どうやら神様は俺の事が嫌いらしい   作:なし崩し

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第十一話

 

 

 

 

 

 

 デイシャは焦る。

 今まで相手にしてきたアクマなぞ、本当にただの雑魚ではないかと思うほどに圧倒的力の差を見せつけてくるティキ・ミックを前にして。

 

「くっそ! なんなんじゃん!!」

 

 叫びながらヤケクソに『隣人ノ鐘』を蹴り出すものの、ティキはあっさりと回避し地面の中(・・・・)へと消える。デイシャは不味い、と直感に従ってその場から大きく飛び退いた。

 すると、その直後地面から腕が突き出されていた。

 地面からゆらりと現れるティキを見つつゴクリ、と緊張から唾を飲み込む。

 

(ホント、なんなんじゃん! コレがノア!? なんつー理不尽)

 

「へぇ、いい勘してるなぁエクソシスト」

 

 ヘラヘラ笑うティキには余裕がある。

 

(どうするじゃん……『隣人ノ鐘』は当たらないし。そもそも、壁抜けやら地面の潜るとか予想外すぎるじゃん……)

 

「どうした? あー、そうだ忘れてた。名前聞かせてくんね?」

 

「……聞いてどうするじゃん?」

 

「人探ししてんだよ。まぁ、違っても殺すけどな」

 

 それじゃあ、精一杯嫌がらせをしてやると口をつぐむデイシャ。

 

「言いたくないなら別にいいけどな。コイツもリストに載ってないって言うし、それにボタンを心臓ごと奪えばいい」

 

 ティキそう言いながら、傍らに浮いているカードを小突いた。

 回転するカード、その中に囚人のような人形が住み着いているのが見えた。

 

「余所見は禁物じゃん!」

 

 しかし、そんな事を気にするよりも現状の打破が最優先である。

 ティキの視線がカードに注がれている隙をついて『隣人ノ鐘』を蹴り出した。

 

「おっと、残念」

 

 その不意打ちすらも、ティキは壁の中へと侵入し簡単によけてしまう。

 障害物は意味をなさない、常にどんな場所でも最高のスペックを発揮できるティキに苦手なフィールドはないのだ。

 

「あんまオイラを、舐めんじゃないじゃん!!」

 

 そこでデイシャは考えた。

 壁や地面に侵入してよけるなら、壁や地面といった邪魔なもの丸ごと攻撃してしまえばいいと。デイシャの思惑通り壁に消えたティキを見て声を上げた。

 同時に『隣人ノ鐘』は近くの鉄柱にあたり跳ね返りティキが消えていった壁へと埋め込まれる。

 

「逝っちまえ!!」

 

 デイシャの声と同時にイノセンスは発動する。

 壁に埋まった『隣人ノ鐘』は壁の内部から音で全てを崩し始める。無論、中に潜んでいるティキ事全て、だ。少しすれば音はやみ、崩れきった壁を見てデイシャは、

 

「ちょ、ちょっとやりすぎたじゃん……請求、出すのが怖いじゃんよ」

 

 そう呟いた。

 そしてドッと押し寄せる疲労感。圧倒的な敵を前にしていたため知らず知らずの内に体が強ばっていたのだろう。安心したこの時、それが降りかかってきた。

 

 

 

 

 その緩みが、不味かった。

 

 

 

 

 

「いやぁ、驚いたね。まさか壁ごと崩してくるなんて、さ」

 

 まさか、と訊ねることは出来なかった。

 それよりも先に、白い手袋をした手がデイシャの胸から突き出ていたから。体が震える。死んだ? 殺された? と頭の中が真っ白になる。助かる方法よりも先に、生きているか否か。

 

「ああ、大丈夫死にはしない。……このままならな? ただ――」

 

 ズプリと体の中に消えていく手。

 ゾワリと背筋に怖気が走った。

 

「今、俺が何掴んでるか分かるか? そう、お前の心臓だ」

 

 ギュッと握り締められる手。

 同時に、なんとも言えない痛みと圧迫感に襲われ体が痙攣する。

 

「……が、あ。な、なんじゃん、コレ」

 

「これが心臓を掴まれた時の痛み。そうそう体験出来ることじゃないから、じっくり味わっとけよ?」

 

 ギリギリと締め付けられるデイシャの心臓。

 言葉を失い、徐々にやってくる死に怯え、震える。

 

「はは、いい顔するな。ま、このまま抜き取りはしない」

 

 ティキはそう言うとパッとデイシャの体から手を抜き出した。

 同時に逃げるよりもまず安堵、恐怖から息を大きく吐き深呼吸をする。

 ゼェゼェと息を荒くし、顔を真っ青にさせているデイシャを見てティキは、

 

「おいで、ティーズ」

 

 両の手に、大きな変わった蝶を出した。

 形は普通の蝶ではあるが、中心のあるのは王冠を被ったドクロ。明らかに普通の蝶ではない。

 

「普段はさ、コイツに食べさせるんだ。じゃないと手袋が汚れるからな」

 

