Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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異邦人

 詠唱が完了した瞬間、天空に鎖が出現する。

 ふわりと空を漂うように現れたソレへ私が意志を伝え――瞬間、音速で赤黒い剣士を拘束し、勢い良く宙を薙ぎ、抉るように大地へ叩きつけた。

 

「お前は存外えげつないな?」

 

「殺れる時に殺る。基本だろ?」

 

 最も天敵がいる場合は除く。

 

 セイバーを地に打ち付けた影響で瞬間的に烈風が発生、砕け散ったアスファルトの粉塵が戦場に蔓延する。しかし、まるで自分の腕のように使い勝手が良い鎖を動かし、強引に風を発生させて障害を取り除く。……そして最期に見えた光景で、その正体をはっきりと理解した。

 

「貴方は……」

 

「ほォ? まだ隠れ潜んでいたか」

 

 透明化の魔術を解除したことで此方の姿も露わになる。

 その気配を察知し、此方を向いた各陣営の英霊たちが、未だ宙で蠢く鎖を警戒するように武器を構えた。

 

()()()()()()()()()退()っと……あー、こんばんは。見ての通り聖杯戦争に参加してる魔術師(ウィザード)の月成ルツです。どうぞお見知りおきを」

 

「三流のサーヴァント、アンデルセンだ。つい今しがたの戦闘、見事なものだった。新刊のネタに是非取り入れさせて貰おう」

 

 新刊の構想なんか練っていやがったのかコイツ、と一瞬呆れた視線を向けるが、他の陣営はまた違うベクトルで絶句しているようだった。

 まぁ、征服王に続いてまた自分から真名を名乗る英霊が現れたのだ。引いてしまうのも無理はない。

 

「今の今まで姿を隠しておった割には白々しい奴等よのぅ。ま、今回は自ら名乗りを上げたことに免じて不問と付す。で、今の鎖は何だ? それは魔術というより――」

 

「……宝具のよう、でしたね。第七のマスターとそのサーヴァントよ、何故助けたのです? 黙っていれば、その技で私たちの背後を取ることもできたでしょうに」

 

 ――否、征服王や騎士王は既に鎖の正体の分析を開始していたようだった。

 流石は戦闘に特化している英霊である。ちょっとやそっとの怪奇現象など、驚くには足らないか。

 

「何故、と聞かれれば……そうだな。助けるというより、単にセイバーの方が弱っていたから、としか言いようがない。それに、あんた等どちらかに奇襲を仕掛けても、最終的には敗北する自信があった。あとここに来た理由は――端的に言うと()()()()()()()()、ってところかな」

 

「――は?」

 

 素っ頓狂な声を上げたのは、先ほど意識を取り戻したばかりのライダーのマスター。

 当のライダー本人は、思わぬ言葉に一瞬目を丸くし、面白そうに口角を上げている。

 

「ちょ――ちょっと待て! アンタ正気か!? 軍門に降るって、つまり――」

 

「つまり、お前等ライダー陣営と同盟を組みたい。この通り私のサーヴァントはポンコツでね。この鎖があるとはいえ、流石に今のままじゃ死ぬだけだ。あぁ、聖杯自体に興味はないんで、一緒に勝ち抜いた後はそっちに譲ると約束しよう。なんなら、自己強制証文(セルフギアス・スクロール)を書いたっていいぞ」

 

 最後の一言の意味を理解する魔術師たちが息を呑む気配がした。

 発した言葉のどれ一つとして偽りはないが――まぁ、魔術刻印の機能を用いる契約を、魔術刻印のない私が言っても単なるハッタリに過ぎない。あの征服王のマスターである青年が、そこまで心配性かどうかは怪しいところだが。

 

「おいおい、そりゃあちと此方に好条件過ぎないか? 逆に疑ってしまうぞ? いや、余としては全く大歓迎なのだが」

 

「いいワケあるか馬鹿ッ! っていうか、なんでそんな重要なことをこんな人前で……!」

 

「いやぁだって、ここで姿を見せなかったら征服王の侮蔑を免れないんだろ? 正直セイバーを狙ったのもこれが理由でね、先に良い印象を与えておいた方がいいかなぁ、と」

 

「弱ったところにトドメを刺しただけだがな! だが俺はともかく、その鎖は本当に使えるぞ。条件が良ければ――そう、今みたいに――隙を突いて、敵の身体を()()()()()()、木っ端微塵にすることだってできる。無論、それはマスターの意志次第だが」

 

 ……流石に、そこまでの残虐性は持ち合わせていない。

 などと思うが、アンデルセンの言うことは事実でもあった。

 カードを発動し、持続時間が切れたら一時間は使用不可。他にも宝具の使用不可だったりと制約はあるが、元は超一級品の英霊。鎖という形状も相まって、割と、いやかなり強力な礼装だ。

 

「――待ってください。聖杯に興味はない、と言いましたか。ならば如何なる目的で貴方はサーヴァントを召喚したのです?」

 

