【とある魔術の禁書目録】Uncharted_Bible   作:白滝

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第四章 偽物の救世主 Great_Red_Dragon_That_Old_Serpent―――Satan

 闇夜の森に、月光を照り返し輝く円形の刃が飛来する。

 円月輪(チャクラム)と呼ばれるその武器は本来インドの修道士(サドゥー)の装備品であり、魔術の霊装として扱う者は少ない。

「くっ―――!?」

 迫り来る死の輪を紙一重で躱した『殲滅白書(Annihilatus)』の魔術師エローヒンは冷や汗を流していた。

 円月輪(チャクラム)なんてマイナーな武器を扱う魔術師なんて稀だ。おそらく現地出身のインドの魔術師だろう。

 だからこそ、インド系の魔術結社の特徴である仏教混じりの術式と踏んでいたのだが、

「……定められし五色は五角の頂点を象徴するもの。故にその補色となる対の五色は、五角の頂点、その属性を増幅するものなり」

 別方向からもう一人の魔術師が詠唱する。

「赤の背後に緑を重ねて輪郭を縁取る。テジャスの三角形よ、その強調された象徴によって、自然の力を大きく現せ!!」

 詠唱と同時に、片手にオイルライター、片手には緑一色のカードを取り出す。そのまま人差し指と中指で緑のカードを挟み、オイルライターの小さな火を輪切りにするよう水平に振るった。

 ゴッ!!という凄まじい音が炸裂する。

 オレンジ色の爆発が意志を持つように唸ったかと思うと、カーブを描く爆炎が蛇のように迫り、エローヒンの傍にいたアロノフを焼き尽くした。

 周りの木々を巻き込んだというのに、なぜか人間だけに引火した。修道服どころか、皮膚まで全焼させる。

「何だ、こいつらッッ!?」

 魔術に統一性が全くない。

 小さな魔術結社の場合、同じ思考、同じ目的を持って集まる者が多いため、自然と組織のメンバーの中で術式に共通点が生まれてしまう。

 が、この魔術結社はバラバラだった。信じている神が違うのかと疑いたくなるレベルで術式に協調性がない。

 先程のインド人魔術師は修道士(サドゥー)の魔術だったが、今の炎の魔術を行使した女魔術師はタットワ理論を用いた、古臭い旧式(アナログ)魔術だった気がする。

 全く異なる様式の、全く異なる魔術。

 いや、タットワがインド発祥である点が共通といえなくもないが、それにしても二人の魔術は毛色が違い過ぎた。事が十字教旧教三大宗派であるイギリス清教、ローマ正教、ロシア成教といった巨大組織ならまだしも、小さな魔術結社がここまで統一性がない事はありえない。

 そもそも、ここまで価値観(術式)が異なる魔術師同士が、こんな焼け石に水程度の小組織を作る必要はない。そんな手間をかけるくらいなら、フリーな個人で活動するのが魔術師という生き物だ。

 不必要な協力関係。

 魔術的な目的が合致していないとしか思えない、前提の矛盾。

「くっ!」

 エローヒンは咄嗟に木の陰に飛び込んで身を隠す。思わず通信術式に手を伸ばした。

 

 が――――

 

 ザクッッ!!と、

 通信用の護符を握った自分の右手が、飛来した円月輪(チャクラム)に斬り飛ばされた。

「がァぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 手首から持っていかれた。

 切断面から血液が噴き出す。

 そうだ。

 考えてみれば、こんな木々が障害物として機能する森林で、ブーメランのような武器である円月輪(チャクラム)を使うはずがなかった。隠れた敵への追尾機能、障害物を躱して進む自動飛行機能が備わっていると推測できて当然だった。

 しかし、苦虫を噛みしめる暇もなくインド人の魔術師が近づいてきた。

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 男なりの最期の悪あがきだった。

 その魔術師に飛びかかって、腕力でねじ伏せようとしたのだ。

 もとより、敵勢力の不意打ちによる初撃でボゴスロフスキーが死亡、先の爆炎でアロノフが焼死、そして霊装を取り落としてしまった自分、である。

 死を覚悟しての抵抗だった。

 

 けれど。

 

