Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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例外

「――で、どういうコトだよ」

 

 憮然とした態度で、ライダーのマスターがそう話を切り出した。

 

 時刻は深夜零時を廻ろうとしており、場所は予定通りライダー陣営が拠点とする場所――ある老夫婦が住む民家の一室だった。

 

 魔術の“ま”の字もない、工房のように結界さえも張っていない一般家庭。

 まぁ、私たちが師匠から与えられていた、新都の方にある古びた館も最低限のライフラインが確保されている程度で、普通の屋敷とそう大差ない。そも、結界やら工房を作る技術など、私も今のアンデルセンも持ち合わせてはいなかった。

 

「どういうこと、とは?」

 

「だからクラスについてだよ! アンタのサーヴァント、思いっきり魔術使ってじゃないか! それでキャスターじゃないってどういうことなんだよ!!」

 

 苛立った様子で寝台に腰を下ろしていた体勢から立ち上がる少年。

 ちなみに彼以外は全員床に座り込んでおり、征服王は武装のマントを消した姿で腕を組んで胡坐をかき、アンデルセンは部屋に入るなり室内を物色、隅に置いてあった数冊の本を手に取って読書中である。

 でもって私は、ひとまず情報整理のために少年と言葉を交わし始めたのだが――

 

「私が呼んだとき、もうキャスターは召喚されてたってことだよ。だからキャスター以外のクラス適性も持っていなかったアンデルセンは、必然的にエクストラクラスに当てられた」

 

「え、エクストラクラス――? なんだよ、それ」

 

 文字通り、例外(エクストラ)のクラスだ。

 聖杯戦争には基本、予め定められていた七つのクラスの枠を当てはめて英霊を召喚する。

 がしかし、それに当てはまらない英霊もいるということだ。救世主ならばセイヴァー、裁定者ならばルーラー、復讐者ならばアヴェンジャー、といった具合に。

 

 だがアンデルセンという英霊には元からキャスター、魔術師のクラスが当てはめられる。

 その場合はクラス別スキルで「道具作成」やら「陣地作成」やらと、それなりの特典がついてくるのだが……生憎と今の彼は、そのスキルが付与されていないのだ。

 

「私も召喚したときはビックリしたさ。こいつからキャスターらしさを取ったら何が残るんだろう、ってね。まぁそこら辺の欠点は、確保していた締切期間のおかげでどうにか埋めることができたけど」

 

「な、なら結局こいつは何のサーヴァントなんだよ!? 魔術は使えるのにキャスターじゃないって、矛盾しかないじゃないか!」

 

作家(ライター)だ。確かに魔術師らしいスキルは持ち合わせていないが、作者として己の作品にちなんだ魔術を扱うことができる。クソの役にも立たんがな!」

 

 何者にも感知されない程の、気配遮断じみた透明化魔術は思ったより役に立っていたが。

 ……ま、火力方面は先のバーサーカーとの戦いを見ても、やはり天の鎖(エルキドゥ)に頼る他ない。それか同盟を組んで、どうにか補うか――という選択しかなかったのだ。

 

「ふむ? そうなると、本物のキャスターはどこのどいつになるのだ。あの戦場に集った者たちを見るに、それらしい奴はいなかったように思うが?」

 

「そりゃそうだろうよ。なにせ、あの場にいたキャスターは使()()()を放っていたからな」

 

 それがあの赤黒い霧を纏った剣士、バーサークセイバーである。

 セイバーと称するにはあまりにもバーサーカーじみたサーヴァント。その動きは熟練した武人というより、計算通りに動く機械人形だった。

 油断、情緒、容赦が一切なく、ただ役目を全うするだけの自動人形(オートマタ)。それは、月の新世界で何千と生み出されていた攻性プログラムたちと似たようなものを感じさせていた。

 

「――奴が始めに使っていた鋼の大剣を覚えているか? 途中で英雄王の足場に向かって投擲された武具だが、後で探してみても姿形を捉えることさえできなかった。だが奴自身はそれを回収もせず、宝具の雨を消し飛ばすほどの高密度な魔力の炎剣を生み出していた」

 

「……つまり、最初に使っていた武器も、魔力で編まれていたものだってこと?」

 

