お待たせしました。
一人の男がいた。
その者の名は、キング・ブラッドレイ。
彼は、ある世界において数々の戦場で実績と戦果を上げ、齢44歳という若さでアメストリスという軍事国家の頂点に立った。
しかし、その者の人生は全て仕組まれた物であった。
世界には様々な形があるように、キング・ブラッドレイが住む世界では錬金術という技術が発達した世界であった。
その錬金術によって生み出された賢者の石と言われる物質によって、彼は人間をやめさせられホムンクルスとなってしまう。
裏で手を引く何者かの陰謀によって……。
彼は、地位も名誉も自らの名前さえも何者かに与えられ、望まれた役割を果たすだけの歯車にすぎなかった。
王として与えられた名は、キング・ブラッドレイ。
ホムンクルスとしてなら、ラース。
しかし、その重荷は既に下ろされた。
所詮全て他人が自分勝手に付けたもの……彼の世界でならばともかく、この世界においてその名に意味などありはしない。
そこにいるのは、ただ純粋に戦闘を楽しむ一人の男だった。
∞
キンッと剣と刀が火花を散らしながら打ち合う。
インデックスを救うべく、フードの男。上乃慧巌の住むマンションまで押し入った上条、神裂、ステイルの三人。
しかし、上乃が使う
困惑する三人だが、いち早く正気に戻った神裂は高速の七閃を放つがそれは、次元の裂け目から現れた何者かの手によって防がれてしまうのだった。
(この男…強い……!?)
突如として現れた眼帯の男、キング・ブラッドレイに斬りかかる神裂は、彼の者の剣技に感嘆の念を抱いた。
どれだけ速く斬りかかっても、どれだけ強く打ち込んでも、その悉くが斬り払われる。
世界に二十人といない聖人の一人である神裂は……強い。
そう、聖人とは『神の力の一端』をその身に宿し、圧倒的な身体能力を発揮する事が出来る。本気を出せば音速で接近し、拳で大地を割る程の膂力を有している。
その神裂が、攻めきれない。
七天七刀を振りかぶった神裂は、上段から押し潰すように叩きつける。
打ち下ろす風圧だけで、人を吹き飛ばす程のソニックブームを発生させる打ち込みだが、ブラッドレイは刀の側面にサーベルを滑らすようにして力の流れを誘導し、逆に上方に打ち上げた。
「くっ!」
「甘いな」
がら空きになった胴体に刃が迫るが、それを神裂は強引に引き戻した七天七刀を割り込ませることで何とか防ぐ。
「あなた方の狙いは何なのですか?いったい彼女を使って何をしようとしているのですか!?」
「ふん。私は彼に呼び出されただけで、君達の事情は知らないのでね、何の事を言っているのかさっぱり分からん」
「何?」
鍔迫り合いながら、言葉を交わすブラッドレイと神裂。
真意を探るように、ブラッドレイを見つめる神裂は七天七刀を大きく払い、後方に下がる。
「何も知らないというのなら、黙って引いてもらうわけにはいきませんか?」
「それは出来ない相談だ。私は明確な殺意をもって呼び出された。彼の命を脅かす君たちをこのまま野放しにしておく訳にはいかなくてな」
「では、押し通るしか無いという事ですね」
「できればの話だがね」
戦場に静けさが満ちる。
神裂の強さをよく知るステイルは、彼女と正面から斬り結ぶブラッドレイの強さに驚愕し、上条はあまりにも速い戦闘に目がついていかなかった。
そして、ブラッドレイの後方の位置から動かない上乃は、二人の戦闘に興味がないと言わんばかりに、苦しそうにベッドで眠るインデックスに目を向けていた。
「行きます!」
最初に動いたのは神裂だった。大地を砕く程の踏み込みで一瞬にして距離を詰めた神裂は、今度は下段から掬い上げるようにして刃を振るう。
それをブラッドレイは、まるで何処から攻撃がくるのか分かっていたかのようにすんなりと避け、斬りかかろうとするが、そんな隙は与えんと神裂は続けざまに攻撃する。
「はあぁぁぁ!」
烈火の如く攻め立てる神裂。一撃一撃が必殺の威力を秘めた斬撃なこともあり、流石のブラッドレイも後ろに下がりながら防ぐことに注力する。
パワーもスピードも
「目が良いのですね」
ブラッドレイが有する異能の力。それは、あらゆる攻撃を見切る『最強の眼』である。
超越的な動体視力を発揮するその眼は、神裂の音速にすら匹敵する超スピードを見切るだけではなく、次にどう動くのか、どうやれば避けられるのか、一種の未来予知とすら言えるほどの観察力も合わさっている。
それによって見てから避けることが間に合わない攻撃も、先に行動を眼で見切り、神裂が斬りかかる頃には既に回避しているのだ。
しかしそれは、言い換えればブラッドレイをもってしても避けることに全力を割かなければ防ぎきれない猛攻だと言うこと。
攻めいる隙を見いだせないブラッドレイは、どうするか思案するがそんな猶予は無かった。
バギンッ!
