前の投稿から4ヶ月以上・・・・・・だが私は謝らない(うそですすみません)
バイクを駆ってラビットハウスの前まで来た天々座姉弟を迎えたのは居候のココアともう一人。
リゼとは勿論初対面だった彼女だが、どうやらジンの方とは面識があったようで出会って早々“命の恩人”と意味深に呼んだ。
「え? それはどういう・・・・・・」
藪から棒の千夜の発言に全員が動揺する。
ジンも動揺していた。
「いや何故お前も!?」
表情には出していないが口を噤んでいる様から察して反射的にジンに視線を向けるリゼ。
それに気付いたジンはややこしい状況に溜息を吐く。
「誤解を招く言い方はよしてくれ。その言い方だとまるで君自身の命を助けたみたいじゃないか」
「ふふ、言われてみればそうかも。でも貴方に感謝しているのは本当よ?」
意図的に誤解を生む物言いをしたであろう、無邪気な微笑みを浮かべる千夜。
(あの日も君は、同じ笑みを浮かべていたな)
相変わらず人をからかうのが好きな千夜に呆れつつも、ジンは彼女と初めて会った日の事を思い起こす。
※
それは先月のある休日の日のこと。その日も今日のように天気は快晴だった。
その晴れやかな空を横切る影が二つ。
(まな板の上で大人しく捌かれる魚はいないとしても、ね)
影の一つは変身したジン・仮面ライダーサソード。 もう一方は二足歩行のダニといった様相のワーム。ジンはそのワームを追っていた。
ワームは伊達にダニの姿をしていないと誇示するが如き跳躍力で、木組みの家の屋根から屋根へ飛び回り逃走していた。
足場が不安定な屋根の上ではサソードは満足に動けず、状況はイタチごっことなっていた。
「(直接斬るには、動きを止める必要がある。なら・・・・・・)ライダースラッシュ」
【Rider Slash】
しかしそんな事実上の膠着状態に痺れを切らしたサソード。彼のライダースラッシュが
「――――ッ?!」
ライダースラッシュの発動でサソードヤイバーは、マスクドライダーシステムによって身体を駆け巡る『タキオン粒子』とサソード固有の『ポイズンブラッド』を混合し光子に変換した猛毒を纏う。
サソードはこの光子を斬撃波のようにワームへ撃ち放ったのだ。
直接斬りつけるパターンと比べると破壊力が落ちる斬撃波だが、空中で無防備な相手を撃ち落とすには十分だった。
だが、そこで彼は気を抜かない。
「プットオン」
【Put on】
すぐさま『プットオン(『キャストオフ』したマスクドフォームの装甲を再度装着する機能)』により、両腕部にのみマスクドフォームの装甲を出現させる。そして装甲に付随するオレンジのチューブ『ブラッドベセル』を伸ばし、落下直後の無防備なワームを拘束した。
「―――――ッ!!―――ッッッ?!」
ワームが慄く一瞬の隙に距離を詰める。
そして剣の柄頭を構え・・・・・・殴打殴打殴打殴打殴打殴打殴打。
抵抗するワームの顔を容赦なく殴りつける。
残酷なほどに。
それは異常なまでの執念を感じさせる所業だった。
「―――――これで、さっきの様に跳んで逃げれないよね」
熱の無い言葉。むしろこれだけの事を機械のような冷静さで行うサソードに、ワームは戦慄した。
しかし再度逃げだそうにも、頭部のダメージで立つことすらままならない。
(・・・・・・ここまで逃走を許してしまった。恥ずべき失態だ)
ワームの反撃を警戒しつつ剣を構え直し、サソードは自戒する。
何故ならあまり戦いを長引かせるのは、戦闘で破壊された建造物の補修や目撃情報を攪乱するカバーストーリーの流布などの隠蔽工作の手間が増加するからだ。
特に今回は手こずり過ぎた。ワームを発見した際の彼の
今回の後処理を任せる隊員達の負担は想像に難くない。
(だからここで、確実にトドメを刺す)
・・・・・・もしもこのワームを取り逃がしてしまったり、隠蔽工作が失敗してワームの存在が明るみに出たりした場合の
「まっ、待ってくれ!」
そこでワームは成人男性へ姿を変えた。
「あ、明日、娘の誕生日なんだ! だからっ! それまででいい!」
男は平伏し、涙を流し、必死に懇願した。
サソードの剣が止まった。
「あの子の笑顔をもう一度見たい! それまで、待ってく
サソードの剣が断った。
