死んだ目つきの提督が着任しました。 作:バファリン
ちょっと展開が早すぎるかな? とも思いましたがなにかおかしな点がございましたら教えていただければ嬉しいです。
加賀と呼ばれた女性が、長門の言葉を補佐するようにそう付け足すが、俺は尚更理解及ばないと首を傾げる。
「俺の印象? ……いやまて、そもそもなんで長門さんが俺の印象なんて気にする必要があるんすか?」
「……ぐっ。ただ嫌なだけだ。理由も何もなく一方的に嫌うだとかそういうのがな」
いや、もちろん惚れちゃったから、とかそんな理由に期待はしてませんよ?
ホントホント、ハチマンウソツカナイ。
「あー……そうだったんですか。いや、なんかすいませんね、ありがとうございます―――でもそういうのはいいんで。俺の評価とかそんなんクソ喰らえだし。気にしなくていいっすよ」
飲みかけのマッカンに口を付けながら、当たり前のように言う。
「へ? な、何故だ?」
「だってそれが間違いだとも限らないでしょう? 逆に聞きますけどね、今二人は俺が清く正しい清廉潔白な提督だと保証できますか?」
二人はその言葉に押し黙った。当たり前だ。こんな問なんてまず答えが決まっている。
「……ないな」
「……ですね」
「ですよね? じゃあまずこの時点でここの艦娘たちと触れ合うことによって俺がいい人であると知ってもらう、なんていう事が無理であることが分かりました。この場合前提が俺がいい人であることだから、です」
「では。……では、貴方は、提督、は。また、“同じ”なんですか?」
加賀が言うその言葉には、軽口で答えられない重みがあった。
俺はここに来る前に、陽乃さんによってこの鎮守府で行われていた事はある程度知っている。ある程度というか、書類上では全て知った。しかしそれはどこまで行っても書類の上だ。
現場でしか知らない苦痛があるだろうし、むしろそっちのほうが多いはず。
だからその答えくらいには、誠実でありたいと思うのだ。
「違う。って言いたいところだけど正直良くわからん。……人間ってのはな、どこまで行っても即物的で俗物的だ。目の前に餌があればすぐ齧り付くし、その餌を奪いそうな奴がいたら潰しに掛かる。結局その前だってそうだったんだろう……。嫌な奴が最初から嫌な奴だったとは限らない。良い奴がずっと良い奴だとは限らない。そんなもんだ」
自分で言っていて、なんて救いのない話だろうと笑いそうになる。
しかしこれでいい。これがいい。
比企谷八幡は欺瞞を許さない。
やさしい嘘なんていらない。
綺麗な正しさなんて必要ない。
必要なのはもっと汚くて正しくなくて歪な本物だ。
それこそが俺なのだから。
だからこそ俺は隠さない。求め続ける限り、俺は俺の信じる本物とやらに目を背けないと決めたのだから。
「なら、なら私はどうすれば……皆はどうすれば救われるの……」
加賀が絶望に満ちた声でつぶやいた。俺の答えがよほど不満なのか長門は腕を組んでこちらを見据える。……あの、長門さん? その腕ぎりぎり言ってますけど、その怒りを俺にぶつけないでくださいね?
長門に殺されないようにソファーから立ち上がって長門から距離を取りつつ、言葉を続けた。
「どうすれば救われる? そんなの決まってる。自分を救った時、それだけだ。所詮人間なんて誰かを救うことなんて出来ない。できるのは精々救った気になる事くらいだ。本当に救われたいと思った時にそいつを救えるのはそいつ自身でしかない。……話は逸れたけど、結局そういうことだろ。俺がどういう人間だとか救いだとか云々も、結局自分でどうにかするしかないだろ? そこで誰かに頼った瞬間もうそれは別のナニカだよ。だから……か、加賀? さんもそういうふうにしたらいーんじゃねーの?」
「ふむ、そうか……」
今まで静かに俺の話を聞いていた長門は、ツカツカと足音を立てながら近寄ってガシッと俺の肩に手をおいた。
なんなんですかね。ちょっと痛いんですけど。
そんな俺の様子なんて気にも留めず長門は続ける。
「じゃあいまの話によるところ、お前が見てお前が決めろ、という事だな?」
いやちょっと近すぎるでしょ。ぼっちとの距離感くらい空気で察しろよ。そんなパーソナルスペースにズカズカ来られたら惚れちゃうだろうが!
「ま、まぁ概ねは」
「じゃあ私はこれからお前を色々と見てみることにしよう。なに、腐った目をしてるが中々いい事言うじゃないか提督よ」
「腐った目は余計だろ。ってか、いいのかそれ。俺に変にかまったりしたらハブられたりしますよ。その内うわぁ、あいつと付き合ってるんだってーとか噂立てられて教室の黒板にでかでかと相合傘で名前書かれて泣いてまるで俺が悪いみたいになって先生に呼ばれるんですよ……?」
あ、ダメ。思い返すだけで心が痛くなってきた。ついでにいうと田島さんにはその後から話しかけてもらえないどころかみんなに便乗して陰口を言われるまでの仲となりました。
「嫌に実感のある説明だったな……。まぁそんなことはあるまい。まず提督と私では釣り合いが取れんからな。せめてもっとかっこ良くなってからではないとこのビックセブンは沈められんぞ?」
「ほんとそんなところまで平塚先生みたいに格好良くなくていいだろ……」
あまりに男前な言い草に、思わずタバコを吹かしながらニヒルに微笑む平塚先生を思い出す。あのひと元気にやってんのかなぁ。
「まぁなら俺は知りませんけど……それで後々文句つけてきたりしないでくださいね」
「文句ならもうある」
「もうあるの!?」
早くね? まだ誰とも噂されたりしてないよ? 八幡菌はそんな即効作用なの? エンガチョされちゃうの?
