【とある魔術の禁書目録】Uncharted_Bible 作:白滝
押し間違えた…のか……?
まだまだサイトのシステムに慣れません
午前一時三七分。
槙斗は何故か『トリック』のメンバーと共に学園都市製の貨物輸送航空機に乗っていた。
……というより、コンテナの上に腰をかけていた。
どうやら学園都市の農業ビルにて作られた野菜を出荷するための空輸便らしい。
ビルの中で紫外線ライトを浴びて、空気清浄機を通した二酸化炭素を吸って、各種栄養剤の混じった水の中に根を張る野菜―――人工的臭いと気持ち悪がる客層もいるらしいが、実際には硫黄酸化物や窒素酸化物が混じった自然界の雨などを用いないため、無農薬野菜よりもずっと発育がよくずっと健康的な野菜なのである。
……が、そんな雑学を学園都市の外の人間である敬礼寺槙斗が知っているわけがない。
もちろん、『トリック』のリーダーであるテルノアはそんな知識には無関心だし、ラクーシャは無駄口を叩いたら殺さんばかりに睨んでくるし、面倒見のいいフレイスでさえ槙斗と話題を作るならこんなお堅い話は持ち出さないだろう。
よって、情報のソースは――――
『―――って訳で、これがイタリアの富裕層にバカ受けでしてー、もうウハウハなんスよー。いや、今って何かと健康ブームじゃないスか。そこでウチの野菜に注目が―――』
「とっと仕事の用件を話せ!!電話切るぞ!!」
『ちょ……いつも厳しいっスねー、ラクーシャさんは!!はいはい、じゃあ、そろそろ仕事の用件に移りますか』
「あ、リーダー、雑談終わったって」
「ふぁぁぁ~。んん……よく寝たー」
『え!?寝てたの!?テルノアさん寝てたんスか!?』
スピーカーモードのテルノアの携帯電話から叫び声を上げるこの陽気な声の主が、どうやら『トリック』の上役らしい。
が、メンバーも直接会った事がなく電話でしかコンタクトが取れない謎の人物だそうだ。
「第一、何でコンテナ輸送機なのー??床が固くて眠ずれー。私は普通の旅客機でのんびり寝たかったわー」
『俺だって超音速旅客機の申請を統括理事長に出したんスよー。でも何か他の件で色々待機しなきゃいけないらしくて、こうなっちゃったっていうか……』
「だからとっと話せ!!」
『はいはい、サーセン!!えーっとですね、今回の任務はヴェネツィアでのローマ正教との殺し合いっス!!』
数時間前。
三人の魔術師から仲間として勧誘を受けたその時、敬礼寺槙斗の反応は困惑を通り越した何かだった。
意味が分からない。
何故、魔術サイドから疎まれる存在となった自分を味方として引き入れるのか?
そんな事をすれば、目の前の三人まで火の粉が降りかかることになるはずだ。
「それはうちらが、真っ当な魔術結社じゃないからだよー。結社予備軍『獣の刻印を授かりし者』とは魔術サイド向けの仮の姿。その正体は、学園都市統括理事長直属外部工作員部隊『トリック』なんだよねー」
科学サイドの人間がどうして!?
いや、そもそも魔術師がどうして科学サイドの駒となって活動しているのか?
「それは私達それぞれに理由があるから、訊ねないのが暗黙のルールよ。特に、ラクーシャはすぐ怒るから気を付けた方がいいかも」
「勝手な評価で人を蔑むな、フレイス。……話を進めるぞ。私達『トリック』の目的はただ一つ。科学サイドの介入不可能な魔術サイドの事件に介入し、学園都市の都合のよい展開になるよう第三者を装って事件に裏から干渉する事だ」
―――何だ、それは!?
そんな事が公になれば、魔術サイドと科学サイドの全面戦争になりかねないじゃないか!!
科学と魔術。
相反する二つの世界は、それぞれの領分に不可侵であることを条件に友好関係を結んでいる。
一方は、学園都市によってもたらされる超能力と先進科学技術。
一方は、宗教によって体系付けられた魔術とその神秘。
互いに相反する世界は過去に一度だけ、手を結び技術を統合しようとする試みもあったという。
が、実際に起きた結果は拒絶だった。
超能力者に魔術の術式を教え実行させた結果、体に拒絶反応が起きて神経系が焼き切れ、血管がズタズタに切れた。
この事件で技術の統合が不可能であると判断した魔術サイドが騎士団を派遣し、自らの世界の技術漏洩を恐れて実験体の超能力者を殺害。
これにより大きな波紋を呼んだ当事件に終止符を打つため、両陣営のトップが交渉を設け、現在の科学サイドと魔術サイドの不可侵状態に至ることとなる。
つまり、科学サイドが魔術サイドの事件に干渉なんて以ての外。学園都市の魔術結社なんて言葉は御法度なんて次元の話ではなくなるのだ。
「もちろん、私達の活動は隠密行動だねー。学園都市からの援助も、資金援助と情報の公開のみだしー。私達が科学サイドと
「私達からの自己紹介は以上だ。
……ちょっ!!な、何だそれ!?
