肉塊か、奴隷か、権力者か。【1部完】   作:まさきたま(サンキューカッス)

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とりあえず書けたら即投稿していきます。
書き溜めはありません。


後悔。

「大変だわ!! デュフォーの奴が、リリアン様の楽器を盗難しようとしているわ!! 欲に目が眩んだのかしら、外に売りに行くつもりよ!! 皆、集まって頂戴!!」

 

 醜悪にゆがむ少女の口元が虚言を紡ぎ、その妄言は屋敷へと波打つ。僕には立ち尽くすことしかできなかった。

 

 初めから彼女は、これが狙いだったのだろう。思えば彼女は最初から僕の存在を否定的に考えている様に見えた。幾ら、信用を得ようと僕が努力したところで無駄だったのかもしれない。

 

「ほら、ご覧なさい! アイツが、リリアン様の楽器を! やはり裏切ったわ、デュフォーは信用ならない奴なのよ!」

 

 まさかの事態に絶句していた僕は、窓からこちらを指さしてキーキーと狂ったように騒ぐ彼女を、ただ呆然と見つめるだけだった。

 

 レヴィの態度から僕がひどく嫌われているのは、理解していた。だがしかし、まさか自らの雇い主を謀ってまで僕の排除に動く程だとは。そこまで、愚かな人だとは考えたくなかった。そんな人物が、悠々と貴族に飼われていたなんて事実が僕には受け容れ難かった。()()()()()()()()()()()から信用を得ようとしていた僕は、同様に愚かな存在だったという事になるのだから。

 

 最も、当然のことながら僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ねぇ、レヴィ。」

「何よエルメ。これで貴方も分かったでしょう────」

「レヴィ、言いにくいのだけれど。」

「何よ?」

 

 

 

 

「あーレヴィ、私にはね。確かに庭の門近くには彼が見えるのだが。・・・同時に、彼は何も持っていない様にも見えるのだがね?」

「はい、私もそう見えますわ、お父様。」

 

 ビシリ。愚者(レヴィ)の表情が凍り付いた。

 

「────は? ま、まさかアイツ、咄嗟に光魔法をかけて誤魔化したの!? さっきまで確かに奴は楽器を持ち出していました! だって、それに、今も私には楽器がみえて───。私には、今も楽器が、見えます────。え?」

「なら精神魔法の方だな。光魔法では無く、奴のもう一つの十八番の魔法だそうだ。」

「ハハ、何とも多芸な男である。・・・して、何がどう言うことなのか、ジックリと話を聞こうか。おーいデュフォー、上がってきたまえ。」

「畏まりました。」

 

 

 

 旦那様に窓から呼びかけられ、一礼し僕は屋敷へと戻った。当然、僕は楽器など抱えてはいない。そう思い込んでいるのはレヴィだけだ。

 

 実は僕は、そもそも楽器を持ち上げた後、筋力的に一歩たりとも歩くことなど出来なかった。彼女の命令がちゃんとしたものならば、後でロルバックに事情を話して運ぶのを手伝って貰うつもりだったのだ。無理に運び出して楽器を壊してしまったら責任が取れない。

 

 今回のように僕が騙されている可能性も考慮すると、やはり()()()()()()()()()()()()()()()()()()認知させるのがベストと考えた。向こうも、分析魔法を僕の許可も得ず何度かかけてきているのだし、精神魔法で僕がやり返しても文句は言えないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デュフォーがつまらない悪戯を仕掛けたのよ。私は不意打ちで魔法をかけられ、無く楽器を運び出している様な幻も見せられ、その結果旦那様にも迷惑をかけてしまったわ。悪いのは、デュフォー1人よ。」

 

 僕が二階に到着すると、ちょうど愚者(レヴィ)が下らぬ妄言を吐き散らしている最中であった。

 

「旦那様、デュフォーが戻りました。」

「うむ、来たか。・・・明快に、お前がレヴィに精神魔法をかけ、我が家の門付近に立っていた経緯を説明せよ。虚言は許さん。奴隷に嘘を吐かれてしまったら、私はお前を処断せねばならないからな。逆にお前が正直であったなら、悪戯だとしても一度だけ見逃してやる。では、延べよ。」

 

