ご注文は“さそり”ですか?   作:鯛焼きマン

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鯛焼きマン! アルティメットフォーム!(何故このネタ先にやらなかった)



さあ、上級アンデット(11554AP())を封印(しっぴつ)したところで最新話投稿します。


初二段変身×2 5

 もう一匹のワームを追い、森の深淵へ飛び込むサソード。

 擬態装置を解除した際に操作したパネルを再度操作。

 画面に『Hovermoed‐active』の文字。

 

浮揚移動形態(ホーバーモード)・起動」

 

 ゼクトロンの前後の車輪がファンデルワールス力(分子結合・分離の理論の一つ)に基づいて二分割される。

 四つに分割された車輪は、内側から内蔵されたイオンエンジンを四方向に噴出して機体を地面から浮遊させる。

 同時に背部コンテナも展開・変形を開始。従来は偵察用昆虫型ロケットが搭載されていた場所に改造によって取り付けられた浮遊した機体を時速250㎞で前進させる強力なイオンエンジンが火を灯す。

 

 バイクの車輪がとられる凸凹な地面が多いエリアXを探索するために開発・実装された変身(モードチェンジ)が実戦で花開く。

 

 正体を隠し平穏を守る擬態装置。道なき道を踏破し敵を追う浮揚移動形態。

 この街で戦うライダーのために生み出された二段変身。

 ()()()()()()()がいなくなったがために失われていた技術を、経費も技術者の数も限られた悪条件を覆して解析し発展させたことで完成したシステム。 

 街を守るのはライダーだけではないことを証明する、裏で支える者達の努力と研鑽の象徴。

 それがこの新たなマシンゼクトロンだった。

 

 サソードはそのバイクに身を預け、闇が広がる大口を開けた荒波立つ樹海に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ千夜」

「なにかしら?」

 

 チノが四人分のコーヒーを淹れてくると言って席を立ち、手伝いを申し出たココアがそれについて行ってリゼと千夜二人だけがキッチンに残された。

 今日が初対面の者同士、リゼは気まずさを感じた。

 自分が空気を悪くしてしまっていた自覚があるのも尾を引いていた。

 だが黙っていたら余計気まずくなると思い、話しかけたのだ。

 

「えーと、千夜は、ジンのことどう思っているんだ?」

 

 双方が認知している共通の話題がジンのことだったから自然と・・・・・・というだけでなく、純粋にリゼが初めて千夜とジンの関係を知った時から気になっていたことだった。

 

「同年代のお得意様?」

「いやそういう感じじゃなくて、こう、一個人として見てどう思うのかな、と」

 

 店員とお客の関係を答えられ、食い気味に否定するリゼ。

 積極的な態度と裏腹に、リゼの言葉は歯切れが悪い。

 

「気難しくて妙な行動力もあるヤツだから・・・・・・何か迷惑かけてるんじゃないか?」

 

 そう言ったものの実際に迷惑をかけているとリゼは思ったわけではない。ただ自分の中にあるジンに対する不明瞭な感情を、他者の言葉から見つけようとしているだけだ。

 

 相談をする、という行為にはおおよそ聞きたい答えがわかっていながらも、それを肯定してもらう、または第三者視点から答え合わせをするために行う・・・・・・という側面がある。

 

 だが、今のリゼは自分の気持ちでさえあやふやだ。

 自分で何を聞きたいのかわからないから要領を得ない。

 しかしそれでも知りたい、向き合いたい・・・・・・ジンとも、自分とも。その想いは本物だった。

 それを感じ取った千夜はその想いに応えるため、慎重に言葉を選びながら自分の想いも伝えた。

 

「前提として、甘兎庵(ウチ)をご贔屓してくれる人を迷惑な人だなんて思わないわ。『お客様は神様』なんて言わないけど、やっぱり接待業に従事するからにはお客様にはまず敬意を払うようにしてる」

 

 店員も客も相応に敬意を払うべきってジンくんなら言いそうだけど、と心の中で思いつつ千夜はそんな彼を表す言葉を思案する。

 

「その上でジンくんは・・・・・・そうねぇ」

 

