Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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星の記録

 闇の中に取り込まれた瞬間、一つの奇跡を知覚する。

 僅かに灯る閃光、果てのない空に放り投げられた感覚。

 ただしそこに、自分という存在がかき消えてしまうような恐怖はなく。むしろ、それこそが自分の所有物であるのだと突きつけられたような気さえした。

 

 見たこともない景色が脳裏に走る。

 聞いたことのない事象が耳を掠める。

 ありえる筈のない存在と対話している。

 ありえた筈の可能性と相対している。

 

「――――ア、――――づ――ギ――――――」

 

 この世にはない光景を見た。

 この世にいずれ訪れる結末を見聞きした。

 やがて人類が辿り着くであろう未来に降り立った。

 既に至ったことを繰り返す愚者たちを見つめていた。

 

 背負うべき罪を誰かに押し付けた。背負った罪を横取りされた。拾い上げようとしたものを取り落とした。拾い上げたものをいつの間にか捨てていた。助けようとした誰かを諦めた。助けてくれた誰かは何処にもいなかった。朽ちていく誰かを眺め続けた。朽ちてしまった誰かを素通りした。捕らえるべき悪人を見逃した。捕われてしまった善人を無視していた。そうして最後には何も残らなかった。

 

 ……いや。最後の最後に与えられた。もう一度歩き出す機会と、唯一つの――

 

「――ガ――――ァ――――――――グ――――」

 

 焼け付くような痛みが全身を焦がしている。串刺しにされてるような激痛が魂を蝕んでいる。

 その代わりに、決して持ち合わせるはずのない魔力が、知りえるはずのない情報が、獲得するはずもない能力が、この身に叩きつけられていた。

 

 おそらくそれらは、月成ルツという人間を究極の形にまで押し上げた結果の産物。当然、本来ここにいる私がどんな努力をしようとそんな力は身につかない。

 けれどそれを可能とさせる奇跡(宝具)を持つ者はいた。だからこそ彼を召喚した。

 

 これはいつか、私という存在が到達できる可能性。

 過去から未来への先取り行為に他ならない。

 

「――――――」

 

 そこで流れ込んできていた情報と景色が終了し、身体の激痛も引いていく。

 まるで魂だけ別の器に移されたように身体は軽い。あれだけの情報を詰め込まれておきながら、以前よりも頭の中は澄み切っており、今ならあらゆる魔術を行使できるような気分だった。まぁ、私の究極と言っても一つに絞られるので、全能とは程遠いが。

 

 意識を取り戻したのなら、後はこの空間から出て行くだけ。

 その為にはまず道具が必要だ。全てを切り裂くような、切り飛ばしてしまえるようなものがいい。

 口にするのは、その一言で全てを完成させる呪文。

 やることは簡単だ。歴史の運河を逆行し、この偏光線(ライン)が至ってきた事象固定帯を映し出し、その中から必要なものを手元に呼び出すだけ。

 

「――――“編纂結果(カッティング)”」

 

 一瞬の構築時間の後、手元にそれが創り上げられた気配を感知する。

 今の私が理解できる範囲の魔術理論を総動員してみたが、やはりオリジナルには届かない。未知の理を体現できるほど、まだ人類は成長していない。

 

 が、これでも十分過ぎる。魔法の真似事ができるくらいでないと、あの怪物は倒せない。

 

 呼び出したそれの柄を握り締めて空間を両断する。

 あれほど重い枷を自分にかけていた泥闇は、あっけなく霧散した。

 

 

「――なに?」

 

 闇が晴れてまず見えたのは、驚愕に目を見開いた魔王の姿だった。

 やっぱりネロが成長したような姿だな、と思いながら、手にある()()へ一瞬で魔力を蓄積(チャージ)させ、全力で振り払う。

 

「溶かし切れ」

 

 刀剣から放たれる膨大な魔力の斬撃。

 無論、それは私の魔力ではなく、この剣が持つ能力によるものだ。

 鏡合わせのように隣り合う並行世界から、無限に魔力をくみ取る()()の奇跡を起こすもの。

 

 オリジナルの名を宝石剣ゼルレッチ。

 私が手にしているのは、師である魔導翁が自ら設計した魔術礼装、その模造品(レプリカ)である。

 

