 

『お、おぉ。そんなまともな事を比企谷君の口から聞くことになるなんてお姉さんちょっと今驚きを隠せないよ……。ま、それはともかくとしてどうだった? そっちは』

「俺もこんなこと言わなくてもいいように専業主夫という夢を叶えたかったんですがね……。えぇ、まぁ、ぼちぼちやってますよ。ぼちぼち」

『……ふーん。比企谷君のぼちぼちってのはいきなり食堂であーんな揉め事を起こすことだったんだね?』

 

 その言葉に、思わず固まる。

 

「アンタ盗聴機でもウチに仕掛けてるんですか?」

『ふふー、ヒ・ミ・ツ♪ ほんっと比企谷君も馬鹿よねぇ。あんなやり方なんて結局本質的な解決にはならないのに。愚策もいいところだよ』

「そんなん言われなくても俺が一番分かってますよ」

『そう。一番誰よりも何よりも隅々までメリットとデメリットが分かり切っているのに君はいつだって実行する。本当に面白いよ。とっても賢いのに誰よりも愚かな所がね』

「……つーか分かってるくせに聞いてくるとかほんとにいい性格してますよね」

 

 画面越しでそれはもう素敵な笑顔を浮かべている雪ノ下さんの笑顔を幻視した。

 

『でしょー? 私みんなに性格いいって言われてるからねー』

「あーはいはい。んで本題はなんすか?」

『もー、せっかくお姉さんが電話してるんだからお話楽しもうよー。ぶーぶー』

 

 口でブーブー言う奴なんて一色と小町以外見たことねぇぞ……あれ結構いるじゃん。

 

 そんなくだらないやり取りもそこそこに、雪ノ下陽乃はその超合金で繕われた仮面を外し、本性を晒した声で囁いた。

 

『……後処理の方はだいたいこっちで何とか済んだよ。骨は少し折れたけどね? いやー腐っても提督。保身にも長けてる相手だと色々と大変だったよー』

 

 後処理。それを意味するのは俺の前の提督、前任についての事だった。

 勿論、提督という仕事は今では世界的にも有名であり、国防を担う一端である。注目度も高いので問題があればメディアがすぐに取り扱う。

 いま雪ノ下さんが言っているのはこのあたりについての話なんだろう。

 

「……聞いても教えてくれないんですよね? 前任のことについては」

『ん? 何を言ってるのかな、比企谷君は。言ったでしょ? 前任の提督は繁華街で唐突に姿を消し、その後消息は不明って。まぁ繁華街の裏路地にその提督の血痕と深海棲艦の一部が落ちていたことから深海棲艦のしわざという説が濃厚らしいけどね?』

 

 それは聞いてる。むしろみんなが知ってる、テレビにも流れたニュースなのだから。でもそれは表向きの話であって真実ではないだろ。

 

「それは貴方が」

『―――やめなさい。別に比企谷君はそれでいいのだから。それ以上を知る必要はないわ』

「……あぁ、そうですか。ったく、アンタもアンタで大馬鹿ですね、ほんと」

『……ふふ。優しいんだね比企谷君は』

 

 そんなんじゃない。俺は優しくなんてない。勿論そんなことは雪ノ下さんは分かっているだろうし、声に出したところで意味のない言葉だ。俺は喉の奥に骨が刺さったような気持ち悪さを堪えて言葉を呑み込んだ。

 

「話はそれだけですか?」

『とりあえずそれだけだよ。……あぁでも最後に一つ。―――女の子相手の着信音に、魔王はないんじゃないかな?』

 

 その言葉に思わずベッドに倒していた身体を跳ね起こし、周りをキョロキョロと見渡した。

 

「なっ、えぇ!? 嘘でしょ!?」

『……まさか本当に当たるとは、ね。まぁ私がどう思われてるかなんて元々知っていたわけだし? これくらいでどうこう言うほど子供でもないんだけどね』

「うっ……そ、そうですよね。雪ノ下さんは大人だからなぁ。へ、へへ」

『でもいまの言い方にいらっときたらやっぱお仕置きだぞ!』

 

 まさか、カマかけかよ―――。そう気づく頃には時すでに遅し。いつものトーンより少し低い声で、事実上の処刑宣告が下っていた。

 

 そのまま電話が終わり、ベッドに再度倒れ込む。

 終わったなー、俺の人生。最後はマッ缶飲みながら召させてほしいな。

 そんなことを半ば本気で考えながら眠りについた。

 

 

 ◆

 

 

「……おはよう、ございます」

「……うす」

 

 次の日。

 朝8時から早速事務は始まった。

 寝床はめんどくさいので執務室室横に設置された提督用の休憩室で寝泊まりしてる。さり気なくシャワーもついてるし、テレビも完備。その他諸々娯楽品もある。前任は心の底から屑だと思っているが、自堕落を追求したこの部屋だけは褒めてもいいと思う。

 

 朝から食堂に向かい、侮蔑と嫌悪のモーニングコールを皆から貰いつつも食器をわざわざ返しに来るのも億劫なので紙皿とプラスチックのケースに入れてもらい即座に帰還。これでほぼ外界との無駄なやり取りは省略できるだろう。

 

