布束さん、俺が何したって言うんですか?
彼女の初対面での印象は、体育会系不良科学者の怖い人だと思った。けど、学園都市を案内してくれるって言ってくれた時は、優しい人だと思い直した。パーカーだってプレゼントしてくれたし。これのお蔭で女の子達にあまり構われなくなったから、やっぱりもっと早くから顔を隠せばよかったな。暑苦しいから嫌なんだけどね。
でもさ、そこまでだよ、そこそこ楽しく散歩出来てたのわ。昼食に寄ったクレープ屋で女の子と一分程度話してただけで、放送規制が入りそうな顔で睨まれたし。その後も友達になろうって言っといて、いざ名前呼びしたら口許押さえてトイレに駆け込むっていくらなんでも酷すぎでしょ!。貌の効果が無かったらこんなに気持ち悪がられるなんて思ってなかったよ……。そして極み付けは、布束さんがトイレに駆け込んで直ぐに起きた強盗事件。危ないから逃げようとも思ったけど、布束さんを置いていく訳にもいかず、物陰に隠れていたら犯人の一人が布束さんを人質に取りやがったのですよ!
不味いと思い急いで助け出したら、そりゃあもうイイ笑顔で「私があんなことをされたのに何もしないの?」だってさ。
怖くて逆らえないから言われた通り、犯人に焼きを入れに行きましたよ。
残念だったな犯人、体育会系の布束さんに手を出したのが運の尽きだよ。怪我しないように出来るだけ派手に且つ手加減してやるから感謝しな。
UBWから適当な剣を射出して犯人の足元を爆散。
そしたら布束さんが駆け寄ってきて、誉められるのかな~と思いきや、風紀委員に事情聴取されるのが面倒だから私をどっかに送れと。そして、俺一人風紀委員の支部まで連行されて調書を書いている、と………。
もう一度言おう。布束さん、俺が何したって言うんですか………!?あってから1日しか経ってないのにこんな酷い扱いをされるなんて………
にしても調書ってこんなに長くかかるもんなのか?3時間も経つんだけどまだ終わりそうに無い。けど、その理由は大体察しがつく。今はフードをかぶり直しているけど、犯人を吹っ飛ばした時に捲れてしまって顔を晒した。その時に風紀委員の人達に顔を見られたから、何時も通り魅了してしまったのだろう。
頭に花が咲いている子と茶髪のショートヘアーの子が、すっごくギラついた目で見てくんだもん、困っちゃうよね。
布束さんに効かなかったから、つい油断してしまった。
でも、もう一人のツインテールの子は、何か………探るような目と言いますか、どことなく落ち込んでいるような………。
あれ?急に恐ろしい目付きに変わったぞ。まるで某汎用人型決戦兵器の暴走状態みたいになってるんですが!?
そんな奇異の視線に晒されながら調書を終えると、俺の調書を書いていた眼鏡巨乳の子がすまなそうに頭を下げてきた。
遅くなってすまない?いやいや、気にしなくていいですよ。え?こんなことがこれからもあるかもしれない?
眼鏡巨乳の子が、最近の学園都市で起きていてる問題について教えてくれた。最近能力者による犯罪が増えているとか、その中でも虚空爆破事件なるものが特に危険でこれからも続くと思われるから気をつけてくれとか。
あれ、この人学園都市に来てから初めてのまともな人なんじゃないか?………比較対象が木原さんと布束さんじゃあ、比べる事すら失礼か。
そんな、久々に普通の会話を少し楽しんだ後、風紀委員の支部から帰路についた。
長かった一日も漸く終わり、後は帰って寝るだけ……なのだが。風紀委員の支部を出てからずっーと妙な視線を感じる。
長年の勘が言っている。これは………ストーカーだ!!
ねっとりした視線、今にも襲いかかってきそうな危ない気配に微かに聞こえる荒い息づかい。
間違いないね、これはストーカーですよ。ストーカー歴(被害者)三年。総数、300を越える見知らぬ人に私生活を覗かれ続けた俺のゴーストが、そう囁いている!
マジか~、学園都市に来てから研究所に籠りっぱなしで顔を見られたりするような事が全然なかったから大丈夫だと思ってたんだけど………。
今朝に出来たのかな?学園都市初日のあの日は速効で研究所に行って数ヵ月出てこられなかったから無いだろうし、あの時ぐらいしか思い当たる物もがないな。
でもまぁ、ストーカーの対処ぐらい慣れたもんですよ。とりあえず、こう言う輩に家を知られるのは不味い。なら、さっさと撒いてしまおう。幸い、この学園都市に来てから俺の逃走力は、以前の俺とは比較にならない程に向上しているからな。
と、言うわけで問答無用でUBWから適当な剣をドーン!そして、瞬間移動で即離脱!
完璧だな、ストーカーの撃退と逃走を一辺にやってしまえるこのバグ、チョー便利。GTAみたいに、ややこしいパスワード使わなくていいしな。
兎に角、これで本当に終わりだ。
ふぅ……これで今夜も安心して熟睡できる……。
………これフラグじゃね?