 何を、とは問い返さない。

 デイシャは理解していた。このノアは自分を逃がすつもりはない。故に、あれは殺す為の道具なのだと。逃げようと足を動かすが、震えるあまり役に立たない。ならイノセンス、と『隣人ノ鐘』を探すが距離がある。少しは自分で戻ってくるイノセンスが、何故そんな遠くにあるのか。ティキに邪魔だと蹴られたか、はたまたイノセンス自身の意志で戻ってこなかったのか。

 

「さぁ、全部食っていいぞティーズ」

 

「く、そ……来るな、来るなっ!!」

 

 這うように、ティキの手から逃れようと足掻く。

 それを面白そうに、敢えてゆっくりと追い詰めていくティキの顔は大きく歪んでいた。あと一歩で、届く。

 そんな時、急に辺りを黒い霧が包み始めた。

 

「ん? 霧が出てきたのか?」

 

 ティキは歩くのをやめグルリを辺りを見回す。その間にもデイシャはイノセンスの元へと向かう。

 それを視界の端に入れていたティキだが、追うことはせずただ不気味な黒い霧に意識を向けていた。無視してはいけない、そんな気がしていたからと言うのと、何が起きるのか興味があったからである。

 そして、ソレは現れた。

 

「……ネズ、ミ?」

 

 灰色のネズミだった。

 大きさは十五cmあるかないか程度で、ごくごく普通のネズミだった。え、何これ期待してたのコレだったの? とパチクリと瞬きをして再度確認する。が、やはりネズミ。

 そのネズミはティキの足元をするりと抜けると――――――消えた。

 

「!?」

 

 消えた!? と驚くティキだが、それよりも比重は別の所に置かれている。

 そう、ネズミだけでなくデイシャ・バリーとそのイノセンスまで消えていた。視界に入れていたハズの獲物が、忽然と消えたのだ。原因が分からず戸惑う他ない。

 

「一体何処に……っ!?」

 

 更に突如放たれた殺気。

 その方向を見れば、飛んでくる一本の剣。なんの変哲もないその剣はティキの能力があればよける必要もない、その程度のものだった。が、これに当たってはいけないと、自身の中のノアが騒ぐ。

 故に、ティキはバックステップでその剣をよけた。

 しかし、それで終わりではない。

 

「んなっ!?」

 

 飛んでくる、何か丸いの。

 緑色をしていて、凄く爆発しそうなアレである。そう言えば、そんな小型の爆発物を使ってくるエクソシストがいるとか報告で聞いてたなぁと思いつつ全力でその場から逃げ出した。

 そしてどうでもいいことだが、その爆発物のど真ん中にはノアのトップが描かれている。ポッチャリとしていて爆発物と体型が一致しそうな、千年伯爵である。不謹慎ながら似合ってるなぁと思ったのはココだけの話、とティキは記憶の隅に仕舞い込んだ。

 

「せ、千年公――――――!!」

 

 そして爆ぜる。

 それはもう見事に爆ぜた。

 跡形もなく、千年伯爵の描かれた爆発物――手榴弾は破壊をまき散らして消失した。

 

「っぶねぇー。誰だよ、一体。つうかアレもイノセンスなのか?」

 

 その問いに答える代わりーとばかりに次のブツが飛んでくる。

 

「今度はって、ナイフ!? 四方八方!?」

 

 今度は銀の輝きを放つナイフに囲まれていた。

 そしてまた、デザインは千年伯爵である。

 

「っ、これもイノセンスか! てか鬼畜だなぁオイ!」

 

 余すとこなく、全方位から放たれているナイフを見てティキはつい声を上げる。しかもデザインに千年公とか、ナイフ壊して罪悪感かんじるじゃねえか! と内心怒鳴る。

 無論、襲撃者はそれも込みでやっている。

 

「ああ、クソ、悪い千年公!」

 

 ティキは描かれた千年伯爵に向けて謝罪しながら、そのナイフを全て蹴散らした。同時に破損し、折れ、曲がり、塵へと還っていく千年公デザインのナイフ。命狙われたから壊したのに、なんだかやるせなかった。

 そんなティキに安息はない。

 

「って――また丸いの来た!?」

 

 何処からか転がってくるソレ。

 しかし、千年公のデザインはない。それだけでその丸いのが怪しく見えてくるティキ。

 もう襲撃者の手の内だった。

 

「こ、今度はなんだ? また爆発するのか?」

 

 少しづつ後退しながら、その丸いヤツを観察する。

 そう、ティキの視線はその丸いのに釘付けだった。

 そしてその丸いのもまた、その効果を発揮する。

 

「煙? まさか――!」

 

 今度の丸いのはスモークグレネードだった。

 それもイノセンスでも何でもない、普通のものである。

 

「しまっ!」

 

「遅い!」

 

 背後から聞こえてきた男の声。

 聞いてから反応するには既に遅く、あまりに近くから聞こえてくる。そして煙の間から見えた銀色の光り。

 ――剣。そう認識すると、ティキは本能のままに逃げの体勢を作り出した。

 すなわち、降り下ろされる剣に合わせて地面へと潜る。

 振り向くことなく、ただ勘に従って全力で地面の中へと消えるティキ。しかしサクッという音が聞こえてきた。何事、と地面の中で頭を摩ると帽子の天辺がまっぷたつに裂けていた。少しでも遅れれば頭もこうかと想像するとゾッとしたティキだった。

