肉塊か、奴隷か、権力者か。【1部完】   作:まさきたま(サンキューカッス)

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ちょっぴりエッチな展開になるかもしれません。


困惑。

 エルメと言う少女には、母がいた。

 

 今でも覚えている。母の死肉に群がる非労働者(かんきゃく)達の姿を。

 

 彼女が怖い夢を見て眠れなくなった夜に、優しく暖かくエルメを抱き締めてくれた母のその両腕を、その胸を。ある者はただの食料を見る目で無遠慮に千切って、布でくるみ。ある者は肉欲に満ちた目で母の()()()()()()()()を切り取りその場で腰を振り始めた。

 

 エルメと言う少女には、父がいた。

 

 とてもよく怒る人で、ちょっとした事なのに拳骨を落とされることも多々あった。当時は恨んだものだったが、今は違う。拳骨を落とされた“ちょっとした事”は、この“ピューリタニア”において命に関わるような事ばかりだと、外に出て分かったからだ。父は不器用だったが、エルメのために怒ってくれていた。愛されていたのだ。

 

 それに気付く事が無く、エルメが“闘い”に敗れた父が死ぬ間際に目が合った時、“戦場”の外から父に向け放った言葉は。────母が死んでしまった事への怨み節だった。今でも夢に見て、吐くことがある。その時の絶望した父の顔が、こびりついて離れない。

 

 エルメと言う少女には、弟がいた。

 

 “闘い”に敗れる事の意味すら理解できなかった程に幼かった弟は、「パパとママに会いに行こうね」と言われて手を引かれ、そのまま自分の足で()()()()()()()()()()()()

 

 その時エルメは、取り押さえられて動けなかった。猿轡を噛まされ、乱暴に縛り上げられ、家具や装飾品と同じ運搬車に乗せられ、人用の箱に詰められて運ばれた。

 

 “闘い”に敗れた代償の人的資材として、今後エルメ達は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例え卑しい非労働者と言えど、意味も無く殺したり傷つければ権力者でも当然のように罪に問われる。

 

 一方()()()()は、例えどんな残虐な目に遭わせても()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もはや人では無いのだ。エルメは、人の形をした肉塊として扱われるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──っ!」

 

 深夜、エルメは床から跳ね起きる。息を荒げ、目の焦点は合わない。寝間着を汗でビッショリと濡らして、掛け布団を抱き締めた。

 

「まーた思い出したのね、エルメは。」

 

 隣のベッドから声がする。パルメを起こしてしまった様だ。縮れ毛の少女が、深く被っていた布団で隠れていた顔をにゅっと覗かせた。

 

「原因、デュフォー君でしょ? これぞまさに外の子って感じだしね。」

「・・・うん。」

「何なら、また抱き締めて寝てあげよーか? グッスリ寝られるよ!」

「うん。」

「はいな。」

 

 バサリと布団が翻る音がして、背中に温かい何かが乗った。その温かな重さに任せて、エルメは再びベットに倒れ込んだ。

 

「エルメも内心であの子が苦手だったり?」

「いや、そんなこと無いわ。むしろ・・・。」

「むしろ?」

「思い出すの。生きていてくれたら、あの子は・・・弟は、デュフォーと丁度同じくらいの年だったなって。すこし、すこし顔付きも似ているし。」

「ははーん。なら、可愛がってあげないとね。そしたらきっと、すぐに彼も心を開いてくれるから。」

「・・・だと、良いね。」

 

 それを聞いて安心したかのように、やがてエルメはスゥスゥと寝息を立て始める。

 釣られて、彼女に背中から抱き付いていたパルメも寝息を立て始め、再び女子部屋は夜の静寂に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝になる。僕が雇われて、2日目の朝。

 

 僕はロルバックより早く目を覚ましたので、部屋の隅で魔法の鍛錬を行っていた。精神魔法の鍛錬は、特に場所を取らずモノを壊さないので何処でも出来る。この魔法は人にかけるモノだから一応相手が居た方が練習になるのだが、別にいなくても基礎的な鍛錬なら出来る。

 

 当然、無断で他人を練習台にして認知を変えたりしたら犯罪だが、自分に魔法をかける分には何の罪も無い。認知魔法に侵襲性は無いので、躊躇わず自分に魔法をかけられるのもこの魔法の良いところである。

 

