Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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Kaleido scope

「ぐっはぁああ――――……つっかれたぁア――…………」

 

 言ったが最後、二度と動きたくなくなる台詞を吐きながら、ばったりと地面に倒れ込む。

 場所は天蓋が開けた大空洞。仰向けになっているので星がよく――いや、夜明けが近いのか夜空は若干明るくなりつつある。

 

「ウェイバー。おーい、ウェイバー? ……し、死んでる……」

 

「脈はあります。過度な魔力の消耗による負担が出てきたのでしょう」

 

 折角同じ人間同士、労いの言葉をかけようかと思ったのに残念だ。まぁ、彼や婦長のおかげで雑兵の相手を省けたのは事実だし、ここは暫く寝かせておいてやった方がいい。

 

『……ルツ様のお身体は問題ないのですか? スキャンしたところ、本来ある筈の無い魔術回路――いえ、本来ある筈だった魔術回路があるのですが……』

 

「あぁそれな。あくまでも先生の宝具が発動している間しかないと思うよ。な?」

 

「当然だ。俺の宝具は確かにお前に注ぎ込んだが、効果が切れれば全て元通り。究極の姿へ変体したとはいえ、元のお前に何ら変化はない。だから気をつけろ、元に戻った後、普通に魔術を発動させようものなら卒倒するハメになるぞ」

 

 あいあい、とありがたい忠告を受け取って大きく息を吐く。

 アンデルセンの宝具「貴方のための物語(メルヒェン・マイネスレーベンス)」は、その本を白紙に戻し、対象の人生を書き上げ、主役として育てることで真価を発揮するものだ。

 とはいえアンデルセン自身、基本遅筆で悲観主義なので脱稿するにはとんでもなく時間がかかる。だから私は聖杯戦争一年前に彼を召喚し、本番に間に合うようにはしたのだが……

 

「ギリギリだったなぁ……いやマジで、どうにかなるもんだなぁ……」

 

「……ま、少しばかり誇張して書いてやったのは認めよう。一年の海外巡りがなければ、まだ半分もいってなかっただろうしな」

 

 ナイス、過去の自分。やはり相手の事前調査、情報収集は戦の基本であった。だからとって、そんなクセを身につけさせたムーンセルに感謝するワケじゃないが。

 

「ところで、アルテラは何処にいたんだよ魔術王。私、別に何もやってないぞ」

 

「なに、彼女の魂が大聖杯に注がれる直前で引き止めただけだよ。君が世界との契約を拒絶したとき、未来が変わったからね――せめてのもの罪滅ぼし、というところかな」

 

「…………そりゃ、当然の働きだな」

 

 アルテラによるトドメが間に合わなかったら、自滅覚悟で再度宝石剣の生成に臨んでいただろう。

 あの宝石剣、いちいち事象固定帯のオリジナルを見ながらじゃないと造れないのだ。

 オリジナルに使われている魔術理論も完全に理解してない身で、そう何度もアレを作るのは難しい。観測すること自体は一瞬なのだが、いかんせん情報量が桁違いである。

 

 今のところ、私が第二魔法に到達するという可能性も生まれてなさそうなので、宝石剣構築はやっぱり師匠からヒントを引き出すほかない。それでも最初、成功したのは並行世界の一つに私と同じくレプリカを作り出していた者の記録を少し参考にしたからだろう。

 

「なにはともあれ、これで全部終了だ――解散ッ!」

 

「待てマスター。一つ大事なことを忘れているぞ」

 

 アンデルセンの目線の先を追うと、そこには巨大な魔法陣、と――――

 

「……しまった。聖杯」

 

 黄金に輝くガチモンの願望器をどうしようか、という問題に直面した。

 

 

 聖杯。

 曰く――――到達点。

 曰く――――無限の奇跡。

 曰く――――神の世の残滓。

 

 あらゆる人間がそれを追いかけ、多くの屍を生むことになった元凶。

 アインツベルン、マキリ、遠坂の御三家が作り出し、根源への到達手段として用いるために開催された魔術師とサーヴァントによる戦い――聖杯戦争。

 

