【とある魔術の禁書目録】Uncharted_Bible 作:白滝
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轟ッッ!!という、鼓膜を突き抜ける爆音が響いた。
目が覚めた瞬間、槙斗は自分の胴体が半分千切れていることに気付いた。
が、思考が回り始めるよりも速く、肉体がグチュグチュと醜い音を立てて再生を始める。
それと同時に、身体を赤く発光させながら、虚空より生まれた六つの真っ赤な竜の首が肩に、下半身には真っ赤な太い尾が接続された。
竜の頭からはそれぞれ一本、もしくは二本の角が生えており、それで引っ掛けるようにして各々の頭が王冠を被っている。
七つの頭と一〇本の角を持つ赤い竜。
『ヨハネの黙示録』一二章及び一三章に記される悪魔の化身が自らを血肉として顕現する。
「ちょ、何だこの状況!?」
気付けば千切れた半身は何食わぬ顔でくっついていた。失った肉体が再生する気持ち悪い感触に慣れぬまま、クラクラする頭を懸命に回す。
どうやら飛行機が爆発して、落下しているらしい。
爆風に叩かれ風圧で呼吸が苦しくなるが、悪魔となった槙斗の体はもはや酸素を必要とはしない。
必死で状況を整理しようとするそんな槙斗の頭を、
ゴガッッッ!!と、さらなる追い討ちが襲った。
陥没する頭蓋骨が再生し意識が覚醒した時には既に遅く、
自由落下以上の加速を受けた槙斗は高度一二〇〇〇メートル以上の上空から氷結したベーリング海の氷層へと叩きつけられた。
真下から突き上がる紅の雷にとっさに三人が対応できたのは偶然ではなかった。
パチンと、テルノアが指を鳴らした。
((敵襲による緊急事態のサイン!?))
脊髄反射でラクーシャに抱き着くフレイスと、それ見越して即席の防護結界を結ぶラクーシャ。だが、
(チっ……遠いッッ!!)
窓の傍に立っていた当のテルノア本人は、二人と六、七メートルほど距離があった。
ラクーシャの防護結界は自身とラクーシャに触れている人間を対象する術式であり、この一瞬でラクーシャに触る事は不可能だ。
たかだか二、三歩で手が届く距離ではない。
コンマ数秒の刹那の中、考えるよりも足が勝手に動く。
直後、貫く閃光と衝撃波。
機体が真っ二つに引き裂かれ、気圧で押し潰されそうになる突風の中、それでもテルノアはその身を焦がす事なく生きていた。
理由は単純。
隣で寝ていた槙斗を身代わりにしたのだ。
『
例えそれが天変地異だろうと、神話的弱点を突かれない限りは電流に対する絶縁体の如くあらゆる魔術を無効化する。
よってテルノアは槙斗の腹に飛び乗って感電を防ぐ事に成功したのだった。
と、そこまでは対応できた。
が、
「……は?」
真っ二つに引き裂かれた機体が、落下せずに空中に漂っていた。
それだけではない。
本来、この高度での外気はマイナス五〇度を軽く下回る。
しかし、肌に感じる大気は肌寒い程度であり、機体内と外との気圧差で吹き飛ばされる事もなかった。
「なんだこ――――」
「テルノア、上っっ!?」
「!?」
ラクーシャの叫び声で振り返ると同時、真上から降り落とされた襲撃者の剛脚が脳天を掠めた。
無理矢理に膝を曲げ槙斗を蹴る反動でバックステップし、何とか回避する。
斧の如く振り下ろされた足は槙斗の胴体を引き裂きながら足場もろとも砕き、襲撃者は槙斗と共にベーリング海へと落下して行った。
「何だー、ありゃー?」
と、崩れた機体前部からテルノアが顔を覗き込む。
次の瞬間、槙斗と共に落下していた襲撃者が槙斗の頭を蹴り飛ばし、先程のテルノアと同じ要領で跳んできた。
ただし、二〇メートル以上も。
「うっそだろー!?」
慌てて後ずさるテルノアの顔を目がけて、寸での所で襲撃者のアッパーカットが空を裂く。
「肉体強化した私の攻撃を二度も躱すとは……。さすがは背信者、悪運が強いとお見受けします」
「……だよねー、やっぱ敵だよねー」