 今の僕は、認知的には()()()()()()()()()()()()()()()()()()。鈍い刃を突き立てられ、表面を林檎の皮を剥くように少しずつ削られて、その痛みに耐えている。既に肉がそげ落ち、骨が所々見え隠れする程度までは削られてしまった。奴隷共は僕に群がり、削がれた肉を麺でもすするかの如く口に含み咀嚼している。これは僕が動画で見た、罪人の処刑の方法だ。

 

 そう、生き残るためには、どのような状況でも冷静さを失ってはいけない。認知だけとは言えある程度の尋常な苦痛を色々と経験しておけば、いざ危機に陥ったとしても冷静なまま行動出来るだろう。それに、これはこれで良い目覚ましにもなる。

 

『・・・早いな。もう、起きていたか。』

 

 遠くから、声が聞こえてきた。僕の血肉を削いでくちゅくちゅと頬張っている奴隷共うちの誰かの声なのだろうか?

 

『おい、デュフォー。どうした?』

 

 ・・・いや、現実か。ロルバックが目を覚ました様だ。

 

 

「─────おはようございます、ロルバックさん。良い朝ですね、少しまどろんでいました。」

「そうか、もうすぐ皆が起きる時間だ。着替えておけ。」

「はい。」

 

 先程の地獄から一変、眩しい朝日が窓から注ぎこむ穏やかな部屋に僕は帰ってきた。僕の奴隷生活の2日目が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は昨日同様にロルバックに付いて来いと促され、それに従う。華美な装飾品が立ち並ぶ、赤いカーペットを敷いてある廊下のその奥の、小さな扉の前にロルバックは立ち止まった。ココが目的地のようだ。昨日のエルメの案内によると、たしかその扉の先は厨房だった筈。

 

「デュフォー、ココが厨房だ。基本的に朝はエルメが、ロシェンヌ様とリリアン様の寝室へ起こしに行っている。お二人が身支度を整えている間にオレ達が厨房から食卓へ食器を並べ、その後パルメが食事を運んでくる手筈だ。分かったな?」

「はい、分かりました。質問ですが、私はロシェンヌ様の奥方様のことを伺っておりません。伺っても?」

「ソコにはまだ触れるな、最近亡くなった。それが3ヶ月後の“闘い”の引き金だ。後で旦那様から話されるだろう。」

「分かりました。出過ぎた真似をしてすみません。」

「オレへ敬語は要らん。なるべく、やめろ。」

「はい、分かりました。」

「いや、全然分かっていない。・・・まぁ、ゆくゆく直せば良い。」

 

 朝っぱらから、ロルバックは軽く僕を試したが、流石にその手には引っかからない。

 

 敬語を止めろ、と言う言葉を鵜呑みにしてはいけないと電子書籍に書いてあった。敬語と言うのは勝手に出て来るもので、止めろと言われて止めてしまうとは内心では敬っていない証拠になるらしい。

 

 ただ、昨日のエルメやパルメの反応が気になる。演技には見えなかったのだ。

 

──────本当に、今のは、僕を試した質問なのか?

 

 もしかしたら、彼等の言うとおりにしてみれば。僕は本当に、家族の様に彼女等に受け容れられるのだろうか。彼女等は僕の前世の、まるで日本のような価値観で動いているのだろうか。彼女等は、心の底から信頼しあっているのだろうか。

 

 そんな、疑惑が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

──────違うだろう。そんな訳が無い。そんな人間が貴族の奴隷になれる筈も無い。彼等は僕を測っているのだ。

 

 そうに違いない。さも、愛情や友愛の精神で接していると思わせて、それを僕が本気にするかを見ているのだろう。そうすることで、僕が信用に値するかを測っているのだろう。

 

 流されてはいけない。

 

 自身の有用性を、こんなくだらない事で揺るがしてはならない。

 

 

「では皿を運べ。割ったら怒られるから、丁寧にな。」

「お任せ下さい。」

 

 2人分の皿をトレイに入れ、手際良く並べていく。ロルバックはテーブルクロスと食器等を小脇に抱え、こっちに来いと僕に促した。

 

 

 

 

 待つ事暫し、エルメが食卓へ入室しドアへ一礼した後、ゆっくりと扉を開く。光沢のある、気品を感じる服を纏った僕達のご主人様方が、開かれた扉の裏に優雅に立っていた。

 

「「おはようございます、ロシェンヌ様。リリアン様。」」

 

 すかさずに僕とロルバックは、声を合わせ丁寧なお辞儀をする。右手は腹部、左手はピンと伸ばす。これが、この国の基本的な挨拶の体勢だ。

 