計百を越える神裂の打ち込みによって、ブラッドレイの振るうサーベルが砕け散ったのだ。
だが、よく持った方である。一度でも神裂の七天七刀の斬撃を正面からまともに受け止めていたら、ただのサーベル一本あっという間に粉々に砕け散っていただろう。
神裂の力を見抜き、受け止めるのではなく、受け流すように防ぐ事にシフトしたブラッドレイの洞察力と技量があってこそだろう。
されど、いくら神がかり的な所業だったとしても、この瞬間ブラッドレイが無手になったことに変わりはない。
ならばその隙を神裂が見逃す筈もなかった。
「もらったぁ!!」
最速で最善の一手を打つ。防ぎようが無いように、避けようが無いように蹴りを放つ。
内蔵を抉る勢いで、放たれた左回し蹴り。それをブラッドレイは、上体を後ろに反らして避ける。
そして続けざまに本命の一撃が放たれた。
(七閃ッ!)
お得意のワイヤーによる高速攻撃。しかも今度は、体勢の崩れた状態で、彼の死角である左側から頭部を狙って放たれた。
まさしく最善の一手であった。だが……。
「……フン」
「なぁ!?」
見えていないはずの、七閃による攻撃をブラッドレイは意図も容易く首を捻るだけで避けて見せた。今度は意表を突かれたことで反応の遅れた神裂の腹にブラッドレイの蹴りが打ち込まれる。
「ぐぅあ!」
もろにくらった神裂は、吹き飛ばされるも空中で体勢を整え、片膝を着くように着地した。
「何故、今の攻撃が……?」
蹴り抜かれた場所を押さえながら、先程の攻防の疑念を口にする神裂に、ブラッドレイは折れたサーベルの柄を回しながら、当然のように口にする。
「正直すぎるのだよ」
「正直……?」
「そう、君の剣はあまりに真っ直ぐすぎる。圧倒的な力で振るわれる攻撃全てが一撃必殺であるあまりに、今まで防がれた事が無かったのだろうが、フェイントすらない攻撃など避けるのは容易い。
まして最後の一撃、あれは最善が過ぎたな。私が今まで死角から攻撃されたことがないとでも思ったのかね?」
先の攻防、必中として放たれた七閃は、確かにブラッドレイには見えていなかった。
されど、何処から攻撃がきているかなど、長年の経験からブラッドレイには予測できていたのだ。
「明確な弱点があるからこそ、そこを突く。正しいが……正しいが故に御しやすい。
君と私では、潜ってきた死戦の数が違うのだよ」
「クッ……」
ブラッドレイは、使い物にならなくなったサーベルの柄を投げ捨て、近場に刺さっていた直剣を二本手に取った。
「ほう……良い剣だ。剣であればあまり質には拘った事はなかったが、これなら君の剣も受け止められよう」
背筋を伸ばし、片方を神裂に向け、もう片方の剣を真横に向ける独特の構えを見せるブラッドレイ。
そして立ち上がった神裂は、七天七刀を正眼に構える
「では、今度はこちらの番だ……!」
ブラッドレイが踏み込む。その速度は、聖人の神裂に劣りこそすれどそれでも十分に人外の域。
首を断つようにして振るわれる刃を神裂は何の問題もなく受けとめる。そして返す刃で斬りかえそうとするがそれはもう片方の刃が迫っていた事で断念する。
だが次こそはと思ったが、それもまたブラッドレイの攻撃によって中断されてしまった。
「くっ……!」
神裂の方がブラッドレイよりも速く刀を振るい、攻撃することが出来るのだがそれが出来ない。それは彼等の得物の違いだけではない。二刀流であるブラッドレイと長刀を扱う神裂では、近距離での斬り合いでは前者に分がある。
だが、そんなセオリーを捩じ伏せるだけの基本スペックの差が彼等には存在する。
ならば何故なのか、理由は二つ。
一つは、ブラッドレイの唯一の異能『最強の眼』が有るか無いか。
「どうした、この程度か!」
読めないのだ、ブラッドレイの変幻自在の剣技が、神裂には予測できない。
ブラッドレイが神裂の攻撃を予測して避けていたのに対し、現在神裂は視認してから持ち前の反射神経によって無理やり捌いている状態だ。
先守することで、余裕を持って対処していたブラッドレイとは違い、極限状態の神裂の防御は、長続きしない。
徐々に刃が、神裂の体に掠りはじめていた。
そしてもう一つ、地の理がブラッドレイの方にあるということ。
「ッまだ!」
ブラッドレイの元々の戦闘スタイルは、戦場によって培われた物だ。
故に剣は消耗品、人間を斬り使えなくなれば即座に次の剣に切り変える。剣の耐久値を無視した業の剣。