テルノアはチラリと後ろを流し見た。フレイスとラクーシャが乗っている機体後部とは既に二〇メートル近い距離が生まれてしまっている。どういう理屈で千切れた飛行機が浮かんでいるのか分からないが、一連の現象は全てこの襲撃者によるものだと推測していいだろう。
「ちょっとヤバいなー、これは敬礼寺
「あの青年なら、ここに戻れはしないでしょう。今はもう海面で粉々になっているでしょうし、自己再生したとしても若様の相手になるかと」
若様……?と首を傾げるテルノアを他所に、襲撃者はタロットカードを持ち出した。
「私の『火の
襲撃者の恰好は至ってシンプルな黒の修道服だった。ただし、髪・瞳・眼鏡・手袋・靴が鮮血の如く真っ赤であることを除いて。
「其の使徒、ヴィニー・エドワード・ウェイトが名にて願わん。慈悲深き『
「ごほっ……ゲホゴホッ……はぁ、はぁ……」
割れた氷層の一角に上半身を預ける。
口から海水を吐き出して気道を確保した。
喉が海水で焼けて涙が出る。
前髪がへばりついてうっとうしく、思わずオールバックのようにかきあげた。
凍てつく海は神経に刺すような痛みを与えて来た。
海面に直撃してからの記憶がない。
ベーリング海峡は通常、七月から一〇月までの間は氷結している。その氷板を叩き割って落下したのだろう。その衝撃で体がバラバラに砕け、一緒に頭も割れて脳がグチャグチャになったのだと推測した。
「…って冷静に観察してる俺の順応力すげー……」
周りの海面の氷板も、上空から落ちてきた機体の残骸で節々に穴が開いている。
とりあえず近くの氷板によじ登った。
海水を吸った服が拘束服のように重い。ベタベタと肌に張り付いて居心地が悪い。
本来ならば凍え死んでいるはずなのだが、これも自分に『
氷の表層は思ったよりも固く、走るくらいの振動を与えても割れる事はなさそうだった。
周囲を眺めても『トリック』のメンバーは見当たらない。
……実際問題として、あんな上空から普通の人間が落下して生きていられるはずがないのだが、どうしても希望的観測を抱いてしまう。
自分が落ちてきた上空を見上げた。と、
「何だ、あれ!?何で飛行機が落ちてないんだ!?」
はるか上空にある二つの塊が空中に固定されたかのように静止していた。奇想天外も甚だしいが、目の前の事件を説明できる知識も経験もない。
仕方なく槙斗は頭に浮かんだ疑問符をそのまま投げ捨てた。
「とりあえず、まずは……」
バラバラになったトリックのメンバーと合流しなければと思った。
やはり一人では心細い。航空機の損傷はおそらく自分の追手である魔術師の襲撃だろう、と適当な予測を立てて行動を開始する。
肩から伸びる六頭の赤い竜を見る。
鼻息荒げに上空を睨む頭。
自分を見つめ返し威嚇する頭。
海水を飲んでいる頭。
水平線の先を眺める頭。
互いの首を引き千切り合っている頭。
槙斗の意志と全く関係なく動く赤い竜だが、
昨晩のような無茶苦茶な喧嘩戦法でも、魔術師の殺し合いと渡り合っていける事が判明しているのだ。
「うーしっ……っっらぁあああああああああああ!!」
目標はとりあえず飛行機。
掛け声と共に両足と尾で凍った海面を勢いよく弾き飛ばしロケットの如く大ジャンプを――――行おうとした槙斗だったが、
「まぁ落ち着けよ、『
突如として視界に現れた真っ赤な服の青年の、
右肩から生えた、不恰好な巨人の腕のような歪で禍々しい光の塊が見えた。
直後、内臓が爆発するような激痛が襲い、脊髄がゴギリと折れる嫌な感触を感じつつ全身を粉々に吹き飛ばされた。
「……定められし五色は五角の頂点を象徴するもの。故にその補色となる対の五色は、五角の頂点、その属性を増幅するものなり」
フレイスの詠唱を黙って聞いている場合ではない。テルノアはテルノアで必死に自らの術式に専念する。
「銀の背後に
フレイスが取り出したスポイト程度の小さな小瓶から水銀が一滴垂れる。
