肉塊か、奴隷か、権力者か。【1部完】 作:まさきたま(サンキューカッス)
「お初にお目にかかります、偉大なる奴隷の先輩諸兄。私は旦那様よりデュフォーの名を賜り、この家にて短期的に身を捧げる栄誉を許された新人奴隷に御座います。」
卑屈になりすぎぬように、それでいて丁寧にお辞儀をする。
僕は今、狭いが小綺麗な部屋の中で奴隷の4人に見つめられながら、自己紹介をしていた。旦那様方の食事が終わったので奴隷一同での朝食タイムが始まると、食事の前に自己紹介をしろとエルメに言い含められていたからだ。
初対面では、何より挨拶が重要。これは、前世も今世も変わらないようだ。図書館で調べた感じでもそうだった。
さて、どのタイミングで顔上げようかなー? とか考えてるとエルメからの僕の他己紹介が入った。よし、もう少し頭を下げていよう。
「一応言っとくけど、コイツは戦闘奴隷よ。家事を押し付けて楽しようなんて考えるバカがいたら首にされても知らないから。しかも聞いたところまだ施設卒業して4日目だとか。むしろ気を配ってあげなさい。」
僕の動向に気を配れ、と来た。これは、別に彼女なりの僕への気遣い・・・と、言う訳では無い。
つまり、僕はまだ欠片も信用されていないと言うことだろう。実際、戦闘奴隷の裏切りは割とよく見る光景だし、疑われるのは仕方ない事かもしれない。信用を勝ち取るのも、僕の仕事と言うことか。
「はーい了解です、エルメさん。新人君に自己紹介だよ、私はパルメって言うよ! エルメさんと同期で雇われたから名前が似てるけど間違えないでね。厨房にて調理師をしてるよ!」
まだ下げ続けていた頭の上から、嫌に明るく快活な声がする。パルメは調理師、と。頭に
返事をするために1度顔を上げ、パルメさんと目を合わせることにする。
「了解しましたパルメさん。皿洗い等の仕事は僕にも割り振られると伺っております、今後ともよろしくお願いします。」
「硬いなー・・・。もっとフランクで良いよ、デュフォー君! ま、ヨロシクね。」
顔を上げた僕の前には、癖毛と頬のそばかすが特徴的な女の子がクスクスと笑って佇んでいた。見た感じで年は、エルメと同じくらいかな? 愛嬌のある人だなと僕は思った。
「オレはロルバックだ。戦闘奴隷。・・・後で訓練とか、オレに見せろ。お前がどの位か見てやる。」
「ロルバック、今夜にデュフォー君をアナタの部屋によこすから、その時に確認してあげて。今日の昼間は、色々と雑務を覚えて貰うのと、このお屋敷の案内で使いきるつもりなの。」
「わかった。よろしくな。」
「はい、どうぞよろしくお願いします。」
そのままパルメを見つめていた僕の脇から声をかけてきたのは、灰色の髪の若い男の人だった。使用人服の上からでも分かるほど筋肉質で、均整の取れた身体をしている。成る程、まさに戦闘奴隷なんだなと言った見た目だ。近接戦が得意そうだ。と言うか筋肉が凄い・・・髪も灰色だし、亜人だろうか?
