肉塊か、奴隷か、権力者か。【1部完】   作:まさきたま(サンキューカッス)

9 / 11
プロットより進行が遅いです。もう少し早く進むつもりだったのですが。



埋伏。

 僕が、誰かを銃で撃ち抜いている夢を見た。

 

 醜く口を歪ませ、その誰かを侮蔑しきった表情で。僕は、カチリと頭に後ろに銃をあてがう。その人は、今まさに自らの命が絶たれんとしている事に全く気付いていない。

 

 誰だ?僕は誰を殺そうとしている?

 

 その、今まさに殺されんとしている誰かの顔は見えない。だが、このまま引き金を引いてはいけないことくらいは分かる。だって、顔は見えなけれど、彼の着ている服に刻まれた紋様は三日月で、つまり彼は僕の家族だって事で。

 

 観客席に目を向ける。信じられない、と言った表情で僕を見ているエルメ。戦場ギリギリに身を乗り出して、僕を射殺さんばかりの視線で睨みつけてくるレヴィ。呆然と僕を眺めるパルメに、目に涙を浮かべて抱き付くリリアン様。

 

────ああ、理解した。僕が今殺そうとしているのは、無防備な頭に銃口を向けているのは。

 

 僕を、息子と呼んでくれた。僕を、地獄から救い出してくれた。僕がどんな泥を被ってでも守りたいと思っていた。僕の恩人じゃないか。

 

────旦那様。気付いてください。僕は裏切っています。やめて下さい、そんな無防備に僕を信じないでください。

 

────やめろ。やめてくれ。指先に力を入れるな。銃を向ける相手が違うだろう。僕は、僕はこんなことを望んでいない!

 

 僕の腕は止まらない。引き金が無機質な音を立て、同時に爆音が戦場に木霊する。

 

 ああ。吹き飛んでしまった。僕を受け容れてくれた家族の頭が。僕と、家族を結んでいた絆が。たった1発の銃弾のお陰で、修復不能なまでに破壊されてしまった。

 

 僕は、何てことをしてしまったのだろう。僕は、何を考えてこんな蛮行に出たのだろう。

 

────僕は嗤って、勝利を宣言した。

 

「愚物が。とうとう最後まで裏切りに気付かぬか。貴様如きにこの僕が尻尾を振ってやったことを、冥府で誇ると良いさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うわああああああぁぁぁぁ!!」

 

 息が出来ない。動悸が収まらない。なんて、なんて夢を見ているんだ僕は!?

 

 空はまだ暗く、辺りは静まり返っている。ロルバックは、僕の悲鳴に対し煩わしいとばかり布団をかぶってしまった。

 

 にっくきロック陣営との“闘い”まで2日を切ったこの日、僕は中々寝付けず苦しんでいた。何やら、体の芯から湧き出る尋常ではない悪寒を感じていたのだ。

 

 やっとの思いで寝付けたと思ったら、何とも気持ち悪い悪夢にうなされてすぐに目が覚めてしまった。あんなにも酷いモノを見せられてしまっては、寝汗で全身がベタベタだ。

 

 ・・・1度、起きよう。あの、生々し過ぎる夢には、ひょっとしたら何か意味があるかもしれない。それに、気持ちの悪い引き金の感触が手にこびりついてこのままだととても眠れそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、デュフォー。くふふ、いい夜だね?」

「貴女と遭遇してさえいなければ、いい夜ですね。」

「・・・いけず。」

 

 一人、奴隷部屋を抜けた僕は少しだけ歩いて、窓のある廊下から星々を臨んでいた。運の悪い事に、色欲にまみれた少女とバッタリ出くわしてしまった。彼女は僕を視界に捕捉するや否やすぐさま鼻息を荒げてじり、じりと僕に近付いてくる。非常に面倒くさい。

 

 別にそう僕は言った行為に抵抗が有るのでは無く、単に彼女との行為が激し過ぎて翌日に疲れを引き摺るから嫌なのだ。1度、誘いに乗って身を任せてみて酷く後悔した。

 

「すみませんが、僕は疾く失せます。僕の人形をくれてやるので一人で盛っていてください。」 

「デュフォー君ってば、私の扱いが雑になってない?」

「そう感じられるのであれば、ご自身の胸に手を当てて行動を改めてください。」

 

 昼間のパルメはとてもいい人だけれど、夜のパルメは交通事故のようなモノだ。対処を誤ると巻き込まれて重傷を負ってしまう。

 