それが床に落ちるよりも速く、人差し指と中指で挟んだオレンジ色のカードによって輪切りのように切断された。
次の瞬間、水銀が膨れ上がり巨大な水流へと姿を変えた。
そのまま数本に枝分かれして襲撃者の魔術師へと突撃する。
「…って、いちいち起動が遅いんだってー!!」
テルノアはバックステップで襲撃者の女の回し蹴りを回避し、そのまま尻餅をつくような挙動で後転しながら床を爪で引っ掻いた。
途端、襲撃者はよろめく。
頭を両手で押さえ困惑した表情を浮かべた。
「かかったねー。私は昔、とある事情で喉を潰していてさー。人口声帯で声を出してるから通常の魔術詠唱ができないんだよねー」
「くっ…方向感覚が……!?」
「視界がクルクル回ってまともに歩けないだろー。私はこうやって環境音楽を利用して即席魔術を発動する『元』魔術師なのだー。私の術式を解析したけりゃ、環境音楽でも一から学ばなきゃ無理だよー」
そう言ってテルノアはバイバイと手を振り、
直後、フレイスの放った水銀の槍が襲撃者を叩き飛ばした。
「あーっぶねー…もうちょっとで負けてたわー。いくらアルカナが儀式魔術だからといっても、術式の出力が普通よりデカかった気がしたなー。儀式魔術の癖して起動も速かった気もす――」
「テルノア、まだだッッ!?」
慌てて振り返る視界の隅、木の葉の如くひらひらと舞い落ちるタロットカードが不自然に揺らめいた。
ワンドの八。
意味は「唐突」と「分離」。
するりと虚空より現れた襲撃者が、肘打ちによる体当たりでテルノアの体を突き飛ばした。
(がっ――――な、んで――――)
転がった拍子に機体の
「ど、どうやって……」
「ご覧の通りです。私は小アルカナを扱う魔術が得意でして、既に何枚かのカードを配置させて貰っています。先の水属性魔術を回避したのも、カードの中に自分を閉じ込めて攻撃を躱し、再びカードの平面から出てきただけの事です」
と言いながらも全く説明する気はないらしい。
喋りながらも振り上げた靴で思い切りテルノアの手を踏み、機体から突き落とそうとしてくる。
しかしその一瞬前、
フォン!!と空を裂く鋭い音と共にラクーシャが放った
足を引っこめ回避した襲撃者だが、追尾機能がある
即座に襲撃者は新たなタロットカードを取り出した。
ワンドの一〇。
意味は「重荷」と「圧迫」。
突如、紅蓮の炎壁が出現し、飛来した
一瞬の隙を見て機体へ這い登ったテルノアが、ごうごうと揺らめく『炎の燃焼音』を環境音楽として術式に組み込み、魔術を発動させる。
轟ッッ!!と大気がうねった。
テルノアの手に一メートル程度の渦巻く風の剣が生まれる。
「りゃあああああああああああああああああっっ!!」
そのまま突撃して炎壁ごと断ち切ろうと風の剣を振りかぶる。
が、襲撃者は顔色一つ変えずにカードを上下逆さまに提示した。
すなわち逆位置。
防御のために使われた象徴が先程までとは違う意味を持ち、外側へ拡散していく力は攻撃のための牙と化す。
あと一歩という距離まで接近したテルノアだったが、目の前で炎壁が爆発し熱風に吹き飛ばされた。
しかし皮膚が焼かれる事なく、あくまで皮膚が赤ばむ程度の軽傷で済んでいる。
「後ろの二人が厄介ですね……」
見れば二〇メートル後方の機体後部にいるフレイスが、赤いカードをオイルライターで燃やしていた。
「(あの女は先程タットワの配色の法則を利用した
冷静に状況分析する襲撃者に、テルノアは強がりながら不敵に笑いかける。
「えーっと、ヴィニーちゃんだっけかー?私とタイマン張ってくれるのは嬉しいけど、若様とかいうあんたのお仲間さんは一体どこにいるのかなー?」
魔術師の戦闘とは頭脳戦である。
戦闘の中で互いの術式を解析し合い、先に敵の術式の対策を練り上げた時点で拮抗する天秤が一方に傾く。
豊富な知識と柔軟な応用力と経験値、そして戦闘中の情報戦のやりとり。
