Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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光明

 手にした武器を握り、容赦なく対象を斬りつける。

 一瞬相手のバランスを崩すことは叶ったものの、まだ足りない。ならばこれでもかと、武器に込めた魔力を――そのまま、ゼロ距離で打ち出した。

 

「Gaaaaa――ッ!」

 

 それで相当なダメージが入ったのか、相手が距離を取る為に後ろへと引き下がる。だが今の私には、それを見逃してやる気持ちはない。

 後方へと飛び退いた対象へ向けて、今度は魔力を斬撃として撃ち放つ。青い光が三つとも綺麗に炸裂すると、そこで敵対者は塵に還っていった。

 

「戦闘終了っと」

 

『お疲れ様でした。ところでやはり衣服も変えませんか。微妙にテンションが上がらないのですが』

 

 うるさい、と喋る武器――いかにも魔法少女が持つようなステッキの形になったサファイアを地面に叩きつけて脅しをかける。

 今のサファイアの頭からは高密度な魔力で編んだ(ブレード)が突き出しており、近距離戦でも遠距離戦でも対応できる、戦闘に特化した形となっていた。そしてそれに伴って、私も本来魔法少女(カレイドサファイア)にかけられる身体能力強化の恩恵を受けている。

 緊急事態ということもあり、魔力供給以外の機能も使わせてもらっているのだ。最も本人はこの通りまったくノリ気ではないようだが。

 

 と、更に影から湧いて出てきた魔物たちが此方目掛けて突撃してきた。しかしそれをかわすまでもなく、その足元から吹き上がった炎によって、相手は沈黙することとなる。

 

「……っと、これでいいのか?」

 

 確認するようにそう訊いてくるのはウェイバー。

 擬似サーヴァントとなった今、彼には諸葛孔明(キャスター)としての力を操ることが可能となっていた。

 最初に見えた二体のシャドウサーヴァント戦では、「自分の手には余る代物」だと自信なさ気に顔を曇らせていたが、現在もこうして戦力の一人として戦ってくれている。

 

 実際、擬似とはいえサーヴァントの力を使える者が一人いるだけで死ぬ確率は激減する。ウェイバー本人の飲み込みの早さもあるのだろう、初戦に比べると大分動き方もよくなっていた。

 ……とはいっても、孔明の力を十全に発揮できるまではまだ時間と経験が必要だ。故に、まずは私が敵に切りかかり、後方からのサポートを彼には頼んでいた。

 

「ナイスだウェイバー。まぁ焦らなくていいから、まずは確実に力をコントールできるようになってくれ。それさえできるようになれば、格段に私も楽ができるようになるからな」

 

「わ、分かってるよ。……それより、アイツのことはいいのか?」

 

 彼が目を向けた方向には、戦闘している私たちの後ろで一人佇んでいるソロモンの姿がある。

 ――その時、ただ突っ立っている彼の背後から、魔物が奇襲を仕掛けてきた。斧に似た武器を持ったソレは、好機とばかりに大きく武器を振りかぶり――そして、刃が彼に触れようとした途端、()()()()弾けて消滅していった。

 戦闘とも呼べないその光景は、奇妙だという感想しか浮かばない。

 

 その仕掛けには彼の保有スキル、「ソロモンの指輪」が関係している。ランクは脅威のEX。

 十個の指輪を揃えている今の彼に魔術的攻撃は事実上通用しない。それはつまり、あの影――魔物やシャドウサーヴァントが、()()()()()()()()()()()ことを指している。

 

「……、」

 

 試しにサファイアを通した、ただの魔力の弾丸を放ってみる。すると、「運よく」ソロモンがそれをかわしていく。……いや、本人は単に気まぐれを起こして、周りの建物に近寄っただけなのだが。

 

「……今、察知したのか?」

 

「単なる運だよ。あの王様、魔力と幸運のステータスがおかしいぞ」

 

 マスターである者にはサーヴァントのステータスを視る能力が与えられる。

 既に令呪のないウェイバーには見えていないだろうが、一応まだ資格がある私にははっきりとそれは読み取れた。

 強さの計り方は人それぞれだが、私の場合は色――赤色に近ければ近いほど高い能力を持っている、という風に認識することができる。

 