「ちぇー。いやね、そういうこともしたいけど。実は今夜は真面目な話も有るんだよ。“闘い”の事。もう2日前だよね?」

「・・・はぁ。真面目な話、ですか。では伺いましょう。どうなさいました?」

 

 ところが、少しばかりパルメの様子がおかしい。何時もなら、そろそろ問答無用とばかり飛びかかってくるのだが・・・。どうやら何時もの戯けた誘いだけではないようだ。曲がりなりにも「真面目な話」と前置きされたからには仕方が無い。彼女の言葉に耳を傾けてやろう。

 

 雰囲気は変わったものの、目の前の縮れ毛の少女の表情はだらしないままだ。どうも真面目な話をするような顔では無いのが気になるけれど。

 

 てへへ、とだらしなく頬を掻きながらパルメは口を開いた。

 

「いやー・・・、私のロック様への内通が、そろそろレヴィにバレそうなんだよねぇ。あんなに疑われている君が彼女の目を誤魔化せてるのって、つまりは精神魔法って奴なんでしょ? それで私のこともついでに誤魔化しといて欲しいの!」

「・・・はぁ。」

 

 真面目な話って、おいおい。いきなり何を言い出すんだこの痴女は。意味が分からないぞ。

 

「下半身のみならず、遂に頭まで壊れましたか? それとも僕はまだ裏切るような人間か試されて居るのでしょうか。」

「あー、隠さなくてもいーよ! 私もロック様から君がこっち側に付いてること、もう聞いているし。」

「・・・。」

 

 そんな訳が無いだろう。僕が裏切ってなど居るものか。・・・カマのかけ方が下手すぎるぞパルメ。

 

 仮に僕が裏切り者だったとしてそんな手に引っかかるわけ無いだろう。つまり、パルメに僕はどれだけ信用されてないかと言う話だな。このような幼稚なカマに引っかかりそうな無能だと思われていて、かつまだ僕は裏切り者であると疑われていて。

 

 あー、ヤバイ。割とショックかもしれない。この3月でソコソコ信用を得てきたつもりだったのに。僕ではまだ、パルメに家族であると思って貰えていないのかもしれない。凹むなぁ。

 

「あ、レヴィが色々と結界の対策とかしてたけど、ぶっちゃけ情報抜いて送ってたの私だからほぼ意味ないんだよねー。ふふふ、レヴィってば滑稽だよね!」

 

 もう僕は、信じるべき家族であるパルメの口からこんなこと聞くに堪えない。ぴしゃりと切って捨ててしまおう。

 

「いや、流石にそれは無理があるでしょう。いつの間に貴女とロックが接触できたというのです? パルメ、これは誰かの指示ですか?」

「・・・指示?」

「自分で考えて、僕にカマをかけに来たのか。はたまた、誰かに指示されて来たのか? って話ですよ。」

「いやいやいや! まーだそんなこと言ってるのデュフォー君ってば。ホントに私もロック様側だよぉ? あ、じゃあ何か証拠見せようか?」

 

 そう言って彼女は、いきなり僕の目の前でスカートをたくし上げる。ちらりと僕を一瞥し、むふふと笑いながら下着を下ろした。まだ毛も薄い、彼女の秘部が露わになる。そのまま下品にも股座に手を突っ込み、妙な声を挙げながら彼女は膣内からにゅるりと何かを取り出した。

 

「ふー、これこれ。君も持ってるんじゃないの? ロック様に頂いた、通信機器。多分同じ形でしょ、これで私を信用してくれないかな?」

「・・・何です? これは。」

 

 僕は、そう言って彼女に見たことも無い機械をポンと掌に置かれた。何やらしっとりしている、見たことのない機器だ。・・・そして、その縁にはLOCKEと刻まれている。

 

「いやー、最近レヴィが私を見る目に少し、なんていうの? 疑惑が混じってきてさー。ロック様に相談したらデュフォー君を頼れって言うじゃない? びっくりだよ。デュフォー君もこっち側なんだね!」

「・・・何を、意味の分からないことを言っているんですか、パルメ。あなたは、旦那様に雇われて、救われて、旦那様の、僕達の家族では・・・!?」

「正直ありえないよね。うちの旦那様。何世紀前の思想を押し付けてるんだって話。自堕落に、怠惰に無条件で人を信用しようだなんて、狂ってるとしか思えない。君はまともで良かったよ、デュフォー! だからもう演技止めなって。大丈夫だから、私は君と同じ理解者だし。」

 

 そう言うパルメの目は、ぎょろりと僕の両目を追い続け離さない。それはきっと、彼女なりの僕の精神魔法対策なのだろう。彼女と常に目が合い続けて離れないから、逆に僕は彼女の表情をうかがい知れる。