術式の構築や準備に時間をかけ、戦闘前にすでに結果の七割が決まるとさえ言われる。
そんな魔術師の中でも、テルノアはその場その場の『環境音楽』を魔術詠唱に利用するという術式の特性上、あらかじめ仕込みが必要な一般的な魔術師に比べて突発的な戦闘を得意とする。
特に、今回は儀式魔術として有名なタロットカードを用いたアルカナ使いの魔術師が相手だ。
どれだけ術式を最適化した所で、儀式系の術式は『場の準備を行い、術者用の安全地帯を構築し、力を呼び出し、それらを操り、無事に送り返す』……これだけの作業を必要とする。
『明け色の日差し』のボスの少女のような特殊な例はまさかあるまい。
即席魔術を得意とするテルノアとは、出力では劣るものの術式の起動速度に天と地の差があるのだ。よって手札の多さで襲撃者、ヴィニー・エドワード・ウェイトを圧倒できる
……はずなのである。
しかし、本番で教科書通りに進めば苦労はしない。
(どうして私の術式スピードについてこれるんだー、早過ぎじゃね!?しかも、タロットカードはランダムにカードをめくる事に意味があるはずじゃんかー。正位置、逆位置っていう発動方法に違いはあるけど、望んだ効果を望んだタイミングで発動出来る訳じゃあるまいし、フレイスやラクーシャとの三人がかりの攻撃をここまで的確に対応できるとは思えないんだけどなー)
おまけに肉体強化で聖人並みの運動性能を身につけ、近接戦闘ではむしろこちらよりも圧倒している。
これでは頭脳戦もなにもない。
不自然な術式の起動速度。そしてまだ見ぬ伏兵の存在。
(敬礼寺
冷や汗を拭い、不利な戦況をじっくりと見据える。敵のカラクリを掴まなければ、この勝負に勝ち目はない。
本日何度目になるか分からない意識の覚醒を自覚する。
息が苦しい。
それに痛みが引いていない。
焼けるように痺れる筋肉は、だらしなく肢体を重力に預けてしまう。
が、そんな槙斗の体は赤髪の青年の手によって支えられていた。
いや、その表現も正確とはいえない。
赤い青年の両手はズボンのポケットに突っ込んでいるし、両足にしたって凍りついた海面の氷板上に立っているので槙斗に直接は触れてはいないのである。
では何故かというと。
青年の右肩から伸びる巨大な『第三の腕』が槙斗の体を鷲掴みにしていたのである。
「あぁ、目が覚めたか。再生に時間がかかったな。流石に俺様の力は効果があり過ぎたか?ヴィニーに出力の六割を貸してやっているとはいえ、低出力でも空中分解は免れんとは……いやはや、強大過ぎる力というのも考えものだ」
立て続けに話しかけられたが、頭痛がひどい槙斗にはいちいち聞いている余裕はない。
今の自分には、目の前の人間が自分を殺そうとしているという事実があれば情報として完結している。
(力が…入らねえ……)
体内を血液のように巡っていた
肩から伸びる六頭の竜も既に四頭が消滅しており、残る二頭も力なくうな垂れてしまっていた。尻から伸びる尾に関しては蒸発して消えかかっている。
意識を繋ぎ止める努力をしなければ再び気を失ってしまいそうだった。
目の前の青年を改めて観察する。
槙斗の知る由もないが、彼は『右方のフィアンマ』と呼ばれる魔術サイドでも有数の実力者であった。
赤を基調とした服装に、あまり鍛えている様には見えない身体で、髪型はセミロングで色は赤く染められている。
言葉にすると弱々しいが、その印象以上に不自然なまでの異様な重圧を与えてくる人物だった。
「俺を殺せりゃ満足か、殺人者」
「んん?もちろん結果としてはそうなるが、俺様は『
一瞬「やっぱりそうか」と呟きかけたが、不自然な単語が混じっている事に気付いた。
「俺の心臓が『欲しい』……だと?殺す訳じゃあないのか?」
「殺す気はないが心臓を抜き取れば死ぬだろう?俺様に殺意がない点だけ踏まえて貰えば問題はない。……そうだな。俺様に協力すれば、計画の準備が終わるまでは生かしてやってもいいぞ?」