「うむ、良い朝である。ロルバックにデュフォーよ、崩して構わん。頭を上げよ。」

「「ありがとうございます。」」

「ロルバック、デュフォー、おはよう! 良い天気ね!」

 

 そう僕達に声をかけて、2人は食卓の席に着いた。

 座った旦那様がぱんぱんと手を叩くと、即座にパルメが料理を持って入室した。

 

「オーク肉とケミドレスソース、若エルフのミルクです。」

「うむ、分かった。君達は下がって良い。」

「はい。」

「あ、ちょっと待って!」

 

 旦那様に下がって良いと言われたので、僕とロルバックは退室しようとしたのだが、リリアンが突然立ち上がって僕達の行き先を塞いでしまった。

 

「如何致しましたか、リリアン様?」

「デュフォーは食事の後で私の部屋に来ること! 絶対よ!」

「かしこまりました。」

 

 ・・・ふむ、特にミスをしたつもりは無かったのに、いきなりリリアン様に呼び出されてしまった。気付かぬ間に何かやってしまっただろうか。それとも、また何か試されるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リリアンが食事が終わった後、デュフォーがごはん食べ終わったらすぐ来てね!とのお達しなので、急いで食事を搔き込んで僕は彼女の私室を尋ねていた。

 

 レヴィは僕と離れた席に座った。奴隷の食卓には居たけれど、ひと言も喋らず、1度も僕と目を合わさなかった。まだまだ、機嫌が悪いようだ。

 

 

 

 

「来たわね! デュフォー、入って良いわ!」

 

 トントントントン、と僕がドアをノックすると即座に返答が有った。どうやら待ち侘びていたらしい。

 

「失礼します。」

「来たわね! コッチに来なさい、良いものをあげるわ!」

 

 リリアンの言葉に従い、部屋を開けると部屋の真ん中にある大きなベッドに彼女は腰掛けていた。

 

 赤い色彩で統一されたそのベッドの周りには人形が所狭しと並べられ、天井には小さなシャンデリアが吊されている。

 

 そして何やらニヤニヤと笑いながら、座っていたリリアンが僕を手招きしている。彼女は背中に、何かを隠しているようだ。

 

──────お前にくれてやるのは、この刃だ。

 

 こんな展開も有り得る。奇襲に対処出来るか否かの試験かもしれない。

 

 念の為、リリアンが目線を外した時に僕の認知位置をずらすか? いや、バレた時のリスクが高い。今は戦闘訓練中では無いのだ。雇い主に許可無く魔法をかけるなど殺されても文句を言えない。・・・そもそも二人きりで僕から意識を逸らすのは難しいし。

 

「じゃーーん! これよ!」

 

そう、あれやこれやと僕が無駄に警戒していた、彼女が隠していたモノとは。

 

「人形・・・ですか? これは、ひょっとして?」

「そうよ! 私特製、デュフォー人形なんだから!!」

 

 石細工の、手の中に収まるサイズの人形だった。僕が勤めたのは昨日の今日だと言うのに、一目に僕と分かるほどよく似ていた。いつ作ったのだろうか。

 

「かつて見たこと無い程に素晴らしい出来でございますね、どうもありがとうございます」

「凄いでしょ!? 私が作ったんだから!」

 

そう言ってふんすと鼻息を荒げるリリアン。

 

「お母様が教えてくれたの、土魔法! 私は人形が大好きって言ったらね、私にいっぱい人形作ってくれたんだよ! で、私も作れるように教わったの!」

「左様でございましたか。」

 

 リリアンは人形作りが趣味の様だ。自分が作ったことを自慢したかったのだろうか。

 

「最初の1つはサービスよ! 私はね、奴隷の人が頑張ってたらコレを渡すようにしてるの! 実はこのお人形、お休み1日券の代わりなの。父様に渡すと、1日休んで良いよって言ってくれるわ! 疲れた時とかに使ってね! 最高のパフォーマンスを発揮するには、適切な休養が必要なんだって。お父様の方針よ。」

「それは・・・なんとも素晴らしい考えのお方でいらっしゃいますね、ロシェンヌ様は。」

 

────奴隷に休日を? そんな話は図書館で調べた情報には無かった筈だ。・・・また試されているのか?

 

 いやでも、ここで「頂けません」と否定してしまえば、雇い主に逆らうことになってしまう。

 

 疲れていた時の能率の低下を心配されているなら、疲労程度で仕事の効率を落とさないとアピールするべきだろうか? そもそも夜に睡眠時間を貰えるのに休日は必要ない筈だ。

 

 いや、でも・・・?