男の姿をしたワームの背中から生えた、今まさにサソードに向けて突き出された鋭い触手を。
「あ」
返す刃が、
サソードの重厚な鎧が緑の鮮血に染まる。
「・・・・・・その笑顔を受けるべき人を、お前は永遠に“奪った”んだだよ」
ワームの亡骸の傍に膝を着き、彼は囁く。
不思議と声色に強い憎悪は無く。
されど勝利の喜びも無く。
憂い、諭すような囁きだった。
既に自身の手で殺めた相手に対し、全くの無意味な行動だった。
彼自身、行動の虚しさを噛み締めるように頭を振って立ち上がる。
「ああ、そうだ。隊員達に早く連絡しないと」
飛沫は、紫の仮面にも飛んでいた。
異形の血に濡れた仮面には、獲物を狩る蠍の鋏を模した複眼。
その複眼はワームの血と同じ色だった。
血は鋏の
サソードの視線先には、男の姿では無くなったワームの亡骸があった。
妻子を持つ、一人の成人男性の命と存在を奪った“擬態”の残骸があった。
「未来、
彼の脳裏に、ワームが逃走時に踏み潰したプレゼント箱が浮かんで・・・・・・消えた。
「もう2時か」
正午からワームとの戦闘が長引いたことで昼食を食べ損ねていたジン。
こんな日はとりあえずおいしいものを食べて腹を満たすに限ると思った彼は街に出かけた。
しかし運が悪いことに目を付けていたどの店も閉まっていた。
そもそもジンが好む飲食店は最高の品を出すという大前提の基に穴場的、隠れ家的な店が多くを占める(並んで待たされるのが何よりも嫌なので)。だから拘りが強い店特有の急な臨時休業は想定していたが、よもや全滅とは流石に考えていなかった。
「・・・・・・・・・・・・はぁ」
出鼻を挫かれたやるせない気持ちを抱えながら、もういっそのこと自分で作るかとジンは帰路につこうしていた。
その時、すれ違う母子。
子供の方は6歳ぐらい。同年代の子の中では大人しそうな、されど子供らしい腕白な笑顔を見せる男の子。
母親は綺麗な黒髪をしていた。母親の慈愛と女性の包容力、どちらも内包する微笑みを我が子に向けている。
それを映したジンの瞳に、まるでフィルムを重ねるように記憶にある光景がフラッシュバックする。
しかしその二つは似ていたが、決定的違いがあった。
一方は
それらは二度と、
「ねぇお母さん見て見て! うさぎさんがお空を飛んでいるよー!」
男の子の言葉に母親は首を傾げながら見上げる。
「ほんとねぇ・・・・・・お人形かしら?」
母子の会話を聞いて、振り払うように顔を軽く振ったジンも釣られて空を見る。
すると確かにウサギが見えた。黒いカラスに掴まれた黒いウサギで頭には王冠を被っている。
微動だにしないため、遠目にはぬいぐるみに見えるだろう。
だがジンの目には僅かに身じろぎする姿が見え、同時にカラスはその爪を滑らせウサギを空高くから投げ出した。
「な――――――」
瞬間、彼は地面を蹴った。
幸い落下地点との距離は近く、スライディングするようにして抱き留めることができた。
「運が良いウサギだ。僕が近くにいて良かったね」
悪態ともとれる台詞をウサギに言って、直後にウサギ相手に何を言っているのかと自分を諫める。
その姿をさっきの親子に見られたことでバツが悪そうにウサギの顔を見下ろす。
さっきまでカラスに攫われ高所で吊らされあげくに落とされたにも関わらず、その目に恐怖や不安の色は無い。その装飾から誰かの飼いウサギかと思われるが、見知らぬ相手に抱きかかえられていても動じない様子からただの者でない風格を感じる。
「ごめんなさーい!」
そうこうしていると緑の和服を着た少女が息を切らしながら走ってきた。
それが千夜だった。
彼女はその名を『あんこ』と言う黒ウサギの飼い主であり、攫われた彼をここまで走って追いかけていたのだ。
「この子を助けてくれてありがとう。あと、ごめんなさい。その所為で服を汚してしまって・・・・・・」
「いいよこのくらい。服はまた買えばいいから」
千夜は自身の飼いウサギを助けてくれた感謝と謝罪をした。
彼女の言うようにあんこを抱き留めた際、ズボンが擦れて汚れがついてしまったのだ。
千夜からしたら素人目にも安くはないとわかる服を汚してしまったので申し訳ない気持ちなのだろうが、ジンにしてみれば数ある私服の一つなのでそこまで気にしてはいなかった。