 ジロ、と旦那様が僕を睨む。当然、レヴィを庇いたてる必要はないので、今夜起こった事実をそのまま報告した。

 

「そうか・・・。お前はレヴィが楽器を運べと命令を出したので、怪しいから運んでいる幻影をレヴィにだけ見せたと言うのだな? 残念なことにレヴィの話と食い違う。つまり、どちらかはこの私に嘘を吐いたという事になるな。」

「旦那様!! 私を信じてください! この、何を考えているかわからぬ男より、生まれた時より旦那様に尽くし続けてきた、この私を!!」

 

 旦那様から何も問われてもいないのに、勝手にペラペラと自分の弁護を始めた愚者(レヴィ)は放っておいて、旦那様の判断を待つ。

 

「こいつは私をハメたのです! 私が普段からデュフォーは信用ならないと警戒していたから! 私を排除しようと・・・!」

 

「・・・レヴィ。聞き給え。」

「はい、旦那様!」

 

 酷く哀しそうな顔をした、雇い主様がレヴィの正面に立った。

 

「嘘を吐かないでくれるなよ? 最後の通告だ。正直に話してくれ。私に嘘を吐いたなら・・・処断だ。では、()()()()()()()()()()()()()。」

「・・・旦那様? 何故それを私だけに問うのです。何故私に向き合うのです。旦那様!?」

「余計な口は挟むな。・・・正確に話したまえ。」

「わた、私はっ・・・!!」

 

 流石に貴族様。レヴィが嘘を吐いていたことはお見通しのようだ。

 ポロポロと。愚者(レヴィ)の両眼に大粒の涙が浮かんできた。

 

 

「─────デュフォーは、駄目です! 奴はきっと裏切ります!」

「レヴィ。質問に答えなさい。レヴィ!」

「私を()()()()()()()()()()()()()()()!! 死ぬのは怖くありません、ただっ! コイツだけは、絶対に────」

「落ち着きたまえ、レヴィ!」

 

 

 旦那様は、おもむろに愚者(レヴィ)を抱き締めた。

 

「お願いだ、彼を拒絶しないでやってくれ。」

「・・・旦那、様。」

「私の想いは知っていてくれているだろう? お前の様に、命をかけてでも私のために動いてくれたレヴィのように、私もお前達のためなら命を張る覚悟は有るのだ。その中に、デュフォーも入れてやってくれ。断言しよう、彼は私の味方だ。いや、味方になってくれる。」

「・・・。」

 

 何をやっているのだ? 旦那様はレヴィが嘘を吐いた事は見抜いたようだが、何故彼女を抱き締めているのだろう。即座に首を飛ばすと思っていたので、取り押さえようと構えていたのだが。

 

「デュフォー。君はレヴィに迷惑をかけられた形だ。だが、彼女を許してやって欲しい。────良い機会だ、今から私の部屋に来たまえ。少し、話をしようじゃないか。」

「───畏まりました。」

 

 このような旦那様の態度には何か理由が有るのだろう。レヴィの様な分析魔法の使い手は希少だから、多少甘くしているのもしれない。だが、罪には罰を与えないと規則が緩んでしまう。諫言するべきだろうか?それとも、僕には想像もつかない理由が有るのだろうか?

 

 旦那様の、その何かしらの“理由”が聞けることを期待して、僕は旦那様の部屋へと着いていった。

 

 

 

 

 

 

「入ってきたまえ、デュフォー。」

 

 ガチャリ、とエルメが一際大きな、宝石を所々に散りばめられている扉に手をかけ、内側へと開く。

 僕が着いていった先はやはりまだエルメに案内されていない場所で、屋敷の一番奥にあたる部屋だった。ここが旦那様の部屋なのだろう。

 

「失礼致します。」

 

 一礼して、僕は部屋に足を踏み入れた。

 

 旦那様の部屋はリリアンの部屋より更に大きなシャンデリアが吊され、高価そうな鏡や大きなベッドが置かれてなお部屋は広く、そして何より、壁の目立つ位置にかけられた女性の人物画が目を引いた。

 

「美人だろう。私の妻だった女性だよ。」

 

 そう、自慢気に旦那様は笑った。成る程、人物画に描かれた女性は少しリリアンに似ている。

 