「そういうことだ。超一級の使い魔に加え、武装方面にも宝具クラスの業物を用意できる大魔術師。この戦いにおいて、最も警戒すべきは間違いなくキャスターだろうな。或いは、そのマスターが優れているという可能性もあるが」

 

 私たちがあくまでも破壊したのは使い魔。本体は安全圏で戦場を観察していたのだろう。

 今頃、公には一騎脱落という認識がされているだろうが、こちらは未だ油断することは許されない。他が気を抜いている内に出し抜く、とまではいかなくとも、何らかのカタチでこの成果が現れてほしいものだ。

 

「……英雄王? 待て。アンデルセンとやら、あの黄金の英霊の真名をもう看破しているのか?」

 

「看破も何も、キャスター以外の真名は既に判明しているだろう。ま、看護婦がバーサーカーとして呼ばれるとは思わなかったがな。アレで白衣の天使などとは笑わせる。いや、あながち間違いというほど間違いでもなかろうが」

 

 話が通じず、人の話を聞かない、ただただ治療行為をしたがるサーヴァント。あの女性は征服王やキャスター、英雄王とはまた違うベクトルで聖杯戦争を引っかき回してくれそうである。しかも、ああいう手合いばかり幸運ステータスが高かったりするからタチが悪い。

 

「ひとまず、ここで今夜出てきた情報を纏めようか。サファイア?」

 

『はい。では各サーヴァントの真名から。

 エクストラクラス、ライターとしてハンス・クリスチャン・アンデルセン。

 ランサー。騎士王アルトリア・ペンドラゴン。

 アーチャー。英雄王ギルガメッシュ。

 ライダー。征服王イスカンダル。

 アサシン。ハサン・サッバーハ。

 バーサーカー。クリミアの天使、ナイチンゲール。

 キャスター。真名不明。おそらく神代に生きた強力な魔術師だと推測。

 

 この内、アーチャー陣営とアサシン陣営のマスターは師弟関係であり、水面下で同盟を張っている可能性があります。

 そして、ライダー陣営とライター陣営も今宵、同盟を結ぶ運びになりました』

 

 ……やっぱり、知り合い多いなこの聖杯戦争。

 七騎の内、自分が召喚した英霊も合わせて四騎の顔を知っているなんて、早々ない偶然(こううん)だ。最も、ランサーの件はあくまでも知っているのはセイバー時の彼女だが。

 あとライダーとライターってややこしい。濁点の有無しか違わない。

 

「ち――ちょっと待て。アーチャー陣営とアサシン陣営が同盟? アサシンはアーチャーに挑んで、あっさり敗退した筈だろ?」

 

「それがなぁ、どうにも芝居くさいんだよ。マスター同士は師弟関係。そしてそれぞれの立場は、犬猿の仲である筈の魔術協会と聖堂教会。これなら確かに、弟子の方が師匠に反逆する、っていう説は立つけど、サーヴァントを失ったマスターは教会に保護されるということを忘れちゃいけない」

 

「……つまり?」

 

「弟子は聖堂教会側の人間。けど師弟関係で、しかも反逆する直前まで同盟を張っていたならば、弟子の方だって師が呼び出したサーヴァントの性能は分かっていたはず。それなのにわざわざ英霊を失わせて、他陣営にはアサシン脱落と認識させる――私が今日、あの戦場で『セイバー敗退』なんて宣言したのと同じだよ。奴等は他の陣営を騙してるって可能性が高いのさ。でもって、あの殺されたアサシンが偽者か何かなら――」

 

「同盟を組んでいるあの陣営たちは、アサシンの気配遮断を用いて未だ情報収集しているのではないか、という仮説だ。あわよくば、何らかのスキルで各陣営に見張りをつけているやもしれないぞ?」

 

 アンデルセンの言葉を聞き、顔を青ざめさせる少年。そう、つまりこの説が当たっているのならば、遠坂のアーチャー陣営には此方の行動が筒抜けということだ。

 ――まぁ、さして重要なこともないように思えるが。

 

「いや、重要だろ! 隙を見せたら暗殺され放題じゃないか!」

 

「おいおい、ここには二騎のサーヴァントがいるんだぞ? 先生の方はともかくとして、征服王相手なら軽率には仕掛けてこないだろ。いやぁ、遠坂さんが完全にあの英雄王を御したなら、一気に形勢はひっくり返るだろうけど」

 