 

(エクソシストの攻撃じゃないよなアレ。こんな評価を受けるエクソシストは一人しか知らないぞ)

 

 その名も、ラスロ・ディーユ。

 ティキが殺すべきターゲットの一人である。正確には、その後オーダーがあったのでもうちょっと惨いめにあわせることになるのだが……なんだかもう、戸惑うことなく全力で実行できそうな心境であった。

 

 

 

 

 

 

「あー逃がした。まぁ、これで殺せるとか思ってないし」

 

 呟きながら、全力で位置を特定させまいと建物の上を跳びまくっていたため乱れた息を整える。そんでもって適当に自身とイノセンスのシンクロ率を上げてイノセンス化した剣を地面に突き立てていく。ほら、ティキ地面に消えたから確認せず浮上してきたらザクッ! とか期待してたり。どうせすぐ元の剣に戻るし折れるだろうが、それまでには出てくるだろうから楽して勝てますようにと祈って――――――訂正、祈りません。絶対嫌がらせとばかりに反対の事してきそうだ、神様とか。

 そんな事を考えながら、デイシャは無事に神田たちと合流できただろうかと心配になる。一応、ティキにバレないように回収して神田たちのところへと逃がしたがアクマに襲われていないとは限らない。相当疲弊していたから、下手すると殺されかねないのでそれだけが心残りだ。ただ、彼の言葉は俺の心を温めてくれた。

 

『助かったじゃん、ありがとう』

 

 ただそれだけだが、助けられたのだという実感が湧いた。まぁ今になって不安なんだけどな。しかしまぁ、頑張るかいがあると言うものだ。このまま二日程頑張ればいい。

 

「カモン、ティキ・ミック。ちょっと完徹でつきあって貰うぜ?」

 

 手持ちの武器を確認しつつ、スルリと現れたティキに向かってそう宣言をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「! 神田、デイシャが来た」

 

 マリがそう言って間もなく、デイシャが死にそうな顔で走ってきた。

 

「大丈夫か、デイシャ。何があった」

 

 デイシャは神田とマリの二人を見つけると、助かったとばかりに膝から崩れ落ちる。流石に、基本何事にも無関心であり仏頂面である神田も少し動揺する。

 二人して駆け寄り、体を支えながらもう一度問うた。

 

「大丈夫なのか、デイシャ! 何があった!」

 

「ノ、ノア……が!」

 

「マリ、動揺してて使い物にならねぇ。……アクマも寄ってきやがった。一度こっから離れるぞ」

 

 神田の言葉にマリは頷き、デイシャをおぶり走り出そうとする。

 イノセンスはピョンと跳ねてデイシャの帽子の上へと戻っている。

 

「ま、待つじゃん! ノアが、ノアがいるじゃん!」

 

「ならばいっそのこと、元帥と合流するべきだ。神田、スマンが前衛を頼む」

 

「だから、待つじゃん! ダメじゃん! アイツが殺されるじゃん!!」

 

 二人は疑問をいだく。

 デイシャの言うアイツとは、誰だ。そして殺されるとは一体?

 と、ここで神田は思い出した、気に食わない奴がココへ向かっていたはずだと。

 

「オイ、アイツってラスロの野郎か?」

 

「そ、そうじゃん! オイラを逃がして、一人残って!!」

 

 つまり、デイシャを逃がすために一人残ったと言うことかと理解した二人は、互いにアイコンタクトを取り方針を決める。

 

「…………神田」

 

「チッ、仕方ねぇ。デイシャ、場所は分かるな?」 

 

「あ、ああ、アッチじゃん!」

 

 デイシャが指さすのは当然、デイシャが走ってきた方向である。

 しかし、マリの表情は浮かない。そのことに、背負われているデイシャは気づかないが神田は気づいた。

 

(……マリ、音が聞こえないのか?)

 

(……ああ。アッチからはアクマの機械音しか聞こえない。街の端に行ったか外に行ったか……もしくは……)

 

 心無しか、マリの走るスピードが上がる。

 最悪の状況を思い浮かべ少しばかり焦りが見える。

 

「そこ、そこを左じゃん! そうすれば直ぐそこに!」

 

「先に行く」

 

 ダンッと地を強く蹴り、マリの前へと出て駆け出してく神田。

 すぐに角を曲がった神田の後ろ姿は消える。マリもまた、その背中を追って走るスピードを上げ角を曲がった。

 

「神田、ラスロは――――――」

 

 そしてマリは言葉を失った。

 曲がった先には先行した神田以外誰もいなかった。

 ラスロも、ノアも、また、どちらの死体も。

 ただあったのは、地面に突き刺さり折れてしまっている大量の剣と――

 

「あの剣、アイツが使っていた無銘の……」

 

 ――道のど真ん中に、まるで墓標の様に突き刺さった、ラスロ愛用の剣。

 それらだけが残っていたのだった。

 

 


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