 ジャリっという靴で地面を擦る音と共に、エローヒンの体が硬直して動かなくなった。

 体を針金で雁字搦めにされたように、微動だにしなくなる。

 最期の抵抗も無残に空回りする。

「何なんだ、これは……ッッ!?」

 拘束された。

 その事実を確認した敵の魔術師が、エローヒンの周りに集まってきた。

 一人は一四歳程度で半袖パーカーにミニスカートの少女、もう一人は二〇歳くらいで大胆に胸の谷間を露出させるVネックのシャツとジーンズの女性、最後の一人は民族衣装を纏ったインド人の女性だった。

 インド人の魔術師が口を開き、

「おい、テルノア。もうちょっと役には立てんのか?殆ど私とフレイスが殺っているではないか?」

 それにテルノアと呼ばれた少女は、

「だから何度も言ってるじゃん、私の魔術は詠唱に環境音楽を利用するんだってー。こんな無風で無音な森じゃあ、相性悪いんだよー」

 この少女、離れて声を聞いた時はそうでもなかったが、間近で聞くと少し機械音声っぽい。若干エコーがかかって聞こえる。

 と、そんな二人に向かって二〇歳くらいの女性が、

「はいはい、ラクーシャは一々リーダーに突っかからない。リーダーも捻くれないでね。さて、こいつは生かす方向でいいの?一応、『明け色の陽射し』には名乗ったじゃん、私達」

「ち、ちょっと待て!!『明け色の陽射し』だと!?」

 男は思わず驚愕した。無理もない。

 『明け色の陽射し』といえば、イギリスの『黄金』系の魔術結社の中でも有数の力を持つ巨大組織だ。それは必要悪を担うイギリス清教でさえ警戒する一大勢力である。

「ま、まさか奴らがこの件に関わっているのか!?」

「あーあー……。前から思ってたんだけどさー、フレイス。あんたってしっかりしているように見えて、実はぬけてるわよね?」

「え!?言ったらまずかったかしら!?別に、あいつらの敵になるような事、私達はしてなくない!?そ、そりゃあホテルの地下では派手にやっちゃったけど……」

「そうではない。お前が奴らの情報を垂れ流せば、奴らは私達が敵性因子と判断して狩りに来るだろう。今まで通り大人しくコソコソやっていればよかったものを……」

 ど、どうしよう!?と慌てだすフレイスを前に、テルノアは溜息をつきながら返答した。

「ったく、しょうがないなー。あんまり『殲滅白書(Annihilatus)』と揉めたくなかったけど、二人も殺しちゃったならあと一人増えても変わんないかー……な?」

 小首を傾げるその様子は実に年相応の少女らしかったが、一方で殺人行為に手馴れているその雰囲気にエローヒンは冷や汗を掻いていた。

「こ、殺すのか、俺を?俺ら『殲滅白書(Annihilatus)』に逆らってただで済むと思っているのか!?魔術師としての常識があるなら、俺を見逃すのが賢明だぞッッ!!」

「うーん……いや、殺すよ、目撃者は消す的なノリでー」

 命乞いをするエローヒンにも、テルノアは全く意見を変えなかった。その言葉を聞き、ラクーシャが円月輪(チャクラム)を構えた。

「ま、待ってくれ!!目的は何だ、要求なら呑んでやる!!情報か?霊装か?裏でのアレか?」

「興味ないなー、そーいうのー。それに魔術師としての常識なんてないよー、私はー」

「へっ!?」

 エローヒンの間の抜けた反応にも、テルノアは律儀に対応した。

「私は、『元』魔術師だからね」

 次の瞬間、ラクーシャの円月輪(チャクラム)がエローヒンの首を跳ね飛ばした。

 

 

 槙斗は茫然としていた。

 周りには薙ぎ倒された木々、直径一〇メートル程のクレーター、捲り上がって荒れ果てた地面。そしていなくなってしまった両親。

「どう…しよう……?」

 先程までの怒りが霧散してしまっていた。

 何故だか急に、スクーグズヌフラに対する執着が消えていたのだ。あれほどの怒り狂っていた自分が、今では冷静に現状を振り返っている。この矛盾にも違和感を覚える。

「ホント、どうすっかなぁ……」

 これからの方針が見えない。

 父さん、母さんが死んだ。この事実を冷静に見つめている自分を自覚する。

 「葬式はどうしよう?」なんて間の抜けた考えが浮かび、自分が今立っている場所が日常とはかけ離れている事に改めて気づかされる。

(とりあえず、あの殺人集団から逃げよう。父さんの力が俺に移ったって事は、今度は俺が直接ターゲットになったって訳か)

 こんな所で死にたくない。

 さっきはスクーグズヌフラ一人だけだったが、魔術師が数十人も襲いかかってきたら槙斗でも潜り抜ける自信はないのだ。

(一人暮らしのアパートに戻ろうか?……いや、奴らは俺の事まで調べてるって父さんが言ってたな。絶対バレてる。しばらくは野宿か?)