 あの英雄王、馬鹿と天才は紙一重な性格を地でいくので、その気になればかき集められた情報を元に千里眼を使用、各陣営の拠点把握で奇襲攻撃すればあっさりと、一夜で勝負はつくだろう。

 それが実行されていないのは、遠坂と英雄王の信頼関係が構築されていないという証拠であり、また、あの王が王としてのプライドで、“聖杯戦争など所詮児戯、本気を出すまでもない”、などと手を抜いていることに他ならない。

 

「む、言うておくが貴様ら、我が軍門に降るというのなら、指揮は当然此方が取るということで構わぬな? 此方で決めた基本方針や作戦は遵守してもらうぞ?」

 

「構わないよ。聖杯だのは好きにすればいい。あ、途中で私たちが目的としている『事件』が起こって、方針が合わない場合はそこで同盟解消、ってことでいいかな?」

 

「うむ、異論ない。我が覇道を邪魔立てせぬ限り、矛を交えることはまずなかろうて。……しかしあれだな? ルツと言ったか。貴様、余とどこかで会ったか? 初見にしては余という王を心得ているような気がしてならんのだが」

 

「会ってるよ。英雄王にもね。貴方もあの王もそれを憶えているかは期待してないけど。まぁ、とある並行世界で少し」

 

「……並行世界、って。そんなバカな。それは魔法使いの領分だろ。ただの魔術師に、そんな芸当できるわけない」

 

「いや私、その魔法使いの直弟子なんで。並行世界の移動してその度に死にかけ、いやホントに死んだけど、一応これで生涯の聖杯戦争は二度目だよ。英霊やらサーヴァントを見たのは三度目だけど」

 

 ぽかん、と少年が一気に公開された情報量に、脳がキャパオーバーしたのかフリーズする。

 単に口で言われたところで何も実感できないだろう。なにせ私の経験は、私とその時に協力してくれた人物しか知らないことなのだから。

 

「……なるほど? つまり先ほど貴様が言っていた『もう一体使役している英霊』というのは、そちらの世界で契約した者、ということか」

 

「ご名答。こっちの世界では条件が揃ってないんで、力の一部を具現化させる程度だけどね。順番でいえば、そっちが最初でアンデルセンが二人目だ」

 

 そこまで言って、ライダーのマスターが口を開く。

 

「……………………つまり、アンタ、凄いってコト?」

 

「どうかな。魔術回路の方は今や片手の指で足りる本数。サーヴァントをこの世に留めておく魔力だって、サファイアから提供されてるのが現状だし。ただまぁ、戦って奴には慣れてるかな」

 

「ほほぅ?」

 

 戦に慣れている、というところに興味を引いたのか、イスカンダルがニヤリと笑う。

 ……変に期待するのはよしてほしい。単に私は単騎戦より団体戦の方が得意というだけだ。しかも舞台が月。霊子虚構世界での戦いと地上の戦争を比べれば、勝手なんか全然違うに決まっている。

 

「ほほ――う。月とな? 月にもう一つの世界があると? なんだそれは。実に面白そうではないか!」

 

「言ってくれるなぁ……別天体からの宇宙人とか、全能者の自分とかって、相当な地獄だったぞ? それに貴方や英雄王も敵になってたし、厄介な奴にも目ぇ付けられたし……」

 

 月の聖杯(ムーンセル)に召喚された英霊全員が持つ、対軍スキルの月面空戦機動(エクステラマニューバ)とか、極点収束(ムーンクランチ)とか強化術式(ムーンドライヴ)とか、とにかく鬼畜過ぎた。

 月の覇者として君臨していた彼も、複数人に分かれているような状態になってて、もの凄く大変そうだった。やっぱムーンセル自重しろ。だが数学者、貴様は殺す。

 

「……いや、もう月はうんざりだ。思い出したくもない。それより、今は聖杯戦争だろ聖杯戦争。ところで私はまだ君の名前を伺っていないんだが」

 

「……――ウェイバー・ベルベット。アンタ、本っ当に信用していいんだな?」

 

「疑われてるなぁ。ま、その警戒心は大切にしとけ。…………ん、待てよ。ウェイ、バー……?」

 

 なんだよ、と不機嫌そうにこちらを睨む少年。

 その眉間にできた皺、常時不愉快そうにしているような表情を見て――合点がいった。

 

