【とある魔術の禁書目録】Uncharted_Bible   作:白滝

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文章がぎこちないのはデフォです。
これで読み手を楽しませる気があるのだから不思議。

2,3日投稿が空くとか言って空かない詐欺。


第三章 世界を敵に回すという覚悟 The_Brave_of_Accepting_The_Sin

「……うっ、なん……」

 意識の覚醒と同時に強烈な違和感を覚えた。

 槙斗は自分の腹を見て、それでも何も感じないことに再び違和感を覚えた。自分の脇腹に直径四センチメートル程の太い木の枝が貫通していた。

 痛みは感じなかった。痛覚が麻痺しているのだろうか…?

 体がとても熱い。なのに、指先が冷たく背中には冷や汗が流れ、熱帯夜であることを忘れてしまう。

 体がうまく動かない。

 思考がうまく回らない。

 ああ、死ぬのかと思った。そう身構えると、何故か落ち着いた。

 首だけを捻り、現状を確認する。

 地面から四、五メートル程の木に自分が引っ掛かっていた。出血で服が真っ赤に染まっている。

 頭の中でガンガンと耳鳴りが響き、眩暈のせいで焦点がなかなか定まらない。

 どうやら木の枝が脇腹を貫通したお陰で、地面に衝突せずに済んだらしい。

 だとしても、首の骨を折らなかったのは奇跡といっていい。これは自分の人生の中で武勇伝として自慢できる。一生分の運をここで使い果たしてしまった気がした。

 ……まぁ、どのみちここで死ぬのだが。

 頭からも出血しているらしく右目に血が流れてきたが、手で拭う気力もなかった。視界の右半分が紅色に染まっていく。

 と、そこでふと両親の事が気になった。

 二人は生きているのだろうか。

 無事に魔術師から逃げ延びたのだろうか。

 そんな疑問を浮かべ、しかし思考が先へと進まず意識を再び失いかけたその時、

「槙ちゃん!」

 母、奈美の声が鼓膜を震わせた。

「…え?」

 驚きの声が自分の口から洩れた事、それにまず驚いた。

(俺なんかほっといてさっさと逃げりゃあいいのによ……)

 見れば、茄篠の右腕を自分の肩に回して引きずって歩く奈美の姿があった。

 奈美も着地に失敗したらしく、肩から血を流している。が、それでもあの高さから落下したとしては不自然なまでに軽傷である。

 また回復魔術を使ったのだろうが、あれはそう何度も使用していいものではない。

 ただ傷口を元に復元する補助を行うだけで、肉体の再生は自力なのである。一歩間違えば神経を焼き切る大儀式魔術をそんなに多用したら、肉体的疲弊で体力が持たないだろう。

「お、お腹が……。待ってて、今私が…」

「いい、よ……。どっちみち、助かんないって…。それより父さんは…?」

「気を失ってるだけよ。でも、私の力じゃこの木を折れないわ。もうちょっと我慢してね、茄篠さんを何とか起こして幹をへし折ってもらうから」

 と言い、奈美は茄篠を起こしにかかる。

 しかしそこで、

「あーら、だったらその前に私が寝たまま昇天させてあげるわね!!」

 と横槍が入った。

 次の瞬間、地面から一三本の鎖が飛び出し、鞭の如くしなって奈美を弾き飛ばした。

 そのまま鎖が茄篠の右腕・両足・胴体を貫通して血飛沫を撒き散らしながら蜘蛛の巣を張り巡らすかの様に周りの木々に先端が突き刺さる。

 魔術『底知れぬ深淵』。

 ミカエルの使者が、赤い竜を拘束し底知れぬ深淵に一〇〇〇年間封印した際に用いられたとする、その鎖である。あくまでレプリカで本物の一割も再現できていないだろうが、だとしても効果は絶大だった。一〇〇〇年とはいわないまでも、丸々三日近くは封印できるだろう。

