肉塊か、奴隷か、権力者か。【1部完】 作:まさきたま(サンキューカッス)
朝の寝覚めは最悪だった。やっと手に入れた安住の地が地盤沈下を起こし、僕は亀裂に吸い込まれ地中の闇深くに生き埋めにされた夢を見た。
昨夜の旦那様の話が聞けたのは、逆に大きな収穫だったと考えよう。このまま漫然と過ごしていては、僕の未来は良くて食用の肉、悪ければ生きたまま内臓バンクとして苦痛の中で死ねずに生き続ける羽目になりかねなかった。
まだ3か月近い、猶予がある。生き残るため、そしてゆくゆくは権力者となるため、この問題への対策に費やす時間がある。沈みゆく泥船から、安全に避難する術を模索するにはちょうどいい時間だ。
ロシェンヌを裏切る、という方向性はほぼ確定でいいだろう。問題はどうやって裏切るかだ。
裏切りは“闘い”における常套手段であり、その手順も正式なものが存在する。敵側、今回でいうとロックに事前に連絡を取り、ロック側に「裏切者」欄に僕の名前を登録してもらう必要があるのだ。僕自身が出向き、ロックと公的に契約を交わす事が出来れば晴れて僕はロック側の人間と闘いのシステムに認識される。ロックと連絡も取らず僕が勝手にロシェンヌの頭を打ち抜いた所で、僕も負け犬になって人として終わるだけだ。
だが、普通は奴隷から出向くことは難しい。何せ、本来は休みなど無いからだ。いかに凡愚なロシェンヌと言えど、流石に休日に家の外まで出歩くことは禁じている。そんなことをしたら裏切られ放題だしな。
したがって通常はロックが僕に接触しに来てくれるのを待つ他ない。だが、ロシェンヌのような雑魚相手にそこまで手間暇をかけなくても良い、と考えられている可能性もある。
何とかして、僕からロックの店まで出向いてかつ、ロシェンヌに怪しまれない必要がある。
事前に裏切りがバレてしまったら、さぁ大変。その時点で、僕はロシェンヌに人的資源として所有されるモノに成り下がる。裏切りは、裏切る本人のリスクが高く、裏切られる側のリスクは低い。だからこそ、破格な条件が用意されることも多い。・・・が、今回は破格な報酬が目的な訳ではない。報酬はそこそこでいいから、確実にロック陣営に寝返りたい。
運の悪い事に、分析魔法を使う奴隷をロシェンヌは飼っている。例え裏切りの契約を結べたとしても、彼女にあっさり看破されたらおしまい。ロシェンヌが彼女を処分しなかったのは、今となっては地味に面倒だ。
こういった山積みの問題は、一つ一つ丁寧に対処していかなければならない。対処を誤ると、明日にも奴隷仲間たちの食卓に僕の肉が並べられる。
僕は、僕自身の有能さを、信じるしかない。
「偵察、とな?」
「はい。僕の能力は、戦闘でも活躍いたしますが、最大限に能力を発揮できるのは事前の情報戦であると考えて提案いたします。」
「・・・ふぅむ?」
翌日、僕はロルバックと訓練に行く前に、ロシェンヌに面会を取り付けていた。
理由は簡単、すなわちロックに裏切りのアプローチをかけに行くためである。それに、相手の戦力の偵察を闘いの前に行うのは一つの定石でもある。・・・相手に偵察がバレて不法侵入で通報されると、その場で射殺されてしまうというリスクがあるけれど。
「危険ではないかね? 君が光魔法の使い手とはいえ、赤外線センサー等を躱すことはできない。我が家の訓練施設も、十重二十重にセンサーを仕込んである。ロックも間違いなく、仕込んでいるだろう。」
「お任せください。認知魔法の方ですよ、使うのは。」
「ふむ? 聞かせてもらおう。」
「昨日のレヴィにかけた呪文の逆。――――つまり、小型のカメラを身に着けてもらい、それをロックの奴隷本人に気づかせぬまま私の代わりに偵察して来て貰うのですよ。光魔法で姿を消して店の中をうろつきつつ、ロックの雇った奴隷に対し工作を成功させて見せます。」
「ほほう! 面白い案である! それなら貴様の危険も少ないな。・・・よし、許す! 行ってくると良い!」
「御意。この私の誇りにかけて、奴の致命的な情報を盗んでまいりましょう。旦那様の、勝利の為に。」
「期待しているぞ、デュフォー。」
どうやって説き伏せようかといろいろ考えてきたのに、あっさり二つ返事で快諾されてしまった。
・・・いよいよ本当に、救いようのない馬鹿だな。
