大変長らくお待たせしました。
寝静まった真夜中の病室で、窓から差し込む月光に照らされたインデックスちゃんは、ベッドに横たわる当麻君を今にも泣きそうな顔で見つめた。
「とうま……」
か細く紡がれた当麻君の名は、彼を起こさないように気を使ったのか、それとも胸から沸き上がる罪悪感からか。
その光景を病室の隅で観察していた俺は、改めてインデックスちゃんのヒロイン力の高さに感服すると同時に、その優しさにため息が溢れた。
今思えば、簡単に予想できそうな物だった。
当麻君が傷つき、入院していると分かれば、インデックスちゃんは会いに行こうとする事なんて。
寝不足で頭が回ってなかったから仕方ないけど、迂闊だったなぁ……。
勝手に出ていこうとするインデックスちゃんを止めなきゃいけないし。かと言って、無理に引き留めて心証を悪くしてしまっては本末転倒だ。
だが、下手に出歩いて魔術師に見つかってしまっては、それもまたアウト。
何とかして説得しようと、昨日の夜中からずっと足りない言葉で朝まで話し合った結果、仕方なく人気の無い夜に会いに行くという妥協案で納得してもらった。
しかし、インデックスちゃんが抜け出す可能性もあるから目を離す訳にもいかない。
布束さんに代わりの監視を頼もうかとも思ったが、忙しいからと帰ってしまってそうもいかず、ずっと起きっぱなし。
夜になったら、幼女な先生に聞いた病院の地図をネットで開いて、魔術師に見つかる可能性を少しでも少なくするために家から直接、病室に転移して現在に至る。
お蔭で三徹決定ですよ。気を抜いたら、立ったまま眠ってしまいそうだ。
だからだろうか、眠気で意識が朦朧としていた俺は病室のドアがノックされるまで、誰かが近づいて来ていることに気づくことができなかった。
━━━コンコンコン
「……インデックス」
「ケイガン……」
俺は即座にインデックスちゃんに駆け寄り、扉の方を睨み付けた。
インデックスちゃんも突然の訪問者に怯える様子も見せず、逆に動けない当麻君を庇うように前に立つ。
「失礼するよ」
横にスライドして開いたドアから現れたのは、白衣を着たカエルのような顔の医者らしき男だった。
「誰なの?」
「それはこちらの台詞だよ。君達は、そこの彼の友達かい?悪いけど、面会時間はとっくに過ぎてるんだけどねぇ」
「………」
「ん?キミは……」
顔に似合わず気さくに話しかけてくるカエル顔の男は、此方を探るように俺とインデックスちゃんを見つめる。
その視線から彼女を隠すようにして前に出るとカエル顔の男は、俺のフード越しで見えない筈の顔を凝視するように見つめ、数瞬後になるほど、と呟いた。
「キミが木山君の言っていた青年だね。
そうか……私の予想よりもずっと早くここにたどり着いたという訳か」
何がなるほどなのかサッパリ分からないけど、速攻で正体バレたっぽいのですが。
あなた、木山さんの知り合いなの?
「ついて来てくれるかい?キミがここに来たら、案内するように、木山君にお願いされててね」
「どうする、ケイガン?」
どうやら、先日探した木山さんがここにいて、尚且つ案内してくれるらしい。
当麻君の様子を見たら直ぐに帰るつもりだったけど、これはラッキーだな。
インデックスちゃんも、俺の判断に任せてくれるらしい。
俺は、カエル顔の医者の問い掛けに、頷いて返事を返した。
「それじゃあ、行こうか」
歩きだしたカエル顔の医者の後を追い、当麻君の病室を後にした。
俺達は、暗く長い廊下の突き当たりにあるエレベーターに乗り込み、この病院を調べた際に見た院内の地図に載っていなかったであろう、通路を通りながら、漸く目的の場所にたどり着く。
案内された場所は、病院の地下に位置する場所で、部屋に入ると、ガラス張りの向こうにベットに寝たきりの子供達がいた。
「あの子達は……!」
インデックスちゃんが驚きの声を上げると、聞き覚えのある声が、部屋の隅から聞こえる。
「やぁ、久しぶり。と、言う程でもないか。
また会ったね、上乃君」
あー……うん。また会いましたね、木山さん。
探しといて何ですけど、もう帰っていいですかね?
いや、用件とかそういう言うのもういいんで、早く帰らないと、また面倒事に巻き込まれそうだし。すごく面倒な予感もしますし。
「この子達は、いったいどうしたの?」
あ、インデックスちゃん!そういうの聞いちゃいけないって、帰りにくくなるでしょ。
「この子達は、私の教え子達だよ。
上乃君、キミは既に知っていると思うが、私の口から説明させてくれ」
いや、知らないんですけど。
う~ん、これは帰れないヤツだな?
