桜が舞い散るその下で、見覚えのある人々がシートを引いて笑いあっている。
彼らはわいわい騒ぎ、楽しそうに飲み食いし始める。すると、その内の一人が俺を見つける。
「ん、遅いぞ『――』。悪いが先に始めてるぜ?」
――酷いな久司。少しくらい待ってくれるような優しさはないのか?
「はっはっはっ! 目の前にはご馳走にお酒。ついでに楽しい友人たち!」
――ああ、それは確かに無理かもしれないな。
「だろう? 取り敢えず、お前もさっさと座れよ。なんと今日のこのご馳走、
――ほう、あの流が。……ちょっとそこらの出店行ってくるわ。
「なんですって!? ちょっと待ちなさいよアホ『――』! 折角私が料理を作ってきたのに食べない気!?」
――待て待て首を締めるな首をっ。分かった、食べる食べさせてもらいましょう。
「そ、そう? まぁ、好きなだけ食べてもいいわよ。私は寛大だし」
――そうかそうか。じゃあちょっと待っててくれ。薬局で胃薬買ってくるから。
「そこに座れアホ『――』!」
何処から取り出したか分からないハリセン。
それは見事に俺の頭に命中し、膝から崩れ落ちる。
――寛大どこ、いった? しかも、そのハリセン、威力、おかしいって、絶対ッ。
「まだまだね『――』! これはハリセンが凄いんじゃなくて私がすごいの!」
――はっ、ナイチチ張って言われても。
「死ね、もう死ね。アンタなんか湊の胸に溺れて死ねッ!!」
「あら、それは無理ね。だって『――』君に触られたら蕁麻疹ができちゃうもの」
――湊さんや。どうでもいいから取り敢えず助けて。
「それも無理ね。だって流ってば離そうとしないんだもの」
「ち、違うわよ? そう、処刑するのはこの私ってだけで……って、馬鹿にされてるの私だけだから当然よね?」
――久司、お前の部屋の本棚。
「ん?本棚がどうかしたか?」
――上から三段目。右から五冊目位にある辞典なんだけどな?
「……OK、今助けてやるよ『――』! だから春香には言わないでっ!」
「あ、もしもし春香? ええ、私よ湊。今何処にいるの? 久司君の部屋? あらちょうど言いわね。少し本棚を調べてみたらどうかしら。『――』君の話だと面白い物が見つかるらしいのだけれど……」
「Noooooooォォォォォォォ!? 待って春香そこで待ってて!今迎えに行くから動かず座って大人しく待っててェェェェェ!!」
――待て久司! 俺を置いていくのか!?
「とるなら断然男より彼女だろうが! グットラック!」
消える親友。
残される受刑者。
「さて、どうしてくれようかしらこの唐変木」
パンパンといい音をたてているハリセン。
これからくるであろう痛みは壮絶なものだろう。
しかし、笑いが込み上げてくる。
――ああ、本当に楽しくて懐かしいな。
だからこそ、夢だと分かっていても、過去の記憶だと分かっていて、覚めないで欲しいと願ってしまう。
あそここそ、俺が帰りたいひだまりの中なのだ。
「イノセンス、探しに来たら、拉致監禁」
「字余りだっけ~?」
状況を整理してみる。
懐かしい夢を見た。原因は不明だが、桜がほんの少し成長していたことが関係しているのかもしれない。目をこすればなにやら湿っぽく、情けないなとつぶやくことに。
その後、呼び出しがあったのだがアレはやはり夢というショックな事実に打ちひしがれ無視。遂に迎えにやって来たリナリーに引きづられて室長室へ。あとは流れるままにアレン、リナリーと共に不思議な街へと調査に送り出された。そして巻き戻しの街とかいう所に足を踏み入れた――所までは覚えている。
そこからの記憶がない。
気づいたら独特な空間の中に囚われていたし、目の前にロードがいた……なんで?