それに気づいた時には、俺の目の前に何かが不時着した後だった。
∞
「あの人が御坂さんと同じlevel5」
「
今日の昼頃に起きた銀行強盗。その現場に偶然にも居合わせたlevel5の上乃慧厳、彼の事情聴取が風紀委員第一七七支部にて執り行われていた。
その場にいるのは、風紀委員所属の初春、黒子、二人の先輩である固法美偉と、何故かついてきた御坂美琴の四人と上乃が居る。佐天は、用事があるとかで先に帰宅していた。
彼の事情を聞いている固法の後ろで美琴と初春が、その様子を観察するように見ている。初春は、何処か熱に浮かされたように、美琴は、獲物を前にした肉食獣のような目をしていた。
一方、黒子の方は書庫に正式に更新された情報。『次元移動』の情報を食い入るように見ていた。
【上乃慧厳『次元移動』】
今年の四月に行われた新入生の身体検査にて発見された新たなlevel5。空間移動能力に属すると予想される。
書庫内の情報に於いて、予想されるなどと言う不確定な表現は本来使用すべきではないが、次元移動は今だ不明な部分が多く解析が進んでいないためであると思われる。
だが、数ヵ月間実験を繰り返したものの一向に解析が進まず、一部では、この能力を第七位と同じ正体不明の力であるとする見解も有り、既に匙を投げた科学者も存在する一方、この能力の商業的、戦略的価値は計り知れないとの見解も存在し、今後の研究如何によっては序列の繰り上げも充分に考えられうる、と言うような説もある。
しかし、現状ではこの能力を利用した装置などの製造が不可能とされることと、研究も満足に済んでいないことから暫定的に第八位とする。
(わたくしと同じ、空間移動能力。それもlevel5クラスの能力強度………)
黒子は上乃の情報を目にした時、嫉妬のような感情を抱いた。己がお姉さまと慕う美琴は、level5の超能力者。そんな彼女と肩を並べ、支えに成る事が目標である黒子にとって、同系統の能力でありながら自分よりも先にlevel5となった上乃に対して妬みのような感情を抱かずにはいられなかったのだ。
視線をパソコンから上乃に向ける。
本当にあの男がlevel5なのだろうか?あの男が美琴と同じ学園都市の頂点を担う者の一人なのだろうか………。
(お姉さま……)
不安に思ったのだろう黒子は、上乃から美琴に視線を向ける。そこに見えるのは、黒子をして今まで見たことの無いような笑みを浮かべる、美琴の姿だった。
(お姉さま?………ま、まさか!?)
黒子の灰色の脳細胞に最悪の光景が過る。
それは、同僚の初春が先程からずっと彼に送っている情熱的な視線と同じものを美琴が秘めているのではないかと言うこと。
初春は、言っていた『まるでお伽噺に出てくる王子様みたいでした!?』と。
そしてこれまた、ありきたりな三流小説のような一目惚れというベタな展開になっていた。
でもまさか、お姉さままでもが、顔が良いだけの男に心を奪われてしまったのだろうか?
いや、位置的に美琴と黒子には、上乃の顔は見ることが出来なかった。だから、美琴が何れだけ彼を見ながら笑みを浮かべていても、時折彼の名前を呟いていても、初春のようなチョロインな訳がないはずだ。
しかし………
(あの、ペ・キ・ン・げ・ん・じ・ん・がぁー!
お姉さま!黒子は……黒子は、絶~対!認めませんのー!!)
灰色ではなく、ピンク色の脳細胞の黒子には、その事にまで頭が回らなかった。
「これで、調書は終わりね。ごめんなさいね、こんなに長く拘束してしまって。」
「…………」
後ろで後輩が暴走しているとは露知らず、調書を終えた固法は、事件の功労者である彼を長時間拘束してしまった事に謝罪する。
でも、これだけ調書に時間が掛かったのは、彼が寡黙すぎるせいでもあるのだが。
「………あの、もう質問すること無いんですか?」
「ええ、これで本当に終わりよ。それがどうかしたの、初春?」
彼が帰宅のために立ち上がったところで、静かに調書の様子を見守っていた初春が固法に質問する。
「いや、その……もう終わりなのかな~って、思いまして………」
「………さては、彼に惚れたの初春?」
「ええ!?いや、あの、そんなんじゃあ………」
固法の核心をついた言葉に思わず赤面する初春。その慌てっぷりに思わず笑ってしまう固法。
「あの人、上乃さん凄く格好良かったし……」
「そうね、確かに芸能人にいても可笑しくないぐらい格好良さげではあったけど」
「ですよね!白井さん達もそう思いませんか?」
固法の共感に嬉しがる初春は、黒子と美琴にも同意を求めるが、それに返事は帰ってこなかった。
「あれ?白井さん達がいない………」
いつの間に居なくなったのか、風紀委員の支部から黒子と美琴は、姿を消していた。不思議がる初春を他所に恐らく帰ったのだろうと思った固法は、上乃が出ていった出入口を見つめて、ふと浮かんだ疑問を何の気なしに呟いた。
「………そういえば、彼の顔も見てないのに何で格好いいなんて思ったのかしら?」
∞
「アイツ、一体何処に行くのよ」
「………お姉さま、やっぱりあの男の事を……」
日は沈み、夜になった学園都市でコソコソと隠れながら移動する美琴と黒子の二人。
彼女等は風紀委員の支部から出ていった上乃を尾行していた。
「お姉さま、何であの殿方の後をつけるのですか?」
「なんでってそりゃ………ちょっと気になって」
(気になる?……気になる……気がある……)
本人は、別に意図して言っていないのだろうが、その言葉が黒子のくだらない妄想を信じ込ませる引き金となった。
「お姉さまぁー!!」
「ちょ!?いきなり飛びついてこないでよ!」
鬼気迫る表情で美琴に飛び掛かる黒子。
「認めませんの、お姉さまが初春のようにこんな容易く落とされるなんて!?」
「はぁ!落とされるって何?」
「今さら誤魔化しても黒子には、全部お見通しですの!お姉さまは、あの何処とも知れない馬の骨に心を奪われてしまったと言うことを!」
「な!?」
漸く黒子の言っている意味を理解した美琴は、赤面した表情で慌てて否定する。
「ば、バカ!そんなんじゃあ無いわよ!わ、私はただアイツがどんな奴なのか気になっただけで……」
「それが!心を奪われてしまったと言うのですお姉さま!
