IS使いの剣舞 Re.make   作:剣舞士

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ちょっとした息抜きのような感じで書いたものです。

今年初の投稿が、まさか本作になるとは……!





第7話 精霊魔装

「なんでここに《魔精霊》がいるんだよっ……!!!」

 

 

 

突如として虚空から現れてた蠢く黒い生命体。

精霊には、本来『属性』と呼ばれるものがあり、それにより、どんな性質を持っているかを判断することができる。

例えば、クレアの精霊《スカーレット》は炎を纏う火猫……その属性は言わずもがな《火》だ。

リンスレットの精霊《フェンリル》は氷を発する白狼……その属性は《氷》で、五大精霊王たちの属性に換算すれば、《水》の属性を有している。

あとは、一夏の持つ精霊は一応《剣精霊》というものに分類されるため、その属性は《鋼》。

どの属性よりも強固で頑丈なのがわかる。

しかし、《魔精霊》という存在は、その誰にも当てはまらない。

見るからに禍々しく、精霊自身も言葉を発するわけではない……それ故に、この精霊と契約できるものは、ほとんど皆無と言ってもいいくらいだ……。

もしこの精霊と契約しようものなら、その者は『魔女』という名で呼ばれる。

 

 

 

(あのグレイワース級の精霊使いでもない限り、契約なんてできそうにないか……まともに戦うにしても、今の俺じゃあ……!)

 

 

 

一夏の知人であり、学院の主でもあるグレイワース・シェルマイスは、誰にも契約できないと言われた魔精霊と契約し、圧倒的な強さを見せつけ、かつての大戦を生き抜いた猛者だ。

それにより、彼女の強さに恐怖や畏怖を抱いた者たちが〈黄昏の魔女〉(ダスク・ウィッチ)という異名をつけくらいだ。

残念ながら、今ここにグレイワースはいない……そして、ただの学院生に、魔精霊を手懐けられるほどの精霊使いはいない。

そんなことを考えているうちにも、魔精霊は着々と一夏たちに近づいてくる。

その影響はすぐに出始めて、一夏たちの立っていた地面や生えていた草などから、どんどん神威が吸い取られている。

その状況に、エリスも苦虫を噛み潰したような表情を取った。

 

 

 

「くっ……周囲の神威を吸い取っているのか……! これだから魔精霊は……!」

 

 

 

一夏、エリスは一旦魔精霊から距離をとって、再び構え直した。

 

 

 

「ラッカ! レイシア! どうだっ、動けるか!!」

 

「す、すまない、団長……! 私は意識あるけど、レイシアは……!」

 

「くっ、動かそうか……?」

 

「ごめん、無理かも……!」

 

「なら、私と《フェンリル》が運びますわ! キャロルっ! 手伝ってくださいな!」

 

「は、はい! お嬢様!」

 

「すまない! 助かる」

 

 

 

後方では倒れているレイシアを抱きかかえて、フェンリルの背中へと載せるリンスレットと、なんとか意識だけは取り戻したラッカに肩を貸すキャロル。

あとは急いで〈門〉(ゲート)まで移動して、もの世界に帰れればそれでいい。

あとは、それを追ってくるであろう《魔精霊》をどう食い止めるかだが……。

 

 

 

「私が殿を務めよう……! 君たちは早く彼女たちと一緒に行きたまえ……!」

 

「何言ってんだっ……! 殿をやるなら、男である俺が残る! エリスこそ早く逃げろ……!」

 

「私はそういう理由で疎外されるのが一番嫌いだ! 男だからとか、女だからと言って引き下がっては、騎士の名折れだ!

それに、今の君に展開できる〈精霊魔装〉(エレメンタル・ヴァッフェ)があるのか?