「……計画?」
「それまで語る義理はないな。お前はただ俺様に殺される日が来るまで生きていればいい」
「何だよそれ…どっちみち俺は死ぬじゃねえか……」
「おいおい、自分の存在価値を否定するな。俺様の術式の媒体として『
「ふざ…けんな……。そんなお前の勝手な都合で殺されてたまるか。俺の命はそんなものじゃない!!」
「そんな『物』だろう?逆に問おうか。お前が生きる事に何の意味がある?」
「意味って……いや、意味とかそういう問題じゃ――――」
「そういう問題なのさ。お前の存在は十字教にとっては邪悪そのもの。生きてるだけで罪なんだよ」
「いや、でも―――――」
「お前は病原菌を持つ蚊を殺すのを躊躇うのか?パンデミックとして猛威を振るうウイルスがあったとして、それを殺すワクチンを作るのは不道徳か?人を食べる獰猛な獣を殺すのは非倫理的か?いいか、人間の敵である時点でお前は死すべき義務があるんだよ」
うっ…ッ…と一瞬胸が詰まった。
言葉が出ない。
挙げられた例に自分が含まれている事に純粋に驚いた。
あぁ、俺って今、こういう扱いなのか………
「そんなお前が俺様の計画にて世界の歪みを正す礎となるんだ。むしろ感謝して欲しいぐらいだな。本来、堕天使の研究もそういった副次的利益を目的としたものだ。『
反論材料を必死に探す自分を自覚する。
が、言葉がもう続かなかった。
現実感のない絶望を感じた。
自分のこれからの運命も、身体を蝕む激痛も、自分を助けると脅迫してきた『トリック』のメンバーも、何もかもどうでもよくなってくる。
人間に殺される生物はどんな気持ちなのだろう?
存在するだけで殺される蚊、ゴキブリ、蜘蛛などの害虫。
人を襲うからと言って銃で殺される肉食動物達。
いや、そんな風に考えるのは被害者面を気取っているだけだろうか?
単純な話、弱肉強食という世界のシステムからして罪があろうがなかろうが殺される生物は殺されるのだ。生態系としてのピラミッドの上の生物は下の生物を殺して食料とする。
そこに理由はない。
ただ『食料』として生まれてきたから『食べて』やっただけなのだ。
ああ、と自分の立ち位置を明確に自覚した。
俺はただ単に、『
自然と涙が目に滲む。
泣くのは随分久し振りだ。小学生以来だろうか?
「何だ、今更同情誘って命乞いか?俺様の同情は先程お前に蹴られたよ。この『聖なる右』の媒体となる栄誉を称えて、遺言ぐらいは聞いてやろうか?」
今まで堪えていた心のダムが決壊した。
涙が溢れ出て視界が歪んでいく。
「ちぐしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!畜生ォぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
思わず叫んだ文句はそんな言葉だった。
悔しかった。
誰に、何に悔しいのか分からない。
でも悔しかった。
この世界のシステムとか、よりにもよってこんなハズレくじな運命を引いてしまった自分とか、ここで正義のヒーローみたいにカッコよく敵をやっつけられない無能さとか、そんな漠然とした色々が悔しかった。
八つ当たりなのは分かっている。
でも悔しかった。
本当に悔しかった……
「遺言はないのか?まぁいい……光栄に思え、肉塊。お前の人生の価値は無事に刈り取られたぞ」
次の瞬間、空中に放り投げられた槙斗の背を『第三の腕』の巨大な指が貫通した。血飛沫を上げる紅の噴水が白い氷層を鮮やかに染め上げた。
指から伸びる鋭利な爪の先に、自分の心臓が串刺しになっているのが見える。
「あ………あ…………」
内から溢れ出る血液が口から流れ出ていくのが分かる。
痛覚を越えた苦痛に全身を支配されながら、悪魔の再生力を失った敬礼寺槙斗はまるで普通の人間のように無情に死んだのだった。
という訳で主人公は死にました。
次回こそ本当に投稿が遅れると思います。