 完全に捕まってしまった。これでは茄篠は身動きが取れない。

 術者は木の陰から笑いながらゆっくりと姿を現した。

 スクーグズヌフラである。

「貴っ様ァぁぁぁああああああああああああああああああああ!」

 奈美が絶叫を上げて腰のポーチから取り出した砂鉄を撒いた。空中に撒かれたそれは、一瞬青光りすると金色の弓へと変化する。

 それを奈美が掴み、

「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 金切り声とともに、矢もかけずに弓の弦を引いた。

 直後、そこにないはずの矢が発射されていた。

 虚空より生まれた金色の矢が高速でスクーグズヌフラに向けて飛来する。それは銃弾の如く空気を裂き、目で見て避けるのは不可能な速度であった。

 ―――が、

「我が心清く明し。故れ、我が生める子は手弱女を得つ」

 スクーグズヌフラの声が響く。

 その一言により矢は溶けるように消滅してしまう。

「な……ッッ!?」

「だーかーらー、あんたらの事は全部調査済みって言ったでしょう。人妻さんが日本神話系の魔術が得意ってのは予習してたのよ。今のは素戔嗚(スサノオ)天照大御神(アマテラス)に言い放った勝利宣言の文句。もう天照大御神(アマテラス)を利用した術式は私には通じないわよ」

 くっ、と唇を噛みしめる奈美は、しかし何も抵抗しなかった。

 いや、できなかったのだ。

 そもそも、奈美は魔術師としての腕も未熟であり、憶えた魔術も妨害工作向きで突発的な戦闘の役に立つ自己防衛の魔術を全然習得していないのだ。

 今の術式も本来は罠向けであり、術者への抵抗を妨げる場合に用いる魔術だ。例え矢が直撃していてもダメージはそれ程なかったであろう。

「あれ、何もしないの?もしかして今のが唯一の抵抗手段だったとか?そんなんで魔術師名乗らないで欲しいわねぇ」

 そう言って、スクーグズヌフラは頭上の槙斗に目をやった。血にまみれ今にも死んでしまいそうな姿を視界に収める。

「うっわー…。人質の価値なくなったじゃん、これ。でもまあ、もう必要ないからいっかぁ」

 スクーグズヌフラは再び茄篠に向き直り、

「という事で、息子一人で死ぬのも可哀想だしアンタも一緒にイッてみないかしら?禁断の3Pって萌えるわぁ」

 そこで、彼女は背中に背負っていた巨大な槍を構えた。

 量産聖槍(ロンギヌス=レプリカ)

 イギリス清教自慢の『騎士派』に支給される中でも一級霊装クラスの装備である。おそらく、イギリス清教側からの援助も受けているのだろう。

 そんな必殺武器を構え、

「私のテクで昇天させてあげるわ!!」

 動けない茄篠の心臓目がけて槍を投げ放つ――

 

 その一瞬前に、

 

 ―――茄篠の心臓が自ら爆発した。

 

「は?」

 疑問の声を発したのと同時に、スクーグズヌフラの体が莫大な天使の力(テレズマ)の波に叩かれ吹き飛ばされた。

 スクーグズヌフラだけではない。

 槙斗も、奈美も、周りの木々も、地面さえも、まるでクレーターを作るのかのように茄篠を中心とした魔力の暴走の嵐が巻き起こった。

 地面が揺れて亀裂が走った。

 空気が魔力を帯びて変質し、屈折率が狂ったせいで世界が歪んで見える。

 見えない力が辺りを駆け抜け、森林を破壊していく。

「何が起きた!?何で動けるんだっ!?」

 スクーグズヌフラが叫び声を上げる。

 それへの返答は笑い声だった。

 同じように吹き飛ばされて仰向けになっていた奈美が、泣くように笑い、笑うように泣いていた。

 そうだ、茄篠が行動を打てるはずがない。

 茄篠を固定していたあの鎖はミカエルが赤竜を封印した鎖のエピソードを利用した物なのだ。例え今の爆発の影響で鎖の拘束が解けたからといってもダメージが大きい事には変わりない。現に彼は自らの体から天使の力(テレズマ)を暴発させながら気を失っている。

 そして、槙斗も行動を打てるはずがなかった。

 爆発の余波で木々が消し飛び、地面に叩きつけられた槙斗は、元々死に体だった事もあってか完全に沈黙している。

 ならば犯人は限られる。

 上記の二人を除けば、この場にいる人物で対策が打てるのは―――――

 

 

「この腐れビッチがァぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!一体何をしやがったああああああああああああああああああああああああああああ!!」

悪魔に祈る者(hypocritae333)

 返す刃で静かに囁かれる単語。

 その一言に、直前まで激情していたスクーグズヌフラが硬直する。

 激痛と出血による眩暈で意識が混濁する中、そんな槙斗の耳にも届く鋭い声だった。

(………魔法名!?)

