どうやら神様は俺の事が嫌いらしい   作:なし崩し

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第三十二話

 

 

 暗闇の中、ラスロは過去の夢を見る。

 自分の望む陽だまりの世界の中にいる自分、そして周りには失ってようやく分かった大切な友人たちがいる。

 共に山を登っては荷物の大半を背負わされながら、夕食には殺人的なカレーをご馳走された思い出。

 共に海に行っては荷物番を押し付けられ、女性陣二人をナンパしようとして宙を舞うチャラ男を見て苦笑い。

 映画を見た、プールに行った、ボウリングにも行った。

 面倒くさい、そう思いながらも遊びに行ったその思い出が今となっては胸が苦しいほどに恋しくて仕方がない。

 もう一度話したい。

 もう一度触れ合いたい。

 もう一度、あの世界に帰りたい。

 そんな思いがラスロを埋め尽くしていく。

 

(俺は……何をしてたんだったか)

 

 思い出すのは、直前に見たポッチャリとロード。

 どうせこの状況もあれらが原因なのだろうと思うと簡単に納得がいく。

 というかそれ以外に原因が見当たらない。

 

(くそ、こんなことしてる場合じゃない。あの二人が追いついてきたら大変だってのに)

 

 しかし無情、ラスロの願いはかなわない。

 この状況から脱却することも、過去の世界に帰ることも。

 やがてラスロは、自分の体が動かず存在があいまいになっていくのを感じる。

 おかしい、なんだこれはと焦りが生まれる。

 本来のラスロであれば、無意識下でも精神防御が軒並み高かったためロードの夢に引きずり込まれることは無かった。

 そう、本来のラスロであればだ。

 今のラスロは無駄に出張った無毀なる湖光(アロンダイト)によって精神力が大きく削れている。というか現在進行形でガリガリと削られている。

 故にロードはつけ込めた。

 

 ――――過去の思い出、それを元に夢が改変されていく。

 

 ラスロの過去を飲み込み、ノアの過去と混ざり合い変容していく。

 あたかもラスロ自身の記憶の様に、ノアの憎悪をその身で体験することとなる。

 

 

 

 

 

 目の前で肌の黒い人が死んでいる。

 背中に無慈悲に突き刺さっているのは眩い光を放つ聖剣だ。

 見れば分かる、アレはイノセンスであると。

 そして血を流しながら苦悶の表情で死んでいくのは――ノア(家族)であると。

 

 ――やめろ。

 

 聖剣を持つエクソシストは、その表情に慈悲の欠片も浮かべない。

 死体であるソレに、剣を突き刺し切り刻む。

 口元に浮かんだ歪んだ笑みはどこか狂っているようにしか思えない。

 

 ――や、めろ。

 

 エクソシストは気が済んだのか、顔に飛び散った血を拭うと立ち上がる。

 そして次の目標を定め、その聖剣に力を込める。

 そのエクソシストは強く、そして残忍だった。

 ノアを仕留めれば生かさず殺さず。

 盾にし、人質にし、より残忍に殺していく。

 それをラスロは眺めている事しかできない。

 本来なら敵であるノアが倒されるのだ、喜びの一つでも浮かぶものだろう。

 だが今のラスロにはそれができない。

 殺し方を容認できないというのもあれば、そのノアが他人に思えない。

 まるで、自分がノアとして存在しているようだった。

 

 『絆』が死んだ。

 『裁』が死んだ。

 そして『色』が死んだ。

 

 『快楽』が聖剣と切り結んでいるが、状況はあまりよろしくない。

 千年公は何をしているのか、そう思いながらも動かない体を動かそうともがきにもがく。

 

 そして『快楽』も殺された。

 心の内に激しい憎悪が湧き上がる。

 

 ――奴を、許すな。

 

(ごちゃごちゃ、うるせぇ……!)

 

 とっさにラスロは自分というものを取り戻す。

 

(ふざ、けるな。今俺は何をしようとしてた、何を考えようとしていた……!?)