「旦那様! 旦那様!! デュフォーの奴が!! 今度は玄関の外へ、なんとあのロックの店に向かって! 誰も連れず一人で歩いて行きましたよ!? 遂に馬脚を見せました!! 今回は、私だけでなくロルバックの奴もその姿を目撃しております!」
暫くして、レヴィがひどく狼狽え鼻息荒くロシェンヌの部屋へと駆け込んできた。
「ああ、私が許可を出したんだ。偵察だよ。」
「・・・え!? な、何を考えておいでですか!? このまま奴は間違いなく、にっくきロックの店に裏切りに行きますよ!」
「落ち着き給え、レヴィ。彼はそこまで愚かじゃあるまい。仮に今そのようなことをして、これから3か月もの間君を欺き続けれるのかい?」
ロシェンヌは駆け込んできた自らの奴隷に対し、ニヤリと笑う。彼とて、デュフォーが寝返る可能性を全く考慮していないわけではないのだ。ただ、彼は確信していたのは、目の前のレヴィという少女が寝返ることはないだろうという一点のみであった。レヴィは腕の良い分析魔法の使い手だ。ロックの起こした調略により、彼女の分析魔法の師匠であった彼女の両親は殺されてしまった。が、レヴィは齢14にしてすでに親を超えているのだ。まさしく鬼才。
果たしてデュフォーは気付いているのだろうか?彼女は理論的に不可能と思われていた読心術の真似事さえ儀式に時間をかければ成し得る、恐らくは当代で5本の指に入る分析魔法使い。本気で分析を行う彼女の前に、多少認知魔法を用いたところですぐに看破されてしまうだろう。今回ロシェンヌが偵察を許したのは、言わば彼なりのデュフォーが全幅の信頼を置くに足るかのテストでもあった。
それに、ロシェンヌにも彼なりにデュフォーが信頼に足るという根拠がある。
「心配しすぎだよ。本当に裏切るつもりなら、発覚を恐れて闘いの直前に偵察を提案するだろう。今ロックと契約を交わしたところで、それを感情の読める君が看破できないはずもない。」
「・・・ですが、心配です。奴は得体が知れない・・・、いいえ、私は怖いんです。分析魔法を使わないと、何を考えているか全く読めない、奴の暗く濁ったあの目が。」
「いや、そんなことはないさ。昨日私が今回の・・・ロックの所業を、我が胸の内を語ったとき、確かに奴も私と同じく怒りをあらわにしていた。レヴィの言う濁った眼ではなく、間違いなく怒りに燃える目をしてくれた。やはり奴にも、感情はある。ならば、外の世界で抑圧され荒み切った彼の心を、我らが花咲かせてやろうではないか。」
「・・・旦那様が、そこまでおっしゃるのであれば。」
そう彼女を諭してみるも、レヴィはやはり不満げな表情でロシェンヌを見上げていた。嫌な予感、つまり第六感とでもいうのだろうか? レヴィの全身が、デュフォーという
「ですが、やはり心配です! 私に隠れてデュフォーに分析魔法をかける許可をください。旦那様は、恐縮でございますが奴に裏切っていないかどうかを問うてください。彼の答えを分析し、私が奴の欺瞞のすべてを暴ききって見せます!」
「あぁ。わかった、許可しよう。その代わり彼が裏切っていなければ、きちんと謝った後、今後彼に好意的に接してあげなさい」
「・・・分かりました。」
そして一方ロシェンヌにもまた確信があった。彼が私に心を開いて本気で共に闘ってくれればくれれば、
「デュフォーよ、お願いだ。私としてもお前を気に入っているのだ。頼むから、裏切ってくれるなよ・・・?」
少年の帰宅は、早かった。昼を少し過ぎた頃、デュフォーは屋敷へと戻って来た。速足で屋敷を歩みながら、最も奥の部屋へと向かう。眼鏡をかけたメイドの控える、大きな扉の前へ。
「ロシェンヌ様に報告をさせていただきたいのですが、エルメさん。」
「・・・分かったわ、取り次ぐから待っていなさい。」
そういって、ドアをノックしロシェンヌの部屋へと入っていく彼女の顔色は、悪い。部屋の前に控えていたエルメも、今日デュフォーが裏切っているかどうか試すという話は伝わっている。彼女は彼女でデュフォーを心配してるのだ。
もしロックに内通し、報酬につられて裏切ってしまっていたら。恐らくその場で、旦那様はデュフォーを殺すだろう。いかに優しい旦那様と言えど、裏切者を家族に迎え入れたりはしない。旦那様は心の奥底から信頼できる相手を探している。
その一方で、デュフォーも実は全く余裕がなかった。急ぎ、ロシェンヌに伝えねばならぬ事実があったのだ。自らに普段から目をかけていてくれるエルメの様子がおかしい事にすら、気が付かないほどに。
「入れ」とドアの向こうから声がした。