「アハハハ♪ 会いに来ちゃったよォラック?」
「アハハハ♪ 来んなよ人類の敵」
「ろーとたま! そんなナマモノと喋っちゃダメレロ!」
「待てや傘、どうやら折られたいらしいな?」
「あー、ダメだよいじめちゃぁ。それよりさ、ちょっと暇つぶしに付き合ってよぉ。面白いオモチャを見つけたんだぁ」
オモチャ。
それはきっとアレンだろう。ああ、そうか。これは巻き戻しの街ってことはミランダ・ロットーが出てくるアレか。穴あきだらけの記憶から引っ張ってくる。
「なんか元気ないね? あっ、もしかしてヤキモチやいてるのぉ? アハハ♪ 大丈夫だよ、ラックとも遊んであげるから!」
結構です。
どうぞアレンで遊んでください。
「無反応じゃつまらないな。何時もみたいに的当てでもする?」
「その的が俺じゃなければな? ああ、その傘とかどうだ? 広げれば円形だし、生意気だし」
「まつレロ! 今私情がはさまってたレロ!」
「どうでもいいよ傘。無機物黙ってろ」
「……ろーとたま、いつにも増してナマモノの様子がおかしいレロ」
するとロードは椅子に縛れている俺の前にやって来て、俺の顎を掴んで強制的に目を合わせてくる。
「んー、なんだろうねぇ?」
クスクス笑いながら離れていく。
どうせ俺の目から葛藤でも読み取ったのだろう。
ホント、醜態晒してばっかりである。
「はぁ、OK切り替えよう。スマンな傘、ついつい、何時も心の中だけで留めている罵詈雑言の一部が漏れ出した。謝るよ、この通りだ」
「……このナマモノ謝罪しつつ貶すとかふざけてるレロ。はくしゃくタマが敵視してるのが分かったきがするレロ」
傘はブツブツ言った後、空洞の目で俺を睨みつけてくる。
そうしていると、ロードが俺の拘束を解いて目の前にテーブルを出現させる。相変わらず便利かつ不思議な能力だ。
「さてと、何して遊ぼうかなぁ……うん、ティキがやってるポーカーとかラックとなら面白そうだよね」
言うと同時にトランプが現れる。
「なんだ、ルール知ってるのか?」
「うん、知ってるよぉ? ティキってば大人げないんだよ? ボク相手に本気になっちゃうんだからぁ!」
「いや、それは正しい。賭博は、命を繋ぐ掛け橋ですヨ?」
「……それは多分、理由が別レロ」
「それじゃあ始めようか。あ、カード配るのはボクだよぉ?」
こうして良くわからないまま、ノアVSエクソシストのポーカー対決が始まった。
その頃、アレンたちと言えば。
「いませんね……」
「いない、わね……」
確かにこの巻き戻しの街に入ったときはいたはずだった。
それは隣にいたアレン自身がよく知っている。
「まさか、師匠みたいにバックれたんじゃ」
「何か事情があったんじゃ……そう言えば、今日のラスロ、少しおかしくなかった?」
アレンはそう言われてみれば、と今朝のラスロの様子を思い浮かべる。
外に出ることに歓喜していた彼が、今日は異様に外に出るのを嫌がっていた。結局、任務には出向いたが結果がこれだ。何かあったのだろうかと少し心配になる。
「ねぇ、アレンくん。ずっと気になってたんだけど、ラスロとは何時からの知り合いなの?」
「何時から、ですか。えーと、僕が師匠に拾われてからずっとですから相当になるかと」
「へ? ラスロって、アレンくんよりもっと前にクロス元帥といたの?」
「そうですね。そう言えば、何時から師匠と一緒なのかは聞いたことありませんでした」
自分でそう言いながら考える。
ラスロの年齢は大体19だと言われている。そこから、自分が出会った時の年齢を引けば……
「最低でも10の時にはエクソシストとして十分にやって行けてました。……その時以前の話は僕も知らないんです。ただ、さまよってるところを師匠が引き取ったってことくらい」
アレンは自身の兄弟子について何も知らないことに気づいた。
知っているのはおおよその年齢とエクソシストであること。ついでに同じ師を仰ぐものと言ったところか。実のところ、リナリーは勿論アレンもラスロのイノセンスについてよく分かっていない。
不思議なイノセンスであり、通常兵器でもAKUMAを破壊できるという特殊な物ではあるがまだ何か隠しているとアレンは師匠であるクロス・マリアンが課した、ラスロの修行内容から予測はつけていた。それはひたすらイメージする修行。あるときは動物を、あるときはAKUMAを、あるときは借金取りをと様々なものを想像する日々。
「リナリーは、ラスロについて知ってる事はありますか?」
「私? 私が知ってる事と言えば……中央庁と仲が悪いくらい、かな?」
リナリーは以前の出来事を思い返す。