そしてこの世界には、見ての通りの使いきれないほどの剣が存在している。まさにブラッドレイの戦場としてはこれ以上無いほどに適していた。
「漸く体が暖まってきたな、ではそろそろ本気で行くぞ」
「なにッ?」
ブラッドレイの剣撃がよりいっそう激しさを増す。
両手に持つ二本の剣だけに飽きたらず、地に突き立つ剣を蹴り上げて攻撃するなど曲芸染みたことまでしだした。
それによって、神裂の体に次々と裂傷が刻まれていく。
「伏せろ神裂!」
「……!」
防戦一方の神崎にステイルの呼び声が届く。
神裂は反射的にその場に伏せると同時に、頭上をブラッドレイを焼き殺さんと放たれた業火が通過した。
しかしそんな直線的な攻撃を見切れないブラッドレイではない。
ジャンプすることで避けたブラッドレイは、後方から炎を放ったステイルに向かって左手の剣を投擲する。
「な、ぐぅあぁぁ!?」
その剣は、深々とステイルの右肩に突き刺さる。だが、闘志の消えないステイルは、己とブラッドレイ、神裂を囲むようにして大きな炎の壁を構築する。
「神裂!」
「ッ……七閃!」
ステイルの意図を察した神裂は、七閃をブラッドレイではなく炎の内側にある剣に当て、全てを外に弾き出した。
「もうあと30分を切った。神裂、こいつの相手はボクがする、君は彼女を頼む」
「……すみませんステイル。任せてください」
制限時間が刻一刻と迫るが故に、防戦一方の神裂に代わり、己が戦うとステイルが前に出る。
不甲斐なく顔を伏せる神裂は、この場をステイルに任せ、10mはある炎壁を一息で飛び越えていった。
「何故……黙って行かせた?」
神裂と話している間、静観していたブラッドレイにステイルは、負傷した右肩を押さえながら問い掛ける。
「なに、殺す順番が変わるだけの話だよ」
「……ふっ、魔術師を舐めるなよ。
━━━━━
ブラッドレイの己なぞ眼中に無いと言わんばかりの発言に不適に笑って見せたステイルは、魔術師の殺し名たる魔法名を口にしながら、大量のルーン文字の刻まれたカードを周囲にバラまく。
これにより準備は整い、ステイルが持つ最強の魔術が発動した。
「『
現れたるは、炎の巨人。その異様は、正しく魔人と表するに値する炎の怪物である。その身に纏う炎は、実に摂氏3000度。近づくだけで灼熱がその身を焼く程の業火を帯びていた。
イノケンティウスの出現に、眼を見開いたブラッドレイだったが直ぐに元の表情に戻り、右手に持った剣を握り直す。
「……面白い」
∞
「お前、何でインデックスを拐ったんだ」
「………」
「黙ってないで答えろよ」
ステイルがブラッドレイを炎の壁に閉じ込めた頃、上条は一人、上乃と対峙していた。
何時もの自分らしくない、険のある声なのは自覚している。だが、上条は初めて上乃とあった時に感じたあの悪意の波動を思い出すと、穏やかな気持ちではいられなかった。
「お前は知らねぇかもしれないけど、ソイツは自分の持つ完全記憶能力のせいで、一周年周期で記憶を消さないと生きていけないだ……でも!学園都市なら魔術ではどうにもなら無かったことも解決できるかもしれねぇんだ!頼む、インデックスを返してくれ!」
「……ええ、彼の言い分は兎も角、おとなしく彼女を引き渡してください。もう貴方を守る人はいません」
「神裂……」
要所しか言っていない簡易的な説明だったが、己の望みとインデックスの現状を伝えて説得する上条。
そしてそこに炎の壁を飛び越えてきた神裂が合流する。
二人を前に秀麗な美貌をピクリとも動かさない上乃は、一言だけこう言った。
「……くだらん」
「何だと!?」
くだらないと、そう吐き捨てた上乃は、同時に寝ているインデックスに向かって手を伸ばした。
そこで上条は思い出す、ここに踏み込む前にステイルが言っていた忠告。
『あの男は触れただけで対象と共に転移することができる。奴が彼女に少しでも触れて逃げられたらその時点で、彼女の命は無いと思っていい』
「ッ待てぇ!」
インデックスを連れて逃げようとする上乃に気づいた上条は、急いで駆け出した。
元々それほど距離が開いていた訳ではない、大股で五歩も進めばその距離は無いに等しい。
そして上乃がインデックスに触れる寸前に上条は間に合った。
伸ばした
「……え」
思わず、上条の口から声が溢れた。
如何なる幻想も、如何なる奇跡も、如何なる異能も打ち消す
勢い余った上条は、そのまま上乃の体を通過しきると、その顔面に上乃の裏拳が突き刺さった。
ブラッドレイの口調が思っていた以上にムズい。
心なしか違和感を感じる。