それじゃあ、仕方ないけど木山さんの長い回想シーンを割愛して要約すると……なんだ?
木山さんの上司、木原幻生がクズで。
教え子が実験されて、目が覚めない。
それを何とかしようとした結果、この前の騒動に。
簡潔に纏めすぎたかな?まぁ、別にいいか、誰かに聞かせてる訳でもないし。
にしても、また木原か……まったく、木原という名字にはマッドサイエンティストしかいないのかよ。
でも、どうしたもんかな。
何か悲壮感漂う空気になってるけど。木山さんとか只でさえ隈が酷くて、目が死んでるのに、それに輪をかけて生気が感じられない。
てか、過去の話が重すぎて、よく自殺してないなってレベルだよね。
カエル顔の医者も、この子達を救えないことを悔しく思ってるようだ。
インデックスちゃんは、何か意外と落ち着いてる。
こういうのには、慣れてるのかな?
俺はなんというか、所詮他人事だしそんな真剣になれないというか、テレビでニュースを見てるような感覚だ。
可哀想ですね、みたいな。
でも、これはチャンスかもな。この子達を俺が助ければ、流石に木山さんも俺を脅そうとかそんな事は考えないはず。
当麻君には、原作崩壊とか色々あって使えなかった手だけど、
と、そんな事を考えていると備え付けられていた電話が鳴り響いた。
「もしもし、どうかしたかい?」
『先生、病院の敷地に妙な連中が』
「ん、妙な連中……?」
電話を受けたカエル顔の男は怪訝そうに眉を歪めると、殴り書きした紙などが乱雑とした机の上に置かれたパソコンを操作して院内の監視カメラの映像を映し出した。
「まったく、今夜は随分とお客様が多い日だね。面会時間ぐらい守って欲しいものだ」
『どうしますか?』
「夜勤の職員全員に何時でも動けるように伝達してくれ。患者に危険が及ばないように守るのは、私達医者の使命だからね」
『了解しました』
「どうかしたんですか?」
「木山君、恐らく君のお客さんだ」
「私の?」
木山さんは、カエル顔の医者に促されるとパソコンに映っている映像を見て眉を顰める。
気になった俺も、木山さんの肩越しにパソコンを覗くと、そこに映っていたのは
俺は思い出すように、彼女の名前を呟く。
「……テレスティーナ・木原・ライフライン」
「何だと……!?」
その呟きを聞き漏らさなかった木山さんは、俺の両肩を掴み憎悪に染まった瞳で、テレスティーナさんについて問い質してきた。
「木原だと……上乃君それは本当なのか……あの女が、木原!」
いや、確かにあの人は木原ですけど、あの子達を実験材料にした木原とはまた別の木原ですよね?
まぁ、あの人の事も木原さんから聞いたことだから、木山さんからしたら信用できないかもですけど、木原ってだけでそこまで目の敵にしなくても。
木原さんにだって良いところの一つぐらい……無いな。
「ッ……!」
「待ちなさい」
「放してください先生、私は……!」
「頭を冷やすんだ木山君。君が彼等に向かったところで何が出来ると言うんだ?
君は復讐がしたいんじゃない。君の教え子達を救いたいのだろう?」
「……申し訳ない、その通りです」
悔しげに唇を噛み締める木山さんは血が滲む程強く拳を握りしめると何とか思い止まった。
ホッと胸を撫で下ろすカエル顔の医者は、今度は俺の方に向き直る。
「すまないね、友人のお見舞いに来ただけの君達をとんだゴタゴタに巻き込んでしまった」
「これからどうするの?」
「この子達を安全な場所まで輸送するつもりだ。
だけどこの人数だからね、時間も人も足りないが……何とかするさ。
心配いらないよ」
此方を安心させるように笑いかけるカエル顔の医者だが、それが無理をしているのは直ぐに分かった。
「ケイガン……」
インデックスちゃん、そんな捨てられた子犬ような目で俺を見ないで。
そんな俺だったら何とかできるでしょ、みたいに頼られても今回ばっかりは無理だから。
あの人達、たぶん木山さんを捕まえに来た警察の関係者とかだよ絶対。
そんな人達の邪魔なんかしたら公務執行妨害で俺が捕まっちゃうよ!
でも、ここで木山さんを見捨てて逃げて、捕まられたりしたら、この前の事件の真相を暴露されるかもしれないし……。
クソがッ。わかった、わかりましたよ。やってやろうじゃねぇーかよ!
