Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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終末

「ライ、ダー……?」

 

「違う」

 

 動揺しているウェイバーの言葉を即座に否定し、エルキドゥへ合図を送る。

 刹那、力強く、しかし穏やかな雰囲気を崩さぬままにその場を飛び立ち、同時に道を塞いでいた英雄王の姿も掻き消えた。

 

 人類最古の一大決闘はアインツベルンの森で繰り広げられることになろうが――まぁ、知ったこっちゃない。今自分が優先すべきは新手のシャドウサーヴァントである。

 

「ありゃあただの抜け殻だ。理性も意識もないだろうし、私たちが知ってる征服王とは別モノだよ」

 

「征服王――か。これはまた強敵が出てきたものだな。それでも、本来の姿より弱体化しているのが唯一の突破口になるか」

 

 征服王はあの時、殿を務めてアサシンのサーヴァントを打ち破り、騎士王に大幅なダメージを負わせたのだろう。

 そして彼もまた、“彼女”の駒の一つとなり、私たちの前に現れた――と言ったところか。

 

 戦いに敗れたサーヴァントを再利用するなどと、よくもまぁそんなことができるものだ。しかも理性を失わせているから余計に扱いやすく、再利用だからコストもかからない。魔力を与えている限り、あの死体はずっと動き続けるだろう。

 そんな機能、こっちが使いたいくらいだが……それは逆に、向こうにも余裕がないということでもある。

 サーヴァントを再利用してまで、()()()()をする必要のある事態が控えているのだろう。

 となると、やはり早急に敵を打倒して諸悪の根源を叩かねばなるまい。

 

「相手が相手だ。出し惜しみはしない……から、アーチャー」

 

「――承知した。私も全力でかの大王に挑ませてもらおう」

 

 陰陽二振りの短剣を携えたままの弓兵が前に出る。

 霊基の再現とはいえ、元が強力だ。しかも獣からの魔力を供給されているというなら、宝具を使われる可能性だってないわけじゃない。

 

「AAAAaaaaa――――ッッ!!!」

 

 放たれる咆哮に、かつての面影は微塵も感じなかった。

 戦を楽しむ様子もなく、ただただ怨嗟の声を上げる影。

 そしてそれが合図だったのか、同時に町の風景が広大な夜の砂漠地帯に変わり始め、複数のシャドウサーヴァントが連続召喚されていく。

 

 王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)――それは征服王が生前に結んだ絆を、時空も越える奇跡にまで昇華したもの。

 しかもライダーが呼び出す者たちは一人一人がサーヴァント。まともに戦える手段など、そう多くはないだろう。

 

「……けど、まぁ、先に発動してくれて助かったな」

 

「その言葉は命令と受け取るぞ?」

 

「いい、()()()()()()()()。詠唱完了まで足止めするから二人は援護頼む。私も遠距離から支援する」

 

「あぁ、分かった……!」

 

「治療を開始します。貴方たちという病を消し去りましょう」

 

 先の咆哮で完全に割り切りができたのか、ウェイバーも遠慮するような気配を捨て去っていた。

 やはりこの少年、やるべき事はきっちりやる。たとえどんなに怖くとも、前に進める力があるのだろう。

 

「――I have created over a thousand blades.」

 

 彼の詠唱は既に始まっている。

 無限の剣を内包する世界。唯一つ、彼が持ちうる最強の手札――

 

La()――――LaLaLaie(ララライッ)!!」

 

「アイツじゃないクセに、真似なんかするな――」

 

 迷うことなくウェイバーが軍勢に向けてビーム砲を撃ち放つ。

 続いて、ライダーの合図で動く影のサーヴァントたちを魔力の斬撃で吹き飛ばし、ナイチンゲールが銃撃を以って敵の足元を崩していく。

 

「Have withstood pain to create many weapons.」

 

 魔力が満ち、次第に世界へ変化する方向を定め始める。

 固有結界の上書き。相手の心象風景を、無理矢理に他の世界へと書き換える。

 その空間こそ、アーチャー(エミヤ)が最期に至った果ての場所。

 

「Yet,those hands will never hold anything.」

 