そんな片刃の剣に神威を込めた程度の武器では、あの魔精霊にダメージは負わせられないし、君の精霊は不安定と来ている……私が残るのが一番無難だ」

 

「くっ……」

 

 

 

痛いところを突かれたが、エリスの指摘は的を得ている。

一夏も早々に退散を始めようとした時だった……その場から離れようとしない人影がもう一つ……。

 

 

 

「っ……おい、クレア!」

 

「ぁ…………!!!」

 

 

 

クレアだった。

クレアは食い入るように魔精霊の姿を凝視し、ゆっくりと近づいていく。

 

 

「あれほどの魔精霊……! おそらくそこいらの精霊よりも何倍も強いわ……!!」

 

「クレア・ルージュ……! 君ってやつは……!」

 

「やめておけ……!あんな得体の知れない精霊となんか、契約できるわけないだろう……!」

 

「いいえ……いるわよ。ただ成功した人が少ないってだけで……」

 

 

 

 

そう……いる。

その人物が学院の長なんてやってなければ、そんな発想には至らなかったかも知れないが……。

 

 

 

「グレイワースの事を言ってるのか? あいつは本物の魔女だ……! あいつと俺たちとじゃ、実力差がありすぎる!

剣舞の強さもっ、精霊使いとしての才能もっ!」

 

「うるさい!! だから何だってのよ! その才能か私にもあるかも知れないでしょ!!」

 

「ダメ元でやっていい相手じゃないくらいっ、お前ならわかるだろ!!

それに、お前は今朝の封印精霊の時にも相当な神威使ったろうが!」

 

 

 

一夏は懸命にクレアを止めようとする。

しかし、一夏の伸ばした手をクレアは思いっきり振り払った。

そんな彼女目には、自然と涙が溢れていた。

 

 

 

「何よっ! あたしの精霊奪ったくせにっ!」

 

「いやお前っ、あの時は……!」

 

「あんたには話したでしょう! 私が今までどういう扱いをされてきたのかもっ……どうして強い精霊が欲しいのかも……!」

 

「あぁ、聞いたさ……でも、あんな埒外のやつはやめておいた方がいい! お前自身を滅ぼすことになるんだぞ!」

 

「うるさいっ!」

 

「っ……!」

 

 

 

もはや止める言葉など見つからなかった。

クレアの過去は聞いた。

どんな風に周りから思われていたのか、どんな気持ちでその中を生きていたのか……それは一夏自身が考えてもわからない事だ。

クレアの経験は、クレアだけのものだ。

同情はできても、同じ思いには至れない。

 

 

 

「あたしはどんなことをしてでもあの精霊と契約してみせるっ……! そして、あのレン・アッシュベル様のように強くなってっ、必ず〈精霊剣舞祭〉(ブレイドダンス)に出て、姉様と会う!!」

 

 

 

そう言ったと同時に、クレアは魔精霊に向かって駆け出した。

こちらの止める声も聞かずに、ただただがむしゃらなまでに。

 

 

 

「弱いあんたらは、そこで大人しく見ていなさい! 行くわよっ、《スカーレット》!!」

 

 

 

主の呼びかけに呼応して、クレアの手には黒い革張りの鞭が現れる。

その鞭は炎を纏い、勢いよく上がる烈火とともに、縦横無尽に空を切り裂いていく。

 

 

 

「はあああッ!!!!」

 

 

 

勢いよく振り抜く鞭は、クレアに迫り来るおぞましい闇を秘めたような黒い腕を容赦なく斬り落とす。

その断面を見るに、超豪熱によって溶断されたのだというのがわかる。

腕を断ち切られると、魔精霊は悲鳴にも似た声を上げ、大きな顎を天に向かって開けて叫ぶ。

そんな隙だらけの状態を見逃すクレアではなかった。

 

 

 

「よしっ、効いてるわね! さぁ、どんどんいくわよ、《スカーレット》!!」

 

 

 

更に炎が猛る。

黒い触手を鞭で捕縛すると、クレアの左手に神威が収束する。

 

 

 

「くらいなさい!! 〈灼熱の劫火球〉(ファイヤーボール)ッ!!!」

 

 

 