 

 ゾクリと背筋が泡立つのを感じながら、ラスロは強く目をつむる。

 瞼の裏に浮かぶのは、白髪の弟弟子と、赤毛のエセ神父。

 

(ああ、大丈夫だ、大丈夫だ。まだ、俺は)

 

 しかし『夢』は、ラスロに休息を与えない。

 それこそ、壊してしまおうとばかりの悪意が体に染みわたる。

 

 

 

 先ほどの比ではない、憎悪が広がる。

 再び体の感覚が消えていき、あるのは視界だけとなる。

 うっすらと光差す視界の先には、

 

(……何だよ、これ)

 

 懐かしい景色があった。

 かつて見た、付近の山から見下ろした自分の住む街の光景だ。

 数年前通っていた高校が見え、友人のマンションが見える。

 広く場所を取る建物は、『 』と行ったレジャープールだ。

 

 そのすべてが、

 

(――――――――)

 

 燃えていた。

 まるで世界の終りのようだ。

 あちこちで火の手が上がり、人の叫び声がする。

 

 場面は変わる。

 そこはまた見覚えのある光景だ。

 否、見覚えのある友人がいる。

 しかし何故――――剣を突きつけられている。

 

 その剣には見覚えがある。

 先程見た、エクソシストの持つ剣だ。

 忌々しいほどの光を放つソレは、最早汚れがなく美しすぎて吐き気がする。

 

 ――――奴を、許すな。

 

 また何かが囁いてくる。

 しかしラスロはそれどころではない。

 目の前で展開されているこの光景、そして嫌な予感がラスロを支配している。

 

 何故、一般人のアイツが剣を突きつけられている?

 そもそもなんで、エクソシストとイノセンスなんてものが存在している。

 そして何故――――あのエクソシストは剣を振り下ろそうとしている――――?

 

 

 

 血が、舞った。

 

 

 

 (――――――――あ?)

 

 

 そして場面は切り替わる。

 そこにいるのは、またしてもラスロの知る友人だ。

 既に一人は血まみれで横たわっており、それを守るように一人の男が腕を押えながら立ちはだかっている。

 

 

 

 また、血が舞った。

 

 

 (――――――――!!??)

 

 声が出ない。

 体は動かない。

 やり場のない怒りと憎悪が、次々に蓄積されていく。

 

 ――――奴を許すな。

 

 ただの夢だ。

 ロードの夢と、自分の過去が混ざった結果だ。

 そう分かっていても、感情という物は止まらない。

 既にラスロの理性はすり切れており役には立たない。

 そもそも理性があったなら、こんな夢に墜とされることはなかったのだ。

 

 そして再び場面は変わる。

 当然、そこにいるのは友人だった。

 

『助けて、よ』

 

 強気な彼女が、助けを求める。

 しかしエクソシストは、変わらず慈悲など与えない。

 その無慈悲さはある意味で平等であった。

 

『ねぇバカ『――』。なんで、私……』

 

 ――――奴を許すな。

 

 止めたいのに動かない。

 彼女と目が合うのに、縋られているのに、助けを求められてるのに!

 ズブリと聖剣が彼女の腕へと突き刺さる。

 

『あ、あぁぁぁぁあ!?』

 

 ――――奴を許すな――――やめ、ろ。

 

『い、ぁ…………助け、『――』っ!』

 

 ――奴を許すな! ――もう、やめろ!

 

『ぁ……ぅ………………』

 

 そしてエクソシストは、三日月のような笑みを浮かべる。

 

 剣が振り下ろされたのは、それと全く同時であった。

 ラスロは何かが砕ける音を聞く。

 それが何か、薄れていく意識の中で理解する。

 憎い、殺したいほどに『イノセンス』が憎い。

 どんな理由があろうと、どれだけ崇高な志があろうと、

 

 ――――奴を、奴らを、イノセンスを許してはならない。

 

 (イノセンスは、俺が――――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそ、狸が……!」

 

 神田は回復の遅い体を叩き起こし悪態づく。

 少し周りを見ればラビが体から黒い煙をだし倒れているのが見える。

 クロウリーは、その強靭な肉体から立て直し、体の一部を血まみれにしながらも必死に食い下がっているが時間の問題だ。

 何せラスロの手には二つのイノセンスが握られているのだから。

 一本は近接特化の六幻。

 もう一つは万能型であり、天候操作、近距離攻撃に遠距離攻撃と万能を誇る『槌』だ。

 おまけにこの『槌』は大きさを自在に変えれる上に伸縮も自在だ。

 

「く、狸小僧め!」

 

 アクマの血を飲んで人格もろとも強化されたクロウリーですら、その猛威に傷ついていく。

 近距離では六幻の斬撃、遠距離では『槌』の火判、そこに持ち前の幻影まで織り交ぜられると打つ手がなかった。

 しかもこの幻影には発動の前兆もなく予測することができない。

 気が付けば騙されている、そうなっては回避もなにもない。

 今はアレンが戦闘に加わっているが、ノアを倒した剣の効果は見られない。

 リナリーを失意に飲まれ期待はできない。

 翻弄される二人を見て、焦燥が身を焦がす。

 