最後に、エルメの隣にチョコンと座っていた小柄な女の子に僕は目を向けた。ジトっとした目付きで、僕の方を何やら睨んでいる。
「・・・レヴィよ。貴方とは別によろしくしたくないけども。是非とも話し掛けないでね。」
「ちょっと、レヴィ?」
いきなりの明確な拒絶宣言に、僕は思わずキョトンとしてしまった。エルメも同じ様子で、戸惑った声で割って入った。
「・・・コイツ雇うのはやめた方が良いわエルメ。根拠とか無いけど、私の勘は割と良く当たるし。あっさり裏切るかも。旦那様にそう進言しておいて。」
手厳しいな。ひょっとしてこれも試験の一環なのだろうか?僕がどんな反応をするのか、冷静に振る舞えるのか?と言ったモノを見ているのかもしれない。
「いきなり新入りが信用を得られないのは理解しております、ですが私は信用して頂けるように、今後の行動で示していく次第です。どうか・・・」
「それが胡散臭いって言ってるの! 気味が悪いわ!」
突然レヴィが声を荒げる。
「私にはね、言葉の感情が読めるの! 口に出した言葉に乗せた気持ちが!! 私は分析魔法のエキスパートよ、覚えておきなさい。私が怒った理由が分かった!?」
この人は分析魔法の使い手だったのか。この世のあらゆる事象を知る事から未来予知の真似事までも可能という凄まじい能力を持つ反面、使い手により精度や回数、得意分野などが異なり習得できれば奴隷として引っ張りだこな魔法だ。
残念なことに才能が無いと全く使えない上、才能ある人が修行しても精度が100%にはならず8-9割が限界と言われている。僕に分析魔法の才能が無かったため、すっぱり習得は諦めた。
・・・なのだが。
「ご不快な思いをさせてしまいまして申し訳ございません、レヴィさん。ですが、その、何をお怒りなのでしょうか? 私に至らない点がありましたら、修正をさせて頂くつもりで・・・」
「貴方、気付いてないの!? 朝来た時から、今まで1度も!! 貴方の言葉に感情が乗った試しが無いのよ! ソレってつまり、貴方の言葉は全て、余す所なく打算なの! 分かるよね? 心当たり有るわよね? ね!?」
「はあ。」
何を怒っているんだこの人は。
「それは、生きていく上で至極当たり前の事では?」
「──────っ! 初めて感情の乗った言葉がソレね。成る程、貴方の人となりがよく分かったわ。心底、私のこの怒りを不思議がってる訳ね!」
「レヴィ、落ち着きなさい。」
「エルメ! 私、こんな異常な人と一緒に暮らしたくないわ! こんなのが近くに居るなんて耐えられない!」
「レヴィ!!」
あ、そう言えば。
女性は男性と異なり“月に1度、理由も無く怒りやすい日”があると図書館で学んだ事を思い出した。そうか、レヴィはきっとそう言う日だったのか。ならば深く考えず、謝っておくのが良いのかも。
「レヴィ、貴方は生まれたときからココで雇われていたから、外の環境を知らないのね。この子の言う通りなの。外では、感情なんて持ってちゃ生きていけないの・・・。」
「何よ、それ。どう言う意味なの?」
「外から雇ってきた奴隷の言葉に、感情が乗る筈が無いのよ。コレが普通なの、お願いだから受け容れてあげて。きっとすぐに、彼も心を開いてくれるから。」
「意味分かんないわ。私はもう部屋に帰る、食事も要らないわ。旦那様に指示された分析もあるし、何よりコイツの側にいたくない。」
「レヴィ・・・。」
レヴィは部屋に戻られるらしい。案外2、3日経てば機嫌が戻るかもしれないから、挨拶をしておこう。
「では、お疲れ様でしたレヴィさん。今後よろしくお願いします。」
「─────ほんと気持ち悪い。私に話し掛けないで、って言葉すら理解できなかった?」
「話し掛けておりません、挨拶で御座います。」
「なら挨拶もしないで。私に今後一切関わらないで。良いわね?」
「・・・はあ、そう仰るなら。」
随分と機嫌が悪いなぁ。男の方が生きにくいと思っていたが、案外女性として生きると言うのも大変なのかもしれない。
彼女はそのまま振り返らず、部屋を出て行った。少しの間、部屋が静寂に包まれる。
そしてパルメが少しばつが悪そうな顔で僕の肩を抱いて、僕はそのままグッと彼女に引き寄せられた。
「いやーデュフォー君、なんかゴメンね? あの子この家の奴隷の2世だから外の環境とか知らないのよね。ま、ココで暫く一緒に働いてたらそのうち慣れるよ! あの子だけで無く、キミもね?」
この人はいきなり、どうして僕を抱き寄せたのだろう。
「ええ、貴方はもう感情を押し潰さなくていいのよ。大丈夫だから、旦那様はそう言うお人だから。今は何を言ってるか分からないと思うけど、そのうち一緒に笑い合いましょう。」
どうして、エルメは僕に笑いかけているんだろう。
そしてその時、パルメに抱かれた肩は温かくて、エルメが向けてくれた笑顔は眩しくて。
そうか、この家は、奴隷同士が家族のように寄り添っているんだ。
僕は、そう、理解した。
――夜。
ロルバックに呼び出されたのは、僕の試験の時の空き地だった。この家から少し歩くだけで着くので、道は暗いが迷うことは無い。
灯りの無い空き地には、既にロルバックが着いており目にも停まらぬ動きで両手の先の剣を振り回していた。
「来たか。」
「お待たせしてしまい、申し訳ありません。」
「良い。オレは基本ココでずっと訓練をしている。オレより早く来るのは無理だ。」
そう、僕に声をかけながらロルバックと
隙は無い。斬擊の合間には蹴りや体裁きでのフェイントなど多彩なフォローを混ぜている。そして1度も的を外していない。それを、
────────強いな。この人ここを解雇されても普通に闘技場の上位に食い込めるんじゃないか?