 

 魔法名。

 魔術師――特に、一九世紀に土台を固めた『近代魔術師(アドバンスドウィザード)』は自分の魂に自分の願いを刻み付ける。

 自らが魔術を学ぶ理由、命よりも大切な、人生を投げ打ってでも叶えたいたった一つの望みをラテン語でその身に刻み込む。『自身の存在意義を名前として、魔術師としての第二の人生を歩み始める』、そういった慣習があるのだ。

 そして同時に、敵前で名乗り上げる魔法名は別の意味を持っている。

 殺し名。

 互いの野望の強さ・重み・覚悟を晒し、それを背負う者の想いの深さを比べ、潰し合う『決闘』を始めるという意思表示の儀式の合図である。

 

「ふっ……ふふ、ふははははははははははははは!!いいわあ、何したか知らないけど、そこまで死にたいようなら本気でやってあげる――――『恋焦がれたあの高みへ(fascinatio612)』。それが私の魔法名よ」

 槙斗はそんな二人をただ傍観する事しかできない。

 奈美は魔法名まで名乗り上げ、死ぬ気で一矢報いる覚悟を決めたつもりらしいが、端から逆転の一手などない事が目に見えている。

 味方二人は戦闘不能。茄篠はどういう訳か体を爆発させながら気を失っているし、槙斗に至っては死に体である。

 自身を守る魔術すら持たない奈美が、後ろの二人を庇いながら戦うなんて無茶も甚だしいレベルである。

 が、それでも奈美の瞳に灯る光は揺るがなかった。

「さっきの茄篠さんの天使の力(テレズマ)の暴発が偶然起こったと思ってる訳はないわよね?あれは私が引き起こした『赤竜の心臓(サタンズコア)』を他人へ移植する禁術よ」

「なッッ!?馬鹿な!?寄生が既に完了している堕天使の体の一部を人体に組み込むなど不可能なはずだ!!いくら本人が気を失っているからといって、悪魔としての本能が移植を拒絶するはずだ!?」

「……それは百も承知だよ、セクシーなねーちゃん」

 そう言ったのは茄篠だった。

 相変わらず体から魔力が暴走し内臓が破裂を続けているが、地面にうつ伏せになりながらも力強い意志で意識を保ち言葉を続ける。

「これは俺と奈美が一六年かけて生み出した秘術『千年勧告(ミレニアムコール)』。この悪魔の心臓に『知識を受け入れる者に寄生する魔導書の原典』と同じ特徴がある点を利用した黒魔術だ」

 言い終えるや否や、茄篠はその右腕で自らの胸を引き裂き、自らの心臓を握り潰した。

 ぐちゅり、と。

 気味が悪い音が響く間もなく心臓がブクブクと膨れ上がる。

 

「――――wfkct助knstjt愚rvayyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy」

 

 聞こえない筈の絶叫が心臓から震え上がった。

 悪魔の心臓が茄篠(死体)を見捨てて、新たなる拠り所を求めて産声を上げる。

 カッ!!と、茄篠の足元に直径一メートル程の青光りする魔法陣が浮かび上がった。

 それは茄篠を中心に渦を巻く蟻地獄が如く、透明な触手を生み出しながら辺りを侵食していく。

「ば、馬鹿かっ!?そんな事をしても自殺にもなりはしないわ!!悪魔は媒体とする人間を再生させ無理矢理に存命させる……むしろ、儀式の生贄としてあんたの家族が無駄死にするだけよ!!」

 慌ててスクーグズヌフラが距離を取った。

 魔法陣からイソギンチャクの如く湧き出る触手に捕まると、そのまま魂を喰われて悪魔の生贄になってしまう。

 茄篠は逃げる事ができるはずもなく、触手に飲み込まれて消えていった。いや、元々逃げる気はなかっただろう。その顔に場違いな笑みを浮かべ、槙斗を見ながら何かを呟きながら消えていった。

 残念ながら、声は槙斗まで届かない。

「茄篠さんはもう体が限界だった。あれだけの魔術を受けて今まで生きていられたこと自体が奇跡よ。どうせ死ぬのなら、こうしたいって言ったに違いないわ」

 そう呟いた奈美の目には涙が浮かんでいた。

 震える声で、しかし、凛と芯の通った声で。

「その行為に何の意味がある!?そもそも儀式に必要な魔力は足りないはずだ。いや、例え成功したとしても、夫を殺してまで自分が悪魔になる事に何の意味がある!?」

「私が悪魔になっても確かに意味はないわ。でも、槙ちゃんがなるなら意味がある」

 そう言って、奈美は倒れ伏している槙斗を振り向いた。

「この事件には槙ちゃんは関係なかった。本当に無関係だったのに、巻き込んだのは私達、親だった。だからこんな所で、罪も責任もない槙ちゃんが死ぬのは間違ってる!!茄篠さんも槙ちゃんもこのままだと死は免れられない、私もここで殺される。そんな結末を迎えるぐらいなら、私が生贄になって槙ちゃん一人にでも生き延びて欲しい!!」