「貴様、それは――――」

 

 直撃した斬撃が()()()()()()()その半身を消し飛ばす。

 同時に相手が再生しながら此方へ踏み込んでくるが、即座に事象へ干渉、再び虹色の輝きを帯びた刀身を一閃する。

 

 周り一帯を照らし上げる黄金の光が消えたあと、そこに妖婦の姿はない。どうやら金杯()で防御したのか、そのまま吹き飛ばされていったらしい。

 

「これだけの魔力でもアレは破壊できない、か……アンデル先生無事?」

 

「霊基を破壊されかかっていたことをそう定義するならな。あと少し遅ければ消滅していたぞ。……まぁ、その様子を見る限り、お前の方は完成したそうだな」

 

  お陰さまで、と言いながら軽く周囲を見渡してみると案の定、ボロボロな状態のウェイバーやナイチンゲールらが見えた。ので、剣の魔力を礼装(コート)に通して回復させておく。引き出せる魔力にもはや際限ないので、霊基にヒビが入っていたとしても治療には問題ない。

 と、いつの間にやら復活してきたステッキが心底呆れたように言葉を放ってきた。

 

『なんですかその剣は。大師父のパクリですか』

 

「うるせー。一番使い勝手も相性も良さそうだったんだよ」

 

 ……とは言うものの、怒られたら流石に土下座する覚悟はしておいた方がいいかもしれない。剣の性質や形はもう完全に、できる範囲で再現したものだが、私が造ったコレには思ったより此方の起源が反映されてしまい、魔改造じみたものになっている。

 嬉しい誤算としては、使用する際に何の代償(ペナルティ)も負わずに済む点だろうか。……いや、単に支払いが後回しにされているだけかもしれないが。

 

「――小僧の宝具か。それが貴様の至る末路の一つ」

 

 杯から泥を生み出し、周囲に死を撒き散らしながら魔王が戻ってくる。

 未だその目から余裕は消えていない。それも、己の杯が手元にあるが故だろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ、彼女だけが持つことを許された願望機なのだから。

 

「そのような姿になってまで何を求める。何を成す。もはや貴様には何も残っていないというのに」

 

「かもな。けど私、退屈しなけりゃ万事どうでもいいぞ?」

 

 言って、再び魔力を充填する。

 まだ権能を貫通できる状態とはいえ、先に狙うべきものは彼女ではなく金杯だ。魔力の供給源、不可能を可能にするものは早急に破壊しなければならない。

 とはいえ、時間がないのも事実。ネロが完全に黙示録の一部となり、権能が本来の強力さを取り戻せばもうなす術がない。

 

「余の寵愛を拒絶するものは都に入る資格などない。故に失せよ、反逆は重罪である」

 

 地に垂れた欲望の泥が兵士の影を形作る。数は優に百を越えるが――そんなもの、もう敵とも呼べなかった。

 

「塗り潰せ」

 

 宝石剣が虹色を帯びた刹那、光の斬撃が荒野を照らし、泥の影が瞬間的に塵へと還っていく。

 だが一歩目を踏み出した時、既に景色は一秒前。再度魔力を汲み上げ、斬撃を飛ばしながら闇の中を走り抜ける。

 

「落ちるがよい」

 

 物理法則を無視した毒の液が天より注がれる。

 道を切り開かない限り、避ける方法はない。だが、切り開く前に泥はこの身を溶かすだろう。

 剣を上に向けるか、それとも前に向けるか。

 選択肢は二つに一つ。ならば話は簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“剪定(カット)”」

 

 斬った。

 敵ではなく、泥ではなく。

 泥が降り注がれてきた可能性()そのものを。

 

 次の瞬間、地を呑み込む筈の闇が消え失せる。

 元からなかったのだから当然だ。周囲のものは泥の存在すら認知していないだろう。

 だが、全ての時間軸において存在を証明できる彼女は違う。

 

「対軸宝具……未来を守護する魔法使いとでもいうつもりか?」

 

「そこまで大それたものではないぞ、コイツは」

 