ここまでの剣士は動画でも中々見ない。この人が単に突っ込んでいっただけで、簡単に僕のマークも外れて消えられるかもしれない。
─────突如、目の前に切っ先。
─────僕は、避けない。
ピタリと剣が止められ、突然僕の目の前に現れたロルバックとようやく目が合った。
「反応、出来なかったか。」
「いえいえ、振り抜いて下さい。」
ブオッ!
僕の言葉通り、ロルバックは剣を振り抜いた。僕の30cm程右を、豪速の刃が空振る。
「ふむ、最初から光魔法で場所をずらしていたのか。」
「いえ。別の魔法です。」
「その魔法はなんだ、言え。」
「精神魔法です。自分の認識位置をずらしました。」
「多芸だな。掘り出し物だと旦那様は言っていた。その通りだな。」
いや、精神魔法しか使えません。まあ自分が不利になるような事は言わないけれど。
「寸止めしてやる。オレの攻撃を防いでみろ。」
「はい。」
いきなりの攻撃宣言。そして、僕の返事が言い終わるか否かと言った時には、
「む、ここにもいなかったか。ココだと思ったが。」
四方に斬擊が花弁のように広がっていった。
「寸止め、しているのですか?」
「場所が分かれば寸止めする。」
成る程。姿を隠し続けるなら斬るぞと言うことか。
その後僕は、認識阻害を駆使して剣を振り回すロルバックを遠くへ誘導し、空き地の隅に座りながら30分ほど凄腕剣士の絶技をのんびり眺める事になった。
ロルバックは確かに強いけど、一対一なら僕と相性が悪すぎる。まぁ
屋敷へ帰る途中に、「次は認識位置をずらすのは無しでやるか。」とロルバックが睨みつけてきた。もしかして悔しかったのだろうか。
「お疲れ様ロルバック、デュフォー。奴隷用の風呂はもう使って良いわよ。沸いてるし、女性は皆使い終わったから。・・・デュフォー、貴方全く汗掻いて無いわね。意外と体力あるのかしら。」
「いや・・・。こいつは、ずる賢い。」
「ああ、そう言う事ね。どちらにせよ、頼もしいわ。」
クスクスとエルメが口を隠して笑う。
少し不機嫌そうなロルバックが付いてこいとハンドサインしたので、僕も彼の向かった先の部屋へ歩き出した。エルメに笑われて、決まりが悪かったのかもしれない。
「ここが風呂だ。」
「はい。」
「タオルは男子用と女子用で分かれている。黒いのがオレ達が使うヤツ。着替えや下着類はエルメ達が用意してくれている。」
「ならエルメさん達にお礼を言わねばなりませんね。」
「いや、それが彼女らの仕事だ。言わなくて良い、むしろ無礼だ。」
「分かりました。」
そう言って彼は服を脱いだ。やはり、凄い筋肉だ。背中に小さな、羽のようなモノが生えていた。やはり、ロルバックは亜人だった。魔族系だろう。
その後、ロルバックに寝室に案内され、僕は1日ぶりに睡眠を取る。与えられたのは相部屋で、僕の使う予定のベッドは今までロルバックの物置として使われていたらしく、彼の荷物だらけだった。
「寝るぞ。デュフォー、一応言っておくがもし連れ去られそうになったら、声を上げてオレを起こせ。口をふさがれたなら何かを蹴れ。分かったら、寝ろ。」
「・・・はあ。分かりました。」
そう言ってロルバックはこちらに背を向け、寝息を立て始めた。
それにしても、連れ去られる? 一体どう言う事だろう。この日の夜は特に何も起きず、平穏な睡眠時間を確保できた。
現在の所持品
使用人服(三日月の紋章入り)
水入れケース(空)
肉を包んでいた布
身分証明書(奴隷)
健康状態:正常
精神状態:正常
LP:350(短期雇用中の日当:150LP/日)
不定期に続けます。