「突然の事で信じられない気持ちも分かるわ。でも、私達にはあなたの
ふ、ふざけんな!!
こ、こんなの誘導尋問じゃないか!?
こんな選択肢、選べる訳が――――
「じゃあ、質問を変えよーかー、敬礼寺
その後、テルノアが持ち出した薬品によって竜の頭はジュージューと溶かされて、見た目は人間と変わらない状態にまで戻った。
竜は雄叫びを上げながら苦悶の声を発したが、槙斗に痛覚までは共有していなかった。
そのまま、フレイスが買ってきてくれた半袖のパーカーと短パンを着て、新幹線に飛び乗って東京へ移動。
学園都市の入場ゲートに着いたのが三〇分前くらいだったか?
何故か既に発行されていた自分のIDでゲートを通過し、魔術の対極、科学の街に足を踏み入れたのだった。
幼少時代に観光して以来なので、記憶は曖昧で目に映る物すべてが真新しい。
そこら中にある風力発電用のプロペラ。
街を徘徊するドラム缶型の清掃ロボット。
電線のない風景。
空高くそびえ立つ宇宙エレベーター……は、なぜか壊れていたが……
行き交う人々のほとんどが学生。
槙斗にとって、それらはここが日本である事を忘却させるかのように新鮮な刺激であった。
が、そんな感慨に浸る余裕もなく、手を引っ張られ……というより、襟首を掴んで引きずる勢いで槙斗は地下鉄に乗せられた。
地下鉄を降りたのは第二三学区のターミナル駅。
詳しい事は分からないが、どうやらここは空港であるらしい。
呆ける槙斗に、テルノアは呆れ、ラクーシャには尻を蹴り飛ばされ、フレイスは何故かニヤニヤしていた。
そして今に至る。
「……殺し合いって」
思わず声を出した槙斗に、電話の男が
『おう、新入り。慣れない単語にビビったか?けど、俺らの仲間になるってのはそういう事だ』
(俺にはタメ口かよ……)
「またローマ正教なの?この前の『法の書』騒動でやらかして以来、先日の『
「確かに、『聖霊十式』まで持ち出すとは度が過ぎているな。この間の『
『残念なお知らせっスけど、今回の件も「聖霊十式」が絡みそうなんスよー』
「えーーーー……!?私、もうやってらんねー」
『ちょ、リーダーなんだしテルノアさんは士気を高める努力しましょうよ!!まぁなんていうか、今回は前回より楽っスよ。とある標的を一人殺せばお仕事終了っス』
「今まで楽だった試しがないじゃーん。ターゲットの名前と顔はー?」
『あれ?ターミナル駅のコインロッカーに資料を内封した封筒を入れといたってメールしなかったっスか?』
「あー、忘れてたわー」
『ちょ、もー!!リーダーの自覚あるんスか、マジで!!今から全員のケータイに写メ送るんで、俺の慈悲深さに咽び泣いて欲しいっス』
と言って一〇秒後、全員のケータイが着信音を鳴らした。
と、槙斗は自分の携帯電話がなくなっていることを思い出した。
「フレイスさん、俺はスマホなくしちゃったんで見せてもらっていいですか?」
「あら、そうなの?じゃあ、こっち来て」
正直のところ、わざわざ服を買ってくれたり、学園都市へ向かう途中に話相手になってくれたフレイスが一番信頼できるのだった。
後の二人は余計な事を喋っても無駄で、会話のキャッチボールが成立しない。
そんな訳で、何気なく肩がくっつく距離まで槙斗はフレイスの傍に移動したのだが、
(……って、胸デカっっ!!Eカップくらいあるだろコレ!?)