 

 彼女はきっと本気だ。信じたくはない。でも、そうであるか僕は試さなければならない。

 

「いつ、これを・・・?」

「いや私さ、前に奥様が拉致られた時から寝返ってたんだよねー。このまま潜伏して情報を送り続けるなら命を助けておいてやる、“闘い”の後も店員にして雇ってやるって契約でさ。飛びつくにきまってるでしょ、こんな好条件! 結構私も古株だし、それだけでうちの旦那様ったら無条件で信じてくれるし!」

「・・・そうですか、では信じましょう。僕はこの機械を渡されていませんので、久し振りにロック様に連絡を取って宜しいですか?」

「うんいいよ! っても今深夜だし出るのは多分店員だよ? それでもいい?」

「・・・ええ。」

 

 そういいながらカチカチと通信機らしきものをいじくり、彼女はロック陣営へと通信を繋ぐ。信じたくない。これは、僕を試す試験であると、そうで有って欲しい。パルメは、エルメさんと同期の古株なんでしょう? そんな人が裏切ってしまったら、旦那様も、エルメさんも、きっと悲しむでしょう?

 

 だが、現実は。彼女がカチャカチャと機器をなぶると暫くして、本当にロック商店と名乗る者へと連絡がついた。その名を、声を、僕は覚えていた。僕が偵察に行ったとき、僕に「偵察に来て頂き、ありがとうございます」と歓迎してきた店員だ。

 

 本当に、ロック陣営と連絡がついてしまった。これでは、流石に確定ではないか。

 

「・・・そうですか。そうでしたか、分かりました。ならばあとは僕に任せてください。レヴィの件、僕がうまく誤魔化しておきましょう。」

「おっ! 話が分かるねぇ。じゃ、頼んだよ!」

「ええ。あと少しの辛抱です、共にロック様に勝利を。」

 

 そういって僕は通信を切り、彼女に背を向ける。合わせて、彼女も後ろを向いてくれればありがたいのだが、彼女は僕の背中を凝視したままだ。完全に手の内がばれているな。実は光魔法が使えないことも、ひょっとしたらバレているのかもしれない。

 

 でもね、パルメ。流石に、僕に気を取られすぎだよ。僕を注視しなくてはいけない事のリスクを考えるべきだった。何で君は気付かないのか? 君のすぐ後ろまで迫った、その白い腕に。

 

「・・・へ? 誰!? 私の首を絞めるのは誰よ!」

 

 パルメの背後から生えた腕は、その痴女の首筋を確実に捉えてしまった。もう、逃れるすべはないだろう。

 

「あ、あぁぁぁ・・・! たす・・・けて、デュ・・・」

「この汚らわしい裏切者! 旦那様がどれだけ私達の為に心を砕いてくださったか!? どれだけ愛してくださったのか!? 知っていたでしょうパルメ!」

「残念ですよ、パルメ。僕は貴女の事、嫌いではありませんでした。」

「何・・・、なん・・・で・・・? だって、私・・・見た・・・—―――ッ!!」

 

 ゴキ。醜い音がして、パルメの顔が真横に折れる。

 

 彼女の瞳孔が瞼の上へと裏返り、彼女の口から飛沫が漏れ出て、そのまま力なくパルメは崩れ落ちた。

 

「エルメさん。・・・ありがとうございます。僕の代わりに、こんな汚れ仕事を。」

「・・・言わないで。何も言わないで。」

 

 僕は彼女(パルメ)の背後に立っていた、死神(エルメ)に僕は話しかける。彼女は目の焦点が、合っていない。明らかに、まともな精神状態だとは言えない。

 

 それも、その筈だ。パルメは、エルメにとって家族であり、親友の様な人でもあった。彼女の没落する前の、実家で営んでいた料亭からの付き合いだと聞いている。パルメと1番仲が良かったのは、間違いなくエルメだ。

 

「いえ、言わせてください。戦闘奴隷は、僕だ。これは、僕がしなくちゃいけなかった。」

「言わないでって、何も言わないでって言ってるでしょデュフォー!!」

「エルメさんにそんな顔させないために! 僕がこいつを殺すべきだった!!」

 

 死神は、瞼を紅く腫らし、頬を蒼白にして、パルメの折れた首を握りしめていた。ずっと家族だと信じていた少女の、首をゴキリとへし折ったのだった。

 

 新入りの僕が。まだ、罪悪感の大きくない僕が、やらなくちゃいけない事だった。

 

 ・・・それだけじゃ無い。僕はこれから更に、彼女を傷つけねばならない。

 