「A――AAAAAaaaaaッ!!」

 

 軍勢は止まらない。

 理性を失っていても、全員が自分たちを呼び出した主に従い、ただただ駆ける。

 その誰も彼もが勇者と讃えられし存在の群れは、剣を持ち、槍を構え、盾を携え、敵とみなした対象を討ち果たす。

 

「So as I play,――――」

 

 だが、その足を止める時は来た。

 炎が奔り、ついに風景の侵蝕が開始される。

 

 錬鉄の英雄を象徴した固有結界。

 これを指し示す名称は、既に知り得ていた。

 

 

「――Unlimited Blade Works.」

 

 

 

 

 無限の剣製と、彼は呼んだ。

 広がっている荒野には炎が燃え盛り、大地には幾億万もの剣が突き刺さるように存在し、空には巨大な歯車が回っている。

 リアリティ・マーブル。魔法の一歩手前、禁呪のカテゴリーに入る大魔術。

 

 現実世界から隔離されたのは私たちを含め、相対するシャドウサーヴァント達である。

 剣という障害物に彼らの動きも多少は鈍り、逆に武器を敵が手に取ることもできようが――意識も理性もない以上、向こうにそこまでの知性があるかは怪しいところだ。

 

 そんな敵勢は風景が変わっても一向に怯むことなく進軍を続けようしている。

 その様はまるで目の前にいるものを排除しようとする機械か獣のよう。いや、英霊という現象か。

 

「――」

 

 人数的には圧倒的な差があるものの、構わず作戦における優先順位を頭の中で構築する。

 やがて方針決定が完了し、動きを伝えながら此方も魔力のチャージを開始した。

 

「――先ずは戦車を略奪する!」

 

「本物の前では言うなよそれ……?」

 

 言っても豪快に笑い飛ばすだろう、あの英雄は。

 しかし征服王を打倒するにあたって、戦車の破壊は絶対である。稲妻を発する戦車になど、たとえ同じ英霊であれど迂闊には近づけまい。

 

「では、やはり私の出番だな。――投影開始(トレース・オン)

 

 瞬間、短刀の代わりに弓を生み出したアーチャーを中心に、圧縮された魔力が一つの形を作っていく。

 それは一振りで丘を三つ切断したといわれる魔剣の贋作。本物はかの聖剣ガラティーンの原型であるという。

 

 矢として、否、()()()()()()つがえた先には、この結界に引き込んだ時よりさらに増加した軍勢がいる。

 その先頭で走り、剣の丘を蹂躙しながら進むは戦車に騎乗した覇者の影。

 

 到達までの距離、およそ二百メートル。

 弓を限界まで引き絞り、一撃で決めることを絶対として最強の矢に魔力を込めた。

 

「――I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ歪む).」

 

 刹那、使い捨ての幻想が放たれる。

 造った剣を矢へと変換し、弓を用いて標的へと放つという宝具を爆弾として使う技(ブロークン・ファンタズム)は、贋作屋の彼だからこそ可能とする絶技。

 

 ……着弾の音は置き去りにした。

 銀色の矢が王の乗った戦車へ辿り着いたその瞬間、戦車ごとその周り、後方にまで爆破の衝撃が及んでいく。

 

 本当に一撃で終わらせたのではないか、と数瞬目を細めてその光景を見つめた後、即座に考えを改める。

 

 戦車の影、及び気配は皆無。――当然だ。確実な破壊法を選んだのだから。

 軍勢の速度、士気は未だに健在。連続召喚も続行中。――想定範囲内。なぜなら彼らには戦うという意志しか残されていないのだから。

 

 征服王の影、半身の融解が見られたものの、即時再生を開始。霊核の揺らぎは見られない。

 ――予想外。魔力で直接霊基核を叩く方針へ移行。

 

「蘇生とかアリかよ……!」

 

「まぁ、後ろ盾になっているものが魔力の塊のようなものだからな。ヘラクレスじゃああるまいし、勘弁してもらいたいものだ」

 

 やはり、まずはビーストからの魔力提供を止めなければならない。

 騎士王戦の場合は、まだ魂そのものを再利用していたから一度殺すだけで済んだ。しかし死体のみを動かしている今、向こうにとっては殺されても器を治せば良い話である。

 本当にそういうのはよしてほしい。真祖じゃあるまいし。

 

 それでも戦車の破壊という目的は達成した。

 ならば、次に排除すべきはあの軍勢のみ。

 

「アーチャーは兵を蹴散らせ。ウェイバーは援護に! 婦長は宝具展開準備!