「そ、そんなのはただの現実逃避だろう!!あなた達二人は、その心臓を持つ責任を息子に押し付けて心中しているようなもんだわ!!」

「……確かにそうかもしれない。でも、ここで槙ちゃんが死ぬのは間違ってる。こんな所で死ぬ運命なんておかしいに決まってる!!私はそんな運命を作った神様なんて信じない!!私が信じるのは――――悪魔()だけよ!!」

 そう叫ぶと、奈美は自ら魔法陣に向かって飛び込んで行った。 

 触手が反応し、奈美を喰い破り始める。触手が奈美の肉体を消化し、魂を搾り取っていく。

 吐き気を催すグロテクスなその光景に、しかし槙斗は傍観する事しかできない。

 出血で意識が遠のき、思考が完全に止まっていた。

 何も――――できない。

 と、触手の一本が槙斗の体を感知し、迫り来るのを視界に捉えた。

 しかし、捉えただけで何もできない。

 あるがままを受け入れるしかない。

「お、のれえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 スクーグズヌフラが絶叫を上げた。

 状況が飲み込めないが、このまま奈美の思い通りに状況が進展するのが不味いと思ったのだろう。手にしていた量産聖槍を投げつけた。

 ドスッ!!という鈍い音と共に、

 触手よりも一瞬早く槍が槙斗の体に辿り着き、胴体を貫いた。

 鮮血が吹き上がるが、痛みは既になかった。

 意識が闇に飲まれるのを漠然と感じた。

 次に、触手はそんな槙斗ごと魔法陣に引きずりこんでゆく。

 体が蝕まれていく感触。

 爆ぜたはずの悪魔の心臓が弾丸の如く飛来して、槙斗の胸に風穴を空ける。

 体がバラバラに散っていくのに、その傍から急速に再生されていく。見れば、茄篠と奈美の体が溶け、槙斗の体に粘土のように付着していた。

 体の構成要素が音を立てて変貌していく。

 化学反応の結晶といえた蛋白質の塊が、この世に存在しないはずの物質へと組み替えられていった。

 意識が瓦解し、瓦解した傍から覚醒する。

 脳さえ消滅する、コンマ五秒以下で行われるその肉体改造のサイクルの中、それでも思考は正常に機能していた。

(母さん……)

 母、奈美の魂が昇華されていく。

 元々、この儀式には魔力が足りていない。いくら心臓を移植するだけとはいえ、その対象が悪魔の物ともなれば儀式にかかる魔力は莫大なものとなる。

 だからこそ、奈美はその身を売ったのだ。その身と引き換えに、息子を救うために、理不尽な運命から逃がすために。

 魂。

 それは現代魔術でも、現代科学でさえも解明できない人の踏み込めぬ神秘の領域。

 魔術界では、何だかよく分からないが利用できるので利用しているという定義付けも曖昧な物質。

 魔術師としては未熟な奈美がそれでも魔力不足を自らの魂で代用したのは、技術的にも精神的にも相当な覚悟だったといえる。

(父さん……)

 父、茄篠の魂もまた昇華されていく。

 自らの死を悟り、躊躇いもなく悪魔の力を息子に譲り、託した。

 運命に逆らう力もなく、なすがままに殺されていく息子を救うために悪魔の力を分け与えた。

 それは死にゆく我が子への精一杯の慈愛であり、妻と同じく理不尽な運命を覆す一手になれと願った最期の希望だった。

 せめて、自分達よりも幸せになって欲しいと、そう願って死んでいったのだ。例え責任を押し付ける結末に至ろうと、このまま死んでいくのはあんまりだ、と。

 二人の思いが、体に浸透していく。

 既に体の大部分が敬礼寺槙斗(にんげん)のものではなくなってきているが、それでも人間らしいその暖かな温もりが全身を浸透していく。

 ふと。

 気が付くと槙斗は真っ白な世界に浮かんでいた。

 いや、真っ暗だったかもしれないし、白銀とも黄金ともいえた。

 色という概念が存在しない空間。

 広さもどこかぎこちない。

 厚みがある三次元の体を持った自分が、まるで紙の上に印刷されたように平面上に浮かんでいた。

 いや、それも違うかもしれない。

 浮かんでいるのに押し潰されているような、しかし息苦しくはない形容しがたい空間。

 何もかもがぼやけて曖昧なはずなのに、妙にはっきりと認識を行えている気がする、そんな空間。

 実数ではなく虚数。

 そんな印象を受けるような世界だった。

 声が響いた。

 いや、音じゃないはずのその現象を『声』と認識している自分がいる。

 まるで内声のように、胸の中に反響するように、透き通るような醜い音の言葉だった。

「――――――お前は俺様を受け入れるのか?(Quare velim accipere)