「────さて、何から話そうか。デュフォー、これから私が語るのは、3ヶ月後の“闘い”のきっかけさ。君の終身雇用の試験でもある。」

 

 

 

 そして、貴族の独白が始まった。

 

 

────ロシェンヌは、貴族としては3代目にあたる。先の戦争において多大な功績を挙げたのは彼の実の祖父であり、貴族としての家の開祖である“ロシェンヌ”である。以降、当主は代々ロシェンヌを名乗り続けている。そう言う、規則なのだ。()()()()()5()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う恩賞を得た。従って、彼の孫たる“現・ロシェンヌ”も貴族として扱われる。

 

 そして開祖のロシェンヌから5代目のロシェンヌになるまでに、新たに功績を挙げ国に貴族として価値を示せば、その貴族としての系譜は延長される。そう、逆に言えば貴族であるからと言ってその地位にあぐらをかいて漫然と生きていれば、やがてその地位を失うのだ。

 

 貴族の地位は、国によって保障される。即ち、“国の指定する労役”を定期的にこなすだけで安定したLPが支給される。その労役とは、主に“罪人の処刑”や“国家反逆者の追跡、調査”であり、いわば貴族とは公務員のようなものなのだ。

 

 

 

 さて、ロシェンヌの家の近くに店を構える、薬屋のロックと言う男が居た。

 彼はひと言で言うなら“野心の塊”で、自らの店を拡大するためには何でもする様な男だった。それは、彼自身の莫大な(LP)にモノを言わせた強引な手段である。

───非労働者を()()()()()()()、上級貴族たる闘いの管理人から()()()()()()()便()()()()()()()()、自分の店の周囲に敷地を持つ商人や貴族を、罪人として立件するのだ。

 彼の処方する薬は、現代病とも言われている膠原病の特効薬で需要は高い。その製法は彼の一族が独占し、彼の一族に不興を買えば薬を売ってもらえない。彼は、たかが商人とはいえ莫大な権力を持っていた。ゆえに、そんな真似ができたのだ。

ある日、ロシェンヌが労役を終え家に帰ると、泣き叫ぶリリアンに、物言わぬ死体となった数人の奴隷、そしてズタズタにされた夫婦の寝室。

 生き残っていた奴隷に話を聞くと、彼の妻は国家反逆を企てた犯罪者として逮捕されたという。寝耳に水だった。

 妻を助けようと割って入ったという古くから馴染みの奴隷も殺され、私の“家族”は一気に半分へ減ってしまった。

 何が起きたかも理解できぬまま、悲嘆にくれたロシェンヌは妻の釈放を求め、ロシェンヌ邸近辺をを管理していた上級貴族に問い合わせる。結果は「不可」であった。

 

 何の情報も得られぬまま心当たりを駆け回ること数日、一枚の写真が電子メールでロシェンヌ邸に届けられた。差出人はロック・バーレイ。

 

 そこには、全裸で四つん這いとなり、一目に非労働者とわかる醜い男のソレを咥え込む妻の姿が写されており、付属してそのメールには短い本文があった。

 

「闘え、さもなくばコレは返さぬ。コレは、我が店に飾っている。見に来たくば、来い。」

 

 ロックからの挑戦状、いや明確な挑発状だった。激怒したロシェンヌは、震えるその足でロックの店へと向かう。

 どういうつもりだ、我が妻が一体何をした、飾っているとはどういうことか。聞きたいことは山のようにあった。

 だが、ロックの店に着くとその疑問の大半は消し飛んだ。

 

 いや、どうでもよくなった。

 

 電子メールに写されたままの姿の妻は、ショーウィンドウに入れられ、汚い男のソレを咥えたままピクリとも動かない。そう、彼女はすでに「剥製」に加工されていた。

 犯罪者となり、人としての権利を失った彼女は、恐らく生きたままに皮をはがれ、首を落とされ、剥製となった。

 ロックの店を彩る展示物の一つとして、その裸体を晒し続けていた。

 

 

 

 

「こんな理不尽があってたまるか!!!」

 

 そこまで話した後ロシェンヌは、僕の目の前でいきなり激高した。その目じりには涙を浮かべ、こぶしをギリギリと握りしめる。その様は、悪鬼羅刹を彷彿とした。

 