それに天々座家の主たる父は民間警備会社の社長であると同時に、この街の有力な地主。金で買えるもので過度に頓着するのは逆にみっともない。
しかし恩を貸しっぱなしにするのも借りっぱなしにするのも嫌な性分なので「何か美味しい店を紹介してくれたらいい」という条件を(ちょうどマンネリを感じていたのもあり)提案した。
「それなら私の店でご馳走するわ!」
その提案を聞いた千夜は嬉しそうに自分の喫茶店でお礼をすると答えた。
別に奢ることまで要求していないが、それで相手の気が済むなら良いと彼は承諾した。
「だけど、一つ聞きたいことがある」
あんこを抱いて案内を始めようとした千夜の瞳を真っ直ぐ捉えてジンは問う。
「その料理は最高かい?」
少女はその問いに言葉では答えずに挑戦的で、されど邪気の無い笑みを返した。
そしてその日からジンの行きつけに『甘兎庵』が加わった。
※
「ジンさんの人間関係の話はいつもそんな感じですよね」
話が終わって最初に口を開いたのはチノだった。
説明(千夜視点のみ)を始める際に店内に入ったので自然と中で待っていたチノも話を聞いたのだ。
「そんな話、私は聞いてなかったぞ?」
「身を挺して助けるなんてヒーローみたいだね!」
話を聞いて各々がそれぞれの感想を言うが、ジンにとって過去は過去、今は今。
「・・・・・・『米粒から人間まで、総ての生命に敬意を払う』それが僕の心情だからね。あと、僕はヒーローじゃない」
「そう? ウサギでも命を助けることができる人は、私はみんな『ヒーロー』だって思うよ?」
「・・・・・・・・・・・・そんなことより小麦粉等の基本以外の材料はそれぞれが持参するという話だったけど、みんなはどんな食材を?」
「もー! ジンくん無視しないでよー!」
ジンのヒーロー呼び否定に対し、不思議そうに首を傾げるココア。
そんな彼女を無視して、ジンは話の流れをパン作りへ戻す。
大分強引な話題の切り替えだったが、そもそも当初の目的であるためココアから千夜、チノと順番に答えていった。
「私は新規開拓のために焼きそばパンならぬ焼きうどんパンで勝負だよ」
「自家製の小豆と梅干しと海苔を持ってきたわ」
「冷蔵庫にイクラと鮭と納豆とゴマ昆布がありました」
「なるほど、面白い」
「いやおかしいだろ」
まともなのは私だけか、とイチゴジャムとママレードを両手に持つリゼは狼狽する。
「ジンくんは何を持ってきたの?」
「少し待っててください。えートマト、玉ねぎ、ニンニク、ローリエ、オレガノ、タイム、バジル、オリーブオイル、その他諸々と調味料―――――」
ココアに質問を返されたジンは、食材を羅列しながらバックを開けて手を入れる。
そしてそこから瓶詰めを一つ取り出した。
「―――――を、調理したものだよ」
トンっと赤い液体が入ったそれをテーブルに置く。
「それは、まさか・・・・・・」
その内容物を察した千夜が息を飲んだ。
「そう、これは―――――
―――――――――――ピザソースだよ」
「パン作りだよな?」
まさかのオシャンティーなイタリアン路線。いや梅干しやら納豆よりかは遥かにパンに合っているだろうが、この流れでピザソースを出してきたことに、そもそもわざわざ事前に作ってきたことにリゼは内心で「三分間クッキングかな?」とツッコミを入れざる負えなかった。
「インパクトも、女子力でも負けたわ・・・・・・」
何故か千夜がガックリと膝を着いてうな垂れた。リゼは気付いたが、そっちまで捌く余裕が無いのでスルーした。
さっきからチラチラと何か期待するように見てくるが、リゼは忽然とスルーした。
「ピザパンならチーズがいるんじゃないですか?」
「・・・・・・ジンのことだから既に用意してるんだろ?」
そこでチノが常識的な意見を投げかけた。違うだろツッコミ所、と思いつつリゼも投げ遣りに振る。
その言葉を待ってましたと言わんばかりにジンはキッチンの冷蔵庫の扉を開けた。冷蔵庫の奥には
「当然だよ。料理は下準備が大切だからね」
「でも冷蔵庫の個人使用は止めてくださいね」
当然の指摘だった。
「・・・・・・インパクトも、女子りょ―――――」
「わかった! 聞こえてるから! とりあえず立ってくれ!」
そして新しい知人から早速ツッコミ属性を見出されたリゼだった。