特大の火炎の球体。

近くにいてもその熱量に焼かれそうだというのに、それを魔精霊に直撃させた。

その規模、技量を見れば、その精霊使いの優秀さが見て取れる。

クレアは間違いなく優秀な精霊使いだ。

精霊魔術の習得、そしてそれを素早く行使できる技量……その魔術を大規模なものまでに発展させられるだけの神威の量。

そして、精霊使いならではの戦闘のセンス……クレア自身から聞いたが、たとえエルステイン家が取り潰されたとして、クレアがその名を名乗らなかったとしても、その血は脈々とクレアの体の中に流れているのだ。

 

 

 

「やったあぁぁぁーー!!!」

 

 

 

左手を握りしめて、喜びを露わにするクレア。

そこ姿を少し離れた位置で見守っていたエリスと一夏も、クレアの戦闘に魅入られていた。

 

 

 

 

「クレア……あいつ……っ!」

 

「普段の素行は、あまり褒められたものではないがな……しかし、彼女もまた、このオルデシア帝国に名を轟かせる貴族の娘であり、優秀な精霊使いだ……!

彼女の剣舞は、見事と言うしかあるまい……」

 

「あぁ……そうだな……」

 

 

 

彼女が強さを求める理由……。

それは一夏も知っている。だからこそ鍛練に打ち込み、強さを求めてひたむきに努力を続けてきたのだ。

周りの者たちからの嫌味や嫉み、嫌悪の雰囲気や言葉すらも耐え抜いて……。

だからこそ、いま一夏の目の前で気高く舞っている少女の姿から、目が離せなかった。

 

 

 

「お前は、十分強いじゃないか……クレア……」

 

 

 

不意に、左手を握りしめていた。

黒い革手袋で覆われた左手……そこにあるのは、一夏にとって大切な物。

しかし、今は無くしてしまった物でもある。

何があって、手放してしまったのか……当時のことは思い出せない。

しかし、この上ない喪失感だけが、一夏の胸に残っていた……。

 

 

(あぁ……だからなのか……)

 

 

どうしてか、クレアの事を放っておけない理由。

それは、自分もそうだったからだ。

無くしてしまった物の悲しみを、一夏自身も知っているから……だから否定なんてできないし、クレアの事をどうでもいいなんて割り切れない。

そして、だからこそ……目の前で行われている剣舞に、目を奪われてしまうのだ。

どこまでも気高く燃え上がる綺麗な炎。

それが、クレアの気高さであり、クレア・ルージュという精霊使いなのだ。

 

 

 

GUROOOOOOOーーーー!!!!!!

 

 

 

「「「っ!!!??」」」

 

 

 

しかし、勝利の核心を得た一同であったが、そんな雰囲気を切り裂く様に、魔精霊の怒号が響き渡る。

爆炎が徐々に晴れて行き、魔精霊の本体が姿を現わす。

多少の傷は付いているものの、倒すまでには至らなかった様だ。

 

 

 

 

「まったく、ご主人様に対して反抗的なのねっ……! ならいいわ、とことん調教してやるわよ!!」

 

 

 

鞭を振り、魔精霊に対して攻勢に出るクレア。

それを見ていた一夏とエリスも、流石にこのままではいかないと、行動に出る。

 

 

 

「チッ、熱くなりすぎだっ、クレア・ルージュ!」

 

「エリスがあいつのサポートを! 俺も手伝う!」

 

「いいだろう! しかし、自分の身は自分で守れよ? どうなっても君の責任だからな!」

 

「わかってるさ、騎士団長!」

 

 

 

一夏は直刀を、エリスは槍を握りしめて、クレアの後を追う様に駆け出した。

そんな中、クレアは精霊魔術と〈炎の鞭〉(フレイムタン)を駆使して、魔精霊を一方的に攻める。

 

 

 

「このっ! このっ! さっさとあたしに跪きなさいよ!!」

 

 

GUROOOOOOOーーーー!!!