 

「コレを励みにして、頑張ってねデュフォー! じゃ、行って良いわ。」

「ありがとうございます、粉骨砕身させて頂きます。」

 

 屈託のない笑顔に見送られ、僕は一礼して入口のドアへと身を返す。

 

 ポケットにズシリと感じる重み(休み)。それに、得体の知れぬ恐怖を感じながら、硬い顔つきで僕はリリアンの部屋から退室したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほう、人形を貰えたか。良かったな。」

 

 退室したその足で僕は空き地へと行き、ロルバックと合流した。そして何とも気味が悪かったので、つい先程のリリアンの部屋での出来事を僕は話してしまった。

 

「休日など、奴隷に必要とは思えないのですが。」

「貰えるなら貰っておけ。旦那様のご命令だぞ、逆らう気か?」

「まさか、そのようなことは。」

 

 そう言われると、何も言い返せない。

 

「・・・聞け。オレ達の旦那様は打算と契約で繫がるのでは無く、互いを信頼し合う事でこそ真に繫がると考えてらっしゃる。だから、旦那様は奴隷を人として扱い、気を配ってくださっている。旧時代的だと思うだろ?これが案外大切なんだ。今の人類は、こんな簡単なことも忘れてしまっている。」

「すみません、理解が出来ません。」

「そうか、だが分かるさ。いずれ、な。」

 

 

 

─────ニカリ、と笑ってそう話すロルバックは、僕の性根を試している様には、見えない。

 

 ロルバックが話しているのは事実なのか? この家では僕は、人として扱われるのか?

 

 

─────ぐるぐると思考が迷宮の奥へと迷い込んだような錯覚を覚えた。出口は、見つからない。

 

 

 

 

 

 

 その日、ロルバックに僕はボコボコにされた。ただでさえ混乱気味な上に、僕の素の身体能力はまだ10歳な事もあり、あまり高くないのだ。認識阻害を使うな、などと無茶苦茶を言われては何も出来ない。

 

 一方ロルバックはと言うと、僕をボコってそれはそれは機嫌が良さそうだ。この人はどうやら器が小さい。

 

─────とは言え、その後キチンと剣術を教えて貰えたのは嬉しかった。ロルバックは、器は小さくても教え方は上手い。僕の駄目な所を的確に見抜き、正してくれる。本当にロルバックは何者なのだろうか。

 

 剣の振り方や身の躱し方など、手軽な銃が主体のこのご時世にはなかなか習えるモノでは無い。銃は手軽だが、ある程度以上になってくると剣の方が強かったりする。魔法の防壁は、銃より剣の方が破りやすいからだ。この家に勤め始めて、1番の収穫かもしれない。

 

 

 

 夜、傷だらけになった僕をエルメは苦笑して出迎えてくれた。そのまま風呂を勧められ、僕は疲労感を感じながらもキチンと身を清めた後、寝床についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暑苦しい。

 夜、体全体の傷が悲鳴を上げている。

 熱を持ち、汗となり、体を燃やす。

 

───────はぁ、はぁ。

 

 覚醒と睡眠の境界が虚ろだ。僕は今寝ているのだろうか?起きているのだろうか?

 

───────はあっ、はあっ。

 

 暑苦しい、熱い、熱い、熱い。

 首筋が、燃えるように、火照っている。

 

───────びちゅ、びちゅ。

 

 

 

「─────っ!?」

 

 今、僕は確かに首筋を舐められた。その不快感で、反射的に飛び起きる。

 

「目が覚めたぁ? デュフォー君?」

 

 ここは、どこだ。使用人部屋では無い。ロルバックは隣で寝ていない。だがこの天井に、見覚えはある。

 

 

───────ここは、厨房だった。何故、僕はココに?

 

 

 

 

「ふふ、何が起きたの? って顔してる。可愛いなぁ。」

 

 そんな、蠱惑的な声が聞こえたのは、首筋に吐息のかかる程の距離。恐る恐る目線を下げると、縮れた毛を汗で濡らした少女が、体を赤く火照らせて、上に何も羽織らぬままに僕に跨がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

現在の所持品

使用人服(三日月の紋章入り)

水入れケース(空)

肉を包んでいた布

身分証明書(奴隷)

デュフォー人形

 

健康状態:微負傷

精神状態:正常

 

LP:500

 




次回投稿予定、未定

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