「ごめん、ごめんなさい、エルメさん。僕は、僕は!」

「・・・やめて。私は、私は旦那様の為に自分すべきことをしただけ。部屋に戻りなさい、報告は私がするわ」

「いえ、駄目でしょう。・・・まだ話をしなければならないことがあるでしょう?」

「いやよ。聞かないわ、聞きたくない、聞かせないで。2日後には”闘い“なのよ。貴方は早く、早く寝なさい。」

「本当にそれが、旦那様の為になる事ですか? 違うでしょう! 僕が既に、裏切者だとパルメに認知されていたことの意味を! 考慮するべきでしょう!」

「聞きたくない!!」

 

 彼女はなぜ、僕の事を裏切り者だと信じて話しかけてきたのか?それはつまり、

 

「どう考えても、僕もロック側に裏切っているってことではないですか!? だって、だって自分に暗示かけることが精神魔法の基礎なんですよ? 他人にやるのは難しくても! 自分の記憶を消したり、性格を弄ったりなんて簡単なんですよ! レヴィを欺くために、それくらいやってもおかしくないでしょう!? 3月前・・・、自分から偵察に行くなんて言い出していたんですよ僕は!」

「やめて! デュフォー・・・、だったら貴方まで殺さなくちゃいけない! 違うんでしょう? 今のあなたは私の家族なんでしょう? 以前に裏切っていたとしても、今は違うんでしょう?」

「精神魔法が解けたら元通りですよ! 裏切者になるんですよ僕は! だったら、だったら!!」

 

 そんなのは、嫌だ。今夜の、あの悪夢がそのまま現実となってしまうくらいなら、僕は今すぐ死を選ぶ。旦那様の家族であるまま、僕は死にたい。そしてどうせ死ぬなら。誰かに殺されるなら、僕は、

 

「エルメさん、僕は貴女に殺されたいです・・・。いつも、陰でずっと僕を見守ってくれていた貴女に。・・・ごめんなさい、ごめんなさい。僕は、いつも訓練の後に僕に笑いかけてくれた貴女が・・・。そんな貴女に、殺して貰いたいのです。」

 

 そう言って、無様に僕は。涙ながらに彼女の前に頭を垂れたのだった。

 

 直前で“闘い”のメンバーであると言うのに、死んでしまってごめんなさい。迷惑をかけてしまってごめんなさい。旦那様、僕は貴方を裏切りたくなんて無いのです。

 

 親友を殺してしまったという時に、更に追い詰めてしまってごめんなさい、エルメ。本当は、僕は貴女が好きだったのかもしれません。恥ずかしくてあまり話せていなかったけれど、いつもいつも貴女には救われていました。負担をかけてしまって、ごめんなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──むぎゅ。

 

 

 

 死を覚悟し垂らした僕の頭を、誰かが思い切り踏みつけた。はっと、エルメが息をのむ声が、()()()()()()()()。どうやら頭を踏んでいるのはエルメでは無い様だ。・・・誰だ?

 

「バカじゃないの! あんた、私を馬鹿にしているのね!? そんなに死にたいなら、死ねば!」

 

 頭上から聞こえたのは、最早聞き慣れたトゲのあるかん高い怒鳴り声だった。

 

「・・・レヴィ? あなた、どうしてここに!?」

「あんだけ大騒ぎして起きないはずがないしょ! この廊下、女子部屋のすぐ近くなのよ?」

 

 どうやら小柄で寝巻を纏った分析少女、レヴィがゲシゲシと僕の頭を繰り返し踏みつけていたのだった。・・・地味に痛い。

 

「・・・にしても、パルメが裏切者だった、ねぇ。まさかとは思っていたけど、何処かでそんな気はしてたの。最近彼女、ずっと心を見せないように振舞ってるっぽかったし。・・・信じたくなかったけれどね。」

「・・・レヴィさん。その、僕は、僕も・・・」

「うっさい喋んなバカ。」

 

 ゴン。レヴィは僕の胸倉を掴み上げ、今度はヘッドバットをお見舞いされてしまった。死を覚悟した僕を、更にいたぶるつもりなのだろうか。

 

「デュフォーあんた、私を馬鹿にしすぎでしょ。私の魔法が読み取る感情は、そいつの正真正銘の本性から出る感情のみよ。・・・確かに状況的に、あんたは3か月前に裏切ってそうだけれども。一方で今のあんたの感じてる旦那様への思いは間違いなく本物。それは保証してあげる。暗示で感じさせられた、性格がゆがんだことによって感じてるものじゃないわ。」