 念話を通じてそう断言してくるサーヴァントの声に苦笑する。

 そう、自分はそんなに()()()ではない。今の剪定だって、結局は自分に関係することにしか干渉できないし、私単体の基本的な活動範囲は極めて狭い。

 所詮、これは「月成ルツという人間の究極」である。抑止力だの守護者だのとは全くの無関係なのだ。

 

「ならばこうしよう」

 

「ッ――――!?」

 

 次の瞬間、大地が崩落した。

 一気に足場が消え、懐かしの浮遊感が全身を襲うが、慣れてきたのかもう慌てるようなことはない。

 同じく落ちているであろう背後のメンバーを空で探すが、ナイチンゲールが上手くキャッチしているのが見えたので心配する必要はないだろう。本当にあの看護師強い。

 

「“観測(インス)完了(トール)”……!」

 

 が、流石にこのままだと私も致命傷は避けられないので、並行世界から飛行魔術をマスターした己のスキルを習得する。なんとも物好きな私がいたもんである。

 

『おや、もう私のお世話は不要ですか?』

 

「馬鹿言ってんな……! お前の物理保護と魔術障壁は有用だよ!」

 

 事実、サファイアのおかげで精神干渉を逃れているようなものなのだから。

 やはり師の製造物は偉大である。造った意図は分かりかねるが。

 

 ――そうして、ようやく崩落した地面の底が見えてきた。

 まず認識したのはむき出しの魔法陣、そして天高くそびえている黒柱。

 あれが星を祭る祭壇。あの場所こそ大聖杯(セイントグラフ)の眠る土地――

 

『……始まりの祭壇はこう呼ばれています。円冠回廊、心臓世界テンノサカズキ、と』

 

「天の、杯――」

 

 宝石剣を構築する際、あらゆる事象固定帯を垣間見た今だからこそ分かる。

 あれは冬の聖女の魔術回路を拡張、増幅したもの。二百年は稼働し続けている最古にして最先端のシステム。

 そして今や、人類悪を生み出した呪いの地であり彼女の故郷。なるほど、確かに奴好みの魔力が満ち満ちている。ここはもう、ある種の魔界と言っても差し支えないだろう。

 

「――咲き誇るは繁栄の華。永続せしは我らが都。

 耳のあるものは聞くがよい。民衆の声を、観客たちの喝采を!」

 

 声が響いた瞬間、大空洞の魔力がそのまま一つの景色を生み出し始める。

 何が起こるかはもう予想がついていた。そして今だからこそ、その宝具の真価を理解している。

 精神干渉なんて評価は生ぬるい。彼女が見た夢は、もはや他人の魂にまで干渉するほどの力を秘めている。

 

「ッ……!」

 

 私はともかく、他のメンバーは素で踏み入れば無事では済まされない。一度目は魔術王による助けが入ったが、もうそれには頼れない。

 故に――一時的だが、彼ら彼女らの状態を止める。言い方を変えれば、時間軸に固定(かくてい)させる。世界ではなく、個人の時間を引き止める……!

 

「“招き喰らう黙示の劇場(エデッセ・ドムス・アポカリプス)”――――!」

 

 その空間は、まるで私たちという獲物を呑み込むように展開された。

 全てを喰らいし魔の都。炎のように地上を燃やし尽くす欲望の街。

 美しかった黄金劇場は都の風景で塗り潰され、その面影は薄れている。観客と思しきものは、半ば亡霊と化した市民たちだろうか。

 

 ……見ようによっては、彼女は救世主だ。なにせ、此処には真に全てが揃っている。

 嘆きも悲しみも、この世界で生まれることはない。

 ただ、幻に過ぎない喜びと幸福だけが此処にある。

 なにせ、この空間、この宝具こそが彼女(ネロ)の理想そのものなのだから。

 

 ――皇帝に戻れなかった少女の夢。それが、この宝具の正体である。

 

「……そうか。お前にささやかなささやかなエンディング(デウス・エクス・マキナ)は来なかった、ってワケか」

 

 ネロ皇帝の最期は、ある兵士が彼女の亡骸に布をかけて幕を閉じる。

 その時、“遅かったな、だが大義である”という一言を残して。

 