「……おいバカウサギ、起きてるな?」

 

「っづうー! ユウってば酷いさ、心配ぐらいしてくれてもいんじゃないの?」

 

「んな余裕あんなら問題ないな。テメェはここで座って考えろ。おせぇとオレが狸を鍋にするぞ」

 

「……ラスロが聞いたら泣きそうさ」

 

 神田は自身の体の調子を確かめる。

 短期とはいえ寿命を縮める三幻式を使った後だからか回復力が低下している。

 勿論使用中と比べれば遥かにましだが、生身かつ防御ができないという意味では三幻式の状態より危険と言える。

 ラビはそんな神田の様子から、あまり時間的余裕がないことを悟る。

 

(……流石に予想外すぎるさ。毎回毎回驚かせてくれるけど、ちょっとコレは勘弁さ。武器を奪い十全に振るい、クロちゃんの野生の直感すら誤魔化す最高レベルの幻影を使う上にあの圧力。……止めようがないさ)

 

 あれが、底知れないラスロの力。

 もしかしたらまだ何か隠し玉を持っている可能性すら残されている。

 

(まずあの武器を奪う力。あれは多分。触れたものを自分のモノにする。以前ラスロがただの銃でアクマを破壊していたことから、一定の神秘性を植え付ける能力も兼ねている? つまるところ――――)

 

「持ったもの全てをイノセンス化するさ……?」

 

 開いた口が塞がらないとはこのことだった。

 この世界に限りあるイノセンスを、疑似的だと思われるがいつでも作り出せるということだ。

 細かい条件こそ分からないものの、最悪地球上すべての物がラスロが持つだけでイノセンスとなる。

 持ったものの制御を奪い、イノセンスと化す。

 この能力があれば制限や条件があろうとそれを含めて最悪の武器となる。

 そして整理するまでもない幻影の力。

 純粋で単純だからこそその能力は恐ろしい。

 

「現状から察するに――――打つ手なし、さ」

 

 いや、一つあるとラビは考え直す。

 今まで肉体的方面から攻撃を仕掛けていたが、精神の方ならどうか。

 埋まってしまっていると思われるラスロの精神を引き出し正気に戻す、これが最善。

 

「でもそれが出来るとしたら……」

 

 それは関わりの深いアレンが適切だろう。

 しかし彼の能力でも元には戻せていない。

 残る可能性とすれば……

 

「クロちゃんは除外、無論オレも。残るのはユウと――リナリー」

 

 ここで神田を戦線から外せば、ギリギリ持ち直しているクロウリーが落とされるのも時間の問題だ。

 残された手段はあと一つ。

 

「リナリー…………」

 

「ダメだよ、ラビ。私じゃ……」

 

「っ! だからって、諦めるんさ!? このままじゃ皆死ぬ! アレンも、クロちゃんも! 誰かがラスロを止めないと、アイツはこのまま人形にされるさ!」

 

「――――でも、私じゃ……!」

 

 リナリーは俯いたままだ。

 そんな彼女は見たくなかった。 

 ラビが知っている彼女は、いつだって明るく、そして諦めない少女だった。

 たとえ苦しくても、最後に希望は残っていると信じていたはずだ。

 それを、人生の大半をつぎ込んで証明した彼女の兄がいるはずだ。

 離れ離れになろうとも、諦めなければ必ず会える。

 

「コムイはやったさ!」

 

「――――――――――!」

 

「諦めるな、リナリー!」

 

 詭弁だとは分かっていた。

 らしくもないとは分かっていた。

 それでも言葉はラビの口から出ていく。

 いつか自分もそう思ったように、それが実現するのを期待しながら。

 自分には出来なかった、『諦めない』を貫き通す姿が。

 

「…………ラビ」

 

 リナリーは改めてラスロへと目を向ける。

 禍々しい黒い鎧に、赤い眼光。

 声にならない叫びは憎悪を含ませ、視界に入る全てを壊そうとしている。

 何がそんなにまで憎いのか、何かラスロをこうまで染めたのか。

 一体、どれだけ大切なものを汚されてしまったのか。

 

「……ラス、ロ」

 

 今度は、自分の番なのかもしれない。

 思えばラスロに助けられたのは片手では数えきれないほどあった。

 つい先ほどだって、彼は千年伯爵を相手にリナリーを助け出した。

 

「恩返し、一つもできてないよね……ラスロ」

 

