とある勘違いの次元移動   作:優柔不断

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九話

 

 

 

「ほら、朝ですよ……そろそろ起きなさい」

 

暗闇に閉ざされた世界で一人の女性の声が木霊する。

彼女は、砂金のような美しく長い髪に黒い喪服のような服を着ており、まるで少女のような可憐な容姿をしていた。

だが、彼女から漂う雰囲気は、幾年の歳月を積み重ねた知性と母性を感じさせる。

 

ベール越しに覗く美貌に薄く笑みを携えて、目の前で眠りこける青年、上乃の肩を優しく揺らす。

 

「………ぁ」

 

ぐっすりと眠っていた上乃は、己を不快に思わせないよう、優しく揺り動かされた事でその瞼を開いた。

彼は、寝惚け眼に映りこんだ女性の姿に僅かに声を漏らす。

 

「フフッ……おはよう。一応、初めましてになるかしら?……ラケル・クラウディウスと申します」

 

上体を起こした上乃に物腰柔らかに自己紹介する女性、ラケルは、突然の事態に困惑しているであろう上乃にこれまでの事の経緯を説明した。

 

「………」

「……理解してもらえたかしら?……貴方は高圧の電流をその身に受け……気を失っていたのです。………そして、貴方が電撃を受けたことで……貴方の意図とは関係なく、貴方の能力が発動した。………その結果、私はこの世界にやって来たのです……」

 

上乃は、思案する素振りを見せながら、ラケルの姿を爪先から頭までゆっくりと標本でも見ているかのように観察する。

 

「………何故助けた?」

「何故助けたか、ですか?……フフッ……随分と可笑しな事を聞くのですね。……私が貴方を助けようとするのは……当然の事ではないですか。

ですが……その疑問は最もです。……でも、それは貴方以外の人に限ればの話。……何故なら私は……私を含めた数多の英雄譚は……今、貴方の為に存在しているのですから」

 

ラケルの要領を得ない回答にますます疑問を募らせる上乃は、立ち上がり一歩詰め寄った。まるで、早く言わなければ力づくでも聞きだそうとするかのように戦闘態勢に入る。琥珀のように輝く瞳は、一切の虚偽を許さぬようにラケルを射抜く。

だが、上乃が好戦的に振る舞うのとは対照的に、ラケルは優雅な足取りで上乃を中心に円を描くように歩いた。

 

「……怖がる必要はありませんよ。……何故なら既に貴方は……選ばれて、此処にいるのですから。

そうでしょう、上乃慧巌」

「………」

「……貴方のその力……人々の想いと願いによって紡がれてきた、数々の物語を自在に行き来する……神に等しきその御業。……それを成せるのは、それらを実際に見てきた貴方を置いて他にいない。

だからこそ……私達、一登場人物に過ぎない存在は……観測者達から選ばれ、介入する権限を得た貴方に対する協力を惜しみません。

この意思は……貴方の力で呼び出された全ての存在に適用される……。ですから、何も……恐れる必要は、無いのですよ。ね?」

 

子供をあやすように、子守唄代わりに絵本を読むかのように、話をするラケル。だが、語られた内容は、上乃にとって安らぎを与える物とは程遠かった。むしろ彼以外に知り得る筈のない情報が知られていたことに、警戒心を強めただけに終わる。

 

「………!」

「……ですから、そんなに怖がらなくていいのよ。……所詮は貴方の力で呼ばれた存在である私は、貴方の言葉一つで元の世界に戻る。

……それに、万が一敵対するような事があっても、今の私には実態はありません……ほら」

 

そう言って、ラケルは自分の胸に右手を突き入れた。目を覆いたくなるような光景である。だが、突き入れた場所から溢れるのは血ではなく、無数の黒き蝶であった。

 

「……今の私に実態はありません。……あの子達との戦いを経て、ただの残留思念として消え行く定めだった私を呼び出し、そして……繋ぎ止めたのが貴方です。……ですから本当に……私には、貴方を害する手段も理由もありはしないのよ。

……この真っ暗な空間も……別に私が作り出した訳ではありません。これは、貴方の心が映し出した風景なのです」

 

ラケルは、自らの体を抱き締める。妖艶に、吐息を漏らしながら陶然としたように辺りを見渡し、噛み締めた。

 

「……あぁ……何もない……何も存在しない……なんと暗くて……空虚で……傲慢なのでしょう。……まるで中身の無い人形のよう……フフッ…がらんどうね」

 

作られた肉体、デザインされた容姿、用意された立場。

確かに何を取っても上乃が自ら得た物は、何一つ無かった。それをラケルが人形だと揶揄する。

その言葉に上乃は、初めて感情を露にした。足に力を入れて声を荒らげ、激昂する。

 

「………俺を元の世界に返せ!」

「……ええ、わかっています。……お喋りはこれぐらいにしておきましょう。

……それでは、さようなら……次も私を頼ってくれていいのよ……フフフフフフッ……」

 

意識が遠退いていく、目覚めたばかりの脳が再び暗転する。

上下がひっくり返るような感覚と共に目を覚ますと、そこは、新しい住居であるマンションの寝室だった。

 

上乃は、おもむろに立ち上がり、洗面所に向かう。

そして鏡を見据えて…………………

 

 

 

 

 

戻ってなーーーい!!!

 

元の世界ってコッチじゃなくアッチ!リアルの方に返して欲しかったんだって!