 

 

 

「っ?!」

 

 

一方的だった戦況の中、突如として魔精霊の動きが変わった。

防御体勢だった動きが活発になり、四方八方から触手を伸ばしてくる。

当然クレアはその触手に捕まらないように、距離を取りつつ、右手の〈炎の鞭〉(フレイムタン)を振るい、左手で炎の精霊魔術を唱えながら、触手を迎撃していく。

しかし規模のデカイ爆炎は、相手だけでなく、自分の視界も遮ってしまうのだ。

もくもくと立ち込める黒煙から、触手が二本伸びてきて、クレアの右手首と、左足首に巻きついた。

 

 

 

「きゃあっ?!」

 

「クレア!」

 

「クレア・ルージュ!!」

 

 

 

触手に捕らわれてしまったクレアを救うべく、一夏とエリスが両サイドから回り込んで来る。

しかし、クレアに巻きついている触手を斬り裂くよりも前に、二人に対して飛ばしてきた別の触手が襲いかかる。

 

 

 

「くっ!」

 

「くそっ……!」

 

 

 

エリスは風の精霊魔術で後方に回避して、一夏は横に移動して、触手からの攻撃を躱す。

 

 

 

「クレアっ! くそっ、この手、邪魔だ!」

 

 

 

躱しても次がやってくる。

こちらへと伸びてくる触手を、一夏は神威の加護が宿った直刀で斬り裂き、エリスもまた、精霊魔術と槍術による攻撃で撃退していく。

 

 

 

「凶ッ風よっ、狂えッ!!!」

 

「せぇやあぁッ!!!」

 

 

しかし、斬っても斬っても触手はその都度再生して襲ってくる。

これでは、クレアの救出ができない。

 

 

 

「チィっ、クレア!!」

 

「ぁ……ぁぁ……!!!」

 

 

 

一方のクレアの前には、大きな顎を開き、クレアを一飲みにしそうな勢いの魔精霊が、目前にまで迫ってきていた。

右手、左脚を掴まれている状況では、逃げることができない。

ましてや、地面に転倒している。

そこから起き上がったとして、逃げ出すにしても、鞭を封じられているため、即座に拘束を解くことはできないだろう。

眼前に、魔精霊本体が迫っている中、クレアは動かずにいた。

そこに迫っているのは、『死』だと言うことを、頭が……体が、理解したからだ。

恐怖に打ちひしがれてしまったクレアの体は、硬直してしまって動けない。

そんな時だった。

 

 

 

「シャアァァァーー!!!!!!」

 

「っ?!! スカーレットっ?!!」

 

 

 

鞭の形態になっていたスカーレットが、いきなり本来の火猫形態に変化。

そのままクレアに絡みついている触手に噛みつき、また鋭い爪で引っ掻き、斬り裂いていく。

 

 

 

「《純化》しろなんて言ってないでしょうっ!!? スカーレットっ! 戻りなさいっ! 早く鞭に戻ってっーー!!!」

 

 

 

精霊とは本来、主人である精霊使いの言うことを忠実に聞き、守るものだ。

しかし、スカーレットはクレアの命令には従わず、襲いかかる魔精霊に対して果敢に飛び込んでいく。

 

 

 

「スカーレットっ!! お願いっ、戻って! スカーレットってばぁッ!!!」

 

「ニャァオ……!!」

 

「へ……?」

 

 

 

一瞬だけ、スカーレットがクレアの方を見た。

そして、たった一言……クレアに向かって言い放ったのだ。

 

 

 

(なに…………? “逃げろ”…………?)

 

 

 

その言葉の意味がどう言うものだったのか…………その一瞬では全くわからなかった。

しかし、背後に迫る魔精霊の大きな顎が、その意味を物語っていた。

 

 

 

「っ!! ダメッ! スカーレットっ!!!!!」

 

 

 

 

バクゥンッ!!!!

