亀更新になっても最後まで書き切る(てか書ききりたい)と自分を戒め、難産だった最新話どうぞ。
場所はラビットハウス。刻は午後三時半過ぎ。窓から薄く日が差し込み、見れば朧に映る三人の人影。
いつもなら静かにゆったりとした空気が流れる店内には現在、妙に緊張した雰囲気に支配されていた。
チノが豆を挽く音だけがやけに大きく響く。
「ジン。あんな啖呵を切って何のつもりなんだ?」
そんな場の空気に困惑するリゼが黙して座るジンに耳打ちする。
「これは彼女と僕との真剣勝負。横槍は無用だよ」
まるで決闘前の剣士を思わせる佇まい。
料理の事となると梃子でも動かない彼の性格を知っていたリゼだったが、まさかコーヒーすら料理の一つとするとは予想しておらず戸惑う。
「真剣勝負って・・・・・・相手はまだ中学生だぞ?」
「だから? 僕だって一応まだ中学生だ。それに売り手として代金を取る以上、彼女だって飲食業を営んでいる者の一人であることに変わりない」
諫めようとする姉の進言を受けても意思を曲げない。
いっそ清々しいほどに頑な姿勢を貫くジンに彼女は閉口せざるおえなくなる。
「カプチーノです」
そのタイミングでチノが粛々とコーヒーカップをカウンターに置いた。
「・・・・・・・・・・・・」
ジンはそのカップの持ち手を人差し指と親指で摘み、持ち上げ、口元へ運ぶ。
味わうように香りを鼻に通した後、カップを傾ける。
その所作の一つ一つに彼の気品が感じられる。
「ちなみに僕はメニューに書いてある料金以下の不味い品を出した店には・・・・・・」
数度に分けて全て飲み干した彼は席を立ってズボンのポケットに手を入れる。
「料金通りに払って二度とその暖簾を潜らないと決めている。そして」
語りながら抜き身の刀のように煌めく瞳で目の前にいる小さなバリスタを見据える。
少女はその威圧に生唾を飲んだ。
瞬間、まるで時が静止したような空白が店内を包む。
時計の針が動く音がチクタクとリズムを奏でる。
誰も動かない、動けない世界で、彼はそんなことは関係ないとばかりにあっさり懐から手を出した。
「さっきは失礼な事を言って悪かった。このコーヒーはメニューに書いてある以上の価値があるよ。あと、お釣りはいらない」
「え?」
彼は深く頭を下げ謝罪した。
続いて取り出した財布から抜いた日本銀行券を一枚引き抜き、流れる動作でカウンターに乗せた。
「僕は饒舌なグルメリポーターじゃないからね。君の
「は、はぁ・・・・・・ありがとうございます」
戸惑うチノだが褒められた事自体は悪い気はしなかった。
しかし自分のコーヒーをここまで絶賛されたことは無かったのでどう反応したら良いものか困ってしまう。
「いや、素直に美味しかったと言えよ」
弟の変則的な褒め言葉に思わずツッコミを入れてしまうリゼだったがそれにジンは「その言葉は彼女が一流のバリスタになった時までとっておくよ」と間髪入れず切り返す。
「それに僕はいつでも素直なつもりだよ・・・・・・自分の心にだけは、嘘は吐かない」
物寂しく呟いた続きの言葉は、チノの耳にかろうじて入った。
だが既にリゼの注意は別に移っており、その視線の先はテーブルの上の紙幣だった。
厳密には新札の如く皺の無い、印刷された英夫の頭がチノ側に向くようにまっすぐに置かれた千円札(ラビットハウスのコーヒーの税抜き価格の平均は500円)を眺めていた。
「千円ってまた微妙な・・・・・・何だその溜息は」
一度チノに断りを入れて席を立ち彼女から距離を取ると、手で招いてリゼも自分の隣の窓際に来させる。
「リゼ。
先程の物憂げな表情は鳴りを潜め、同じ小さな声でもリゼにはハッキリ聞こえる凛とした声で持論を語り始めた。
「粋とは、余計な不純物の無い最も優れていることを指す。では最高とは何か?」
問いかけるがリゼが答える間もなく答えをジンは言う。
「それはこの上なく素晴らしくそして現在において最も望ましい状態を体現した存在に与えられるべき賞賛だ」
あくまで僕個人の解釈だけど、と付け加えつつもその言葉は揺るがぬ自信によって紡がれていた。ジンはそこで一旦言葉を切る。
「彼女は
カウンターの向こうでコーヒーカップを黙々と洗うチノを流し目で見て、ジンは話を結ぶ。