 ただ一つの奇跡のために、あらゆる()で殺し合いは行われている。

 ある者は己の願望の実現を、ある者は純粋な闘争を、ある者は戦いの終結を。

 七人七騎、互いの矜持をかけて競い合う聖杯降霊儀式。

 その賞品が、今――

 

「壊すか」

 

『壊しましょうか』

 

「賢明だな」

 

 三人一致で破壊の運命を辿ろうとしていた。

 魔術協会のお偉いさんが見たら全力で止めるんだろうなぁ、と呑気に考えるが、正直聖杯はロクなもんじゃない。

 残すな危険。壊せよ安全。……大体そんな感じに、ろくでもない。

 

「ちなみにだけど、婦長とかウェイバーとか……魔術王とか、なにか聖杯にかけてみたい願いとかある? 話によっては考えなくもないけど」

 

「聖杯……? あぁ、手を洗うためにボールは必要ですが。はい、清潔は大切です」

 

「……いらないよ。それが今回の事件を引き起こした発端なんだろ。ボクに技術があれば、解体してやりたいぐらいだね」

 

「……いや、特には」

 

 まさかの勝利者全員願望無しだった。聖杯とは一体。

 しかしたとえ、今目の前にある聖杯を使ったとしても、現実世界に反映される確率は低いだろう。なにせ特異点――本来ない歴史の上なのだから、ここは。

 

「……思ったんだけど、この特異点が修正されたら元の流れはどうなるんだ? 聖杯戦争が続行される……とか?」

 

「――そうなるだろうな。黙示録登場による被害も無かったことにされるだろうし、この世界の私は起源覚醒した瞬間に抑止力に殺されるだろうし、そうなると魔術王もいなくなる――」

 

 第一次聖杯戦争は、参加者からして編纂事象の第四次聖杯戦争と似たようなものになるだろう。単に回数が変わっただけだ。

 ……どうして何百年も魔力が蓄積されていたのか、という疑念の答えは推測の域を出ないので黙っていよう。というか、その推測が当たっていたら怖過ぎる。師匠に報告しに行った時にあっさりバラされそうだが。

 

 まぁ、火種を蒔いた「私」がいなくなるのなら、この世界が剪定事象になるようなことは起きないだろう。

 

「問題はどうやって壊すかだな……サファイア」

 

『イエス、マイマスター』

 

 ステッキとなったサファイアを握り、魔力砲を全力で放出する。

 魔術ではない純粋な魔力。大成してたらこんな量の魔力を操れていたのか? と今更になってそんな感動に浸りつつも、しかし直撃した聖杯には傷一つついていない。

 

「逆に吸収された……か。んじゃあ、まず破壊するのは大聖杯の方か?」

 

「それこそ無理があると思うけど……少なくともアレ、対城級の宝具が必要だぞ?」

 

 軍師の意見を頭に入れつつ、ははぁ、と一つ思いついた。

 

()()()()()()()()()()()()()とかどう?」

 

『自滅――ですか。しかしその場合、小聖杯自体は残ると思いますが。大聖杯は今や、単に根源へ到達するためのものに過ぎませんし』

 

「魔術協会の人間が聞いたら首を傾げそうな会話だ……」

 

「お前も私も協会側の人間だけどな」

 

 ウェイバーは時計塔の学生だし、私もゼルレッチの弟子というなら完全に協会側である。

 ま、立場はどうあれ今は聖杯の破壊だ。これを成さなければ、この特異点が修復されない。

 

「……だよな、魔術王?」

 

「基本的には。けど破壊、或いは()()でも歴史の修正力は動く。後者を選んだ場合、特異点の発生源であるこの聖杯は世界から消え、修正の力はより強くなる……目の前にあるこれが、願望器として動くのは特異点にある間だけだろうね。そして修正された流れの歴史では、元通り『器』となる者も復活している筈だから――」

 

「――実質、問題はない。並行世界から来た私たちが持ち帰ろうが、ここで破壊しようが、大して変わらない……か」

 