以前、彼の元にやってきた中央庁の人間に対して彼らしくない態度を取り距離を置いていたこと。また、相対したとき双方沈黙を選んでひたすらにらみ合っていたりと、本当にらしくない彼の姿。
「それと……ラスロは一人で任務に行きたがること、かな」
以前、直接聞いてみたところラスロは言った。
『俺のイノセンスは効果がバレると非常によろしくない』
言ってしまえば、ファインダーや味方に効果を知られ、それが流れる事を恐れていると言うこと。言い換えれば、彼はあまり教団の仲間を信じていないのかもしれないと言える。
「……案外分かっていたつもりなんですけど、上辺だけだと思い知りますね。長年一緒にいたはずなんですけど」
「やっぱり、クロス元帥なら知ってるのかな?」
「恐らく。ラスロは基本師匠を敵視してますが、それと同じくらいに信用していると思います」
ならば、とリナリーは思う。
クロス元帥であれば、ラスロが仲間をあまり信用していない理由、そして何より、帰る場所を決めない理由を知っているのかもしれない。
何処に行っても彼はそこを帰る場所だと定めない。教団の自室でさえ、ラスロは仮宿程度にしか思っていないのだろう。
何故おかえり、ただいま、と言った言葉を使わないのか。以前聞いて返ってきたのは、言葉でなくなんとも言えない笑顔だけだった。 アレンなら知っているかもと思い聞いてみようとしたが、止めた。
自身で聞くべきことであると、そう思ったからだ。
アレンは一瞬、口を開きかけたリナリーを不思議に思ったが見なかったことにして歩き続ける。
「リナリー、少し考えてみませんか?」
「えっと、何を?」
「ラスロのイノセンスです。ラスロが一緒に行く任務を避けるのは、味方がイノセンスの事を知らないからで知ってしまえばこっちのものだと思うんです」
「でも、いいのかな?」
「話を統合すれば、情報漏洩が怖いからって話になります。今いなくなったのもそれが原因かも。それに、別にリナリーは言いふらしたりしないでしょ?」
「それは勿論。……そうだね、アッチから来ないならコッチから行くしかないよね」
リナリーは一度頷くと、強気に笑う。
まるで戦線布告するかのように。
此処に、ラスロ調査に関する不思議な連帯感が生まれた。
当のラスロは、実際のところ誘拐されていると言うことも知らずに。
「先ずはイノセンスですね。ラスロの性格上、普通に聞きに行ってものらりくらり躱されるだけですから」
「確か、通常兵器でもAKUMAを破壊できて――」
「師匠がイメージトレーニングを徹底するような効果を持ちます」
「……通常兵器は見せかけで、実は違うところから攻撃してるとか?」
「それは無いと思います。ラスロが剣で斬れば、そこが斬れますし。それは撃っても同じです。……イメージってことは、イメージを具現化するとかどうでしょう」
「つまり、剣で斬るイメージをイノセンスを使って実現させる?」
「はい。剣自体は効かなくとも、斬ったというその結果を上塗りするのがイノセンスによるものであれば……」
「あれ、でも確かイメージ内容って……」
「……そう言えば武器とか一切無かった気がします」
「…………………………」
「…………………………」
理解への道はまだまだ長そうだった。
一方、場面は戻り。
「またボクの勝ちぃ! あはははは!」
「待て、もう一戦だ。というか、素の運でその結果とか有り得ない!」
「いいよ、もう一回やろ? でも普通にやっても面白くないし……何か賭けようよ」
「む、いいだろう。それじゃあ俺はこのコートを賭ける」
「それじゃあボクはぁ――コレ!」
「まつレロろーとたま! レロは景品じゃないレロ!」
「その通りだ。それは廃材だ、いらん」
「ナマモノが生意気レロ! 負けて腐ればいいレロ!」
「よぉーし、それじゃあ始めよっか!」
「どれどれ、はっ、今回はいただいたぞロード! フルハウス!」
「あは♪ 残念ボクはロイヤルストレートフラッシュだぁ」
「いや待て、何でスペードの1が二枚ある!? 一枚は俺が使ってるから有り得ないだろ!?」
「ここはボクの作った空間だよ? 有り得ないことなんて有り得ないんだよ?」
「つまりイカサマ!? このっ、俺が我慢して正々堂々やってのに!」
「イマサマってするしない我慢することだったレロ?」
アレンたちが心配していたと言うのに、シリアスなにそれと寝起きの葛藤を忘れてひたすらポーカーを興じているエクソシストが一人いた。名を、ランスロット・デュ・ラックと言う。ある意味、裏切りだったのかもしれない。
感想でもありましたように、ヒロイン未定の小説でして。
まぁ、まだ余裕はあるのでゆっくり行きますです。