 だがそれとこれとは話が別だ。たった一つの帝国、ただ一人の女の夢で世界が滅ぼされるなど、どうやっても帳尻を合わせることなど不可能である。

 だから倒す。だから殺す。それが私に与えられた役割である限り。

 

「焔の薔薇よ、栄華を共に」

 

接続開始(セット)。目覚めろ、七色(にじ)の極光」

 

 劇場のような街に炎が疾り、握った宝石剣が一際強く煌き始める。

 魔王が振りかざす大剣から放たれるのは、まるで炎と泥が入り混じったような斬撃。

 一方で宝石剣が放つのは、桁外れの魔力で構成された光の斬撃だ。

 

 ……しかし、私が構築したものに限り、その効果には少し変化が見られる。

 通常、宝石剣とは並行世界からの魔力を持ってくるだけの限定礼装。オリジナルがどれほどの力を持っているのかは、師匠から教わらない限り私が知ることはない。

 

 付加された能力。

 偶然にも持ってしまったその機能は、世界にとって理不尽の一言に尽きるだろう。

 

「“都市盛る永続の帝政(クワァエダム・バビロン)”――ッ!!」

 

 流星のような炎が空間を一閃する。

 彼女の領域内で可能性の断ち切りは許されない。故に、対抗するには此方も同質量の火力で応戦する他手立てはない。

 

「この世全ては流転する。(ソラ)を覆うは万象(ほし)の記録――――」

 

 肉体や魂はおろか、地上世界全てを融かし切る灼熱の波が迫ってくる。

 それに対するは、あらゆる世界から零れたイフの記録。混沌としか言いようのない、文字通り万象の束。宝石剣と自身の起源が混合された結果に生まれた()()()()()

 

 これを仮に世界そのもの、軸そのものに使用した場合、その世界が編纂事象であるなら()()()()()()()()へと塗り替える。

 それ即ち剪定事象。条件を削ぎ落とした、ただ一つの可能性。

 逆に剪定事象へ用いたならば、条件を取得してその軸は編纂事象の道へと進むだろう。

 だから、実質外界と隔絶されている此処でならば、存分にその力を放つことができた。

 

「――“万華鏡の空、果てを彩る宝石の剣(カレイドスコープ)”――――!!」

 

 炎と光が真正面から激突する。

 全てを蕩かす焔と、全てを塗りつぶす光。

 共に理不尽の塊を放っているが――どうやら、ここが彼女の領域内であるという事実と、そして彼女から皇帝の残滓が消えゆくタイムリミットが重なってしまったらしい。

 

 世界の可能性を束ねようと、本物の権能の前では膨大な魔力に過ぎない。

 私が決定できるのは道筋のみ。その結果、どんな結末が来るかは誰にも分からない。

 

 だが終幕の予感はしなかった。

 むしろ、ここまで来てようやくスタート地点に立っているように思えたのだ。

 

「どうせどっかで視てるんだろ傍観者。私が切り開いた路はここまでだ……!」

 

「――そうだね。そろそろ、私も贖罪を果たさなければならない」

 

 聞こえた言葉と、感じた気配でニヤリと笑う。

 ――なんだあの王様、冠位指定ってのは伊達じゃないってか……!

 

 光と炎が相殺され、段々と黄金郷に満ちた魔力が消えていく。

 だが安堵するなかれ。相殺が終わった瞬間、第二の斬撃が襲い来るだろう。

 そして、その追撃に追いつけるほど私の思考は完成していない。こればかりは、積み重ねてきた経験の差が物を言う。

 けれど案ずることはない。これより先の未来には、勝利を約束する魔術師がついている。

 

「第二宝具、展開」

 

 微かな異変が、空間に亀裂を生む。

 膨大な魔力が現れた気配はなく、景色が書き換えられるような前兆もない。

 これはただ、事が単純過ぎて分からないだけ。およそ全ての魔術を修めた王にとって、発動させることに余分な過程など必要ない。

 

 起こることはただ一つ。

 ――世界が、切り替わる。

 

 

「“戴冠の時来たれり、其は全てを始めるもの(アルス・パウリナ)”」

 

 

 地上世界を呑み込む黄金郷は、一瞬にして色彩溢れる世界に変貌した。

 

 


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