Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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降霊地

 良い天気だった。

 

 空には雲一つなく、差す陽射しも心なしか寒い季節でも暖かさがある。

 聖杯戦争中だというのに、冬木の街の喧騒は平穏そのもの。だがしかし気を抜くとバッサリ殺られるのが聖杯戦争なので、警戒は怠らない。まぁ、常時気を張っている、というのもストレスが溜まるので、程々に力を抜く加減は既に身についていた。

 

「いやー、しかし」

 

 言って、一呼吸置き、

 

「同盟を組んだとはいえ、流石にズボンのパシりをやらされるとは思わなかったなー……」

 

 吐き出すように言うと、隣を歩くウェイバーの肩がビクリと揺れる。

 ……別に責めているワケではない。少しからかっているだけである。

 

 聖杯戦争二日目。現在、私たちは他のマスターやサーヴァントを探し出す、という目的ではなく、八割半観光気分で新都の中を歩いていた。

 

 きっかけは征服王。何故だか彼は実体化を好んでおり、こうして天気が良いのも合わさり、街に繰り出したいと宣言したのだ。

 無論、それを許すウェイバーではない。確かに英霊の姿――彼が生きた時代の服装では、嫌でも目立つことになる。せいぜい良くてもコスプレ扱いだろう。

 

 だがしかし、早速現代に馴染み始めている征服王は、いつの間にか通販を使いこなし、今朝にはTシャツを手に入れていたのだ。

 ……で、次の問題は脚絆である。現代はパンツ一丁で外を出歩こうものなら即警察がやってくる。ズボンが欲しいならサーヴァントの一体でも倒して来い、というのがウェイバーの主張だったが、ならばいっそのこと、軍門に降っている既に部下扱いな私たちに命じればいいのでは? ということになり――

 

「……そ、その辺については謝るよ。金、返した方がいいか?」

 

「いやいい。軍門に降ったのはこっちだし」

 

 金銭面には左程苦労していない。

 確かに、軸が違えば世界の貨幣だって多少の違いはある。だがここは幸いなことに全くの別世界、というワケでもないので、貨幣の装飾は私が元いた世界と変わりない。それにもう――あの世界では二度と使う機会などない金だ。

 

「――うむ、大儀であった! しかしあの物書きめは何処へ行きおった? 折角の散歩日和だというのに」

 

「貴方の特大ズボンを買うときに気になる店を見つけたらしくてね。まぁ、夜になる前には戻ってくるだろ」

 

「ボクのトコもそうだけど、アンタんトコのサーヴァントも大概だよな……」

 

 ウェイバーの言う通りではあるが、私はそこまで文句を言うわけにはいかない。なにせ、彼に依頼をしたのは他でもない私自身であり、少しでも筆が乗る場所ならそれはそれで万々歳だ。

 

「それで? 征服王、今日は一日観光か?」

 

「うむ、この時代の盛り場は一度じっくり回り尽くしたい」

 

「……征服も略奪も却下だからな」

 

「えっ!?」

 

「『えっ!?』じゃねぇぇぇよ、馬鹿ッ!! 金はきちんと払え! それがこの時代のルールだ!」

 

 ビシッと注意しつつも、やはり征服王に振り回されているウェイバーは、どことなく英雄王に振り回されていた岸波の姿を思い出す。

 過去の英雄は、やはり現代人に比べるとどこか頭のネジが飛んでいる。そんなこと、聖杯戦争では基本中の基本ではあるのだが。

 

「観光か……あ、そうだ。これからそっちの拠点に住み着くことになるし、一旦荷物取ってこなくっちゃなぁ」

 

「荷物? あぁ……そっか、アンタらにも元々拠点があったのか」

 

 ライダー陣営の軍門に降った以上、私たちもあの民家に拠点変えした方がいいだろう。

 聖杯戦争が何日続くかどうか分からないものの、流石に手持ちなしで他人(よそ)の家に住むのは難しい。旅行鞄の中にはこの一年使ってきた日用品も入っているし、ライダー陣営が観光に勤しんでいる間に回収しておくか。

 

「うん、じゃあそういうわけで私たちは拠点に行くよ。まだ昼間だし、戦闘を仕掛ける奴なんて早々いないさ」

 

「え――だ、大丈夫なのかよ? サーヴァントも連れずに……」

 

「あいつに戦力を期待したって無駄だぞ? まぁ自衛手段はあるから、敵に見つかっても逃げることくらいはできるし」

 

 サーヴァントを連れない、というのは殺してくださいと言っているようなものだ。

 しかしアンデルセンの場合、別に連れていても連れていなくてもあまり変わらない。結局、火力的に頼れるのは「天の鎖」だけである。

 

「あい分かった。では陽が暮れる時刻に橋で落ち合おうではないか。行くぞ坊主、異郷の市場を冷やかす愉しみは戦の興奮に勝るとも劣らぬからのぅ!!」

 

「ば、待て! 行くなら財布を持っていけ財布を!!」

 