 そんなこんなのやり取りを経ていざ仕事開始――……と、行きたいところだが。

 早速やってきた榛名さんがそれはもう名状しがたいどんよりとしたオーラを纏っていた。

 その理由? 心当たりしかねーよ。

 

 十中八九食堂の件だろう。

 まぁだからといってどうこうできるわけでもなし、むしろこれを機会にバッサリ嫌われたほうが後々楽だろう。

 

 あえて俺は無視して業務に取り掛かった。

 カリカリと筆を動かす音だけが執務室を埋める。

 そこにあるのは、昨日のような無機質な沈黙。結局はこれで元通り、昨日のやり取りも全て無に帰す。

 ようやくこれで俺は、また一人になれる。

 

「……今朝、食堂に行きました」

 

 ぽつり、とまるで独り言を漏らすように榛名の方から声が掛けられた。

 書類に走らせるペンが一瞬止まってしまったがすぐに動きを再開する。

 

「……へぇ」

「……皆喜んでました。だって今日から急にご飯がまともに食べられるようになったんですから。一年近くぶりですよ? 皆喜んで、間宮さんのことを褒め称えてました」

「……へぇ」

「それと一緒に、誰かが馬鹿にされてました。その人は腐ったような目をしてて、常に皮肉げにあざ笑うような表情を浮かべてる、新しく来た男の人らしいです。皆が楽しそうに、馬鹿にしてました」

「……そうか」

「ご飯は美味しい筈なのに、何ででしょうね。私は全然味がしなかったんです。口にどれだけ運んでも……全然美味しくない。……辛いですよ」

「……そう思うなら来なきゃ良かったんじゃねーの」

 

 別に昨日言ったことなんて俺は気にしてないしな。

 

「……でも、おかしいです。なんで貴方があんなにたくさんの量を作らせるのか。結局食べた量だって凄く少ないですよね? 足りないのは嫌い? なら二食分もあれば満足な筈です。何であんなにたくさんの量を? 意味が無いですよ。全く意味が無いです。―――私達に食べさせる以外、なんの意味も見当たりません」

 

 そういう榛名は、いつの間にか執務の手を止め、真っ直ぐにこちらを視線で射抜いていた。嘘をつくことは許さないと、視線が語っている。

 

「……知ってるか? お前みたいに何でもモノを穿って見るやつを中二病っていうんだぞ」

「知りませんしどうでもいいです。それにその体で行くと何でも捻くれた物言いしかしない提督は捻くれ病ですよ。あと眼が死んでいるので濁視病ですね」

「ありそうな病名やめろ。それに目は関係ねーだろ。中二病患者」

 

 そう返すと、榛名は一度きょとんとした表情を浮かべてから微笑んだ。

 それはどこか見覚えのある、悲しそうでいて呆れているような、そんな笑顔。

 

「……提督が本当のことを言ってくれないのは、多分そうしなきゃいけない理由があるんですよね? だから榛名はもう聞きませんし、言いません。でもやっぱり提督が酷い人じゃないことは、榛名が知っています」

「……妄想だろ」

「妄想ですよ? でも、提督は私にそんな妄想を抱かせてくれました。今だって、提督は私と同じ目線で話してくれます。まるでゴミを見るような目で榛名を見たりしません」

「俺の目がゴミみたいに腐ってるからこれ以上目線の下げようがねーんだよ」

「……もう、茶化さないでください」

 

 そう言ってぷくりと風船みたいに頬を膨らませる姿はまるでどっかのあざとい後輩を彷彿とさせた。

 

「でもやめとけ。お前が必要以上に俺のこと庇ったりすると周りから迫害対象になんぞ」

「あれ? もしかして今榛名のこと心配してくれてるんですか?」

「うぜぇ……」

 

 うぜぇ。心の声が声に出るくらいにはウザかった。

 

「酷い!? ……そんなこと言う提督とはお昼一緒に食べて上げませんよ?」

「誰も頼んでねーよ」

「まぁ頼まれてなくてもやるんですけどね?」

 

 どっちだよ。

 もう好きにしろ、と俺は止めていた作業を再開し仕事に没頭する。

 結局榛名は昼になっても俺の側から離れず本気で昼飯までわざわざこっちに持ってきて食べ始めた。

 

 仕事が終わっても居座るし、一体何がしたいんだこいつは。

 榛名の行動が謎に包まれた一日だった。




1日目→1話〜7話
2日目→8話

ひどい手抜きですねぇ……(長距離弾道ブーメラン

話は変わりますが、八話目にして、数多くの方からご評価、お気に入り頂き大変皆様には感謝しております。
正直本気でこんな事になるとは思ってませんでした。
それに伴い様々な読者様の目に触れる機会も増え、それと同時に手厳しいご意見も頂くようになり……ノリと勢いだけで投稿する人間の末路がこれなんやなって……(逃れられぬカルマ)

しかしそんな中でも温かいご声援を下さる読者の皆様も沢山いてくださり、作者は本当に助かっております。本気であのコメントたちがなければ昨日あたりには折れてた気がします。

本当にありがとうございます。これからも設定ガバガバの拙作ではありますが精進に努めますのでよろしくお願い致します!

読んでいただき誠にありがとうございました!

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