「えっ。あ、あー……なるほど、そういうコトか。へぇ、そう……凄ぇ。マジか」

 

「っ、なんだよ! 言いたいことがあるならハッキリ言え!」

 

「いやー……なんだ、その、やっぱ同盟相手には大正解だったわ、って話」

 

 はぁあ? と呆れ返った様子で声を零すウェイバー少年。

 ……別の世界、別の時空。どこかの並行世界の彼には少しばかり世話になったことがある。

 正確には、今の彼より成長した姿でだが。時の流れは不思議というか、ホント何があるか分からないものだ。

 

「ところで小僧、お前はなぜこの戦いに参加している? その歳で、聖杯を使ってでも叶えたい望みなどあるのか?」

 

「それは――」

 

 アンデルセンの問いに答えにくそうに視線を彷徨わせるウェイバー。ようやく彼が口を開こうとした矢先、返答は征服王から発された。

 

「なんもかんも、話にならんぞ。時計塔とやらに己の沽券を示すことのみよ」

 

「ラ、ライ――ッ」

 

「ほう。成程、思っていたよりはマシな願いだったな。まぁ俺が書くには値しないが」

 

「願いそのものがない私たちにどうこう言えることじゃないけどねー……」

 

 どうやらウェイバー少年は自信過剰気味なところがあるようだ。魔術師の卵なら、それらしいといえばらしいが、他の魔術師が聞いていたら身の程知らず、と罵られることだろう。若気の至り、というヤツだろうか?

 

 おそらくこの世界の彼も、血筋だの家柄を第一にして考える魔術師とかにしてやられたのだろう。それを許せず、思わず命を懸けるバトルロイヤルに参戦――……そんな子が、将来時計塔随一の講師になるなど、一体誰が予測しえようか。

 

「……なんだその顔。オマエ、絶対ボクのこと馬鹿にしてるだろ」

 

「へ? あぁ悪い悪い。ま、ゲーム感覚で参加してるよりはいいさ。そこら辺、君はちゃんと分かってるみたいだし」

 

 ともあれ、聖杯戦争というのはどんな形やルールがあれ、人一人を変えさせるのは十分過ぎる代物だ。おそらく、既に私が知っている未来の彼も――この戦いで、何かを見出したのだろう。

 

「――さて、ひとまず今夜はここまでにしよう。初戦で一番神経削れてんの、そっちだろ? 他の情報に関しては明日な。今日は私たち、適当に空き部屋使うからよろしくー」

 

「お、おい――――」

 

 何か言いかけていたウェイバーに構わず、アンデルセンと共に部屋を後にする。征服王が呼び止めなかったということは、まぁ許可を出してくれたのも同然だろう。

 

 征服王とウェイバー。征服王の性格は知っていたので、裏切りとかそういう陰気くさいことはしないと確信を持っていたが、今夜でウェイバーの方も心配はなくなった。本当に同盟相手には大正解である。

 

「お、いい感じのとこ見っけ」

 

 知らぬ間に同居人が増えている、という状況の家主である老夫婦には申し訳なさがあるものの、適当に物置き部屋、空き部屋を兼ねた半々なところを見つけ、ベッドはないが寝具はあったので勝手にそこを寝床とする。

 

「俺はもう少し家を歩き回ることにしよう。書斎でもあればそこに篭っている」

 

「あいよー」

 

 マスターから離れるサーヴァントもどうかと思うが、彼に対してそれをいうのはあまりにも今更というものだ。

 軽く返事をし、残ったのは私とサファイアのみ。といっても、人工天然精霊に休息がいるのかどうかは不明だが。

 

『おやすみなさいませルツ様。えぇ、おかしな寝言を発した場合の録音準備は完璧ですのでご安心を』

 

 馬鹿みたいなサファイアの言葉を聞きながら寝具を敷き、気絶するように倒れこむ。

 滑り出しは上々、ただし未来への一抹の不安はあるが――今はただ、肉体の疲労から解放されるように眠りについた。

 

 




 作家だからライター。そのままですな。
 なお、これまでのルツの経歴を纏めるとこうなる。
EX/CCC(前作) → ??? → エクステラ → 今回の世界線で世界旅行1年 → 現在
 あと事件の合間合間に、時計塔やら師匠の元で勉強してたりする。


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