ご注文は“さそり”ですか?   作:鯛焼きマン

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夏休みだけどあんまり休めてない! そんな気がする!

はい、そんな気持ちを振り切って最新話投稿します。


初二段変身×2 

 始業式後の昼下がり。ジンはまっすぐに帰宅し、桜の花びらを舞い踊らせる春風が吹き抜ける街道を黒と銀のシンプルなツーカラーのオンロードバイクで駆けだした。

 喫茶で使う仕入れ品の配達をラビットハウスのマスターであるタカヒロにお願いされていたのだ。

 仕入れ品を発注していた店舗を回りながら、その道中で確認するようにエンジンを吹かす。

 

(以前使われていた装備を整備・改造したマシンだと言っていたから実践前に試験的に走らせてみたが、予想以上に安定している・・・・・・最高だ)

 

 そうして父の部下達のためのお礼を考えているうちに目的地が見えてきた。

 

(とりあえず普段の生活で乗り回す分には問題無さそうだ)

 

 十全なメンテナンスを行っているのがわかる上質なエンジン音を鳴らしながらラビットハウスの前でゆっくりと停車する。

 エンジンを切りバイクを完全に停めると、被っていたメタリックパープルのフルフェイスヘルメットを脱ぐ。

 春風はヘルメットの下にあった彼の漆塗りのようになめらかな短髪をなびかせた。

 

「あっ!ジンくん!なにそのバイクカッコイイ!」

 

 タイミングよくただ今下校してきたばかりのココアとばったり出くわした。

 ジンは手に持ったヘルメットをバイクのハンドルに掛けると億劫そうに振り返る。

 

「はぁ・・・・・・どうも、こんにちは保登さん」

 

 ジンはこの天真爛漫な少女が苦手であった。

 そう『嫌い』ではなく『苦手』。

 大した違いが無さそうで大分違う。少なくとも当人にとっては。

 

「ねぇねぇちょっと触っても「ダメです」えー、何で?」

「新車ですから。それに保登さんに触らせると誤作動起こしそうですし」

 

 優秀なメカニック達の品に限ってそんな事態は万に一つも起こらないだろうが念のために用心しておくジン。

 それにココアならそんなバットミラクルを起こしかねないという直感的な懸念もあった。

 だが当のココアは尚も食い下がり、目を輝かせながら手を合わせる。

 

「ちょこっとだけだから!先っぽだけ!」

「変な言い回しは止めてください。そんなにバイクと触れ合いたいなら免許取った後に自分で買ってください」

 

 そんな彼にバイクをくれたのは父親だった。

 しかしこれからも日常的に使うつもりとはいえ()()()()()でもある訳なので、ジンに引け目は無かった。

 

「ちょっとだけだから~」

 

 しつこくつきまとうココアを無視してバイクを邪魔にならない場所に駐車したジンは、その足で頼まれた品を店内に運び込む。

 仕入れ品を納品し終わった後、外の騒ぎを聞いたのかリゼが事情を聞く。

 

 この時ジンではなくココアの方に聞いた辺りが、彼女の心境の複雑さを表していた。

 

「いつもお兄ちゃんが乗ってるから気になって、お兄ちゃんも危ないからってあんまり触らせてくれないし・・・・・・でも一回だけ後ろに乗せてくれた時があって、まるで風と一つになったみたいだったな~」

 

 ココアは遠い地にいる家族のことを想いながら寂しそうに懐かしそうに理由を語る。

 その姿から彼女の家族思いな性格が見て取れた。

 

「なあ、ジン「やだ」

「・・・・・・私はまだ何も言ってないぞ?」

 

 一通り話を聞いたリゼが何かを言う前に、ジンは切り伏せるようにそれを遮る。

 

「どうせ『ここまで言ってるんだから少しぐらい触らせてやれよ』とか言うんでしょ? やだ」

 

 ジンは嫌なことはハッキリとNoと断れる人物だった。

 

「やだやだって、お前は駄々を捏ねる子どもか!?」

 

 最近思い詰めている所為もありついつい口調が荒くなってしまうリゼ。

 

「駄々を捏ねているのは一体どちらか」

「ぐぬぬっ」

 

 全くもって正論であった。これにはリゼもすぐには言い返せない。

 

「・・・・・・あっ、そうだ! ねぇチノちゃん」

 

 その様子を見ていたココアが唐突に何かを思い出し、カウンターにいたチノに何かしら聞きに行った。

 先程までのバイク云々のやりとりなど忘れてしまったかのようだ。

 無碍に断られても曇らない明るさもそうだが、この切り替えの早さもココアの長所だろう。

 

「大きいオーブンならありますよ。おじいちゃんが調子乗って買ったやつが」

「ホント!? 今度の休みの日みんなで看板メニュー開発しない?」

「看板メニュー?」

 

 その華麗なまでの心変わりに呆気にとられていたリゼもその突拍子のない話題に疑問符を浮かべる。

 

「焼きたてのパンだよ!」

 

 ココアは疑問に元気良くに答える。

 だが、まるで遠足前日の小学生のように高揚している彼女と対照的にチノは不安そうな表情になる。

 

「でも買ってからほとんど使ってませんし大丈夫でしょうか」

「それなら問題ない」

「「「え?」」」

 

 今まで静観していたジンがチノの不安を否定する。

 その言葉に三人が振り返る。

 ジンは何も言わずキッチンを指し示す。

 三人はそれに従ってキッチンに足を運ぶ。

 