しかし彼の回りくどい言い方では結局彼女は要領を得ず、リゼは首を傾げる。
「ん? つまりどういうことだ?」
ジンは首を傾げて頭を捻るリゼをジトリとした目で見返し、仰ぎ、一息。
「『過ぎたるは及ばざるが如し』と言えばわかる?」
言うが早いか彼は一人でチノの元に戻る。
「え、えーと・・・・・・」
「すまない。待たせてしまった。それじゃあバイトの話だけど週何日で何時間か、そこから話そう」
「ま、待てぃ! また勝手に話を進めるな!」
ポカーンと惚けていたリゼだったが自分が明らかに軽んじられていることを感じ、カウンターに飛びつくように駆け寄る。
「いま僕はオーナーと話しているんだ。邪魔しないでよ」
「さっきまではバイトしにきたわけじゃないとか言ってただろ!」
「それは一体いつの話? その僕はとっくに過去のもの。今は
「屁理屈を言うな!」
「僕の記憶に屁理屈なんて言った覚えは無い。リゼが理屈を理解できていないだけだよ」
「な、なにをぉ!?」
先程までの緊張感はどこへやら。
自分を邪険に扱われ怒り心頭に発するリゼに、あくまで自身の信条に徹するジン。
そしてそんな二人の間でオロオロするチノというカオスな空間が広がっていた。
「お、オーナーは祖父・・・・・・今は父ですから私は違いますよっ。リゼさんも落ち着いてくださいってリゼさん!? 店内でのCQCは控えてくだ―――――」
※
と、こうような経緯によってジンはここ、ラビットハウスで働くことになったのだ。
「ふむふむ、なるほど~・・・・・・」
その話を聞いたココアは何事かを企らんでいるように顎に手を置く。
「? あっ!」
それを訝しむチノだったがそこで思い出す。
何だかんだでまだ開店準備をしていないという事実に。
考え事をしていたココアと説教(馬耳東風)を切り上げたリゼも続いて気付き慌て出す。
しかしそんな状況でジンだけが冷静だった。
「その心配は無い」
彼は三人の横を過ぎて、カウンターを通り、
「掃除なら既に終わらせた」
その背後に広がるのは窓枠にすらホコリ一つ無い、輝くラビットハウスの御姿だった。
「こ、こんな綺麗なラビットハウス初めてっ・・・・・・!」
驚きを越え感動すら覚えたココア。
「説教の途中にやたら逃げ回るなと思っていたが・・・・・・」
一切悟らせなかった鮮やかな手際に冷や汗を流すリゼ。
「おおっ・・・・・・!」
人間的には兎も角、職人としてはある意味祖父より尊敬している彼の手腕を再確認し彼が復帰したことを喜び、言葉を失うチノ。
三者三様に圧倒されて立ち竦んでいる彼女らに、ジンは言い残す。
「仕事を請け負うなら最高の仕事をし、目指すならば頂点を目指す・・・・・・それが僕にとっての
そして彼は颯爽と店の奥へ消えていった。
※
その数分後、とある雑談。
「ジンさんは相変わらず性格はアレですが仕事の方も相変わらず完璧ですね」
「その意見は理解できるが、姉としては複雑だな・・・・・・」
チノは基本的には言葉数は少ない大人しい子だが、言うときは意外と容赦なく言い切る。
(そこがジンと似ていて・・・・・・だからこそチノに突っぱねられても尚も踏み込んでいけるココアに私は・・・・・・)
「ホント凄いよね! リゼちゃんの弟くんだって聞いた時も驚いたけど、こんなにピカピカしたラビットハウス見たの私初めてだから見たからビックリしたよ!」
リゼの交錯した胸の内など知らぬココアはいつものように元気いっぱいに自身の思いの丈をさらけ出す。
「そうですね・・・・・・まるで昔に戻ったみたいに綺麗です。ココアさんがやるよりずっと・・・・・・」
途中で台詞を切り、ジッとココアを見つめるチノ。
その静観に始めは首を傾げるココアだが、ハッとその意図を察する。
「も、もしかしてチノちゃん。
戦慄し、
「いやぁああぁあああ!! チノちゃんに捨てられるぅうううううううぅ!!」
ココアが悲痛に泣き叫ぶ中、リゼはその風景に呆れつつも独りごちた。
(やっぱり私はココアに
少女は一人、浅はかで惨めな自分を密かに嫌悪した。
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