 汚く清々しい声だった。

「――――――お前は俺様を受け入れられるのか?(Quid accipere me)

 他人の声なのに、なぜか自分自身の声のようにも思えた。

 誰が質問しているのか、誰に問いかけているのか、『誰』という物がこの空間に存在するのかも分からない。

 しかし槙斗は構わず口を開いた。

 

「――――てめぇが俺を受け入れろ」

 

 刹那、世界が破裂した。

 音もなく、光もなく、彷徨っていた魂が現実へと帰還する。

 見ると、一層強い天使の力(テレズマ)が辺りを蹂躙していた。

 地上の星と化していた魔法陣も消滅している。その役割を終え、光を失っていた。

 意識が完全に覚醒する。思考が正常に回り出す。

 ふと、自分の体が火のように赤く発光している事を自覚した。服は全て吹き飛び、焼け焦げて裸一貫となっていた。

 自身をよく見ると、傷口が修復されている。死に体だった自分が、元通りに再生していた。

 いや、それだけではない。

 肩には六つの真っ赤な竜の首、下半身には真っ赤な太い尾が接続されている。それぞれが意思を持ち勝手に動く竜の頭からはそれぞれ一本、もしくは二本の角が生えており、それで引っ掛けるようにして各々の頭が王冠を被っていた。

 七つの頭と一〇本の角を持つ赤い竜。

 『ヨハネの黙示録』一二章及び一三章に記される竜であり、英名にある通りエデンの園の蛇の化身であるのと同時に、悪魔の王(サタン)が竜となった化身の姿。

 そう。

 父、茄篠と同じ姿になっていた。

「ちっ……新たなる『赤竜の心臓(サタンズコア)』の受肉者か。こりゃ始末書ものだなぁ」

 スクーグズヌフラは軽いノリでそう呟いたが、しかし胸の内の動揺を隠し切れていなかった。流れ出る冷や汗を拭う。

「そこの坊や、理性はちゃんとある?とりあえず反応してくれないかしら?」

 問いに、しかし槙斗は答えない。

 自らの胴体に貫通している槍を、竜の頭が噛み付いて引き抜き、そのままベキリとへし折った。そんな自分の肩から伸びる竜の頭に、驚きの表情を浮かべている。

「……どうやら悪魔に乗っ取られた訳でもなさそうね。それはそれで問題があるんだけど、まぁいいわ。あなたには聞いてなかったわね。私達『殲滅白書(Annihilatus)』に大人しく投降する意思はあるかしら?」

 そこでようやく槙斗は口を開いた。

「……分かんねーよ。突然こんな事になって、気が付いたら体が化け物になってて、頼れる父さんも母さんももう死んじまった。気持ちの整理がつかねえや」

「そう。抵抗する気はないのね。じゃあ――――」

「確かに気持ちの整理もついてない。親が死んで悲しいのか、生き残って嬉しいのか、何が起きたのか分からなくて混乱してんのか、もう自分でよく分かんねえや。……でもな、間違いない事実があるだろ」

 そこで槙斗はスクーグズヌフラを睨みつけ、

「あんたは俺を殺そうとしてる。俺は……こんな俺なんかのために命を捨てた父さんと母さんの死を無駄にする気はねえッッ!!」

 全身に力を込めて地を蹴る。

 反動で地面がひび割れた。

 体感した事なき加速をその身に纏う。

 そのままスクーグズヌフラの腹を我武者羅に殴り飛ばした。

 音速を越えた一撃が炸裂する。

「(がっ―――あっ――――!?)」

 スクーグヌフラは一〇メートル近く吹っ飛び、向かいの木に激突して咳き込んだ。そのまま木がくの字にへし折れる。

 肺の中の空気を根こそぎ吐き出さされた。呼吸がままならない。

 ゴバッッ!!という地面を砕いた轟音は遅れてやってきた。攻撃の余波だけで辺りに突風が吹き荒れ木々がしなる。

(事前に耐衝撃用術式を張ってあったっていうのに、何てデタラメな力なの!?直撃したら内臓が破裂してもおかしくなかった……でも―――)

 スクーグズヌフラは口内に広がる鉄の味に顔をしかめながら、

(――――だからといって負けた訳じゃない!!)