 

 

 

 

「ッーーーーーー!!!??!!?」

 

 

 

スカーレットの体が、顎に飲み込まれていった……。

溢れた火の粉は、虚空へと舞い上がって消えていく。

クレアは目の前の現実を受け入れられないと言った感じで、その場にしゃがみ込んで、右手だけを伸ばした。

 

 

 

「スカー……レット……?」

 

 

 

瞳からは光が消え失せ、伸ばした右手には、精霊との契約の証である精霊刻印の色が消え失せていた。

火猫の精霊……スカーレットは、消えてしまったのだと、クレアは悟った。

 

 

 

 

「スカーレットっ!!!!!」

 

 

 

 

跡形もなく消えてしまった炎。

それを確認すると、クレアの瞳からは涙が溢れてきた。

伸ばした手は空を切り、目の前に魔精霊が迫り来る。

 

 

 

「いや……っ、いや……っ!!」

 

 

 

触手が勢いよくクレアに襲いかかる。

クレアは動けない。

死を覚悟した……その瞬間だった。

 

 

 

「クレアァァァーーーーッ!!!!!!」

 

 

 

一夏の声が木霊した。

クレアの体は、勢いよく横へと浮き上がり、さらに急激な衝撃が身体中を襲った。

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

「ぐうっ!!」

 

 

ギリギリのところで、一夏が触手とクレアとの間に割り込んできた。

転がるような勢いで飛び込んできたのだ……。

 

 

 

「あうぅ……くっ……!」

 

「はぁ……はぁ……間に合ったか……ぐぅ……!」

 

「あ、あんた……っ」

 

「逃げろっ、クレア……!」

 

「え…………?」

 

「無駄にするなっ! スカーレットが作ってくれた、最後のチャンスだったんだっ、それを無駄にするなっ!!」

 

「っ〜〜〜!!!」

 

 

 

 

それだけ言って、一夏はまた駆け出していった。

クレアに迫り来る触手を排除するために。

両手で握った直刀には神威が込められており、鋼とはまた違った輝きが見て取れたが、その光も強まったり弱まったり……安定していない。

 

 

 

 

(チッ、まったく……なんて無様な神威だ…………!!)

 

 

 

襲いかかってくる触手を斬り裂きながら、一夏は苦い表情をしていた。

今はまだ対抗できる。

しかし、このままでは絶対に押し切られてしまう。

そして何より…………。

 

 

 

(こんな姿を、あの婆さんが見ていたら……また毒づかれるんだろうけどな…………)

 

 

 

三年という期間の長さ。

その間に、どれだけ自分が腑抜けてしまったのかを痛感してしまう。

 

 

 

「ぐっ、おぉっ?!」

 

 

 

自分の頭上から、強烈な攻撃が降り注いできた。

触手を勢いよく振り下ろしてきたのだ。

避けるにも避けられない間合い……一夏は回避しきれないと判断して、すぐに防御体勢に入る。

が、触手が防御体勢の一夏に直撃した瞬間、直刀は砕け散り、触手は一夏の体を吹き飛ばした。

 

 

 

「ごはぁっ…………!!!」

 

 

 

視界が回る……いや、回っているのは自分の体全てだ。

〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)では、肉体に直接的なダメージはない。

全てが自分の精神に帰ってくる。

今にもブラックアウトしそうな精神が、周りの景色を捉えている。

 

 

 

 

(何やってんだ……俺は…………?)

 

 

 

 

三年もの間……たった一人の精霊を追い求めて、各地を旅して回っていた。

手がかりなど何もない……探す宛てもない……だが、探さずにはいられなかった。

なのに…………。

 

 

 

(やべぇ……これ、死ぬかもな……)

 

 

 

 

全くの無駄足だ。

いきなり知己の存在であるグレイワースに呼び出され、強制的に学院へと入学させられて……何を血迷ったのか、今こうして精霊を使役して、戦っている……。

彼女以外の精霊と契約して……。

 

 

 

(レスティア……)

 

 

 

 

「イチカァァァァァッ!!!!!!!」

 

「っ…………!」

 

 

 