 肩から生えた竜の頭は未だウネウネと勝手に動き、消えてくれない。

 そもそも、服が吹き飛んでいて真っ裸である。こんな姿では町を歩けないので、とりあえず森の奥へと走り出した。このまま県境まで行って上手く追手を撒こうとする。

(金はなし、食料なし、味方なし……か。どうすりゃいいんだよ)

 ポケットに入れていた財布もスマートフォンも消し飛んで燃えてしまった。今はともかく逃げ続けるしかない。

 先の見えない未来、決まらない方針、引きずり込まれた運命。

(どうすりゃいいんだよ!誰か助けてくれよ、俺は一般人なんだぞ!)

 駆ける足は止まらないが、それは機械的な動作だった。止まったら絶望的な現状に気付いてしまう。それを無意識に感じ取り、目を逸らす。

 不安に圧迫され始めている槙斗の、唯一の精神コントロールだった。

 

 

 

 森から脱出したスクーグズヌフラはホテルの宴会場を貸し切り、部隊を招集し、現状を確認、作戦変更の指揮をとっていた。

「アロノフ、ボゴスロフスキー、エローヒン、アリフレート、ゴラン、ミリー、ヴィッサリオンが死亡。全て第三勢力の介入によるものです」

「くっそ!!霊装の準備を誤ったのが大きいわね。第三勢力の正体は分かったの!?」

「も、申し訳ありません。残念なが―――」

「この役立たず共ッッ!!」

 いきり立つスクーグズブフラを前に、部下達がすくみ上る。こちらの被害は大きい。漁夫の利を狙う小組織如きに完全に盤上をひっくり返されてしまった。

 歯をギリギリと軋ませ、

「本部への連絡はどうなったの!?増援はどうなってるのよ!?」

「それが、既に伝令を伝えにローマ正教の魔術師がこちらに派遣しているとの事です。何故かその一点張りで本部も口を濁していまして……」

「チッッ!!」

 と、舌打ちしたのは部下に対する不満だけではない。

(ローマ正教だと?あのローマ正教がわざわざ無関係な汚れ仕事を引き受けたのか?まさか、またイギリス清教の女狐が腹で何か企んでいるのか?いや、しかし今回の件で利益になる事なんて私ら『殲滅白書(Annihilatus)』以外は―――)

 

「やぁ、弱者なりに懸命に努力しているじゃないか。前座ごくろう」

 

 と言って、宴会会場の扉を開く者が現れた。

 突如、場にいる『殲滅白書(Annihilatus)』の魔術師達が武器を手に取り警戒態勢を取る。

 理由は単純。

 扉のすぐ横には、周辺の見張りをしていた仲間の屍が積み上げられていたからだ。

「……誰かしら、あなた。返答次第では我ら『殲滅白書(Annihilatus)』の公務妨害としてロシア成教のブラックリストに載ることになるわよ」

「おいおい、雑魚が何人減ろうが戦力の損失にはならないだろう?俺様は伝令を伝えに来たローマ正教の魔術師だよ、話は通ってるだろ?うちのローマ教皇さんを直々に挨拶に行かせたからな」

 その発言に疑問符を浮かべたのはスクーグズヌフラだけではなかった。

 が、男が懐から取り出した書類を見ると、確かにローマ教皇直々のサインがある。

 そして、その命令書の内容とは―――

「な!?と、『当任務執行における全権をローマ正教に譲渡し、ロシア成教本局に撤退せよ』ですって!?何の冗談よ!?」

「冗談な訳があるか。指揮官の癖に物分かりが悪いな。ここから先はこちらで解決させて貰う。協力も不要だ、さっさと家に帰れ」

「ふざけるな!!……通信術式を繋ぎなさい!!本部は何と言っている!?」

「もうやってます!!……が、今の声の主が伝令の者で間違いないそうです。今すぐ撤退せよ、と……」

「何ですって……!?そんな……い、一体何が起こっているの!?」

 スクーグズヌフラの自信の根底が揺さぶられていく。

 元々、社会的・組織的なバックアップがあるからこそこの任務を請け負ったのだ。それが、こんな突然の通告で詳しい説明もないまま諦めさせられる。

 悔しいという感情よりも、疑惑に対する不審感が募った。

(ローマ正教でありながら、ロシア成教のトップを動かせる程のコネクションを持つなんて……)