パタン。その言葉を聞くや否や、普段のデュフォーでは考えられぬ程に乱暴に、彼はロシェンヌの部屋のドアを開き入って来た。
「ただいま戻りました。・・・旦那様、ご無礼をお許しください、急ぎ伝えねばならぬことがあるのです!」
「落ち着き給えデュフォー。して、首尾を聞こうか。」
「落ち着いてお聞きください。
「・・・は?」
息も絶え絶え、汗も拭かずに入って来たデュフォーが告げた言葉はロシェンヌにとっても衝撃的な事実であった。
「私が裏切っているか否か、レヴィが試すつもりでございましょう!? 彼女が渾身の手管で書き上げた魔方陣を用いて、私を分析するのでございましょう!? すべて、敵に筒抜けでございました!!」
「何だと!! 待て、待て待ってくれ! それは事実か? では何か、ひょっとして今この時も!?」
「恐らく、筒抜けでございましょう!」
「レヴィ!! レヴィよ、分析は? この者の、デュフォーの言葉の真偽はいかに! 嘘だと述べよ!」
そう絶叫してロシェンヌは、デュフォーを試すべくベッドの陰に隠れていたレヴィに掴み掛った。
レヴィの顔面は蒼白だ。分析魔法により、言葉に乗せられている感情はおろか発言するに至ったまでの思考回路すらも読み切る彼女の出したその結論は。
「本当に・・・そうなのね? デュフォー・・・。」
真実であるという、残酷な判決だった。
「私は歓迎されたのでございます、旦那様。姿を消し、コソコソと店に入ったと同時に声をかけられたのです。『はるばる偵察にお越しくださいましてありがとうございます、デュフォー様。まことに良い天気ですね。』と。」
「バカな・・・。ありえぬ、この屋敷の対魔法結界は偉大なる初代様が施したものだぞ・・・! 侵入者に気付けぬわけがない!!」
「そして、私は聞かされたのです。いかに旦那様の勝ち目が薄いか。ロックの側につけばいかに有利かと。今寝返るなら、貴様の命は安泰であると!」
「・・・デュフォー! その問いに対して貴方は、どう答えたの!?」
「この
少年は絶叫した。その眼には、大粒の涙をいくつも蓄えている。
「
「デュ・・・デュフォー! 貴様は・・・何と!何とすでに心を開いてくれていたか!」
「旦那様の胸の内を聞いて! 僕は、貴方の為なら命を捨てるのが怖くなくなった!命を賭してでも、奴から情報を抜ければと思ったのです・・・。申し訳ありません、申し訳ありません! デュフォーは意気揚々と偵察に赴き!何も情報を奪えませんでした!」
「おお・・・。デュフォーよ、そこまで・・・!」
錯乱し慙愧するそのデュフォーの言葉に、仕草に、表情に。誰より仰天したのは、ロシェンヌの傍で顔を青くしていたレヴィだった。
「・・・そう、私が間違っていたのね。貴方は・・・既にロシェンヌ様に忠誠を捧げていたのね。ああ、ごめんなさい。デュフォー、私が悪かったわ。ごめんなさい・・・。」
「おお、そうか。レヴィも分かってくれたか。彼女をどうか許してやってくれ、デュフォーよ。彼女も、私の為に必死でいてくれる私の大事な家族なのだ。」
「勿論でございます、ロシェンヌ様のご家族なら、私にとっても大事な姉のような存在ですから。」
その言葉に、小柄な少女は顔を覆い泣き崩れた。あらぬ疑いをかけて、卑劣な手段で家を追い出そうとした自分を恥じながら、何度も何度も繰り返し目の前の少年と抱き合い、そして懺悔したのだった。
・・・そして部屋の扉付近にて着かえていたメイド服を着た少女は。嬉しそうで、羨ましそうで、不満そうな。そんな複雑な表情をしていたけれど。
「おほん、割って入る無粋を許してください。今この場の会話も筒抜けであるという事実にどう対応すればよいかの話も必要かと。」
家族の絆を契り、共に手を取り合い泣くことしばし。我慢の限界といった表情のメイドがロシェンヌに話しかけた。
「おお、そうであった。レヴィ、出来るか?」
「はい。私の仕事でございます。即座に手口を解明し、奴らの盗聴を防いで見せましょう。」
「うむ。・・・デュフォーよ。」
「はい、何ですか?旦那様。」
「これからよろしくな、
ロシェンヌは、宣言する。自らの勝利を。家族の絆を。奴隷との結束を。
「デュフォーとやら。貴様、我が店へと寝返るつもりはあるか?」