 あえて一言で言い表すなら、と千夜はリゼにもったいぶる様に前置きする。

 千夜の妖しげな流し目にリゼが身構える。

 

「街に出れば傾奇者、道を歩けば伊達男・・・・・・と言ったところかしら」 

「お、おう?」

 

 何が出てくるかと思いきや、妙な異名めいた言葉と渾身のキメ顔だったためにリゼの調子が狂う。

 戸惑うリゼに「傾奇者は一風変わった趣向の人、伊達男はお洒落でかっこいい人って意味よ」と千夜から補足が入る。

 

「つまりイケてる変人、ということか?」

 

 あまり自身やチノの評価とあまり変わらない結果に物足りなさを感じるリゼ。

 

「そうね、簡単に言えばそうかもしれないわね・・・・・・でもこれで一つ、わかったことがあるんじゃないかしら?」

 

 しかし千夜はリゼの直球な物言いがツボに入ったのかお腹を抱えて笑いを堪えた後、リゼとは逆に満足げな顔をした。

 

「どこに居ても彼は彼、貴方の知ってる天々座刃に変わりはないってこと」

「・・・・・・ああ、そうか」

 

 リゼは千夜の言葉に一つの解を得た。

 

 そう、彼女は不安だったのだ。

 自分の目の届く範囲から離れた彼が自分の知らない何かに変わっているのでは、と。

 変わってしまった彼は二度と自分の所に戻ってこないのでは、と。

 独りぼっちにされる自分が怖かった。

 ジンの姉でいられなくなるのが怖かった。

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「それはダメよ。あなたがジンを守るの。お姉ちゃんなんだから、ね?」

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 リゼは記憶の一部を復元させた。

 

 自分は希望を託されていた。

 

 まだほんの一部分だけでほとんどがノイズで見えないけれど、それだけは確信できた。

 

「あ、そうだわ。ねえリゼちゃん。一つ、面白い話があるんだけど聞く?」

 

 リゼの穏やかな顔を見て千夜の心も温かくなる。

 そして千夜は女の子が秘密の会話をする際に見せる年相応の少女の微笑みを浮かべて、いいタイミングで思い出したとあるエピソードをリゼに語った。 

 

 

 

 

 

 ある日の甘兎庵。

 そこに小学生の兄妹がやってきました。

 二人は貯めたお小遣いを使ってちょっと贅沢なおやつを食べようと考えていました。

 そんな二人の目に雪原の赤宝石・・・・・・苺大福がとまりました。

 苺大福は二人の手持ちのお小遣いを足してやっと一個が買えました。

 

 ただそこで一つ問題が生まれたのです。

 

 苺大福を半分ずつ食べようとしていた兄妹でしたが、苺大福は普通の大福と違い中にイチゴがある分脆いうえ、そのイチゴも一個しか入っていなかったのです。

 子ども故の早計による失敗、と言うは易しですが、もう買った後なので取り返しはつきません。

 手で半分に割ろうとすれば中のイチゴが潰れて折角の苺大福が台無しになることぐらいは子どもながらにわかっていました。

 そこで「イチゴと大福を一度分けてから半分にしよう」と兄が提案します。

 しかし妹は「そんなの苺大福じゃないわ、ただの苺の付いた大福よ」と反論します。

 「だったら一緒に食えば良いだろ」と兄が言い返しますが妹は聞く耳を持ちません。

 その後もあーだこーだと話は平行線を行くばかり。

 段々とお互い語調が激しくなり、ちょっとした騒ぎになってしました。

 

 それで困るのは店員である宇治松千夜。

 彼女は子どもを相手に店から追い出すという強硬手段をとれません。

 されど、このままでは他のお客に迷惑が掛かるでしょう。

 その板挟みになって悩んでいました。

 

 するとその騒ぎがピタリ、と止まったのです。

 

 見ると竹刀袋を肩から下げた少年が兄妹の(もと)に立っておりました。

 少年は店の常連客の一人でした。

 感情の見えぬ少年の(かお)に兄妹は言いえぬ恐怖を抱き、静まり返っていたのです。

 

