強気な先輩からパンツを召し上げる話 作:まさきたま(サンキューカッス)
────夢とは、果たしてどんな意味があるのだろうね。
ん? ああ済まない、聞かれてしまったか。今のは部活とは関係のない独り言さ。考え事をしていてね、うっかり君が部屋に入って来るのを見落としていた様だ。
後輩、私は今年で最高学年になった。子供で居られる時間は終わり、受験だとか就職だとか、そんな煩わしい様々な人生のしがらみに囚われつつある。
実は今日、HRで教師に問われたのさ。お前たちの「夢」はなんだと。君達は将来、どんな仕事についてどんな人と付き合ってどんな人生を歩むのかと。
日々の部活動であらゆる議論を突き詰め続けたこの私が、返答に困ったよ。将来のビジョンなんて言われても、フワフワとしたありきたりなモノしか浮かんでこなかったんだ。
それでも良いのかもしれない。私の学力で何とか手が届きそうな大学に入り、そこで4年間の充実したキャンパスライフを謳歌し、ソコソコの企業に就職し、鍛え上げたディスカッション能力で仕事をこなす。
まるで整備された川を流されるような人生。だが、それでもきっと、未来の私はその現状に満足しているだろう。
それは妥当な目標であり、妥当な成果であり、妥当な結末だ。
だけど、それは夢と言えるのだろうか。否、単なる未来予想に過ぎないだろう。
そもそも、夢という言葉は非常に曖昧だ。「夢」とは本来は寝ている人間が見た景色であり、時代とともに「夢にまで見た○○」と言う「渇望してやまないモノ」と意味を変化させて、現在は「将来の目標」といった意味まで持つようになった。
昔から、夢と言うものは人間にとって特別な現象だったんだろう。
時代によっては夢は「神のお告げ」と扱われ、「
だが、本来「夢」とは、単なる脳の休息活動の一環にほかならない。REM睡眠、non-REM睡眠なんて言葉を聞いたことがあるかい? 知っての通り人間には、2種類の睡眠があるんだ。
端的に言うと、人間には「頭の眠り」と「体の眠り」の2つのフェイズがある。
頭が眠っている時には何も考えられないが、身体は勝手に寝返りを打つ。体が眠っている間は身動き一つとれないが、脳は休まず活発に活動している。
何故、頭と体のどちらも同時に眠ってしまわないのか?
それは、外敵への反応が鈍るかららしい。体が寝ていても脳さえ活動していればすぐさま飛び起きれるし、脳が寝ていても体が起きていれば物音に反応し反射的に寝返りを打てる。いや、動物はよく出来ているね。
そして、いわゆる「体の眠り」のフェイズに人間は夢を見るんだ。
先ほど言った通り、体が寝ている間も脳は活発に活動している。有名な話だけれど、そのタイミングで目が覚めてしまうと「体はぴくりとも動かず、意識だけが覚醒している」状態になるのだとか。
これが、いわゆる「金縛り」だね。あれは心霊現象でもなんでもなく、正常な体の反応なんだ。
また「体が眠っている」間に脳は、何をしているのか? それは、現在は記憶の整理を行っていると考えられている。覚えるべきものを長期記憶に書き加え、忘れていいものは記憶の彼方に押しやっているんだ。
予備校の講師が私たち受験生に「睡眠時間を確保しろ」と指導する理由はこれさ。覚えたあとにしっかり寝ないと、長期記憶に書き変わらないんだね。
テスト直前に一夜漬けして短期的に記憶したモノは、1月もしたら忘れてしまう。それじゃ、受験にとって何の役にも立たない。
夜にしっかり勉強して短期記憶に刻み、そのまま余計な事をせずサッと眠る。これが、もっとも効率の良い暗記の方法さ。
話がそれたね。夢の話に戻ろうか。
つまり体が寝ている間にも脳は活動していて、記憶の整理をしている。その記憶の整理の狭間に見た景色こそ「夢」なんだ。
つまり、本来の意味での「夢」とは過去の映像の焼き回しにしかならないのさ。TVで見た景色や本で読んだ状況などが土台となり、記憶を整理するさなかに溢れでた情報が混じり合い、混沌とした風景を作り出される。
「過去に見た記憶」を整理する最中に浮かぶ陽炎のような光景。それが「夢」なんだ。
わかるかい、後輩。夢、とは未来の話なんかじゃないんだ。
「夢」とは、「過去」なんだよ。
過去があってこそ、未来がある。つまり、私はもうどこかに「夢」を持っているはずなんだ。まだ十数年ではあるが、確かに私には
……ふ、すまんね。いきなり妙な話を始めてさ。だが私も、そういう多感な時期なのだよ。通いなれた高校を卒業すると言う不安、明確なビジョンの無い将来への焦燥、全く新しい社会人としての生活への憧れ。
これは自己同一性、アイデンティティと言うやつだね。理想の自分、「夢で見た自分」とここにいる等身大の私との間には、あまりに大きな乖離がある。
ねぇ、後輩。君に聞いてみてもいいかな、君にとって「夢」とはなんだい?