 ――斉射(フォイア)ッ!!」

 

 作戦を伝え、三つ分溜めた魔力チャージを一気に解放する。衝撃で魔術回路は軋んだが、サファイアの治癒促進(リジェネレーション)のおかげで致命傷には至らない。

 

 魔力の砲撃で狙ったのは迫り来る無数の英霊。

 だが足止めどころか、戦の意志しか持たぬ彼らに精神的な挫折はまず起こりえない。仮にこれが本物のライダーによる宝具発動であっても、三つ程度の砲撃では怯みもしないだろう。

 

 けれど――どんなに強い意志があろうと、足元を崩すような攻撃の前では多少動きを鈍くせざるを得ないもの。

 

「全て持っていけ……!」

 

 そこで結界の主による一斉射撃の準備が完了する。

 次の瞬間、世界を埋め尽くす剣の嵐が独立サーヴァント達の影を襲い、一気に軍勢の大半を消し去るに至った。

 

 しかし、それを最後まで見届けている暇はない。

 サファイアの刃へ魔力を上乗せし、振れば大斬撃を飛ばすことのできる状態にしながら戦場を駆け出した。

 道を塞ぐ者はおらず、やがて舞い上がった砂埃の向こう、巨馬に騎乗する影を発見して合図を送る。

 

「バーサーカァァアア――――!!」

 

「――すべての毒あるもの、害あるものを絶ち、我は力の限り人々の幸福を導かん!」

 

 白い光と共に、巨大な白衣の女神が此処に顕現する。

 術者の精神性が昇華され、看護師という概念と結びついた結果に生まれた対軍宝具。

 両手で剣を振りかぶり、地面へと叩きつけられた途端――、

 

「“我はすべて毒あるもの、害あるものを絶つ(ナイチンゲール・プレッジ)”ッ!!」

 

 全ての戦闘行為に当たるもの、つまり征服王に魔力を提供するラインを一時的に断ち切った。

 魔術構築、武器の所持、あるいは兵器の発動が却下された領域――これぞ絶対の安全圏。

 対象外に指定されている私たちが踏み入れても、回復効果が発動されるだけだろうが……獣直属のサーヴァントと化した存在には、魔力経路を切るところまでしか効果がなかったらしい。

 

「AAAaaaaa――――!!!」

 

「ぐっ――!?」

 

 馬上から振り下ろされた剣から咄嗟に身を翻す。

 頭部を狙った一閃は鼻先から数ミリのところを掠っていき、地を転がりつつも次の動きのために体勢を立て直していく。

 

「最大出力――斬撃(シュナイデン)ッ!」

 

 勢い良く魔力の斬撃を飛ばした。

 標的は彼の愛馬ブケファラスの模造品。流石に純粋な魔力による攻撃の対策はしていなかったのか、直撃を見舞わせることに成功する。

 

「a――AAAaaaaッ!!」

 

「チィ――!」

 

 だが、それに耐えながら黒馬が此方に突撃を仕掛け、やはり紙一重でそれをかわす。

 嘶きと共に迫るその姿はまさに蹂躙者。人間が少しでも接触すれば即死は免れない。

 決定的な一撃を入れるには、一瞬でも相手の動きが止まることが必要不可欠か。安全圏に変化したとき、戦闘行動へ繋がる全ても消えてくれていればまた話は違ったのだが。

 

 ――どうする。

 

 アーチャーによるAランクの刀剣を矢にした射撃か――否、彼が周りの兵を片付けてくれなければ飛び込むことすらできない上、魔術ではあの霊基に傷をつけることは不可能だ。

 ナイチンゲールの宝具が相手の魔力経路を切るところまでしか届かなかったのは、単に霊基の格が違っただけ。それすらも獣による干渉で変質していたのだろう。

 

 ――ここにきて手詰まりか……?