 無表情のまま少年は手の平を出し「黒文字、貸して」と言いました。

 兄妹は初めそれが何を指す単語かわかりませんでしたが、少年が指で示したことでようやく菓子の横に添えてあった楊枝のことだと理解し、それを言われるがまま少年に渡しました。

 

 すると少年は続けて「半分こで良いんだよね?」と聞きます。

 兄妹は一度顔を見合わせたあと、頷きました。

 それを確認した少年が楊枝の先を苺大福に当てたかと思うと、一息に大福を割りました。

 

 突然のことに「あ」と兄妹から声が漏れます。

 

 それは少年が楊枝で大福を潰してしまったから・・・・・・ではありませんでした。

 苺大福は見事に真っ二つ。中から綺麗なイチゴの断面が覗いています。

 少年は「押して潰す」のではなく「当てて引き切る」というまるで刀のように楊枝を使って苺大福を二つに切ったのです。

 兄がお礼を言いました。遅れて妹がお礼を言いました。

 少年は「礼には及ばない」と返しつつ、兄妹に店内では他の客に迷惑がかかるから騒がないように注意して、自分の席に戻っていきます。

 兄はその華麗な手際がカッコイイと思いました。

 クラスで一番足が速い子がヒーローと呼ばれる年代の子どもらしい憧れです。

 兄は少年の背に「どうすれば自分もそんな風になれるのか」と聞きました。

 少年は「僕は大福を切り分けることにおいても頂点を目指しているだけだ」答えました。

 兄は少年の言ってることがさっぱりわかりませんでしたが、何となく少年が凄いということはわかった気がしたので「ちょうてんをめざすってスゲー」と目を輝かせました。

 

 そして妹は、男の世界(ロマン)なんてそっちのけで自分の分の大福を食べていましたとさ。

 めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

「その少年っていうのはやはり・・・・・・」

 

 弟の武勇伝にリゼは恥ずかしさを感じた。

 千夜は唇に指を当て「二人だけの秘密よ」と可愛らしくウィンクする。

 そして興に乗ったのか更なる後日談・・・・・・というほど後のことではないが、その後のオマケ話までリゼに話した。

 

「それでね『私の仕事だったのにごめんなさい』って言ったらジンくんどう答えたと思う?」

 

 リゼは首を傾げて考えたがわからず、ギブアップして首を振る。

 千夜はやたら上手いジンの声真似をしながら答えた。

 

「『そうだった、すまない。君の仕事を奪ってしまった』って真剣に謝ったの」

 

 そう言って千夜は笑う。されどそれは嘲笑の類ではなく、微笑ましさやむしろ尊敬の意すら含んだ温かい笑顔だった。

 釣られてリゼも微笑んだ。しかし少しぎこちない笑みだった。

 

 千夜は深呼吸によって気持ちを整理して・・・・・・リゼが求めているであろう言葉を紡いだ。

 

「ジンくんなら大丈夫よ、リゼちゃん」

 

 その言葉は、リゼが自分に無自覚に言い聞かせていた言葉だった。

 それが千夜の言葉で、無自覚が自覚に変わった。

 リゼは千夜の言葉を静聴する。

 肯定の言葉を、あるいは答え合わせを待つ。

 

 ただし、千夜の言葉はリゼの求めていたものとは少しだけ違っていた。

 

「ジンくんはきっと強い人なのよ。例え自分が恐れられたり嫌われたりしても『間違ってる』、『認められない』、『放っておけない』って思ったら迷わず踏み込んでいける人。その結果、自分が不利益を被っても割り切って前だけを見て往ける人。そんな誰よりも強く()れる人・・・・・・でも」

 

 その所為で誰よりも無理をしてしまう・・・・・・無茶ができてしまう人でもある、という言葉は飲み込む。

 ここでリゼに言うべきことじゃないと思ったからだ。

 そのうえで念を押すように、()()()

 

「だからこそ、そんな人こそ、誰よりも()()()()が必要、だと私は思うの」

 

 それは目の前のリゼだけでなく、本当に伝えたい()()()()に向けた願いでもあった。

 積もった想いは力強く、重ねた願いは純粋だった。

 

