春。それは新しいものに巡り会う季節。
桜並木の道は淡い桃色の絨毯が敷かれていて、これを見る度に春だなぁ、と実感が湧く。
折寺中学に入学してからはや一年。二度目の人生といえどもやはり久し振りの中学生活。小学校では何故だかハブられるという悲しい生活だったけれど、中学では中々上手く集団行動出来てると思う。普段はボッチだけれども。
何がいけないんだろうなぁ、僕は普通に接してるしなにか嫌われるような行動も取ってない筈なんだけど。やっぱり目付き悪いからか、そうなのか!
むぅ、と唸って思考の底に沈んでいた僕だったけれど大気が震動したことでその思考は中断せざるを得なかった。
「……!」
煙だ。青い空に不釣り合いな黒煙は違和感しか与えずそれだけで何らかの異常が起きているのだと本能が警告を鳴らす。方角的に出所は……大手ショッピングモールだろうか。なんにせよ、僕が今いる場所からは程遠い場所。彼処の近くにはヒーロー事務所も数個あったから早々に片が付くだろう。
見上げていた顔を前に向き直して、いつの間にか足が止まっていたランニングを再開する。
ここら辺は人が滅多に居ないからトレーニングがやり易くて助かる。良い天気だし、気持ちの良いランニングが出来そうだ。
***
なんて、平和ボケしていた数分前の僕を殴りたい。なぁにが良い天気!だ。晴天でも僕の心は今現在、曇後雨霰の台風襲来だわ。
吹き出る悪意を背後に感じながら必死に茂みを掻き分けて前へと進む。前へ前へと思いながらも、そこから先は考えていない。考える余裕もない。恐怖と焦燥。じりじりと精神を焦がす二つの感情のせいでろくな考えが浮かばずに、それがまた精神を追い詰めた。
何か、何かないか………!!?
脚を動かしながら周囲へと目を配るも鬱蒼と繁る並木林の中。反撃に使えそうなものは無い。
せめてもの心の支えにと思ったのに何もないとかふざけんな心細すぎるわ。誰に言うでもない罵倒が脳内で飛び交っている中で、背後から"何か"が風を切る音と共に顔の直ぐ真横にあった樹木がバキリと音をたててへこんだ。ついでに僕の髪の毛もちょっと持ってかれたようで視界の端に金色の糸が舞う。
「おーい、待てよ~。そんな必死こいて逃げんなよ~」
殺すのが楽しくなるだろ、下卑た笑いと共に殺気が飛んでくる。怖い。こわい。
樹木に刻まれた裂傷を見るに相手は空気か何かを圧縮したりして操れる類いの『個性』持ちだ。立ち止まるのは愚策。立ち止まるな、走れ、走れ!!
恐怖で硬直していた脚を叱咤しながら転がるように前へと進んだ。なるべく狙いづらい様に軌道を変える。
風を操って斬る『個性』なら、障害物のない拓けた場所に出るのは不味い。それならばまだこの林の中の方が樹木が盾となってくれる。体力は消耗するが、仕方ない。林を掻き分け、飛び、隠れて。そうやって逃げ続けていると、ざわりと空気が揺れたように感じて、背筋が凍った。本能がうるさいほどに脳を刺激する。
「~~~~……っ!?」
熱さ、からの激しい痛み。やられた。不味い。ヤバイ。すごく痛い。
ジクジク痛む太股を抑えて咄嗟に近くの樹木に身を滑り込ませた。どうやら傷付けられたのは左の様で、結構深く入っている。動けなくなるのは時間の問題だった。
「そろそろ終わりにしようぜぇ~~鬼ごっこは飽きてきちまったしよ~」
意外と声が近い。不味いな、このままだとバッドエンドだ。そうなる前にどうにか、どうにかしないと。
震える腕を強く、強く掴んだ。大丈夫、怖いけど。やれる。何のためのトレーニングだったんだ、この為だろ。歯を食い縛って樹木の陰から飛び出した。気配が後ろから追ってくるのを確認しながら、脚をある場所へと向けて動かした。
目指すは、あの拓けた丘だ。
◆
オールマイトside
久方ぶりに生まれ故郷である日本へと帰って来た。何だかんだとアメリカでは多忙すぎる毎日を送っていたが、やはり国が違っても事件は起こる。
「えー、今現在、△◇県の△◇○ショッピングモール内で爆発があったとの情報が入りました。被害者からの証言によるとモール内では
昼近くに付いたホテルでテレビを付けると、映っていたのは此処からそう遠くない場所にあるショッピングモール内での事件だった。持ってきた荷物を整理していたがそれを放置して、部屋内にあった窓枠に足を掛けた。
***
「私が、来た!!!!!」
「オールマイト!?どうしてここに!君今休暇中だったんじゃ、」
「HAHAHA!テレビを付けたら丁度此処が映っていてね!居ても立ってもいられなくて駆け付けたと言うわけさ!」
眉間を揉んで肩を大袈裟に落とす旧友を横目に質問を重ねる。先ずは状況把握だが、見たところ他のヒーロー達によって事件はほぼ終着していると見ていいだろう。
「それが、被害者からの情報と捕縛数が合っていなくてね。一名逃走したみたいなんだ。今探知系ヒーローが跡を追ってるけど、もうそろそろ……」
「塚内警部!
「場所は!」
「東南に位置する国立公園内だと!」
「何だと!!?いや、だが確か彼処は人が全くいなかった筈。そう焦ることもないだろうな……、君今は休暇中だろう。この事件は僕たちに任せて君は休みを「HAHAHAHA!!なぁに、私に任せなさい!休暇中だろうとヒーローはヒーローなのだから!!」……って!おぃ……!!」
叫ぶ旧友を尻目に『個性』を脚に発動させて一足で飛び上がった。
何だか嫌な予感がするな。急いだ方がいいのかもしれない。
目指すはあの丘だ。
***
コンクリートを数度踏みしめて行くと、あっという間に国立公園内での唯一拓けた丘が見えた。彼処に着地するとしよう。再度跳び上がろうと脚に力を込めた瞬間、視界に一人の少年の姿が映った。
ランニング中なのだろうか、動きやすそうな服装で彼は林の中から転がるように出てきた。何か違和感がある。
よくよく見てみると、少年の太股周辺に赤い染みが出来ているのがチラと見えた。
マズイ!
少年は、敵に既にやられている!
転がるように出てきた少年は太股を引き摺るようにしながらも丘へと走る。その後方からのそりと敵が姿を現したのが見えた。腕を振り上げている。既に『個性』を発動しようとしている!!
このままではやられてしまう。だがしかし今私は空中へと跳び上がってしまっている。着地まで間に合うか、いや、間に合わせるのだ!!!
「─────私が、来た!!!」
風が舞い上がる。着地と共に傍に居た少年の腕を風圧で飛ばされないように掴む。
土煙が舞う中で、此方を見据えて叫ぶ敵に警告するように、そして少年へ宣言するように台詞を叫んだ。
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