「そんな、でも、僕は、えっ!?」

「人の本性ってのはどうあがいても誤魔化せないモノ。貴方がここに来た当初にあそこまで歪んでしまっていたのは、私の知らない“外の環境”ってヤツのせいなのよ。元々貴方は心優しい人間よ。もし本当にあんたが裏切っていて、その記憶が戻ったとしても。きっと貴方は私達の家族のままのはずよ。」

「でも! 僕は裏切者だっていう事実に変わりはないです!」

「うっさいわボケ。好都合な事じゃないの、むしろそれは。」

「・・・はい?」

 

 ぱっ、と僕の胸ぐらから手を離したレヴィは、邪悪な笑みを浮かべた。僕は尻餅をついて、笑う彼女を見上げる。

 

「このままアンタがロックを再度裏切ってこっちに付くことを、果たしてロックの奴は予想できるのかしらね? 自分が人的資材に落ちる覚悟を持ってまで旦那様に付く奴隷の存在を、あの薬屋は信じられるかしらね?」

「・・・、それは! そうか!」

「見せつけてやりなさい、デュフォー。愛が勝つ、その瞬間をふざけたあの薬屋に!」

 

 そうか、それは・・・確かな、勝ち筋だ。現状では戦力の差が大きい。ロック陣営は基本的に全員が傀儡となっていて、裏切り工作も難しい。とならば、何かしらで裏をかかないといけない。

 

 奴隷が、ただの人的資源に落ちてまで旦那様を助ける為に行動する事が出来る。これは、間違いなくこの世界で旦那様のみが得た力。旦那様が何より大切だと常に言い続けている、慈愛の精神の具現。

 

「ええ、分かりました。僕達が勝ちましょう。僕が、きっと旦那様を勝利に導きましょう。人的資源に落ちても構わない。闘いの中で死んでしまっても本望だ。この家を、守って見せましょう。」

「ええ、信じてあげる。エルメ、貴女は?」

「・・・え? 私は、・・・。信じるわ。貴方を信じる。デュフォー、お願い。この家を、みんなを。とうか守って頂戴。」

「任されました!」

 

 2人の言葉に力強く僕は頷いた。そうか、例え裏切者でも、旦那様の力になれるんだ。・・・いや、違うな。旦那様の、高潔な精神が僕みたいな薄汚い裏切者すら寝返らせてしまったんだ。本当に、旦那様には頭が下がる。

 

「ありがとう、レヴィ。頼んだわよ、デュフォー。・・・パルメの事は、私が処理して旦那様に伝えておくわ。2人は休んでいて。」

 

 エルメは、寝間着の袖で涙を拭いようやく笑顔を見せた。作り笑いなのは見て分かるが、少しは余裕が出て来た様だ。そんな様子のエルメに、レヴィはぺしんと手刀をお見舞いした。

 

「あいた! ・・・レヴィ?」

「馬鹿。・・・こんなの、私がやっとくからあんたは寝てろ。・・・あ、デュフォー、今夜はエルメについていってあげて。今この娘を一人にしちゃ不味いわ。」

「分かりました。では行きますよ、エルメさん。」

「・・・え? いやそれ、私の仕事・・・。ちょっと、デュフォー? 離しなさい!」

「良いから寝ろバカ。エルメ、あんたは今日はもう十分に頑張ったんだから。後はソイツ抱き枕にでもして寝なさい。あんた人肌無いと寝られないんでしょ?」

「ええええ!? 何しれっととんでもない事バラしてるのかしら!?」

 

 そうなのか。ならばエルメは、案外寂しがりやなのかもしれない。ならばなおさら、今夜一人にしておく訳にはいかないだろう。

 

「では、一緒に寝ましょうかエルメさん。」

「えええ!? 躊躇いなしで同衾!? ねぇデュフォー、あなたって割と、割と肉食?」

「そんなんじゃないですよ。良いから寝ますよ。」

 

 ズイズイと彼女の腕を引き、僕は女子部屋へ向かう。全身を柔らかな温もりに包まれながら、その日僕とエルメは一晩を共にするのだった。翌日、エルメは少し眠そうだったけれど。

 

 僕の記憶が戻るまで、後1日。きっと僕は、記憶が戻っても、裏切ったりしない。そう、胸に誓った。

 

 

 

 

 

 

現在の所持品

使用人服(三日月の紋章入り)

水入れケース(空)

肉を包んでいた布

身分証明書(奴隷)

デュフォー人形(たくさん)

 

健康状態:正常

精神状態:催眠

LP:13550




1章終了まで、後2話ほど。
次回投稿は、未定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。