 しかし、心の内で否と否定する。

 恩返しなど口上に過ぎない。

 何としてでも取り戻した、何としてでも元の彼に会いたい。

 ただそれだけがリナリーの活力となる。

 そしてリナリーは、ようやくその瞳に力を取り戻す。

 

「ラスロ!」

 

 出来ることは呼びかけることだけ。

 しかしただひたすらにその名前を呼ぶ。

 それでもラスロが止まることはなく、神田たち襲い掛かる。

 神田が吹き飛ばされ、ラビが地を転がる。

 立ち上がる二人を見て、リナリーはもう一度ラスロを見る。

 

「■■■■■■■■■!」

 

 赤い眼光、そこから敵意は消え去ってなどいない。

 元のラスロはまだ戻ってきていない。

 何度も何度も、偽名だったその名前を呼び続ける。

 偽物の名前を呼ぶたびに、ラスロのことが分からなくなっていく。

 本物だったと思ったものが偽物だった、その事実が心をむしばんでいく。

 

「・・・・・・ラスロっ、ラスロ!」

 

 涙が頬を伝う。

 不安が胸を締め付ける。

 こんなことでラスロが戻ってくるのか、分からなくなる。

 しかし、出来ることはこれしかない。

 

「ラスロ! ら、すろっ!」

 

 結界に縋り付き、ラスロを見つめる。

 既に強く握りしめた拳からは血が滴り、結界に一筋の線を作る。

 視界はぼやけきり、見えるのは黒い人型だけだった。

 ダメなのかとリナリーの心が折れ始める。

 でも諦めきれず、何度も何度も名前を呼ぶ。

 

「無駄だよぉ、リナリー。ラスロの夢に植え付けたのは、ノアの中でも一番強烈な『怒』のノアメモリーの記録だからさぁ! きっとイノセンスが憎くて憎くて仕方がないはずだよぉ?それこそ、仲間であろうと殺したいほどに……! アハハハハ! ねぇ、どんな気持ち? 大切な人は本当の名前を隠してて、殺意を向けられて、本当は強くて、全部全部嘘でできてて!」

 

 クスクスとロードは笑う。

 もう、名前は口から出てこなかった。

 

「――っ、――――!」

 

「可愛そうなリナリー。だから、一番最初に楽にしてあげるねぇ! その後で、ボクの人形にしてあげるから。そしたらラスロともずっと一緒だよ!」

 

 出るのはみじめな嗚咽だけだ。

 涙は止まらず、言葉にならない声が結界の中に響く。

 ガシャリと近くで鎧の音がして、遠くからは仲間たちの声が聞こえる。

 リナリーが顔を上げればそこにいるのは、ラスロだったはずの男が一振りの剣を振りかぶっていた。

 

「ダメです、ラスロ――――!?」

 

 しかしアレンを黒い霧が包む。

 クロウリーも駆け出すが、六幻の一撃と火判による攻撃が硬直の瞬間を狙って直撃する。

 

「……ぐ、ぁっ!」

 

 クロウリーは血をまき散らしながら瓦礫の山へと姿を消した。

 それを見届けることもなく、ラスロの眼光はリナリーを捉えていた。肩に降り立ったロードは愛しそうに、憎らしげにラスロを撫でるとその視線をリナリーへと向けた。ラスロはなすがままロードに従い、まるで主の命のみを全てとする狂犬のようだった。

 それを見たリナリーの胸を占めるのは子供じみた感情で、

 

「――――ッ、ラスロの、ばかぁっ……っ!」

 

 ただただ吐き出すように叫ぶ。

 理性で考えたわけでもなく、ただ口から出た言葉そのまんまだ。

 しかし、考えていないからこそ、今までのどんな言葉よりもリナリーの本心が込められていた。ロードは狂ったように笑い、アレンは必死の形相で黒い霧の中を駆け抜け、クロウリーは瓦礫から這い出るがもう遅い。神田、ラビは自らに武器がないにもかかわらず飛び出すがそれすらも黒い霧が押しとどめる。

 リナリーとの間にあるのは結界一つ。

 割入ることができる者は、だれ一人いなかった。

 振り上げられた手が、無慈悲に降ろされる。

 諦めたように目を閉じたリナリーは、かつての出会いを思い返しながら笑っていった。

 

「ラスロの名前……知りたかったな――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あ、それは無理恥ずかしいし」

 

 

 

 

 

 そして次の瞬間、その剣は一太刀で結界を切り裂いた。

 

 




文字数が多くなったのでカット。
ラスロの回想……というか何故戻ったかはまた今度。

……酒瓶と借用書は関係ないのよ?

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