「一つ質問させてもらえないかしら?……お前は一体誰?何者なの?」

「俺様か?いつか嫌が応にも分かるだろう。期待して待つといい」

 そう言って、赤い服の青年は宴会会場を去って行った。

 残された『殲滅白書(Annihilatus)』の魔術師は茫然とするしかない。部隊長のスクーグズヌフラも、この異常な事態をただ受け止める事しかできなかった。

 

 

 

 あれから十数分くらい走った時だった。

 ガッッ!!と足音が聞こえた時にはもう遅かった。槙斗が何か行動を起こすよりも速く、鼻をつく腐卵臭とともに体が痺れて動けなくなった。

「何…だ…!?体が……!!」

 竜の頭が悲鳴を上げ、力なくうな垂れて沈黙する。そのまま溶けるように蒸発し、尾まで消えてほぼ人間の状態に戻ってしまう。

 そのタイミングを計ったのか、茂みから飛び出してきた黒服の屈強な男達に組み伏せられた。

(さっきの奴らと違う。誰だ、こいつら!?)

「まさか息子が『赤竜の心臓(サタンズコア)』を引き継ぐとはねえ」

 と、そんな男達を従える一二歳くらいの目つきの悪い金髪の少女が現れる。

 状況が分からないが、この少女には見覚えがあった。ホテルにて窓を突き破って現れた少女だ。

(くっそ、体が動かねぇ。こ、殺される!!)

「あー、落ち着け少年。私は君自身には用がないんだ。全部監視していたからね。成り行きは概ね把握している」

「た、助けてくれるのか!?」

 が、少女はそんな槙斗をあからさまに無視して空を見上げた。

 誰に向かって言ったのか、

「アレイスター、まさかお前までこの件に噛んでいるとは思わなかったぞ。せっかくの所悪いが、はっきり言ってやろう。こいつは『ヒーロー』になりえないよ」

 と呟いた。

 理解が追い付かない槙斗などお構いなく、少女は

「世界を動かす存在・リーダーの研究……まぁ、世界意思の研究といったところかな。私は、その『世界の支配のために、その時代、その環境でのカリスマを研究し記録する』とある組織に所属する者だよ。自己紹介はこれだけで十分だろう」

 と、一方的に会話を打ち切った。

「さて、アレイスター。お前はこいつを幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年と同列視しているようだが、期待値が高すぎると忠告してやろう。お前のプランの歯車にはならんよ。役には立たんだろう」

 見えない誰かと再び少女が話し始めた。その「アレイスター」とかいう人物と魔術的な通信を行っているのかもしれない。

「こいつは常に受動的だ。流されるままに業を背負い、流されるままに過去を捨て去り、流されるままに納得し、流されるままに善悪を判断する。その運命から必死に逃げ延びようと悪あがきする訳でもなく、かといって覚悟を決めて立ち向かう訳ではなく、周りがそうしてくれ、そうあってくれと後押しするからそうあるだけだ。そんな『基準のない』人間に、この世界を動かす力はないよ」

 言いたい放題言われた。

 が、どうやら少女には槙斗を殺すつもりはないらしい。何やら自分の評価を誰かに報告しているようである。

 事情は分からないが、これは好機だ。

 何とか今の内にこの状況からの脱出方法を考えねばならない。

 しかし、鼻をつく腐卵臭が槙斗の神経を麻痺させ、指先さえピクリとも動かなかった。力が抜けて不自然に全身が痙攣する。

「だからこそ断言してやる。こいつは『ヒーロー』足り得ない。主人公になる事はできない。いいか、少年。お前は『赤竜の心臓(サタンズコア)』を引き継いだ時、どう思った?出血がどうとか、意識が曖昧だったとか言い訳するなよ?後付けでいいから、どう思っていたか言ってみろ」