 純粋な想いを束ねた千夜の言葉はリゼに、肯定も答え合わせも越えた新たな知見をくれた。

 それはリゼの心の隙間というジグソーパズルにはまり、その隙間を埋めた。

 

「リゼちゃん。いつまでもジンくんの帰る場所でいてあげてね」

 

 そうすれば彼はきっと大丈夫、と千夜は言った。

 リゼは千夜が何故そんな哀しそうな眼をするのかわからなかったが、その真摯な想いを受けて強く頷いた。

 ジンを信じて待つことを誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ・・・・・・あ・・・・・・」

 

 小柄な少女は悲鳴すらあげられず立ち尽くす。

 無力な彼女へタランテスワーム・二体目(アナザー)はその禍々しい爪を構える。

 ワームは小柄な少女を殺した後は彼女に変わり(じょう)()()()としてこの街に溶け込むつもりだ。

 そうやって奪ったマヤの未来を食い物にして、それすらも古い服を変えるような手軽さで捨てるだろう。

 ワームにとって欲しいのはDNA情報だけであり、それを擬態に使用(コピー&ペースト)して、同時に自身を強化(アップデート)することが彼らの目的。

 コピーに必要なのはほぼ数秒で、コピーが終わればオリジナルなど用済みだ。

 愚かな同類(おとり)が邪魔者を引き付けている間に終わらせる。

 

 そして遊びの無い殺意が振り下ろされた。

 

「ぅぅぅぅぅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 しかしそこへパトカーのサイレンなどで有名なドップラー効果を生みながら、バイクのようなものが高速で突っ込んできた。

 バイクのようなものはワームを巻き込み、近くの開けた空き地にそのまま吹っ飛んでいく。

 

 バイクのようなものことマシンゼクトロンに乗っていたサソードはその衝突によって空中に投げ出されるも、地面を転がることで衝撃を拡散させダメージを最低限に抑える。

 

(スピードあり過ぎて木に衝突しかけたから気合でワームに体当たりしてやったけど。ま、結果オーライかな)

 

 と、立ち上がりながら本人は冷静に分析しているが、つまりは「電柱にぶつかりそうだったので歩行者の方へ突っ込んだ」と同じである。

 そんなことをするのは最早ヒーローではなく、ただの過激派だろう。

 だがそこは入り組んだ自然の迷宮を、人命を優先して()()()()()()()()()()()()急行したために起きた不幸なアクシデントとして大目に見てほしい。

 

「――――――――――ッ!!」

 

 それに巻き込まれたワームも未だ健在。

 あと少しの所を邪魔された怒りか、闘争本能を燃やしてサソードを睨みつけ爪を構える。

 サソードもまた剣を構えてワームと相対する。

 

「生憎、彼女がお前の獲物であるように総てのワームは僕の獲物。()()一人も殺させないし、一匹たりとも逃がさない」 

 

 誓いの口上を立てる。頭に複数の人の顔がよぎっていく。

 

 それは五才なったばかりの娘を持つ父親だった。

 

 それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 ワームという理不尽にかけがえのないものを奪われた人達を思いながら、サソードは剣を握り直す。

 

「え・・・・・・仮面ライダー?」

 

 しかしそこに、殺気渦巻く戦場に似合わない呆けた声。

 マヤが森から出てきてしまったのだ。

 

「そんな所で何をしているんだ、早く―――――」

 

 逃げろ、とサソードが言い終わる前にワームが動いた。

 ワームは両肩にある槍のように鋭い蜘蛛の足を、あろうことかマヤに向けて放った。

 

「っ・・・・・・!」

 

 マヤの前に飛び込むサソード。

 

 それがワームの狙いだった。

 『人間は何故だかわからないが自分より弱い個体を守ろうとする』。

 メグ、マヤという二人の人間の記憶をコピーした情報からワームが考えた策略だった。

 ワームは人の記憶、そして情さえも利用した。

 

「・・・・・・え?」

 

 怪物の攻撃を受け反射的に目をつぶったマヤは無傷だった。

 

 彼女が目を開くと戦士の背中が見えた。

 