「あぁ、その敬語だ。お前が提督で私が艦娘なんだ。それくらいの上下関係くらいは守れ」
「えっ、あぁでも如何にも長門さん俺より歳食って―――」
ズアっ! 目の前にいつの間にか拳が存在した。
「……次は、ないぞ」
やべーよこいつ。完全に一人は殺ってるよ。いや深海棲艦ならすごい量やってる筈だからあながち間違いでもないか。て言うか上下関係言うならそんな暴力で脅さないでよー。
歯の音をガチガチ鳴らしながらなんとか言葉を返す。
「ひょ、ひょうかいでふ。ながとふぁん」
「長門と呼べ。あと敬語」
「……わかった。長門。あー……その、なんだ、よろしく頼む」
恥ずかしい訳じゃないが、何となく壁の方を向きたくなって壁に視線をやりながらそう零すと、長門は呵呵と笑い、
「どうやら今度の提督殿は随分と捻くれ者らしいな。ふむ、そろそろ戻らないとまずいな。ほら加賀、行くぞ」
「え、ええ……失礼、しました」
「ん」
そんなこんなで、これが俺と艦娘によるファーストコンタクトだった。
◆
提督室を出て、二人で歩く。カツカツと地面を蹴る二人の足音と、遠くで聞こえる訓練の掛け声がやけに耳をついた。
私はそんな沈黙を破る為に、隣で凛とした佇まいを崩さない長門さんに声を掛けた。
「ねぇ……長門さん。貴方はどうしてそんな簡単に信じられるの?」
「ん? どうした加賀。何を言っている、私があいつの事など信じるわけがないだろうが」
「え?」
その答えが私には意外で、思わず気の抜けた声を返した。
「あいつが言っただろう? 自分で見極めろと。ならば私は疑うだけだ。あの目の腐った提督がどんな人間なのか。どういう存在なのか。疑って疑って疑う。それは相手も理解していたようだしな」
「なぜ……どうして……」
そんな前を向いていられるの?
理解できない。いやこれが別の艦娘だったなら良かった。
でも長門さん。貴女は……。
「多分、信じてみたいんだろうさ」
「……」
「恐らく、この鎮守府で一番現状が怖いのは私なんだ。あいつがどういう男で、どんなことをするのか。……はは、笑えるだろう? ビックセブンの名が聞いて呆れる。でもそれでもいいさ。あんなことがまた起きて欲しくない。また次あんなことがあれば、きっと私はもう立ち直れない。それはきっと、“長門”としても、私としてもな」
「…………」
絶句する。いつも気丈に振舞っていた彼女が、まさかそこまで思い詰めていたなんて。我が身可愛さで恐怖に震えていた私のなんて愚かしいことか。余りの自分の勝手さに嫌気が差す。
「私が犠牲になってでも、この鎮守府の皆はやらせんし、絶対に守る……と、最初は思っていたんだがな。なんだか毒気が抜かれたよ。あの捻くれ者には」
そう言われて思い出す。あの情けない姿を。今にして思えば、あの朝の着任式も恥ずかしくて目を逸らし、どもっていたことが分かる。良くそれで提督なんていう業務をしようと思ったな、とは思うが前任に比べれば人間味があって悪くない。
「最初見た時は、怯えが見えた。こいつも結局兵器である私達に怯えてるのか、と失望した。まぁそれならそれで執務室やらなにやらで脅しでもかければうまく傀儡にすることもできたのかもしれんがな」
「す、すごいこと言うのね……」
一歩間違えたら秒で解体なのは間違いなかった。
「確かにあいつは距離をとっているし、怯えていた。がそれはどうにも“長門”にでは無かったよ。さっき肩を掴んだ時確信した。あいつは私自身に怯えていたんだ……くくっ。おかしいだろう?」
……今時、艦娘のことを知らない人間というのも滅多にいない。見た目の美しさだったり、種類だったり。はたまた……人間を簡単に潰すことのできる怪物性だったり、だ。
例えば自分が肌身離さずつけている艦装に意識があり、もし敵対意思を持つ可能性があるとしたら確かに怖い。
多分。私達を悪く言うような奴らはそういう感覚なのかもしれない。
しかしではそれが怖くないというのに私達に怯えるというのは些か不可解である。
「知らない他人が怖いのさ。何も知らない。私達という個人が怖くてたまらない。――何も私達と変わらないただの人間だったよ」
「そうですか……。でも、私達は兵器です。人ではありません。……兵器なんです」
私は長門さんの言葉に反応する。思わず口をついて出た言葉は、まるで自分を納得させるために吐いた言葉にも思えた。
「……そうだったな」
少し力なく返事した長門さんの口元には、淡い笑み。
その笑みがとても儚く、まるで今触れれば壊れてしまいそうなほど弱く見える。
「さ、そろそろ行くか! 私達がいないとあいつらは不安だろうしな!」
「……えぇ、そうね」
結局触れることも出来ずに長門さんから言葉は打ち切られた。
手を伸ばすこともせず、近づき合うわけでもなく。
二人の本心はどこかに隠れたままで。
それでも時は流れていく。
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