 と、突然に話を振られた。

「お、俺は……よく、分かんねえよ。気持ちの整理が追いついてないんだ、まだ」

 しかし、少女はそんな槙斗の意見を斬り伏せる。

「違うな、それは本心から目を逸らしているだけだ。お前はそうやって、これまでも人生の選択肢を他人に委ねてきたに違いない」

「勝手に決めんな!俺は……か、悲しかったさ。そうだ!俺は父さんと母さんが殺されて、俺は―――」

「確信できるのか?それは、そう思われる自分でありたいという偽りの感情だ。自分の物ではないよ。本当のお前は、今もこんな理不尽な運命に巻き込んだ両親を憎んでいるはずだ。その心臓を押し付けて勝手に死んでいった両親を呪っているはずだ。こんな厄介事に巻き込まれるぐらいなら、あの時に死んでいれば良かった。そう考えているはずだ、違うかね?」

「な、何だよ勝手に!!俺はそんな事なんて―――」

「つまり結論を言うと、こいつは常識的なまでに感性が凡庸すぎる。受動的で意志のない脇役。カリスマとして纏うべき覇気がない無個性。私の研究資料に記録されることのない、物語として後世に残す価値のない人物というわけだ。『ヒーロー』とは、運命に選ばれた幸運だけでなれる訳ではないのだよ……その役を演じきる器が必要なのさ。これは教訓だぞ、アレイスター。運命に選ばれなくても、何の力も持ち合わせていなくとも、その器を演じられる人間もこの世界にはいるという事だ。いつかそんな奴がお前に牙を剥くかもしれん」

 そう呟くと、勝手に満足してしまったのか少女は槙斗に背を向けた。

「まぁ何にせよ、近々遊びに行かせてもらうよ、アレイスター。お前の庭に預けた私の霊装(オモチャ)が面倒臭い事態を招いてしまったらしいな。回収ついでに、噂の幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年の所に窺わせてもらおう」

 少女がパチンと指を弾くのと同時に、黒服の男達が槙斗から離れた。そのまま少女と黒服達が離れようとした時、

 

 ざわり、と。

 周囲を野犬の群れに囲まれていることに気付く。

 野犬の目が虚ろに光っている。おそらく、魔術で洗脳されているのだろう。

 少女は意地の悪い笑みを浮かべ、

「ほう。アレイスター、それがお前の答えか」

 と呟いた。

 野犬が作る円の外、その茂みから別の少女が姿を見せた。

 その少女に槙斗は見憶えがあった。確か、ホテルで扉をぶち破って現れた襲撃者の……テルノア…だったか?

「あんたらは『殲滅白書(Annihilatus)』じゃないわねー。魔術結社『明け色の陽射し』で合ってるー?」

 それへの返答は少女の取り巻きの黒服の一人が答えた。

「なるほど。そういうあなた方は、私達の仲間を拷問し情報を引き出した結社予備軍『獣の刻印を授かりし者』で間違いありませんか?」

「へー、お互い手札はバレてるって訳かー。じゃあ、話は早い。そこにいるその少年をこちらに渡してもらえないー?お嬢ちゃんがその子に興味を待つのは、三、四年早いよー。愛の告白は生理が来るようになったらしようねー?」

 少女は、

「構わんよ、こちらの用事はもう終わった」

 と、意にも介さず受け流した。

「ボス!?待って下さい!!こいつらは私達の仲間を―――」

「狼狽えるな。情けないぞ、マーク。私の主義を言ってみろ」

「くっ……ボスは部下を『大きな計画の小さな歯車』としか見ていなく、我々の生存さえ気を払わずに笑って屍の上を笑って歩く人間です。ですがボス!!それでもこいつらは―――――」

「そんな事は分かっている、察しが悪いな。その続きを言えと言っているんだ」

「…………?我々のボスは冷徹で部下に容赦がありませんが――――」

 少女はニヤリと不敵に笑う。

「――――牙を剥いた者には、それ以上の然るべき報いを与える人間です!!」

「その通りだ」

 瞬間、辺り一面が消し飛んだ。

 比喩ではない。

 ドーム状の光の爆発が背景を塗り上げて席巻する。

 爆発が大気を飲み込み、木々を薙ぎ払い、野犬を蒸発させ、熱風が皮膚と喉を焼く。

 その結果、まるで切り取られたように景色がなくなったのだ。

 爆弾が落ちたかのような爆心地に一人、佇む少女は軽やかに語る。

「確かに、私達は『赤竜の心臓(サタンズコア)』には用がない。渡すも何も私は拉致などしてないし、貴様らが必要ならば勝手にすればいい。部下が拷問されたようだが、その程度のコストなど私の知った事ではない」