 ランサーの質問はもっともである。聖杯に興味がないのにこの闘争に参加する、など全く理に適っていない。

 ……きっと彼女は、私たちが聖杯戦争そのものを侮辱しに来た輩とでも思ったのだろう。そんな奴はさっさと切り捨てるに限る、とでも言いたげである。

 

「それはいわば保険ってやつかな。聖杯戦争に参加して、その最中に起きる事件の解決に来た感じだよ。聖杯なんてオマケに過ぎない」

 

 たとえ事件に聖杯が絡んだものだとしても、賞品自体には興味ない。そちらの方は他の奴等に好きにすればいい。最も、それが原因で「事件」が起きれば否応なく叩き潰すが、それでも聖杯をどうこうしようという気は全くない。

 

「えっ……じゃあ、そこのサーヴァントはどういう理由で協力してるんだよ!? 英霊ってのは、聖杯のためにマスターと契約を結ぶんだろ!?」

 

「ハン、俺に願いなんぞない。呼ばれたからには働くが、なるべく労働は避けたい。いやしたくない。肉体労働など以ての外だ。そういうのは戦闘好きな蛮族共の仕事だからな!」

 

 ……無闇に喧嘩は売ってほしくないものだが、今更このサーヴァントにそれを指摘しても仕方がない。というか戦闘代行者のサーヴァントとしての役割を堂々と全否定する奴に何を言っても無駄である。

 

「……ふむ。おい騎士王、これに乗じてお前さんも我が軍門に降らないか? 待遇は応相談だが?」

 

「くどい」

 

 なんだかついでに背後のランサーも誘っていた征服王だったが、一蹴されていた。月だろうと地上だろうと、あの英霊は何も変わっていない。

 

 ともあれ、目的が何だろうと敵対する者は殺す――それが聖杯戦争だ。

 どんな参加者がいようと、それを承知で聖杯を求める者たちは敵を殺す。単純な話である。

 

「異常……いえ、()()ですね」

 

「はい?」

 

 ふと、下にいる例のバーサーカーの女性が何かを呟いていた。

 ……嫌な予感しかしない。というか既に、銃口をこちらに向けているような。

 

「身体はともかく、魂に疾患があると見られます。患部を切断、或いは除去しましょう。診察します」

 

「……いや、何言っ――」

 

 問答無用で弾丸が襲い掛かり、思わず鎖で防御する。

 指示した通り、というよりも、意志の通りに動いた鎖は、見事銃弾を弾き、落としてみせたが――

 

「――魂、精神の負傷者も看護対象です。大人しくしてください。貴方には治療が必要です」

 

「……あの、今、メスのようなものが」

 

「無駄だマスター。あの女は人を救うことしか頭にないぞ」

 

 一発、銃弾ではなく小さい刃物が頬を、いや髪を掠った。「王の財宝」ほどの威力ではないが、相当な執念、いや彼女の使命感を感じる。何だあの英霊。超怖い。

 

「私は貴方の命を助けたい。たとえ貴方の命を奪ってでも――では、本格治療を開始します」

 

 ふざけんな、と叫びたかったがそうも言ってられなかった。狂戦士に正気を求めてはいけない。

 

 容赦なく打ち出される雨が如き弾丸の猛威。

 しかし、ただの弾丸と侮るなかれ。それら全て、英霊が放つものなれば、人間が放つ数十倍の威力を発揮するのだから。

 

 それでも鎖がそれら全てを打ち落とし、続いてバーサーカーの拘束に動いていく。胴体でなくてもいい、手足や髪、とにかく彼女を捕まえることさえできれば、あとは先のセイバーの時の再現だ。けれど――

 

「――げ、」

 

 すり抜ける。

 鎖と鎖の間を――まるで、縫うように潜って拘束を免れていた。それどころか、宙を舞っている鎖を壁のように活用し、跳躍しながら段々と上の此方に向かってきてはいるまいか――!?

 

「アンデルせんせー!」

 

「変に略すな――そら!」

 

 アンデルセンが顕現させた本より魔力弾が発射される。しかしそれらは、

 

「処置します。清潔!」

 

 手刀で斬っていた。否、筋力に任せて消し飛ばしていた。アグレッシブにも程がある。

 そして今は両手に拳銃を持って空を()びながら戦闘を行っていた。それにしたって滅茶苦茶過ぎるわあの英霊!

 

「……しっ! 取った!」

 

 だが、次にバーサーカーが一瞬の足場にした鎖を即座に脚へと巻きつかせる。

 捕まえてしまえば此方の勝ち。そのまま投げ飛ばす指示を出せば、なす術なく彼女は文字通りに空を飛ぶことになるだろう。

 しかし意志を伝えようとした途端、視界が光に塗りつぶされた。

 

 

「――“我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)”!」

 

 

 それは宝具開帳の宣言であると共に、彼女の真名が判明した瞬間でもあった。

 

 顕現するは巨大な白衣の女神。

 上半身のみの幻だが、しかしそれが大剣を振り下ろした時、この場全ての戦闘行動が無効化された。

 

 魔術は組み上がらず、礼装も発動しない――強制的に作り出された絶対安全圏。

 