少女が名を呼ぶ。

その叫び声に、意識が戻った。

しかし、すぐさま壁に激突。

決闘場には、〈元素精霊界〉(アストラル・ゼロ)に元々ある決闘場の壁や隆起した岩などが点々としていた。

おそらくは、そこに体をぶつけたのだろう。

 

 

 

「がはあっ!!??」

 

 

 

肺から一気に空気が吐き出される。

そして再び意識が遠退きそうになるが、今度は一夏自身で唇を噛み締めて、痛みで意識を取り戻す。

 

 

 

「ごふっ……ぁぁ……! くそっ、痛ってぇ…………!」

 

 

 

背中からぶつけたから、まだ体へのダメージはそこそこだが、そう長時間も戦ってはいられない。

 

 

 

(くそ……やっぱりあいつを倒すには、〈精霊魔装〉(エレメンタルヴァッフェ)じゃねぇと無理か…………!!!)

 

 

 

噛み締めて、両脚に力を入れる。

なんとか立ち上がろうとしている最中にも、魔精霊はクレアを執拗に狙っている。

クレアにもう、スカーレットがいない……エリスは触手を相手にしているため、迂闊には動けない。

魔精霊の大きな顎が開き、触手がクレアの四肢を掴んで離さない。

もう、一刻の猶予もない……。

 

 

 

(くそっ、やるしかないっ!!)

 

 

 

全ての意識を脚に集中して、なんとか立ち上がった一夏。

それと同時に、自身の右手に刻まれた刻印に視線を移す。

 

 

 

「おい……聞こえてんだろ? だったら、俺の願いもわかってるはずだ……!!」

 

 

 

誰に発した言葉なのか……その場にいる者たちは理解できていない。

それは、一夏自身にしかわからない事だからだ。

視線を右手の甲に刻まれた、二本の剣が交差したかのような模様の精霊刻印に……。

左手で、右手を強く握りしてる。

 

 

 

「知ってるぞっ、お前の力はこんなもんじゃないだろう! だったら、その全てをっ、俺に使われてくれッ!!!」

 

 

 

 

覚悟の決まった瞳。

右手をそのまま魔精霊に対して突き出し、一夏の口から呪文が唱えられた。

 

 

 

 

「『冷徹なる鋼の女王ッ!! 魔を滅する聖剣よっ!! いまここにーー」

 

 

 

バチィィィィッ!!!!

 

 

 

「ぐうっ??!!」

 

 

 

突如、左手に強烈な痛みが走った。

僅かだったが、まるで雷にでも撃たれたかのような衝撃も感じた。

これは彼女の力なのだろう……。

 

 

 

(悪いなレスティアっ……いま必要なのは、お前の力じゃないっ……いま必要なのはッーーーー)

 

 

 

痛みをこらえ、一夏は駆け出した。

その瞬間にも、右手に神威が集まっているのがわかる。

強大な神威の塊か収束して、剣の柄が形成される。

 

 

 

(ーーーーあいつをっ、クレアをっ、守る力なんだっ!!)

 

 

 

 

決意の表れ……。

それを頷けるように、一夏は綴った。

 

 

 

「ーーーーいまここに鋼の剣となりてっ、我が手に力をッ!!!!」

 

 

 

光輝く閃光を握りしめて、その力を抜き放った。

 

 

 

「おおおおおッーーーー!!!!」

 

 

 

 

勢いよく振り上げた一閃。

閃く斬光が、虚空を斬り裂いた。

クレアを捉えて触手を、一瞬のうちに全て斬り裂いたのだ。

触手から解放されたクレアを、一夏は脅威的なスピードで駆け出し、地面に落下するよりも速く受け止めて、一旦その場を離れる。

 

 

 

「あ……あんた……!?」

 

「もう大丈夫だ……あとは任せろ……!」

 

 

 

一夏の手に握られていた一振りの長剣。

何物にも染まらない純白……聖なる輝きを持ったその剣はまさしく、かの聖女《アレイシア・イドリース》が振るい、最悪の魔王《スライマン》を討伐した伝説の聖剣。

〈魔王殺しの聖剣〉(デモンスレイヤー)

 

 

 

「よお、顎野郎……さっきは随分と暴れてくれたな……」

 

 

 

 

GUROOOOOOOーーーーーー!!!!!!