 言われてみればそうだ。特異点に聖杯がなければ元通りになるのだから、破壊する必要はないのである。

 

「サファイア、アレ運べるか?」

 

『魔力の計測値がオーバーしています。一度、鏡面界へジャンプしても、途中で魔力が吸収され、直接虚数域へダイブする恐れがあるかと』

 

「……つまり、大も小も壊した方がいいってことだな。小聖杯で大聖杯壊して、残った器はエルキドゥに破壊させる――って流れでどうよ?」

 

「合理的だね。いい着地点なんじゃないか?」

 

「うし、んじゃあさっさと願っちまおう。――アンデルセン」

 

 一瞬だけ眉をひそめ、嫌そうに奇跡の回収を行うサーヴァント。

 聖杯は万能の釜を模した魔術礼装。人間の身では触れることすらできないからこそ、霊体であるサーヴァントを召喚、使役するのだ。人間である限り、聖杯を発見したり回収することは難しい――ギャラハッドなどの特例を除いては。

 

「そら、さっさと使ってしまえ。俺が言葉の綾で下らんことを口走ってしまう前にな」

 

 押し付けるようにして黄金の杯を突きつけてくる童話作家。

 一切のためらいがない辺り、やはりこいつ自身に聖杯にかける願いはないのだろう。以前に訊いたことはあるが、聖杯よりスープを優先した奴なのだ。

 

「ええと、“我、聖杯に――――」

 

 そこまで唱えかけると、上で一際強く輝いた光が視界に入った。

 ふと顔を上げれば、なんだか心当たりのある魔力の気配。

 そしてあの光、流星のような鎖――

 

人よ、神を繋ぎ止めよう(エヌマ・エリシュ)

 

 念話越しに聞こえた宝具の真名解放が紡がれた瞬間、全力で魔法陣から遠ざかる。

 人間、本気で生命の危機を察知すると、無意識に身体強化を使ってまで逃亡できるらしい――別にいらない経験だった。

 

「――おおアアアアアァァッ!!?」

 

 大空洞を光が満たし、遅れて轟音が鳴り響く。

 メンバーの安否は確認できない。というか、私が走り出した瞬間には全員背を向けていたと思うので、逃げ遅れた者はいないだろう。アンデルセンに至っては、貴重な聖遺物を投げ捨てている始末だった。

 

「マスター! 大丈夫かい!?」

 

 轟音が収まっていく中、そんな新しい声が大空洞で発される。

 誰のせいで、などと零れる恨み言や、相変わらずの空気の読めなさには定評のある神造兵器である。英雄王の親友がまともなわけなかった。

 

「しぬかとおもった」

 

「フォーウ……」

 

「ごめんな、ほんとごめんな」

 

「人類悪よりタチが悪そうだな、アレは」

 

 タチの悪さはお前もあんまり変わんねーよ、と作家に言い返しながら視線だけを爆心地に向ける。

 黄金の小聖杯は未だ魔法陣の近くで転がっていた。ただし、その更に奥にある大聖杯は完全に爆散しているようである。なんと無残な。

 

「あ、無事だねマスター。良かった……ん、どうしたんだい?」

 

「……いや、なんでそこを着地点したのかなぁ、って」

 

 奥から歩いてきた英霊の姿格好にはツッコまず、先に弁明を聞く。

 すると相手はいやだって、と置き、

 

「その方が効率的だろう? 宝具を使った方が遠距離移動には楽だし、諸悪の根源も滅ぼせるし」

 

「はははは……そうか……基本的に効率を求めるタイプだったなぁ、お前」

 

 砂煙が晴れた後、そこには何も残っていなかった。

 アンリマユが含まれていない以上、大聖杯も小聖杯も機能自体には何も問題はない。中身の泥が出てくるとか、そういう事態は起きないのである。

 

「……で、どうしたんだよ、その格好は」

 