「奴に目的を尋ねたさ、私は!! 何が狙いでこのような、悪魔の所業をなしたのかと! ロックは何と答えたか!? “お前に喧嘩を売れれば何でもよかった、ここまでされたら貴様も“闘い”を受けるだろう?”と来たものだ。・・・今も!! 妻は奴の店に晒されている! リリアンは! 無邪気に母親は逮捕されて居るだけだと思っている! 悔しいのだ、許せんのだ!! ロック・バーレイという畜生が!!」

 

「・・・それは、心中を察するには、余りあります。」

「ふぐぅぅぅぅ、うおおおお!! 勝つのだ、何としても! 奴に怒りの鉄槌を! 我が妻の尊厳の奪還を! 頼む、デュフォー!! 貴様は優秀だ、お前のような才気溢れる奴隷はそうそう居らん! その才能を、才気を、技量を!! 存分に振るい、私に力を貸してくれ!」

「光栄な評価、ありがたく。必ずや、旦那様のご無念をこのデュフォーが晴らして差し上げましょう!」

「ああ、ああ。・・・頼んだぞ、デュフォー。すまない、取り乱してしまった。まだ、心の折り合いが付けれておらぬのだ。ロックの、奴の顔を思うと怒りで手が震えてくるのだ・・・!」

「当然でしょう。このデュフォーもまだ見ぬロックと言う畜生を思うと血管が切れてしまいそうです。ご期待ください、私のこれまでの障害の鍛錬は、すべて3か月後旦那様に捧げるべき運命であったと実感しました。僕の全ては、旦那様の為に。」

「頼もしいな。ううぅ、頼んだぞ、頼むぞ、デュフォー。」

 

 ポロポロと涙をこぼすロシェンヌは、僕の力強い言葉を聞いて何度も頷いていた。

 

 

 

 

 

───────何という事だろう。僕は、失敗してしまった。

 ロシェンヌが目の前にさえいなければ、僕はすぐにでも自分の顔面をぶん殴るだろう。

 

 

 

───────自分の妻が、商人にハメられ無実の罪にかけられて、殺され今も屍を晒されている?

 

 

 そんなもの、そんなことは全て、()()()()()()()()()()()()()()()()

 何故ロックが周りの貴族に対し侵略行為をしていたことを察知していないのか?

 何故自分の妻が逮捕された直後に、上級貴族にロックより多額の金を積み返さなかったのか?

 

 そもそもなぜ5代も貴族を名乗ることを許された癖に、下級貴族にまで落ちているのか。5代先まで貴族を名乗れるとなると余程の功績を挙げないと無理だ。初代ロシェンヌは恐らく上級貴族だったのではないか?

 この男は家族愛などにうつつを抜かし、奴隷と馴れ合い、その結果どんどん地位を失っていったのではないか?

 

 なんて僕は愚かだったのだろう。こんな愚物を有り難がって旦那様と呼んでいたのか。吐き気がする。

 

 いや、待て。不味いぞ。このまま“闘い”となったらこんな愚物が勝てるはずもない。ロック・バーレイ。幸運にも僕は彼の“闘い”を見たことがある。質の高い部下達を駆使して数にものを言わせ闘う、まさに強敵だ。しかも話を聞く限り、非常に有能そうである。

生涯安泰と思って僕が乗っていた船は、沈むことが確定している泥船だった。

 

「デュフォー。貴様は私を家族だと思ってくれて構わない。私は、貴様が困った時にはその火の粉を被ろう。だから、貴様ののその生涯を私と共に歩んでくれ。」

「勿論でございます。」

 

───────ならば、こんな泥船はとっとと降りてしまえば良い。僕は、ロックへと寝返ろう。

 

 頭の中で、僕はロック氏に何とか連絡が取れる方法は無いかと思案を始めるのだった。

 

 

現在の所持品

使用人服(三日月の紋章入り)

水入れケース(空)

肉を包んでいた布

身分証明書(奴隷)

デュフォー人形

 

健康状態:正常

精神状態:自己嫌悪

LP:650

 

 

 




次回未定。プロットは一応あるので第一部完結までは話が固まってます。

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