 

 

 

 荒れた芝生に剣が落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コーヒーカップの割れる音がキッチンに響く。

 

「ココアさん・・・・・・」

「ご、ごめんチノちゃん」

 

 どうやらそそっかしいココアがカップを落としてしまったようで、チノに手伝われながらカップの破片を集めている。

 

 千夜も手伝おうとするが、ココアが「今日は千夜ちゃんがお客さんだからいいよ」と気持ちだけ受け取り断った。

 その時、リゼは時計を見ていた。

 パンの発酵が終わるまで15分を切っていた。

 

「む?」

 

 リゼが袖を引かれて振り返ると、破片を片付け終わったチノがいた。

 

「チノ?」

 

 唐突な行動にリゼが呆気に取られていると、チノがゆっくりと口を開く。

 

「大丈夫だと、思います」

 

 控えめな声量ながら、その瞳はまっすぐリゼを見ていた。

 

「ジンさんはマイペース過ぎて何を考えているかわからないときがたまに・・・・・・多々ありますが、決してウソは言わない人ですから」

 

 彼はラビットハウスを出ていく前に「ちゃんと一時間以内に帰るよ」と言っていた。

 パンの発酵が終わる前に帰ると約束していた。

 チノの張りのない声に籠る、ある意味信頼と言っていい感情。それに相反する気持ちを自分が抱いてしまっていることを自覚し、リゼは我に帰る。

 改めて、千夜の言葉を思い出す。

 

「そうだな。ジンなら大丈夫だな」

 

 その顔は晴れやかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――ッ!?」

 

「・・・・・・言った、はずだよね? もう、一人も、殺させないと」

 

 二本の蜘蛛の足はマヤを庇ったサソードの両肩を貫いていたはずだった。

 しかし、そうはなっていなかった。

 

「・・・・・・鎧を着た勇者?」

 

 逆光でサソードのシルエットしか見えないマヤが無意識に呟く。

 そう、サソードはマヤの目の前に飛び込む一瞬でマスクドフォームへ変身。強化された腕力でワームの二対の槍を両手で掴んで止めたのだ。

 

 先の戦いで同種のワームの攻撃パターンは解析済みだった。

 だからこそ攻撃の軌道を読み、防ぐことができた。

 それが同類を囮にして見捨てた、タランテスワーム・アナザーの敗因。

 

「何、してる」

 

「え?」

 

「行け! 走れ! 生きたかったら走れ! 立ち止まるなァ!!」

 

 マヤに対しサソードが今までにないほどに声を張り上げる。

 その叱咤にマヤは跳ね、一目散に森の中へ駆けだした。

 

「――――――!」

 

 獲物が逃げた、とワームが慌てて追おうするが・・・・・・そこで体が動かないことに気付く。

 

「どこを、見ている。獲物は、お前、だ」

 

 サソードは蜘蛛の足を離してはいなかった。

 むしろより力を込めて、一歩、また一歩と、ワームへ近づいていく。

 サソードの予想以上のパワーと気迫に気圧され、仰け反るワーム。

 

 そして足の張力が限界にきたところでサソードがさらに腕に力を込め、蜘蛛の足をへし折る。

 

「―――――――――!!?」

 

 先の攻撃を受け止められたことを含めて二度、ワームは虚を突かれた。

 同胞を殺したサソードへの怯えと染みついた逃げ癖もあった。

 よって、次の反応が遅れる。

 

 そんな怯む相手に容赦なく、サソードはへし折った鋭い二対の足を構え――――――返礼の如く、ワームの胸に突き刺した。

 

 

 

 血の噴水が、天を覆う枝葉を濡らして染める。

 声にならない絶叫が、樹海の闇に融けて消える。

 

 

 

「・・・・・・こんな・・・・・・こんなはずではぁ・・・・・・!」

 

 致命傷を受け倒れたワームは、メグともマヤでもない乱れた残像をその身に浮かべながら呪詛のような苦悶の声を漏らす。

 声を出すたびに、口から、傷口から、大量の血が吐き出される。

 ワームといえど、その姿はあまりに痛々しく、哀れだった。

 