……そうか。それは、良い答えだ。
私には、答えが出せなかった。この高校で過ごした日々が、余りに楽しくて仕方がなかったから。卒業したあとのことなんか想像だにできなかったんだ。
この問いに対する答えは、きっと自分で見つけるしかないんだろう。ごめんね、少し愚痴っぽくなってしまったな。
さて、では今日も部活を始めるとしようか。後1年もないけれど、今は私が大好きなこの生活を謳歌しよう。
ん、何だい?
……ふふ。ああ、肯定しよう。私の好きなその学園生活の中には「君の存在」も含まれているよ。案外可愛い事を聞くね、君は。
確かに下着を何枚も何枚も取られたことは非常に業腹だが、それでも君はたった一人の部員でたった一人の後輩だ。それに決して君の頭の回転は鈍くない、こうやって君と日々ディスカッション出来るのも私にとって楽しみの一つさ。
さて、今日はどんな議題が良いだろうか。後輩、たまには君が提案してみるかい?
……そうか。うん、折角だものな、その議題でも良いだろう。なら、今日のディスカッションテーマは「夢と未来」にしよう。
では、部活を始める。まず、私から話そうか。
私の将来の夢は今のところ無い。強いて言うのなら、議論を職務とした「弁護士」「検事」であったり、人間の心理を深く突き詰める「心理学者」であったりその辺が頭に浮かぶが……。
まぁ、どれも「なんとなく自分の性分に合ってそうだな」程度にしか考えていない。将来なりたいもの、夢かと聞かれたら多分違う。
それに、私は女性だ。「女性」と言うだけで社会的に不利な側面は多い。私が夢を見つけ、そして努力して夢を叶えたとして、結婚し子供が出来れば仕事を辞めなければならないだろう。
妊娠後期は、いつお産が始まるか分からない。無理をして体調を崩せば、胎児に悪影響があるかもしれない。仕事と子供を天秤にかけるなら、私は子供を優先する。
となると、子育てだ。出産してから一年は、最も手のかかる乳児期である。毎日毎日夜泣きをあやし、オムツ換えを寝る暇もなく続ける必要がある。
最近は法整備が進んで女性の社会進出機会が増えているが、こう言う生物的な面での不利ばかりはどうしようもない。産むだけ産んで、後は子育てを主夫にお任せする女性も居るらしいけれど……やはり私は自分の手で育ててやりたいしな。
ふふふ、小さな女の子は将来の夢を「お嫁さん」なんて言ったりするが、意外にもこれが一番現実的な答えだったりする。
……後輩、私はね。昔、特別な人間になりたかったんだよ。
他の人とは違う、選ばれた存在。誰しもが私を見て尊敬し、羨む────そんな、
馬鹿らしいと思うかい? 私もそう思うよ。まるで地に足のついていない、分不相応な欲望だ。
……こんなもの、恥ずかしくて「夢」だなんて言えやしない。
そんなに珍しい事ではない、と?
「アイドル願望は女子の持つ一般的な欲望だ」か。君はやはり、冷静なで公平な事実を言う。
そうだ、私以外にもたくさん居るだろうね。アイドル願望のある女性なんてさ。だからこそ、特別な存在になるのは難しいのだ。
下らない夢を語ってすまなかった。
────ふむ。
「アイドル願望を持つ女の子は愛されて育った子供」か。
それは、どういうことだい?