「新品みたい、です」「おお!」

 

 チノが感嘆の声を上げた(何かイケボのおじさんの声も一緒に聞こえた気もするが)。

 埃を被っているどころか錆一つ無いオーブンがそこに鎮座していたのだ。

 

「キッチンは僕の庭。自分の庭を手入れすることは当然のことだよ」

 

 彼にとってキッチンの設備の管理は庭園の樹木を剪定するのと同じことらしい。

 

「勝手に庭にしないでください」「そうじゃ! ここはワシの店じゃ!」

 

 オーブンの件は助かったがそれはそれ、これはこれ。

 チノから(ささ)やかな(ついでにティッピーからも)抗議が入る。

 

 何はともあれ準備は既に万全であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時が経って当日。

 白地で袖に淡い紫のストライプが入ったポロシャツにベージュのズボンという出で立ちのジンは天々座家の屋敷の前で静かに腕を組んだまま待っていた。

 

「流石に早いな」

 

 玄関から出てきた黒のブラウスとジーンズというこちらもシンプルながら元の容姿の良さも相まって十二分に着こなしているリゼは、半ば呆れつつも何から何まで準備と仕事が早い弟に感心する。

 

 何故このいつもは休日のスタイルが違って中々二人で行動することの無い姉弟が私服姿で出かけようとしているかと言うと、ココアが言っていた看板メニューの開発をラビットハウスでするためなのだが・・・・・・。

 

(それなり付き合いは重ねてきたがココアの行動は読めないな・・・・・・)

 

 問題は看板メニューの話題の際にココアがジンに料理対決(パン作り)で宣戦布告したことだった。

 

 聞くところによると彼女の実家はパン屋であり、小さな頃から小麦粉と触れ合っているからパン作りの一点に関しては自信があるとのこと。

 ジンも受けた挑戦を「その意気や良し」と快諾。

 今日までやたら張り切って暇があればウチのキッチンを占領していた(おかげで夕食の時間が少し遅れたこともあった)。

 

 だが現在リゼを逡巡させているのはその後、ジンが近くにいないことを見計らってココアが彼女に耳打ちした内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあ!? 私がジンに手料理を!?」

「そうだよリゼちゃん!」

 

 どうやらかつてチノとジンが初めて会ったときのエピソードから着想を得たらしい。

 料理対決を挑んだのも、そうやって自分の得意料理を食べてもらい認めてもらうことでずっと他人行儀な姿勢を続けている彼の態度を変えられるのではないかと考えたからだと。

 そしてあわよくばリゼも自身が作った料理(パン)でジンとの絆を深めるようココアは提案したのだ。

 だがリゼは素直に首肯することができなかった。

 天々座刃という人物がどれだけ料理に強い信念(こだわり)を持っているか姉であるリゼもよくわかっていたからだ。

 

 彼は前提として料理が好きだ。それは“食べること”も“作ること”も。

 そして彼は妥協しない。それは“他人”に対しても“自分”に対してもだ。

 

 お為ごかしや社交辞令など言わないし、やると決めたことや任された仕事は最後までやり遂げる。

 初対面時のチノとのやりとりや今回の料理対決への意気込み具合がまさしくそれだ。

 もし今更になってココアが「やっぱ対決は無しで」とか「あれは冗談だよ」とか言って勝負を反故にすれば彼は静かに怒り、失望して、彼女と一生口を利かないと心に誓うだろう。

 日頃から携帯食料を好んで食しているリゼが料理を、ましては今まで作ったこともないパンを食べて(ジンは『料理を食べない』という選択はしないという確信がリゼにはある。どんなに不味くてもそれが毒物以外で料理と呼べる物ならとりあえず完食する。彼女の弟はそういう男だ)もそれで認められるとは思えなかった。

 

 しかしそうやって躊躇しているリゼの背中を押すようにココアは励ました。

 

「大丈夫だよリゼちゃん。おじいちゃんが言ってたの『どんな調味料にも食材にも勝るものがある。それは料理を作る人の愛情だ』って」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、行くよリゼ」

 

 不意にジンがリゼに何かを投げ渡した。

 反射的に彼女がそれを受け取るとそれはゴーグルが付いたヘルメットだった。

 リゼが見ると彼はバイクに跨っており、荷物を後部の荷台に載せてエンジンをかけている状態だ。

 ついでに乗っていけと言いたいらしい。

 

「ココアには頑なに触らせようとしなかった癖に」

 

 リゼは意地悪な言い方をするがジンは「リゼなら変なとこ触って壊したりしなさそうだし」とあっさり返す。

 それは姉への信頼だと受け取っていいのか、とリゼは戸惑うがジンに急かされたことでそれを一旦脇に置いてまずはラビットハウスに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君は・・・・・・」

「貴方は・・・・・・」

 

 そのラビットハウスの前で出会った黒髪ロングの少女。

 少女を見た途端ジンの顔に僅かながら驚愕の色が見えた。

 それは相手も同じらしく「まあ」とお上品に手を口元に当てている。

 

「二人は知り合いなの?」

 

 彼女はココアが呼んだ客人のようで、新しい生活でできた新しい友達らしい。

 聞かれた少女はココアにこう答えた。

 

「ええ、彼は“命の恩人”なの」

 




次回から千夜が登場。彼女が語る“命の恩人”とはいかなる意味か・・・・・・次回『初二段変身×2 2』。

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