「折角、()()()()のいないこの世界まで来てっ・・・・・・クソぉ・・・・・・あの時、男の方をコピーしていれば、こんな、こんなことにはぁッ・・・・・・!」

 

 この期に及んでワームは自身の敗因を擬態元に求めた。

 

 確かに、少女らは血濡られた戦闘とは縁の無い人達だったかもしれない。

 戦闘訓練の記憶を持つ男の方をコピーしていれば少しは勝率をあげれたかもしれない。

 しかし過去は過去だ。後悔しても何も変えられない。

 それが、誰も抗えない残酷な真実。

 

「・・・・・・擬態元が弱かったんじゃない。お前が弱かっただけだ」

 

 それを()()()()()()()()()サソードはその妄念を、苦痛を、一刀によって断ち切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・どうやら、丁度間に合ったようだね」

「いやいやさらっと定位置に着くなジン。いつの間に来たんだ?」 

「今だよ」

 

 冷たく返すジンだが、リゼの顔が曇ることはない。

 ()()()()()()()()()()ジンに呆れつつ、憑き物が落ちたように彼女の顔は清々しい。

 

「何かあったの?」

「別に~?」

 

 苛立ちではなく茶目っ気でやり返す余裕があるくらいだ。 

 リゼと千夜がアイコンタクトをして微笑みあう姿に首を傾げるジンだったが、良い意味での変化だということは何となく空気でわかったので「なら良いや」と一人ごちる。

 閑話休題。

 

 パン作りはココア主導のもと順調に進み、全員のパンができた。

 

 ・・・・・・さて、みんなは覚えているだろうか。今回はラビットハウスの新メニュー作りとココアとジンのパン作り対決(そしてリゼの手料理大作戦)を兼ねていたことを。

 

 ココアは最初に宣言した通りの新規開拓『焼きうどんパン』。

 ジンは三分クッキング的やたら凝った『ピザパン』。

 両者のパンが揃い、試食開始。審査員はチノ、千夜、リゼの三人。

 

 

 

 まずは先手、ピザパン。

「この濃厚なトマトの風味・・・・・・!」

「素材を活かした味だわ!」

「二種類のチーズとの相性も抜群だ!」

 

「ちなみに材料は全て仕入れ品を発注している店で揃えられるよ」

 

「「「「!?」」」」

 

「ジンさんは時々、父から仕入れ品の受け取りを任されていますが」

「それで品揃えを把握していたのね!」

「我が弟ながら、その用意周到さが恐ろしい・・・・・・!」

 

「くっ・・・・・・まだだよ! 私は! 私のパンは負けない!」

 

 次は後攻、焼きうどんパン。

「こ、これは・・・・・・!」

「焼きうどんとパンの完全調和!?」

「完璧ネタだと思ったのに! 食がとまらない!」

 

「・・・・・・これは、カロリーハーフのマヨネーズで炒めてあるね」

 

「なるほど。それが焼きうどんの味をまろやかにしつつ」

「油っぽいしつこい味になるのを抑えているのか!」

「小さく切った具材のお陰でパンに挟んであっても食べやすいわ!」

 

「おじいちゃんが言ってたの・・・・・・『料理とは(いき)なもの、さりげなく気が利いてなければならない』って」

 

(いき)・・・・・・か」

 

 

 

 以上で試食終了。

 結果は・・・・・・

 

 

 

 

 

 チノ、『焼きうどんパン』

 

 

 

 

 

 千夜、『ピザパン』

 

 

 

 

 

 リゼ、『焼きうどんパン』

 

 

 

 

 

 勝者、ココア『焼きうどんパン』

 

 

 

 

 

「これは・・・・・・しょうがないね」

 

 勝敗結果にジンは静かに納得した。

 

「どっちも美味しかったです、が・・・・・・」

「飲食店の者としては材料の仕入れルートをちゃんと把握しているのは良いなと思ったわ」

「接戦だったが・・・・・・すまないな。どっちかというとココアだった」

 

「いや良いんだ。身内贔屓で勝っても嬉しくはないから。それに負けた理由もわかってる」

 