店に入った瞬間に声をかけられロックのもとへ案内されるとはさすがの僕も予想外だった。聞くと、すべて屋敷の会話は筒抜けだったとか。という事は僕の情報もある程度筒抜けじゃないか。なんでも、屋敷の対魔法結界が数十年以上前の方式のまま一切変えていないらしい。あの
「よろしければ是非。報酬はいかほど?」
「ふぅむ。・・・何を望む?」
「・・・で、結構でございます。」
「ほう、その程度で良いか。よほど、寝返りたいのだな!」
「当たり前でしょう。」
「実にも実にも。フハハハ!! よかろう契約だ! さてさて、レヴィという者はなかなかの使い手だぞ、貴様に彼女を欺き通せるかな? ロルバック、レヴィ。実は俺はこの二人が欲しくて、ロシェンヌに闘いを吹っ掛けたようなものなのだ!」
「左様でしたか。ではこの私は、如何です?」
「いらん!」
ありゃ。僕はどうやらロック様の眼鏡にかなわなかったようだ。
「貴様は、自分で考え思考するタイプだ。即ち意識があればこそ輝く。我が配下に、自我を持つものはいらん!」
「・・・成る程! つまりロック様は。」
「ああ! 精神魔法の使い手である。貴様もかなりの腕らしいな。出来れば今後も貴様とは戦いたくないものだ!」
精神魔法の一つに傀儡化というモノがある。僕も、一応は習得している。人としての証である“感情と意志”を消し去り術者の指示を絶対に順守させる、強力な魔法だ。人権があるものに対しては、この魔法の行使は例え同意があれど違法とされている。テロ行為によく用いられるからだ。実行犯が操られていた場合、術者の特定が不可能なのだ。所有者がはっきりしている人的資源にのみ適用とされる。
つまり、これを用いれば死を恐れず決して裏切らない兵士が完成する。だが欠点として、彼等には自分の思考が存在しないために、彼らの動作は全て術者が制御せねばならない事が上げられる。例え傀儡の位置からなら気付ける情報も、見逃してしまう。人数が多いと制御はおざなりになる。実用化するなら、かなりの修練が必要だろう。
「では、あまり長いと疑われてしまうのでこのあたりでお暇を。ロック様、私が貴方に勝利を捧げましょう。」
「ああ。期待してやってもいい。出来れば無傷でロルバックが欲しいからな!」
「では。」
一礼し、僕はロックに背を向ける。
僕の後ろで控えていた、ここまで案内してくれたロックの店員の目が合うと・・・キラリと怪しく光った。何か分析されたか?
まぁ敵方の奴隷側から裏切らせろだなんて、警戒して当然か。好きなだけ分析するといい。僕の能力は恐らく割れてしまっているし、裏切りが真実であることをわかってもらえた方が都合がいい。
「動じないのだな。」
「出来れば、止めてほしいのですが。」
「くはっ! 面白いぞデュフォー。悪かった、そいつの分析精度は大したことないから俺は当てにしていない。ただ貴様の反応を見たかっただけよ。」
「そうでしたか。では、失礼を。」
それは多分、嘘だろうな。恐らく今ので色々情報は抜かれたと考えて行動していくとしよう。
何にせよ、僕は公式にロックと裏切る契約を結ぶ事に成功した。口約束ではなく、僕の生体チップにより管理される「電子戸籍」にはっきりロック本人の造反契約承認済と情報を送信されたのを帰り道に確認出来た。こういった公的な契約は国に保証される。少なくともこの契約に関してロックに欺かれることはないだろう。
後はレヴィをどう欺くかだが。これはレヴィ本人が口に出した情報から容易だろう。
彼女は、言葉の感情を読めると言っていた。真偽を読むのではない。
さようなら、有用で優秀な僕。
今日の記憶と自らの冷静さを、期限を設け封印する。
僕は愛という得体も知れぬモノに身をゆだねてやろう。ロシェンヌに心服する愚物に成り下がろう。
闘いが始まるその日まで、今日の僕の記憶は鍵をかけたロッカーに放り込む。どれだけレヴィが分析魔法の化け物であったとて、本人が知らぬことをも読み取ることは不可能だろう。そして、愚物に成り下がり奴らとレベルを合わせてやった僕を、ロシェンヌはさぞ好意的に受け止め扱ってくれることだろう。
虫唾が走る。が、仕方あるまい。
闘いが始まるその時まで、僕は自らの有用性を放棄し、愛におぼれる覚悟を決めたのだった。
現在の所持品
使用人服(三日月の紋章入り)
水入れケース(空)
肉を包んでいた布
身分証明書(奴隷)
デュフォー人形
健康状態:正常
精神状態:催眠
LP:800
朗報:デュフォー愛に目覚める。
次回更新日は未定です。恐らくGWが終わるまでにはかけるかと。