 光が収まった後、既に鎖は消え失せており、アンデルセンの魔力弾さえ跡形もない。

 眼前にあるのはただ、此方を「治療」しようと拳銃を発砲する天使の姿だけであり――、

 

「折角の同盟相手を殺されては元も子もないわい」

 

 ――唐突に、圧倒的な浮遊感が我が身を襲った。

 

「ごっ……!」

 

 鼓膜をつんざく雷撃の音。

 首根っこ辺りを掴まれていると気付いた時には、既に空を飛んでいる。

 数秒前まで近くにいたバーサーカー――真名、ナイチンゲールの姿は既に眼下の遠く。

 そこまで認識すると、乱雑に征服王の戦車へ投げ込まれた。

 

「では騎士王、しばしの別れだ! そこな堅物の女医もな! 次に会う時はまた存分に余の血を熱くさせてもらおうぞ! ――さらば!!」

 

 二頭の牡牛の蹄が宙を蹴り、足元に稲妻を走らせながら浮上していく。

 あまりにも一瞬の出来事に目を白黒させ、思考が空になる。しかし今の出来事は、ライダー陣営がこちらを同盟相手に足る者だと認めてくれたことを指していた。

 

「は――――ちょ、ライダァ――ッ!!?」

 

 否、肝心のマスターの方は飲み込めていない様子だったが。

 

「バカ、バカバカバカッ!! なんで助けた!? なんで乗せたんだよ!?」

 

「何故ってお前さん、折角我らの誘いに応じ、あそこまで条件提示してくれたのだから、

黙っているのはぶしつけってモンであろう。いやぁ、“ものは試し”とはよく言ったものよ!」

 

 ガハハハと豪快に笑う征服王。

 その様子を見て心底から安堵の息を吐き、第一関門をクリアしたことに対して漸く肩の力が抜ける。

 

 最強の礼装があるとはいえ、アンデルセン単騎で聖杯戦争に臨もうなどと自殺行為の何物でもない。故に、まずは全陣営の顔と名前を把握、そしてその中から相性が良く、かつ裏切らない、裏切られない関係になれる陣営を見極める必要があった。

 

 ……英霊は、顔の知っている奴が多かったのが幸いだった。しかし一番の問題はマスターの方である。

 

 遠坂の魔術師は論外。かつて別の世界で会った守銭奴娘の家系だが、先祖に師匠がいるという時点で却下だ。ただでさえプライドの高い術師に、私みたいな奴が爺の直弟子などと知れたらどうなるか分からない。あと英雄王を召喚している時点でノーである。

 

 次に遠坂の弟子。遠坂家と同盟を組んでいる、と推測するとここも却下。アサシンの情報収集能力は気になるが、指揮を取っているのは師匠である遠坂の魔術師に違いない。

 

 アインツベルンの魔術使い。……戦場には白い女性がいたため、どちらが正規のマスターなのかは判断しかねるものの、「魔術使い」というのは文字通りに魔術を道具として認識している輩であろう。しかも名のある、とつけばそれはただの殺し屋の可能性が高い。組んだところで、利用されて裏切られて死ぬだけである。

 

 間桐家は……消去法でいくに、召喚英霊はあのバーサーカーだろう。先の出来事で致命的に合わないと確信したのでもう近寄りたくない。

 

 でもって、あの謎のバーサークセイバーのマスターは不明。判断のしようがないので除外した。

 

 そうして残ったのが――彼ら、ライダー陣営ということである。

 

「いや、ホントに助かったわ。どうやら私たちは、同盟相手の選択に正解したらしい」

 

「ぐっ……言っておくけど、ボクはまだ信用したワケじゃないからな! 素性も知らない相手をそう簡単に受け入れるなんて――」

 

『まぁまぁ、ひとまずここは落ち着きましょう。――ところで貴方、魔法少女に興味はありませんか?』

 

「ヒイィ!? なんだお前ッッ!!?」

 

 突如出現した謎の青い精霊に対して悲鳴を上げる少年。

 ちなみにアンデルセンは戦車の定員数に配慮したのか霊体化中だ。こういう、なんとも細かいところに気を利かせるサーヴァントであった。

 

「ところでキャスターのマスターよ。この坊主が言う通り、我らは貴様らの目的を未だハッキリとは理解できておらん。貴様の素性も不明瞭のままだ。しかも宝具のような鎖を使っていたが、ありゃ一体なんだ?」

 

「私がもう一体使役している英霊の力の一端を具現化させたものさ。あぁいや、この説明をするのは私の立場を明かしてからの方がいいか――ん、ちょっと待てよ。今、変なこと言ってなかったか、征服王?」

 

「果てしなくおかしなコトを言っていたのは貴様の方だと思うが。ううん、詳細は我らの拠点に戻ってからだ! それでひとまず文句はあるまい、キャスターのマスター?」

 

「いや、あの――――」

 

 確かに詳しい作戦やら今後の方針、自己紹介なんかは落ち着いた場所で改めて行うとして、今は小さな勘違いから訂正しておこう。僅かな情報の齟齬は、後々どんな問題を引き起こさせるか分からない。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()、私たち」

 

 


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