 

 

 

触手を断ち切られたことに対しての怒りなのか、はたまた、あらゆる精霊たちを斬り伏せてきた《聖剣》の力に恐れ慄いているのか……。

 

 

 

「お前には悪いが、ここで退場してもらうっ……!!!!」

 

 

 

そう言った瞬間に、一夏の体は瞬時に動き出していた。

駆け出す脚は、まるでバネのように跳ねまわり、一瞬にして間合いを詰める。

神威による一種の肉体強化の術。

迫り来る触手を一瞬にして斬り裂き、魔精霊の行動を奪っていく。

 

 

 

「そろそろ決めさせてもらうっ!!!」

 

 

 

まるで風と一体化したかのような錯覚を覚える。

それほどまでのスピードで、一夏は地面を蹴った。

しかし、今度こそ魔精霊は一夏の動きを予測していたのか、体から発した触手を増やして、一斉に一夏に向けて飛ばしていく。

四方八方から触手が囲んでやってくるその様子を、クレアとエリスは一番近くで見ていた。

その光景は、ある意味で絶望的状況。

高速で放たれた触手たちが、一斉に一夏に襲いかかった。

 

 

 

「イチカっ!?」

 

「オリムラ・イチカッ!」

 

 

 

土煙が吹き上がるほどの強い衝撃……。

しかし、煙が晴れた瞬間に、クレアとエリス……いや、攻撃を行った魔精霊すらも驚く。

何故なら……衝撃地点に、一夏の姿がなかったからだ。

 

 

 

「ーーーーこっちだ、バカ」

 

「「っーーーー!!!!??」」

 

 

 

声が聞こえた方へと、視線を移す。

そしてその視線の先には、いつのまにか、上方へと飛んで躱していたのだ。

飛びながらも、しっかりと体勢は斬撃を放てる体勢を保っている。

そしてそのまま、重力に任せた自然落下とともに、煌めく聖剣を振り切った。

 

 

 

「おおおおおッ!!!!!!!」

 

 

 

白き斬閃が虚空を閃き、魔精霊の体を光が一閃していった。

いや、魔精霊だけではない。

その巨体の下にあった地面ですらも斬り裂いていた。

つまり今の一振りで、地面ごと割断したのだ。

 

 

 

GUROOOOOOOーーーー!!!!!???

 

 

 

 

胴体を真っ二つに斬り裂かれてしまった魔精霊は、姿形を保つことが出来ずに、そのまま虚空へと霧散して消えていった。

 

 

 

「ふぅ…………もう二度と出てくんなよ、顎野郎……っ!!!」

 

 

 

 

右手に持った聖剣を右手に振り払う。

風を薙ぎ、神威の光を四散させる……そこに映るのは、鏡のように澄み切った刀身。

その姿だけでも敵を萎縮させてしまうであろう威光。

これが長きにわたり、誰とも契約せずに時を過ごしてきた伝説の聖剣の本来の姿なのだ。

一夏は〈魔王殺しの聖剣〉(デモンスレイヤー)に流していた神威を止めて、聖剣を虚空へと消し、右手の甲に刻まれた刻印へと戻した。

そして、自身の後方で座り込んでいるクレアの方へと歩み寄る。

 

 

 

「クレア……」

 

「………………」

 

 

 

一夏は俯いているクレアに対して話しかける……が、クレアは何も答えてはくれない。

それもそのはずだ。

大切な契約精霊であった《スカーレット》が消えてしまい、今の彼女は傷心しているのだ……。

 

 

 

「その……無事でよかった……」

 

「っ……じじゃ、ない……よ…………!!」

 

「え?」

 