 視界に映っているのは、此方を見下ろしている緑髪の英霊だ。

 令呪が消えていないので、無事なのは分かっていたが――流石に、雰囲気や服装が若干変わっているとは思ってなかった。瞳はなんか金色になっているし、服も質素な貫頭衣の上から神秘を感じさせる白い布をかけている。

 

「これかい? 獣を倒したら、なんか相性が良さそうな素材があったから……ね?」

 

 取り込んだのか。お前まさか取り込んだのか。

 いや、何の問題もなく霊基が向上しているのなら問題ない……のか。確かにグランドクラスなんてものがあるなら、通常の英霊の霊基だってパワーアップしたってそんなに不思議じゃない。

 

 立ち上がりつつ、地面に転がっている黄金へ指を差す。

 

「……まぁ、いいや。丁度いいところに来た。サクッと小聖杯(アレ)、壊してくれないか」

 

「申し訳ないけど今ので魔力が切れたよ」

 

「てめぇっ……!」

 

 肝心な時になんとやら、とはまさにこれだろう。

 機能としては非常に優秀なのだが、いかんせん動かす力がなければ意味がない。彼が己を兵器、道具としていることに則るのなら、今の彼は電力のない電気機器である。

 

 ……残り令呪は二画。戦いは終わったが、だからといって私の修行期間が終わるわけでもない。たかが聖杯を壊すことに全画費やすのは勿体無さ過ぎる。

 いくら今が“究極の姿”の状態であろうと、並行世界へ干渉を可能とさせる力は宝石剣あってのもの。それに、ここでフルで魔力を注ぎ込んでしまったら、アンデルセンを現界させておく分が不足する――――

 

「……待てよ」

 

 不意に思いついた考えが頭の中で組み上がる。

 エルキドゥの霊基にある「単独顕現」は月の加護。ムーンセルが存在する世界と、時間軸から外れた世界でなら、彼は魔力提供なしでも現界できる。

 

 ――ただし、アンデルセンの場合は別だ。

 今回、彼の現界には聖杯の招きと、サファイアからの無限魔力供給が働いている。つまり聖杯がなくなれば、後は私とサファイアでどうにかしなければならない。

 

 が、この“究極の姿”には、本来ない魔術回路が存在している。当初の予定では、このまま暫く契約を続行し、その間に元の――魔術回路がほとんど死んでいる状態を、課題達成の報酬として師匠に少しだけ治して貰うはずだったのだ。

 

「……あ、いけるなこれ」

 

「おい待てなんだその顔は。手遅れにならん内に言ってやる、諦めろ!」

 

 嫌だね、と心の中で呟きつつ、とても有意義なことを考え続ける。おそらく、アンデルセンにとってはあまり有り難くないことを。

 

「――よし、聖杯使って願い叶える。んで、魔力減らせば、持ち運びができるようになる。残った聖杯はこっちで回収すれば、世界の干渉力が追いついて特異点が崩壊する――妙案だな!!」

 

「や、確かにそれが正攻法なんだろうけど……大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だ。安心しろ。お前の未来は保証する」

 

『ルツ様が言うと、どうも詐欺の手口に聞こえてきますね』

 

 そんなに心配なら千里眼持ちに予報してもらえばいい。

 そう思うと共に、なんとなく実行する計画をソロモンに念として送ってみる。別にパスを繋いでるわけじゃないが、彼にとって他人の心を読むことくらい造作もないだろう。

 

「……ああ、確かにそれなら特異点が乱れる可能性は低いね。……? けど、これは――」

 

「言質はとった。覚悟しろよ聖杯ィ!!」

 

 合図をすると、エルキドゥが聖杯を持ってくる。

 彼にもまた、願いという願いはない。曰く、親友に出会った時点で叶ったようなものだとも。

 

「願いが叶ったら、私たちは即離脱だ。サファイア、接界(ジャンプ)の準備しとけ」

 

『――了解しました。半径二メートルで反射路形成、開始します』

 

 叶える願いは一つだけ。

 望むものは大したことじゃない。

 万能の願望器。多くの魔術師たちが求めた一つの奇跡。

 

 かける願いは、もう決まっていた。

 

 


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