※
「さあ、やるよぉ!」
気合十分。ココアが
「パン作りを舐めちゃいけないよ! 少しのミスが完成度を左右する戦いなんだからね!」
「おおっ! まるで幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の戦士のようだ!」
リゼはそのオーラから少し大袈裟に評価した。
「料理とは
「こっちはまるで数多の死線を潜り抜けた厳格な剣士ねっ!」
そして千夜の言葉は意外と正鵠を射いていた。
「ただでさえ暑苦しいのに、さらに変な緊張感を混ぜないでください。二人とも料理くらいで熱くなりすぎです」
「それは違うよチノさん」
温度差に辟易した様子のチノにジンは静かな物腰で異を唱える。
「食材を調理することは
その言葉は穏やかで、流暢で、されど重い。
「ジンくんの料理に対する想いが予想以上に重かった」
ついココアも上手いこと言っちゃうぐらい重かった。
「ココアさん。ココアさんが喋ると残念な感じになっちゃうので控えてください」
「発言権の剥奪!? ひどい!?」
「まずは強力粉とドライイーストを混ぜるんだよね?」
「ジンさんは勝手に進めないでください」
「料理の胆は手際の速さ。故に僕は手際の速さにおいても頂点を目指す」
「おい! 軍隊において協調性を欠くことは許されないぞ!」
「軍隊? それカッコイイね!」
「お! わかるかココア。では返事の後に『サー』を付けろ!」
「わかったであります、サー!」
「えーと、さー?」
「女性の場合は『マム』でしょ」
「何か言ったかジン二等兵!」
「誰が二等兵だ。僕は常に頂点を目指す一等兵だよ」
「ジンさん。一等兵は頂点じゃないんじゃ・・・・・・」
「そうだぞー、因みにその上には上等兵、兵長がいるんだぞー知らなかったのかって・・・・・・怖っ! 目怖っ!」
「ジン
「さー!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こ、ココアさん! これ以上ジンさんを挑発しないでください!」
「挑発?」
「さー!」
・・・・・・・・・・・・―――――――――
「・・・・・・それじゃパン作り、始めるか」
「いえす、さー!」
「千夜さん。もう『サー』は良いですから」
深刻なツッコミ不足を抱えながらもパン作り小隊の行軍は始まる。
そこからココアの指導の下、生地作りを小麦粉から作っていく。
「パンをこねるのってすごく体力がいるんですね」
「腕が、もう動かないぃ~」
思いのほか重労働な生地作りに悪戦苦闘するチノと千夜。
チノはふとリゼに目を向ける。
「リゼさんは平気ですよね」
「な、なぜ決めつけた?」
あまり男勝り扱いされたくないリゼはチノの言葉に動揺する。
「ジンさんは・・・・・・言うまでもなさそうですね」
「頂点を目指す僕にとって、この程度は準備運動だよ」
「そりゃ暇さえあればやたら太い木刀? で素振りしているからな」
相変わらず息も切らさず黙々と生地を捏ね続けるジンにリゼは呆れつつも負けじと自身も奮起する。
そういうところが男勝り扱いされる所以であるのだが、本人は気付いていなかった。
「一時間寝かせまーすっ」
全員の生地をこねる作業が終わり、あとは発酵を待つだけだ。
「それじゃあ、発酵が終わるまでゆっくり待とうか」
そう言ってジンは丸椅子に置かれた新聞紙に手を伸ばす。
「・・・・・・っ!」
文字羅列の濁流。それが切り抜きのように浮かび上がる。
脳を直接締め上げるような痛み、肉体と意識の乖離と共に強くなる。
視界が暗闇に侵食され、文字が浮き彫りなっていく。
意識が、感情が、理性が、
深い深い闇に落ちていく―――――――――・・・・・・・・・・・・
「どうしたのジン君?」
ココアの声で我に返るジン。
「いえ、お構いなく。なんでもありません」
未だに激しく響く頭痛を噛み締めつつ、表情にはおくびにも出さない仏頂面で答える。
彼の言葉に安心するココア。
「ですが、
ジンの瞳に映り込んだ文字列の意味とは・・・・・・次回『初二段変身×2 3』。
まさかの年明け投稿・・・・・・あけましておめでとうございます。
読んでくださりありがとうございました。
ご感想待ってます。