 ジンの肩にココアが手を置く。

 

「愛、だね」

 

 『好敵手』と書いて『とも』とか読みそうな顔をしていた。

 

「・・・・・・愛かは兎も角、僕のピザパンはソースが悪い意味で勝ち過ぎていた。その所為で折角のパンの風味が塗り潰されていたんだ。その点保登さん「ココア」・・・・・・今日のところは勝者に従うよ。・・・・・・ココアさんは焼きうどんの味の濃さを調整して、パンと喧嘩しないようにしていた。それが僕の敗因だ」

 

 ジンは肩に置かれたココアの手をやんわりどかしつつ自身の敗因とココアの勝因を述べた。

 ココアはそんなこと聞かずに喜びの舞を(チノを巻き込んで)踊っていた。

 

「だけどココアさん」 

 

 ジンの強めの語調で流石のココアも舞を止めてジンの話を聞く。

 

「今日は君が勝った。それは君が僕より強かったからだ。だが、僕は総てにおいて頂点を目指す。つまり未来(あした)に勝つのは僕だ」

 

「うん! いつでもかかってきなさい!」

 

 最初はココアが叩きつけた挑戦状。

 そして勝ったのはココア。

 ならば次に挑戦状を出すのがジンなのは当然の理。

 ジンは生来の負けず嫌いなのだ。それは魂に刻まれていると言っていいほどに。

 ココアもその挑戦状を快く受けた。

 彼女は強敵とか好敵手とかを『ともだち』とか読んじゃう女の子だから。

 

「まあ、どっちも美味しかったですけど・・・・・・総菜パンはコーヒーには合いませんよね」「そうじゃな」

 

「ええ・・・・・・今それ言うのかチノ・・・・・・」

 

 オチはチノがつけたのだった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあみんなでパン食べよう!」 

 

 パン対決が大局的に見たらドローみたいな結果に終わったところで本来の新メニュー開発・・・・・・という名目のパンパーティーに戻った。

 

「なあ、ジン」

 

 ジンが中にイチゴジャムが入った人面パンを半分に裂いて「最後まで中たっぷりだね」と笑えないブラックジョーク言い、デザインしたチノとデザイン元(?)のティッピーを戦慄させていると・・・・・・リゼがその背に声をかけた。

 

 ジンが振り返ると、リゼはおずおずと皿を差し出した。

 

「私が作ったのだ。良かったら食べてみてくれ」

 

 それはサンドイッチだった。

 

 

 

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「どうしたの? リゼ、ジン」

 

「あっ、お母さん! 聞いてよジンが銃より刀の方が強いとか変なこというんだよ!」

「そんなことないよ! 日本刀は世界サイキョウの武器なんだってマンガに描いてたもん! お姉ちゃんこそ銃なんて単純な力に頼ったシレモノだよ!」

 

「痴れ者なんて言葉どこで・・・・・・そのことで喧嘩しているの?」

 

「刀振りまわしても、近づく前に撃たれたらどうしようもないよ! 銃が強いのはノブナガが証明してるの!」

「そんなタマシイのこもってない銃弾なんて全部はじけばいいでしょ!? で、そこからまあいに入ってそく首チョンパだよ!」

 

「もう、リゼはお姉ちゃんなんだからムキにならないの。ジンも首チョンパなんて怖い言葉を使わない・・・・・・うーん。二人が仲直りしないなら明日のピクニックどうしようかしら~」

 

「「えっ?!」」

 

「ピクニック行きたい人~?」

 

「「はーい!」」

 

「じゃあ仲直り、ね?」

 

「はーい」

「はぃ・・・・・・くっ!」

 

「ジン~?」

 

「はーいっ!」

 

 

 

 

 

 

「明日はアレ、作ってくれるよね!?」

 

「アレってサンドイッチのこと?」

 

「うん!」

 

「ホント、ジンはサンドイッチが好きね。じゃあ明日は早起きしないといけないわね」

 

「ジン! お母さんは体が弱いんだからワガママ言わないの! それだけ好きなら街のコンビニで買えばいいじゃない」

「えー!? 僕はサンドイッチはサンドイッチでもお母さんの作ったのが良いの!」

 