 

「いや――」

 

 諦めるのはまだ早い、と直感した。

 

 

「――“石兵八陣(かえらずのじん)”!!」

 

 

 瞬間、天から八つの石柱が落下する。

 それらは征服王を取り囲むように大地へと突き刺さり、その場所を強制的に大軍師の陣地へと書き換えた。

 

 だが、絶対安全圏の効果は継続中。

 無限に等しい魔力供給のパスの断絶に加え、とうとうその一瞬、確実に英霊の影は動きを停止させる。

 

「ゼァァアアアァァ――――ッ!!」

 

 間髪入れずに飛び込み、全魔力を攻撃に回して形成した刃の強度を極限まで高めていく。

 そうして巨馬の首を斬り捨て、征服者の霊核(しんぞう)へ一撃を叩きこむと跳躍し、全速力でその場から離脱する。

 

 大気が震えたのを感じ取ると同時、竜巻のような魔力の奔流が空間を突き抜けた。

 

「――――“偽・螺旋剣(カラドボルグ)”」

 

 音は抹消され、白い閃光が世界を満たす。

 背後で巻き起こった破壊の光景は目にするまでもない。というか、巻き起こった烈風のおかげで振り向くことすらできはしない。

 

 ――だが、勝利は確信した。

 獣とのラインが繋がっていない今、彼は蘇生することはなく、ただ塵へと還るのみ。

 

「――――、」

 

 断末魔は聞こえない。

 けれど、どこか笑ったような気がしたのは錯覚か。

 

 いずれにせよ、これで覇者の影との闘いは終わりを告げた。

 軍勢を呼び寄せていた者が倒れた今、もはや彼らとも交わす刃はない。

 一面荒野の世界は徐々に形を失い、風景は元のあるべき姿へと戻っていく――

 

 

 

 

 冬木市は静寂の夜に包まれていた。

 否、郊外にある森では絶え間なく轟音と地響きが聞こえているが、少なくとも街そのものに与える被害はその程度だった。

 

 ――そう、少なくとも。

 一般人が感知できるレベルにおいては、その程度の被害だった。

 

「……ああ、やはり来たか」

 

 闇に染まったままの天空にて、全てを見通す目を持った王がそう呟く。

 協力者たちは現在、固有結界という隔絶された領域にて戦闘を繰り広げている。だが彼はその両手に嵌める指輪の力によって、結界から弾かれてしまっていたのだ。最も、今の彼が参戦してもできることはないのだが。

 

 しかし戦場の外にいようがいなかろうが、彼の目は全てを映し出す。

 過去と未来。「現在」という領域は視えないものの、既に二つの領域を視認する彼にとっては全てを見ているのも同義である。

 

 故に、その光景が訪れることは承知していた。

 

「原罪のⅥ――その存在の影(レプリカ)

 

 言葉を紡ぎ終えると同時、()()が出現する。

 円蔵山周囲の町並みを塗り潰すように顕れたそれは、やがては街を喰らう獣による力。

 

 町との境界線もなにもなく、ただ領域として在る荒野。

 人が踏み入れれば、間違いなく生きることを許されぬ死の世界。

 そこに今――666の数字を背負うものが出現していた。

 

『 ――――――――――――――――――ッッ!! 』

 

 欲望の果て。破滅の道標。

 人に仇なすものであり、人を喰らうものであり、人を滅ぼすもの。

 十の大角を有す、七つの頭を持つ赤い獣。

 その背に大いなるバビロンは騎乗せず、その災害は都市を喰らうもの(ソドムズビースト)として降臨する。

 

 既に赤き龍は天空にて、幽谷の境界を行き来する暗殺者に滅ぼされた。

 赤き獣が都市を侵蝕(しはい)した暁には、二本の角を持つ獣が現界するだろう。

 

 

――大欲と暴食の具現(ADVENT)汝の名は獣(BEAST)

 

人類悪、顕現――――

 

 


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