あぁ……あぁ!こうやって後をつけているのもあの殿方の住所を知るためなのでしょう。そして毎日の如く押し掛け女房のように通い日々世話し、育まれていく愛。そして何時しか二人の思いは一つになって………。許しませんの……認めませんの………こんな、こんな展開……お姉さまー!!」
「だから違うって!」
荒い呼吸で美琴にしがみつく黒子とそれを引き剥がそうと悪戦苦闘する美琴。二人がこうしている間にも上乃の歩みは進み二人を引き離していく。
「あーもう!いい加減離れろー!」
「アァァァン!お、お姉さ…ま………」
あまりのしつこさに電撃を放って黒子を引き離すことに成功した美琴だが、当の電撃を受けた黒子は、美琴からのこうげきに身悶えしていた。その姿に頬が引きつる思いの美琴だったがこれ以上時間を無駄にする訳にもいかない。黒子には、ここで帰ってもらうことにした。
「黒子、アンタは先に帰りなさい。私は今日遅くなるから」
「ま、まさか……お姉さまあの殿方と一夜を共に……!?」
「だーかーら!違うって言ってんでしょうが!
兎に角、アンタは先に帰って寮管を誤魔化しておいて、今度お礼はするから」
「お礼?」
お礼という言葉に反応する黒子は、少し痺れる体を起き上がらせて美琴の目をじっと見つめた。
「………」
「………」
「………はぁ、わかりました。今回だけは、見逃して差し上げますわ。その代わりキッチリとお礼はしていただくのでお忘れなく」
「サンキュー黒子」
美琴のお礼という言葉に引かれた黒子は、今一度美琴を信じることにした。空間移動で寮へと帰る黒子に軽く感謝する美琴だが、黒子がただ単にお礼という言葉に釣られた事には気づいていなかった。
「さてっと、アイツは………」
これで、改めて後を追うことができると上乃の方に向き直ると、その本人は路上で立ち止まっていた。何をしているのだろうと注意深く観察するが特に何もせずにその場で静止しているように見えたが、その視線が隠れている美琴を射抜いた。
「ッッ!?」
フードで隠れていて顔は見えないが、確実に此方を見ている。気づかれたのだと思った美琴は、潔く出ていこうとすると、彼の周囲の空間が歪んでいることに気づいた。
見覚えのある現象だった。それは、今日の昼間にも見た、強盗犯を一撃で吹き飛ばした攻撃の予兆である事を。
「まずっ!」
気づいた美琴は、急いで回避する。磁力を操り、ビルとビルの間を飛ぶようにして舞い上がった。その次の瞬間に先程いた場所が粉々に吹き飛ぶ。
あと少し気づくのが遅れていたら危なかった事に冷や汗が流れるのと同時に美琴は舌なめずりをする。
「上等じゃない!アンタもそのつもりだったって訳ね」
ビルの屋上に着地した美琴は、さっきまで上乃がいた場所を見るがそこにはもう誰もいない。逃げたとも思ったがただ場所を移動しただけだと辺りをつけた。ならば、この付近で広く回りに被害が及ばない場所にいることが容易に想像出来る。
「待っていなさい……!」
電力、磁力を駆使して高速で移動する美琴。こんなことなら黒子を帰すのではなかったと思ったが、己がこれからやろうとしていることを思えば、それは都合が悪い。彼女の立場なら絶対に止めなければいけないからだ。
移動すること数秒、上乃の姿が河川敷で目視できた。発見した美琴は、空から土煙をあげながら着地する。
「待たせたわね!」
意気込む美琴と、無言で佇む上乃。
学園都市の三位と八位が今ここに相対する。