ジト目でこちらを睨むテルノアの視線に気付き、慌てて画面に目を向ける。
写真に写っているのは、少女といえる年齢のシスターだった。テルノアよりも幼い。ミニスカートのように変に装飾した修道服を着て、背中までの赤毛を鉛筆くらいの太さの細かい三編みに分けている。チョピンを履いているのが印象的だった。
『今送ったのがアニェーゼ=サンクティス。こんな幼女でも以前の「法の書」騒動で二五二人の大部隊を指揮したリーダーだったらしいんス……けど、イギリス清教と天草式十字凄教が介入して任務がオジャン。今はローマ正教にも見放されて失脚、そのまま刑の執行待ちっス』
「そんな人間を殺して何の意味がある?放っておけば勝手に死ぬのだろう?」
『いや、つい先日まではその予定だったんスよ。でも最近、アニェーゼにはとある術式の素体として適性がある事が判明しまして……詳しい事は不明なんスけど、その術式とやらが学園都市にとってヤバいらしいんスよねー』
「つまり、発動キーとなる彼女を暗殺して術式を未然に防げってことかしら?」
『要約あざーす。フレイスさんの仰った通りっス。質問あるっスかー?』
「で、肝心のアニェーゼって子はヴェネツィアのどこにいるんだよ?それが分からなきゃどうしようもないだろ?」
突然口を挟んだ槙斗の質問に、電話の男は露骨に気分を悪くした。
『何でもかんでも情報揃った簡単な仕事じゃねえんだよ。ゲームで詰んだら、真っ先に攻略サイトを見るクチか、ああ!?むしろここまで探りを入れられた俺の手腕に感謝しろ、新入りィ。あとは自分の足で探せや、ボケ!!』
そう怒鳴った後、露骨に唾を吐くような音を立ててから通話を切られた。
「さーって、んじゃ頑張りますかー」
「服装から術式が把握できるか検証する。テルノア、私のスーツケースを取ってくれ」
「じゃあ、私は現地のホテルの予約でも取ろうかしら」
電話の男の唐突で辛辣な態度にも三人は慣れ切っているらしい。
フレイスでさえ槙斗に同情しない所を見ると、自分が悪かったのかと思ってしまう。非常に納得いかないが。
各々が任務の準備を始める中、槙斗は何をしたらいいかも分からずボケーっとするしかなかった。
「フレイスさん、何か俺がやる事とかありますか?」
「いや、敬礼寺少年に手伝ってもらう程のことはないかな。今は疲れてるだろうし、ぐっすり寝たら?」
遠回しに「邪魔だからうろつくな」と釘を刺され漠然と申し訳なさを感じたが、どうせ自分には何もできない。
テルノアに土下座してコンビニ弁当を半分譲ってもらい、食べ終えた頃には疲労のせいか瞼が次第に重くなり、いつの間にか眠りに落ちていた。
現在、槙斗たち『トリック』一同が乗っている便は北回りヨーロッパ線、つまりアラスカなどの北極圏を経由してヨーロッパに向かう航空路線である。
飛行機がベーリング海上空にさしかかった頃からか、大地の如く下面を覆っていた雲が次第と薄らいでいった。
「まさに青天……って感じね。今何時か分かる?」
「さっき日付変更線跨いでたよねー?うーん……分からん」
「術式の解析を検討してみた。が、特に修道服からは防護用術式の痕跡は見れんな。警戒する必要はなかろう」
一人、真面目に任務の件に没頭するラクーシャを尻目に、テルノアは眠りこけている槙斗に目をやった。
「逆にコイツもすごいよねー……」
「色々あったし、一安心して疲れが出たんじゃない?」
「だからそれがすごいんだってー」
と、テルノアは窓から外の風景を見ながら独り言のように呟いた。
「一日二日……どころじゃない。さっき会ったばっかの私たちをもう信用してるじゃんー。私だったら警戒して眠れないなー」
「ふん。この小僧が信用しようがしまいが関係はなかろう。私とお前らだって信用なんて絆をまさか意識している訳ではあるまい。私達はただ、互いの目的に合致する行動を取ればいいだけだ」
「そう……ね。でも、そうやって無警戒に信用されるってのもたまには気分がいいものよね。この感覚は懐かしいなぁ。裏切られる可能性を視野に入れていないっていうか、味方と敵って区切り方しか人間関係の築き方を知らない。純粋って悲惨ね……」
「でもまー、それを私たちが逐一指摘するのは面倒だし、そんなのは勝手に挫折しながら身につけていくもんでしょー。わざわざ過保護に優しく指導してやるほど、私たちは仲良くないしねー」
と、窓に目を向けていたテルノアが顔をしかめた。
空中にヒラリと舞う一枚のカードのような物体が視界の隅をよぎった。
「……何だ、アレ?」
直後だった。
雲一つない晴天の中、虚空より生じた雷が下から上へ槍の如く貫き、飛行機を真っ二つに引き裂いた。
休憩回。
次章、遂にあの御方が登場します。