「……俺が時間を稼ぐ」
「それは駄目だ。これ以上君に迷惑は掛けられない」
「でも、それであの子達は助かるの?」
「ッそれは……」
痛いところ突くなインデックスちゃん。
「大丈夫だよ。きっとケイガンなら何とかしてくれる!」
「……上乃君、本当に頼ってもいいのか?また私を助けくれるのか?」
「……ああ」
「ありがとう、上乃君。心から感謝するよ」
もうわかったから、さっさと行ってください。
こっちは眠くてイライラしてんだから。
「さて、これで時間は稼げるね。後はこの子達を運ぶバスを運転する人が必要なんだが……」
あーもう!それも俺が何とかすりゃいいんだろチキショー!
∞
━━━ガシャンガシャンガシャン
夜の病棟を駆動鎧を身につけた者達が数人、テレスティーナの後ろを付き従うように歩く。
「木原所長、次の角を右です」
「わかった」
先頭を歩くテレスティーナは、ハイヒールを踏み鳴らしながら目的の人物達がいるであろう場所まで歩き進める。
そして角を曲がった先には、他とは雰囲気の違うエレベーターがあった。
それに乗ろうと足を踏み出すと、彼女等の見ていた景色が一瞬にして入れ替わる。
「これは……」
突然の事態に先進状況救助隊、通称MARの隊員達は、混乱したように周囲をキョロキョロと見渡すと、移動させられたのは彼女等だけでなく、念のために病院の周囲を見張らしていた者達全員がここに集められていることが分かる。
彼女等が今いるのは、先程まで居た病院から遠く離れた場所にある、空地だった。
「狼狽えるな!」
「す、すみません」
困惑するMARの隊員達を一喝したテレスティーナは、彼等とは違いこの現象の正体を既に見抜いていた。
これを起こしたであろう人物を探すように周囲を見渡すと、彼女等から少し離れた所にフードで顔を隠している件の青年と、その隣に白衣を着たカエル顔の男が立っていた。
「また会ったわね、上乃君」
「………」
人の良さそうな笑みを浮かべながら話しかけるテレスティーナは、フードで顔を隠していても、その男が上乃であることを見抜いていた、
だが、それもそうだろう。
これだけの距離をこれだけの人数を一度に全員運ぶなどという芸当ができるのは、空間移動能力者でもlevel5である上乃ただ一人なのだから。
「君達は一体、私の病院に何の用だね」
「貴方は……そう、あの病院のドクターね。
初めまして、私は先進状況救助隊のテレスティーナです」
「これはご丁寧に、私は唯のしがない医者だよ。
それじゃあ自己紹介もすんだことだし、答えてもらえるかな。
何故、そんな重装備で私の病院に無断で踏み行ってきたのかな?」
カエル顔の医者は、気さくな口調の割に一切の虚偽を許さぬとでも言うような覇気に満ちた声色で事の次第を問い詰める。
それは、自分の患者が一時でも危険に晒されたことによる怒気によるものなのかは分からないが、テレスティーナは、彼の威圧感に一瞬とは言え息を呑んだ。
一筋縄ではいかない相手だと悟ったテレスティーナは、気を引き締めるように深呼吸をした。
「昨日起こった地震を御存じですか?」
「ああ、勿論知っているとも」
「私は、それが人為的に起こされたものではないかと疑っているんです」
「その根拠は?」
「昨日起こった地震と同時に観測した特殊なAIM拡散力場は、RSPK症候群という物を引き起こす周波数との類似点が多数発見されたのです」
RSPK症候群とは、俗に言う
そして更にそれが同時多発的に起これば地震と見分けがつかないほどの規模の超常現象を引き起こす。
だが、RSPK症候群は通常なら同時多発的に起こるものではないが、AIM拡散力場に、干渉があった場合はその限りではない。
その一点が、テレスティーナがRSPK症候群と当たりをつけた根拠である。
「そして私達は、RSPK症候群を引き起こした容疑者として木山春生が浮上しました。
彼女は、つい先日にもAIM拡散力場を使った大規模な破壊活動を起こしている。
それは、君もよく知っているでしょう?」
「………」
「しかも、それは彼女が保釈されたその日に起きている。これで無関係だと思うほうが可笑しい。
ですので、これ以上被害が広がる前に木山春生を確保しておきたかったのです」
「なるほど、君の言い分は理解した」
目閉じ、頷くカエル顔の医者の様子に納得してもらえたのだと安心したテレスティーナだが、それは次の瞬間に崩れた。
「しかし、それはあまりに無茶苦茶ではないかね?」
「ッ……どこがでしょうか?」
指を三本立てたカエル顔の医者は、順序立てるように丁寧に説明する。