「分かったわ、明日のピクニックにはサンドイッチを作って行きましょう。リゼもお母さんを心配してくれてありがとう。気持ちだけでも嬉しいわ」

 

「でも・・・・・・」

 

「それならリゼ、明日の朝、サンドイッチ作り手伝ってくれる?」

 

「うん! わかった!」

「えー」

「・・・・・・その『えー』はどういう意味だジン」

「もくひけんこーし」

「なにおぅ!? じんもんしてくれる!」

 

「はいはい、仲直りした端から喧嘩しない二人とも・・・・・・ホント仲良しねぇ」

 

「「仲良くない!」」

 

「ふふふ、はいはい・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「リゼ、行くのよ! はやくジンをつれて山の麓まで逃げるのよっ!」

「リゼ、ジン・・・・・・あなたたちだけでも逃げ―――――――」

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「お姉ちゃ・・・・・・助け・・・・・・」

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「いやだ、いやだっ・・・・・・お母さん、ジンっ・・・・・・いやだよ、そんな・・・・・・あああああああああああああああああ!!」

 

 

 

‐―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・僕に、それを食べる資格は、ない」

「え? なんで?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「おい・・・・・・」

 

 聞き返してもジンは押し黙るばかり。

 リゼはジンを信じていた。

 ジンなら例えどんな酷い出来だったとしても、食べてくれはするだろうと。

 

 それが、裏切られた。

 

 リゼの手から、皿が零れ落ちて「ジンくん」

 

「え?」

 

 零れ落ちそうだった皿をココアが支えていた。

 そしてそのサンドイッチを、ジンに差し出した。

 

「ジンくん。食べて」

「・・・・・・断る」

「・・・・・・なんでかな?」

「ココアさんには、関係ない」 

 

 ココアは笑顔のままで、その口調も穏やかなままだ。

 されど同時に()()のある言葉だった。

 そして『温かさ』のある言葉だった。 

 例えるならそれは『子供を宥める母親に似た温かさ』だった。

 

 ココアは何も知らない。

 リゼの苦悩も過去も。

 ジンの苦痛も過去も。

 でも、友達が苦しんでいたら迷わず手を差し伸べようとする。そんな女の子だった。

 

「ジンくん言ってたよね『米粒から人間まで、総ての生命に敬意を払う』って」

「・・・・・・それが?」

「ジンくん。料理には生命(いのち)が宿るんだよ?」

「料理に、生命が?」

 

 リゼは放っておいたら永遠にジンと向き合うことを諦めそうだった。

 ジンは放っておいたら永遠にリゼと向き合うことを止めそうだった。

 二人を放っておいたら永遠に擦れ違ったままになりそうだった。

 

「人の愛情が籠った料理には生命が宿るの。だって料理は時に、人の人生を変えるものだから」

 

『絆とは決して断ち切る事の出来ない深いつながり。例え離れていても心と心が繋がっている』

『そばに居ない時は、もっとそばに居てくれるもの』

 そんな祖父の言葉通りに、二人にはいてほしいと思ったから。

 現在、家族と離れ離れに暮らしているココアだからこその共感だった。

 

「それに今日のところは勝者に従う、今日は私が勝者、でしょ?」 

 

 ココアはそんな口実を作って、朗らかな笑顔を浮かべた。

 ジンは・・・・・・その口実に甘えることにした。

 

「・・・・・・いただきます」

 

 何故そうすることにしたかはジン自身にもわからない。

 あるいはココアに()()()()母の面影が見えたのか。

 兎にも角にもジンは今日、保登心愛という少女に、二度負けた。

 

「涙・・・・・・」

 

 リゼが、口からつい漏れ出した言葉を、呟いた。

 

「え・・・・・・?」

 

 その言葉通り、ジンの瞳から一筋の涙が流れていた。

 七年越しの仮面が、外れかけていた。




次回ついに、あの安定のツッコミ(例外あり)金髪美少女登場! 一体誰なんだ・・・・・・次回『初めて会った日の事憶えてる? 自分の家のメイドにしようとしてたわよね』。


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