 だがな、と少女の表情が変貌する。

 空気を凍らせるような笑みだった。

 笑顔がここまで人を恐怖させるのだと、この場の誰もが知らなかったであろう。

「この私をガキ呼ばわりして、それでも二本足で地面を踏めると思うなよ」

 (ワンド)

 それは『黄金』系近代西洋魔術の象徴武器(シンボリックウェポン)の場合、属性は火。

 色彩は赤。

 配置は右。

 呼び出し扱う天使の力(テレズマ)の質は『神の如き者(ミカエル)』を指す。

「我ら『黄金』系の魔術結社の得意分野は儀式魔術。これは本来、一定の法則に従った聖堂を作り、取り扱う力の質や属性、方向性などを確定した上で、ヘブライ文字を使い想像力という形を与え、天使の力(テレズマ)を持つ仮初の守護者を用意する訳だ」

 キュガッ!という連続した爆発が二度三度と野犬を襲い、遮蔽物となる木々ごと蒸発させる。

「しかし、聖堂を建設する手間を省けばこのように発動までの速度を上げることができる。当然、威力は減衰するがね。私は適当に『召喚爆撃』と呼んでいるが、別にそれ専用の術式を用意している訳ではないよ」

 そんな簡単な話な訳がない。

 複雑かつ精密な調整が必要な儀式魔術は大量の人員が要る。綿密な理論や計算に頼らず、正確な勘と目分量で術式を行使する技量は、巨大な魔術結社を纏め上げる彼女のボスとしての格の違いを如実に示していた。

「ゴホッ……」

 爆風に当てられたテルノアが咳き込む。

 見れば、既に野犬は全滅していた。

 草木どころか遮蔽物そのものがなくなった爆心地の中で、丸裸となった三人の魔術師は、もはや言葉を失っていた。

 噛みつく相手を間違えた。自らの実力を過信し過ぎた、と。

「まぁ、今日のところはアレイスターの顔に免じて命は助けてやろう。一度激高した私が手を引くなんてケースはそうそうないぞ。この私の慈悲深さに感謝するんだな」

 そう吐き捨て、ボスと呼ばれた少女は手にした杖を隣に控えた黒服の男に手渡すと、つまらなそうに首をコキコキと鳴らしながら森を去って行った。

「無駄働きしたら疲れた。アイスでも食べたい気分だな」

 

 

 『明け色の日差し』の後ろ姿が地平線に消えるまで、テルノア達は動かなかった。

「お、お前達は何だ?俺を殺すのか?殺しに来たのか!?」

 やっとの思いで声を張り上げる槙斗に、ようやく彼女らが反応する。

「黙れ、小僧。……チッ、とんだ目に会ったぞテルノア。今後は発言に気をつけろ!!」

 インドの民族衣装の女が槙斗に近づいて来た。それと同時にテルノアと、もう一人、二十歳くらいの女性が現れる。

「さ、さすがに申し訳ありませんでしたー!!『明け色の日差し』のボスがまさか子どもとは思わないじゃん、フツー!!軽はずみでしたー」

「まぁまぁ、引いてくれたんだし結果オーライってことにしましょうよ。それより、この子があの心臓をねぇ……。あ、『硫黄の網』はまだ吹き飛ばさない方がいいかしら?」

「そだねー。説得&自己紹介が終わってからでいーんじゃない?」

 どうやら完全な味方という訳ではなさそうである。

 しかし、槙斗が未だ体が痺れて動けない以上、こちらの命を握るのは目の前の三人だ。祈る以外に他はない。

「一体、何がどうなってるんだ?さっきの連中と何で敵対してるんだ?俺はこれからどうなる!?」

「うっわー……、真っ裸の男に助けを求められるこの感覚。何故か背徳感を覚えるんですけどー?」

「テルノア、ふざけてないでとっとと話を進めろ」

「はいはい。じゃあ、まずは歓迎の言葉で迎えてあげようかー」

 言って、テルノアはコホンと咳払いをした。

「今日からお前の仕事仲間となる、リーダーのテルノアでーす。こいつがフレイスで、アレがラクーシャ、そして君が『赤竜の心臓(サタンズコア)』の受肉者だねー。さぁー、ここに『トリック』の結成を宣言しよーじゃーないかー」

 

 

 

 

 

 




真っ裸の主人公……
絵にしたらかなりシュールだww

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