 興奮冷めずにどんどん突き進んでいくイスカンダルの後を追い、小柄なウェイバーの姿も人込みに紛れていく。

 それを見届けてから、早速脳内で今後の計画を組み立てる。

 

「サファイアー」

 

『何のご用でしょうか。ちなみに魔法少女に勧誘するのなら向こうの公園がよろしいかと』

 

「霊脈の情報くれ。聖杯降霊の場所、確か近くにあっただろ。ついでに調査したい」

 

『……円蔵山、遠坂家、冬木教会。そして後発的な霊地には市民会館が建てられています』

 

「んじゃ、まずは市民会館だな」

 

 即座に決断して歩みを進める。

 市民会館といえば、他軸の第四次では聖杯が降霊した土地だ。この世界はまだ第一次だが、調べておくにこしたことはない。

 

 聖杯降霊の土地――それは、私たちが目的とする「事件」の中心となりうる場所なのは火を見るより明らか。

 聖杯戦争の幕が上がった以上、黒幕側の動きだって第一段階くらいは進んでいそうなものだ。せめて事件が表沙汰になる前に、決戦場の予測くらい立てておきたいところである。

 

 

×

 

 

「聖杯戦争のオリジナルを知ってるか?」

 

 ふと、思いついたことを口にした。

 市民会館の周囲を遠まきにぐるっと回り、その付近の霊脈を、サファイアの魔力探知で調査していた時だ。

 

『……? 七騎の英霊を競わせる、という儀式ですか?』

 

「いやいや、それはあくまで聖杯戦争での話だ。元々の儀式は、七騎の英霊を召喚して一つの巨大な害悪にぶつける、ってだけのものだったらしい」

 

 儀式・聖杯戦争は、後の人間が勝手にオリジナルである英霊召喚儀式を降格させたものだ。

 ……そも、聖杯戦争でいう万能の願望器というものは、サーヴァントの要石たる魔術師たちを呼び寄せるための宣伝広告でしかない。七騎の英霊全ての魂を以って、根源へ到達する――それが、創始者たる御三家しか知らない「真実」だ。まあ私はこれを最低限の知識として、師匠から教わったものなのだが。

 

 とにかく、私が目的とするのは聖杯ではない。なのでこの際、聖杯戦争というものの実体については置いておく。

 

「サーヴァントっていうのは、厳密にいうと在るのか無いのか判らない、記録でしかない英霊を七つのクラスに振り分けて現実の使い魔としたものだ。んで、そのオリジナルの『英霊召喚』で呼び出される連中は、霊長の世を阻む大災害を打ち倒す使命を持っている。いわば決戦魔術だったんだよ」

 

『……お詳しいのですね。それも大師父から賜った知識ですか?』

 

「自分で調べた。この世界じゃない別の世界でだけど、こと魔術においては世界線が違えどそう大きな違いはないからな」

 

 英霊は強力な使い魔だが、決して人一人で現界させられるものではない。

 それは必ず聖杯の助けがあってこそ、漸くカタチを持って現界し、魔術師はそのための魔力を提供するだけの依り代に過ぎない。

 

 ……私の場合、サファイアの助けがあってこそ一年も前からアンデルセンを召喚できた。奴の宝具の特殊性がなければ、もう少し聖杯戦争近くの時期で召喚できたものを。

 

『それで、その英霊召喚がルツ様の目的と何の関係があると?』

 

「大有りだと私は睨んでいるけどね。聖杯戦争なんて前哨戦か何かだと思うよ。嵐の前触れ、っていうか」

 

 別に聖杯戦争を侮っているわけじゃない。順調に他陣営を打ち倒していけば、おのずと目的である「事件」とやらも尻尾を出すだろうが――

 

「元凶が並行世界の私っていうのが今までこなしてきた事件の共通点だろ。黒幕じゃなくても、聖杯戦争には参加している可能性が高い……ということからすると、きっとキャスターのマスターは別の月成ルツ(わたし)だ」

 

『無難な推測ですね。ですが、貴方の役目は所詮、()()()()()()であることをお忘れなく』

 

「それだよそれ。それが一番厄介なんだよ」

 

 後始末役である以上、黙って事件発生まで待つしかないのだ。向こうが動かない以上、此方だって動くに動けない。

 故に、狙うは即解決。事件の規模にもよるが、時間をかけずにスパッと処理しなければならない。

 

「あーあ……なんか、都合の良い解説役とか出てきてくれないかなぁー……」

 

『無いものねだりをしても仕方ありませんよ、ル――――あっ』

 

 なんだよ、と返そうとした矢先、まさか霊脈に異常があったのか、という思考に至ろうしたその刹那――

 

「――あだっ」

 

 ゴッ、と後頭部に鈍い痛みが走った。

 ……主犯は遠くの公園から飛んできたサッカーボールである。

 

「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですかー!?」

 