「っ〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 

何と言ったのかが聞き取れず、一夏が前かがみになろうとした瞬間に、クレアは勢いよく立ち上がると、そのまま一夏の制服の襟を両手で掴む。

ようやく露わになった表情は、泣き顔だった。

ルビーを思わせる綺麗な紅い瞳からは、大粒の涙が次々にあふれてきていた……。

 

 

 

「っ! 全然無事なんかじゃないわよっ!! なんでっ!? なんでよっ! あんたっ、そんな強い力も持ってるのにっ……! なのにっ…………!」

 

「クレア…………」

 

「いいえ、違うわ……」

 

 

 

強く握りしめていた両手の力が解けて、再びクレアはその場に座り込んでしまう。

 

 

 

「あたしがっ……! あたしが馬鹿だったから……! スカーレットっ……ごめん、ごめんね……!」

 

 

 

なんと声をかけてあげればいいのか、今の一夏には分からなかった。

ただ、契約していた精霊が、突如として自分の下からいなくなる……その喪失感は今も一夏の胸を焦がすような感覚を与えてくる。

 

 

 

「クレア……っ、!?」

 

 

 

 

クレアに手を差し伸べようとした瞬間、一夏の視界がグニャリと曲がっていった。

 

 

 

(な、なんだ、これ……体が……!)

 

 

 

視界で捉えている光景……。

体は前方へと倒れて行き、クレアのすぐそばで倒れてしまっている……。

突然の出来事に、クレアが慌てて体を揺すってくるのがわかる……遠くから、エリスが駆け寄ってくるのがわかる。

だが、それだけだ。

体がピクリとも動かないのだ。

そして、体の感覚が失われていった後は、意識が遠のいていくのがわかった。

この現象を、一夏も知っていた。

 

 

 

(神威切れ……かよ……っ、たった一回、全力を出しただけでこれか……)

 

 

 

無論、その前にしていた決闘の影響もあるだろうが、それにしたって、いきなり神威が根こそぎ奪われたのはおかしい。

魔精霊に吸い上げられたわけでもないし、決闘の時も、ある程度はセーブしていたはず……。

となると、答えは一つ。

 

 

 

(くそ……何つう燃費の悪い精霊なんだよ、こいつは…………)

 

 

 

自身の右手の甲に刻まれた精霊刻印を見つめる。

二本の剣が交錯しX字になっている模様の刻印……伝説の聖女が携えていた聖剣の精霊刻印。

それを最後に、一夏の意識はついに途絶えた。

神威切れによる意識の損失。

その症状は単なる貧血などに近いもので、慌てる事はないが、しばしの静養が必要なのは確かだ。

倒れた一夏を、エリスが肩を貸して背負い、その場から引き上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふっ……なんとか “目覚め” まではいったみたいね? イチカ……。

でも、まだまだね……本当のあなたはそんなものじゃない……私が知っているあなたは、もっともぉっと凄いはずなんだもの……!」

 

 

 

 

 

宵闇の空……。

月明かりだけが、唯一の光源である《オーシャン・フォレスト》の大地に、複数枚の羽根が散らばった……。

淀みや混じりっ気のない、綺麗闇色の羽根。

かつて幼い “彼” が、とても綺麗だと言ってくれた自慢の羽根、そして自慢の翼だ。

 

 

 

 

「待っててね、イチカ……すぐにあなたを、“本来のあなた” に目覚めさせてあげるわ……!!

ふふっ、あはははッ!!! ふふふふっ!!!」

 

 

 

綺麗な音色と思わせるような妖艶な声色。

背中に翼を生やした少女は、学院へと帰っていく彼を見ながら、妖艶に笑った。

そしていつのまにか、自身の羽根と同じように、闇の中へと忽然と姿を消していったのだった……。

 

 

 

 

 






次回の更新は未定です(*´ー`*)

色々と書きたいけど、日々仕事仕事で中々執筆が捗りません(T ^ T)

続きが気になる方もいると思いますが、どうか気長に待っていてください!

だいぶ遅いですが……。
あけましておめでとうございます!!
今年もよろしくお願いします!!


あと、感想よろしくお願いします!!



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