 本当に大天使レベルの力だったら、そもそも即死だった。

 今生きている事実から客観的に判断するに、おそらく『聖人』と同程度だろう。魔術の素人である槙斗に、そんなすぐ偶像崇拝の法則を扱える訳がないのだ。

 変換効率が悪い装置がエネルギーを熱として放出してしまうように、天使の力(テレズマ)が効率的に運用されていないのだ。

 ならば好機である。

 すかさず取り出したガラス瓶を地面に叩きつけた。

 中身の液体が地面に飛び散る。

 瞬間、水たまりになった液体より生まれた数本もの鎖が、槙斗目がけて飛来した。

 それは茄篠を拘束していた鎖と同一の鎖であり、『赤竜の心臓(サタンズコア)』の能力を封じる必死の一手。

 ――――が、切り札の『底知れぬ深淵』も、

 

「「「「「「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」」」」」」

 

 雄叫びを上げた六頭の竜の口から、衝撃波が撒き散らされた。

 振動数の等しい波が重ね合わさり振幅が大きくなるように、干渉し合うそれぞれの天使の力(テレズマ)を帯びた遠吠えが一塊の衝撃波となって向かい来る鎖を吹き飛ばす

 

 ――――だけでは終わらない。

 

 そのまま地面も抉り飛ばし、破片を散弾銃(ショットガン)のように巻き込みながらスクーグズヌフラを叩き飛ばした。

 保険として用意した耐衝撃術式すらものともしない無茶苦茶なパワー。防弾装備のない歩兵に対戦車ミサイルを撃ち込むようなスケールの違い。

「くそ……が……」

 再び木々に叩きつけられ、今度は背後の木が真っ二つに折れた。口から血を吐き出し、呼吸を整えようと努める。

 舐めていたつもりは毛頭なかった。しかし、

(ここまでとは………。正直、不意打ちで『硫黄の池』を仕掛けられたから敬礼寺茄篠を仕留められたんだと言えなくもない。くっそ、真正面からは私一人じゃいくらなんでも無謀だったか。ったく、アロノフとボゴスロフスキー、エローヒンは何をやってる!?)

「さーて、俺はお前をどうしたらいいんだ……?」

 余裕のように歩み寄る槙斗を前に、スクーグズヌフラは必死に対策を立て直す。

 現状の装備・人員じゃ手に負えそうにない。本任務のために調達した対悪魔の王(サタン)用霊装も、得意の性魔術も通じず、増援も遅れているときた。

「し、しょうがないわね。ここは撤退してあげるわ。でもこれだけは忘れないで。あなたは『殲滅白書(Annihilatus)』に逆らった。この意味をよく考えておく事ね」

 吐き捨てるように呟き、スクーグズヌフラは逃避用術式を発動した。

 本来、スクーグズヌフラとはロシアが語源の妖精の事を指す。

 森に棲む者で特に害はないのだが、人間に恋する事もあり、その性行為が激しすぎて相手を殺してしまう妖精でもあるのだ。

 この妖精のエピソードの意味の解釈の仕方で魔術を応用するのがスクーグズヌフラの一八番である。魔術は一般に、宗教的意味の解釈の違いで全く異なる効果を生むのだ。

 今回は「男を惑わす魅惑の妖精」の逆の裏―――対偶を解釈し、「男性に術者への興味を失わせる」魔術を発動させたのだ。

 『追う』という意志を外部から干渉して弱めさせ、敵から逃亡するのに効果的である。

 最も、魔術の対象者は男性に限られるし、槙斗は偶像崇拝の理論を上手く扱えず、天使の力(テレズマ)を御しきれていないためにまだ「人間」らしさが残っていたが、完全に人の姿を捨てていた茄篠が相手だった場合はこうはいかなかったであろう。

 軋む体に鞭を打ち、スクーグズヌフラは森を駆け下りていく。

 まだ生きている自身の幸福を噛みしめながら。

 一方で、この逆転劇を許してしまった自身の不幸を呪いながら。

 

 

 

 

 

 




もっとギャグと萌え要素を突っ込めばよかったと反省。
あと、圧倒的に低い語彙力に今更ながら反省。

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