 次に聞こえたのは子供の声。

 ……小さい子の元気は恐ろしい。このボールが鉄球だったら聖杯戦争参加者の内一人が脱落してたところだった。いや、恨むべきは己の幸運値の低さか。

 

「平気だよ。でも周りには注意しようね……」

 

「は、はい! すみませんでした!」

 

 駆け寄ってきたボール回収係である赤毛の少年にボールを手渡す。

 と、そこで少年の顔が上を見上げる形になり――しまった、と久しぶりの失敗に自己嫌悪の感情が湧いた。

 

「……? お姉さん、それなに?」

 

「――――」

 

 少年が見ているのは宙を漂うサファイア。

 明らかに風船ではない、謎の浮遊物。しかも子供なら気になってもおかしくないデザインの何か。

 

「妖精だよ」

 

「よ、妖精って――お姉さん、魔法少女なのか!?」

 

「この歳で魔法少女はキツいかなぁ……! いや、ただの通りすがりの魔法使いだよ」

 

 冗談めいた口調で真実を告げると、赤毛の少年はうわ、と零し。

 

「――お姉さん、すごいな」

 

 目を輝かせながら、引いたりする様子もなく、ただ漠然とした様子でそんな感想を漏らしていた。

 ……いや、非難するような目線じゃなかったのは、この際ありがたかったけれども。

 

「うん。だから私は忙しいんだ。悪いけど、見なかったことにしてくれないかな」

 

「あ、大丈夫! 俺しってるよ! 魔法使いっていうのは、裏で悪の組織とかと戦ってるんだろ!?」

 

「……ま、まぁ」

 

 なんて頼もしい思い込み。

 どちらかと言うと、実際に私が行っているのは同士討ちのようなものなのだが。

 

「正義の味方ってやつ? まぁ頑張ってねー!!」

 

「お、おう……おう」

 

 ビシッと親指を立て、任せろというオーラを放つ少年。手を振って走り去っていった後姿は、子供にしては随分と頼りがいのある気配を感じさせていた。

 彼にはおかしな誤解を与えてしまったが、暗示を使わずに済んだのはある意味幸運か。まぁ子供相手なら、成長した後は幼少期の変な思い出、みたいな扱いで流されるだろう。あるいは綺麗さっぱり忘れてくれる、という可能性もある。

 

『間一髪でしたね』

 

「隠れ損ねたお前も半分悪い。……まぁ、あまり騒がない子で助かったけど」

 

 たまにああいう子はいる。近頃見る子供は精神年齢が高い捻くれ者しかいないので、あの純粋さには少し毒気を抜かれた。

 

「――で、霊脈は?」

 

『数値化、完了しました。聖杯の降霊場所としては申し分なく、安定しています。これといった異常は見当たりません』

 

「ん……そっか。じゃあ後は――」

 

 円蔵山、だろうか。

 ……おそらく、そこが御三家にとっての「本命」だろう。

 

 この世界の聖杯戦争は第一次だが、他の軸では細かなルールや令呪、聖堂教会の監督役など、数十年、数百年かけてやっと安定した儀式だ。

 一回目でここまで全てを取り揃え、しかも計画が始動して数百年間、この冬木の土地は魔力を蓄え続けてきた。

 召喚されたサーヴァントは所詮生贄……という裏事情は存在するものの、他には特に何の問題もない。

 

 聖杯は穢れなく、魔力は十分過ぎるほど満ち溢れている。

 この世界の御三家は、きっと慎重に、確実に、どんなイレギュラーも発生しないよう調整してきたに違いない。長年魔力を溜めていたところからするに、緊急の予備システムだって動くようにしてあるのだろう。

 

 ――なのに、私のような魔術師が参加して、さぞ気に入らないだろうが。

 

「円蔵山……て、深山町の方だよな。遠いな……」

 

 ならば教会の方か、という考えが頭を掠めるものの、しかし聖杯戦争中に近寄るのはよくない。大体、参加するという正式な申請もせず勝手にやっているのだ。一体どの面下げていけばいいのやら。

 

『霊脈調査は早速打ち切りですか』

 

「うーん……あ、そうだ。サファイア、クラスカードの用途さ、具現化以外に何かあるって言ってなかったっけ?」

 

『“夢幻召喚(インストール)”のことですか? しかしルツ様がランサーの能力を使えるようになっても、一つずつしか発揮できません。それにマスターの貧相な回路数では15秒しか持ちませんよ』

 

「なるほど、話にならねぇ」

 

 それなら本体を丸ごと召喚した方がまだいいってもんだ。何か使い道があるかと思ったが、夢幻召喚は緊急事態の時――敵陣営からの逃走用のみとして考えよう。

 

「……ひとまず、さっさと拠点に行って荷物を回収してくるか。調査は機会がきた時でいいし」

 

 方針を決め、サファイアによる最短ルートのナビゲートに従って歩き出す。

 

 第一次聖杯戦争、開幕より二日目。

 ――既に事態が動き始めていることを、私はまだ知らなかった。

 

 


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