「理由は3つだ。
まず一つ、たった一度しか起きていないと言うのに、昨日の地震がRSPK症候群と決めつけるにはあまりにも早計だ。
次に二つ、いくら時期が重なったとは言え、それだけで木山君を逮捕するには理由が弱すぎるし、その程度の根拠でいいのなら他にいくらでも容疑者はいるはずだ。
そして最後に、先程述べた通りの理由で上層部が令状を出すとは思えない。
木山君の居場所を突き止めた方法然り、君達がとても合法的に動いているとは思えない」
「……確かに令状は出ていません。ですが遅かれ早かれいずれ出ます。此方としてはできることなら自発的に受け渡してもらいたいのですが……」
「残念だが、それは聞けない相談だ。医者である私が患者の信頼を裏切る訳にはいかないからね」
「チッ……」
舌打ちをしたテレスティーナは、腕を組み苛立ちを露にする。その姿は先程までの知的な雰囲気からかけ離れていて、まるで子供が癇癪を起こす寸前にも見えた。
それを見たカエル顔の医者は、瞬時に彼女の本性とも言うべき物を悟った。
「テレスティーナ・木原・ライフライン」
「何?」
「彼から聞いたんだよ、君の名前はね。
因みに言うなら君の名前だけならずっと前から知っていたよ、君がお爺さんにどんな事をされたかもね」
「テメェ……!」
チラリと上乃の方に視線を送ると、カエル顔の医者は再び会話を再開した。
「先程は木山君の手前言わなかったが、彼女が木原幻生の孫娘にして最初の能力体結晶の被験者だよ」
「ハッ……そうかよ、はなっから全部お見通しだったとはな。食えねぇジジイだな!」
ホラー映画もかくやと、豹変したテレスティーナは薄汚い口調に変わり、とても女性がしているとは思えない顔芸を披露する。
その姿には、さしもの上乃も一歩後ろに下がり、カエル顔の医者も顔を顰めた。
「君が何の目的で木山君に、いや。彼女の生徒に近づくのかは大体想像がつく。そんな事はやめておきなさい」
「偉そうに説教垂れてんじゃねぇ!
何だ?噂のlevel5が守ってくれるからってもう勝ったつもりなのかよ。笑わせんな、碌に発信器にも気づかねぇ間抜けな実験動物一匹味方につけた程度で、調子に乗ってンじゃねぇーぞ老害が!」
「……?」
実験動物、発信器、その言葉からもしや自分の事を言っているのでは?と、思った上乃は一度能力を発動した。
上乃の体がノイズが走るように一瞬ブレると、コトッと足元に小さな機械が落ちる。
「ふん、今頃気づいたところでもう遅ぇ。発信器は壊された時の為に二つ着けて置くのは当たり前だろうが」
吐き捨てるように言い放つテレスティーナだが、当の上乃に身に覚えは無く、首を傾げた。
「それに、気づいて無いとでも思ってんのか?
こうしてテメェらが、足止めしている間に病院からガキ供を逃がしてる事なんてお見通しなんだよ」
どこぞの木原と同様に狂気を感じさせる笑みを浮かべるテレスティーナは、タイミングよく通信が掛かってきた無線機を手に取った。
『木原所長、目標を捕捉しました』
彼女の笑みは、より一層深く弧を描いた。
∞
『目的地は閉鎖された病院、だが設備はそのまま残っているから一時的な隠れ蓑として丁度いいだろう』
木山達は子供達をバスに乗せて高速を走っていた。
人数が多いため、二台になってしまった為に一台は木山が運転し、もう一台にはインデックスが乗っている。
馴れない携帯電話と言うものに四苦八苦しながらも受け答えするインデックスは、バスを運転する人物に木山が言った通りに説明する。
「えっと、だから前を走る車を見失わないようについてきてだって、
『コラ、インデックス君失礼だぞ。彼は見た目こそあれだが組長ではなく
「でもでも、ケイガンはクミチョーって言ってたよ」
『その後に言い直していただろう?』
こんな時に呑気にも会話に興じる様子から木山も大分落ち着いたようである。
これも冷静に場を和ませようとしたインデックスのお蔭でもあるのだが、少々気が抜けすぎて、時と場合を考えろと言いたくなってしまいそうになる。
そして、その会話を聞いていた組長や園長と呼ばれた人物は、とてつもなく長身の体を黄色のスーツで見に包みサングラスを掛けたパンチパーマのヤのつく人にしか見えない外見をしていた。
彼は、座席を限界まで後ろに下げて尚、窮屈そうな足で器用にアクセルを踏んでバスを運転しながら困ったように眉を掻いた。
「いや~困ったねぇ~。わっしは組長でも園長でもなく
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