そうか、成る程。一理あるかもしれない。
過去に両親に愛されて育ったからこそ、「
愛されたいと願うのは「愛されたことがある」人間だ。愛されたことのない人間は、愛される幸せを知らないのだから。
そう考えると「
……そうか、そうか。なら、私の夢も決まった。
将来の娘に、アイドルになりたいと言わせて見せる。私の両親のようにね。
では後輩、次は君の番だ。君にとって夢とは何かは聞いた。だが君の夢そのものは、まだ聞いていないからね。
君は未来に何を見ているのか? 君は何を求め何を欲しているのか?
うん。でも実は、私には何となく予想出来ているんだ。君が
前もって言っておこう。今日は駄目だぞ。絶対に乗らないぞ。そういった即物的な欲望ではなく、きちんと将来を見据えた夢を語ってくれ。それを議論していこうではないか。
ほら。流石の君でも、女性下着以外に生きる目標くらい有るだろう? 私はちょっと、それに興味があるぞ。
普段から、君は何を考えているかよく分からない面があるからな。ここは一丁、素直に君の胸のうちを晒け出したまえよ。
まぁ、本心を隠さず誰かに話すと言うのは恥ずかしいことだ。以前議論した通り、きっと無意識に心のブレーキをかけてしまうだろう。
だから君が、「世界中の下着を集めること」等と言って逃げに走っても文句は言わないさ。
だが、私は知りたいな。君の本当の、心の奥底に秘めたその夢を。
さぁ後輩、君の答えを聞こうか。君の夢は何だい────
空が茜色に染まる頃。
女生徒は何時もの如くスカートを抑え、放課後の下校路を闊歩していた。
「本っ当に君はブレないな」
いい加減、下着のない状態に慣れてきたのだろうか。女生徒の顔からは羞恥の表情はやや冷め、頬を染めてはいるものの、どちらかと言えば呆れと侮蔑の入り交じった顔をしている。
「で、だ。さっきのアレ、本当にどういう意味なんだ」
そして、彼女はいつになく不機嫌だ。いや、不機嫌と言うより必死で動揺を取り繕っているだけかもしれない。
いつも以上につっけんどんに。先輩は後輩に向け、目を吊り上げて問いただした。
「『好きな人のパンツだけ集めるのが夢』って、君は下着だけじゃなくて生身の人間にも興味があったのか? いや、主に聞きたいのはそこじゃなくて。その言い方だと、君が下着を求める相手はその……」
因みに。
今日女生徒が下着を取り上げられた理由は、後輩の「自分の夢を当ててみろゲーム」に負けたからである。
彼女も、最初は乗り気じゃなかった。だが後輩は、そんな先輩を乗せるべく二択の選択肢を与えたのだ。
『好きな人のパンツだけ集めるのが夢』か、『世界中の女性のパンツを集めるのが夢』か。正解を書いた紙を握り締め、さぁ当ててみろと50%の勝負を持ちかけたのである。
彼女はまんまと乗せられた。二択を当てれば、今までの下着も回収できるのだ。その結果は、見ての通りである。
「あ。さては君、私がその選択肢を恥ずかしくて選べないと予想したな? そんな告白紛いの選択肢を選べる訳がないと、だから君はそれを正解選択肢にしたんだな」
そして何かに気付いたように、先輩は叫んだ。
「君のその夢とやらは、つまり嘘なんだろ。私をからかい、かつ下着を召しとる為だけに作り上げた嘘だ。そうに違いない」
そう言って、納得したように先輩は頷いた。今までの不機嫌さは鳴りを潜め、どこか感心したような表情になる。
「成る程成る程、これは高度な心理戦だった訳か。実に心理研究会らしい、正々堂々の勝負だった。うむ流石後輩、見事である」
────そう言って満足げに褒め称えて来た彼女を見つめる後輩は、恐らく複雑な顔をしていただろう。
本日の戦利品
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お洒落に気を使わない日に穿く、色気より実用性を重視した1品。