はぁ~、やっぱりか、やっぱりだよね。ちょっと期待したけどラケル博士だもん、そりゃそうなるよな。

話が一切通じなかったし、ゲームでも詩的な表現が多くて何言ってるか分かんないところも多かったし………。

 

ホントさ、いい加減にしてくんないかな、どうなってんよ俺の運の無さは……。

電撃喰らって気絶して、目覚めたら真っ暗な空間で目の前に居るのはラスボスって。もうコレ俺を殺しに来てるとしか思えないんだけど。

 

しかもラケル博士って、チョイスが悪質過ぎるわ!

何?あの真っ暗な空間って俺の精神世界だったの。駄目だろ!ラケル博士と精神世界とかそういうメンタル的な事で一緒にされたら俺もジュリウスみたいにされるかもしんねぇだろーが!

こちとら話の最中ずっと、イイ子されるんじゃね?こんなにイイ子されるんじゃね?て、終始ビビりっぱなしで、腰が引けたままだったんだぞ。

 

そして会話の最中に急に何かエロくなったしさ。ヤバかったぜ、悠木ボイスでされるのは結構くるものがあったけどそれ以上に目だよ目!

ありゃ完全に肉食動物の目だった。俺を性的に狙ってきたストーカー共と同じ目をしていたんだぜ、あのラケル博士が。

 

ジュリウスじゃなくて九条博士の方だったか~、捕食(物理)されちゃうかもな~、そういやジュリウスも最後は食べられそうになってたっけかな?何て、ボケてる余裕など無く。ガチで漏らしそうになったし。

 

だが、ラケル博士との会話は恐怖を感じる一方、俺の現在の状況とどういう立場のキャラとなっているのか把握する手助けとなった。

英雄譚とか、物語って要はアニメとかゲームの事だよね?じゃあ観測者達ってのは誰の事だ?読者かプレイヤーかそれとも作者か………。まぁ、どちらにしろ認められて介入する権限がある云々の話は、VRゲームの事を指しているのだろう。そしてバグによって呼び出したキャラ達は、何故か知らないが俺への協力を惜しまないと。

正直、半信半疑だけどそれが本当なら俺の生存率はかなり上がる。でもだからってラケル博士みたいな危険なキャラを呼ぶのは怖すぎるから絶対に嫌だけど。

 

けどラケル博士が随分とメタ発言してくるから、いろいろ勘違いをしてしまった。俺の事を人形とか言ってくるし、自分が登場人物の一人だと認識してるし。

そりゃあ今の俺の体はアバターだけど、そんな事にも触れるって事はもしかして彼女は、運営が用意したお助けキャラ的な存在なのかもしれないと思った。

 

ほら、ドラクエとかの村長的な?ラケル博士にやらせるって配役に問題ありすぎだろと今にして思うけど、あの時はもしかしたらリアルに帰れるかもしれないという期待から、そんな簡単な事にも気づかなった。

 

そして現状に至ると。

あの人の姉貴は、オープニングでこそラスボス臭のするキャラだったが実際見てみると妹に良いように使われるポンコツキャラだったからな。だからって妹の貴方までこんなボケかまさなくていいのに。

 

期待していた分、ガッカリだな。

 

もう一度鏡に写る自分を見る。腹立つくらいのイケメンでとてもリアルの俺ではない。服も電気が流れたせいか所々焦げ付いている。

 

せっかく布束さんが買ってくれたフードが……これじゃあ着られないな。クリーニングで直るか?

とりあえず替えの服なんて持ってないし、学校の制服でも着とくか。あっそうだ学校行かなきゃ。

 

そう思い、電子時計を見ると時刻は午後3時だった。完全に遅刻である。いやそれよりも

 

俺、三日も気絶してたのかよ。時間の横に表示された日付を見れば布束さんに街を案内してもらった日から三日も経っていた。

 

やっちゃったな、転校早々無断欠席って、また不良とか思われるじゃん。兎に角一度学校に連絡しよう。

俺は、学園都市で新しく買った最新式のガラケーを開く。そして、そっと閉じた。

 

………………

 

もう一度開く、そして閉じる。そしてまた開く。

み、見間違いじゃない……。

 

俺の携帯には、寂しいことに二人の人物しか登録されていない。だが、今それは置いておこう。問題なのはその着信履歴の方で………。

 

 

 

[連絡先]

 

登録者名[野原さん(木原さん)] 着信履歴0件

 

登録者名[後輩イビり(布束さん)] 着信履歴999件

 

 

 

表示限界まで電話されてるぅー!?

えっ?何?着信ありですか?こんなにされたらオーバーキルだよ!

 

俺は着信履歴を無視して学校に連絡を入れた。

 

「………上乃です」

『………何で電話に出ないの……』

 

ぬ、布束さん!?な、何故に!?コレ学校の電話だよね?

 

『どうしたの?私が出たことが不思議かしら?単純な話よ。先生方とお話(・・・)して貴方から電話があった場合、私に連絡がくるようにしてもらったのよ』

 

何それ、リリカル布束さんですか?

 

Than that(それより)質問に答えてもらえるかしら、何で私の電話に出ないの』

「…………」

 

えーと、なんと言い訳すればいいんだ。布束さんに一番最初に電話していればいくらでも言い訳できたけど、こんな形で言ったところで気まずいだけだぞ。つか声が怖い、ドス効きすぎ。

 

『もういいわ答えなくて。貴方は話ベタだものね。直接会いに行くから。大丈夫、場所も言わなくていい。何処にいるか逆探知したから』

 

ゑ?

 

『そこを動かないでね』プツン

 

俺は全速力で逃げ出した。

 

 

 

 

 

 





はい、という訳で前回登場したキャラはラケル博士でした!
割りと分かりやすい部類だったと思いますが、一体何人の人がわかったんでしょうかね?

今回は短めですが、切りが良かったのでこの辺で。
感想お待ちしております!

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