 そしてソロモン王のステータスは……魔力と幸運値が、視界に入れただけで視力が下がるのではないかと思ってしまうほどの赤色。Aランクにさらにプラス補正がかかっていると見える。 

 

「――? 何かあったのかい?」

 

 自分のすぐ横を通り過ぎ、遠くの地面に魔力砲が激突した音で気がついたのだろう。キョトンとした表情でソロモンが此方に目を向けてくる。

 

「……事故だよ。ていうかアンタ、本っ当に戦力にはならないんだな」

 

「なってもいいけれど、それを禁じたのは貴方自身だろう? 文句を言うのは筋違いでは?」

 

「ぐう正論。殴りてー」

 

 このソロモン王、ズバズバと正論を、というか事実を述べてくるだけなので、そういう人物なのだと割り切らなければとてもやっていけない。

 プライドが高い傾向にある優秀魔術師は、彼を敬愛している者か、それとも性格的な相性が良くなければ、ペアを組むことはとてもおすすめできないだろう。

 

「……なんかこの人、要らないところで喧嘩買いそうな性格してるよな……幸運、ホントに高いのか?」

 

「知ってるかウェイバー。かつてソロモン王は川で水浴びをしていたところ、うっかり指輪の一つを無くしてしまったことがあったらしい。その後、下流の漁師が魚の腹から指輪を発見、無事に届けられて事なきを得たってよ」

 

「幸運だな……」

 

 大体、国が分裂する前に死去できたのだから相当天運はあるのだろう。

 賢く、優しく、愛多き古代イスラエル最後の王。 

 肝心の()()もその通りなのかは、やや怪しいところではあるが――まぁ、邪悪というわけではない。

 今回のような事件を巻き起こした張本人でも、悪気があったわけではないのだ。いや、後先考えずに行動するのはホントにやめた方がいいとは思うけれど。

 

「……そういえば、旧約聖書にルツ記ってあったよな。アンタ、イスラエル人の先祖とかいたのか?」

 

「れっきとした日本人だよ。実家だって完全な武家屋敷だったしな。……いや、先祖に外国人がいた可能性は否定できないけど」

 

 魔術刻印は祖父の代で焼却された。まともに書かれた家系図なんて見たことないし、今から探したところで、そんなものは見つからない。

 ……ソロモンからすると、ルツ記の彼女は高祖母にあたるのだったか。おかしな繋がりを感じるが、私の名前は起源(ルーツ)が由来だったような気がする。既に根源への道は諦めたというのに、子孫にその名をつけるのはどうなのかと呆れたものだ。

 

 そんなことを思い出しながら、新都を抜けるために歩き出す。

 聖杯を使って英霊を召喚したならば、その誰もが異常の源に向かっていくだろうという、至って無難な予想を立てた上での行動である。

 その道中、魔物やシャドウサーヴァントに襲われない間には、ソロモンへ次々問いをぶつけていく。

 

「おい、ゆるふわ王。召喚される英霊は誰かまでは分からないのか?」

 

「ゆる……? あぁ、大方予想はつくけれど虚言を吐きたくはないからね。聖杯の魔力が穢れている今、呼ばれるサーヴァントは正当な英霊、反英雄も問わずにやってくるだろう」

 

 反英雄、と聞いてある弓兵の姿が思い浮かぶ。

 抑止力に反英雄。これほどキーワードがぴったり当てはまる英霊は奴しか知らない。

 

「……それとさ。気になってたんだけど、話に聞く72柱の魔神ってこの場にいないの?」

 

「彼らは“正しい道理を効率良く進める”システムに過ぎないよ。ここで召喚しても意味がないし、何より今の私にはそれを可能とさせる程の魔力がない」

 

 つまるところ、やはり当面のソロモンの問題は魔力不足である。

 情報を引き出すためにまだ現世に留めさせてもらっているが、やはりそこまでが限界なのだ。

 未だ「マスター」からの魔力供給があるとはいえ、少しでも魔術を使おうとすれば実体は保てなくなるし、そうなってしまっては欲しい情報が入手できなくなる。

 この事件について、当事者である彼が一番詳しいはずなのだ。それをみすみす逃してやるつもりはない。

 

「チッ、折角巨大生物同士での迫力バトルが見られるかと思ってたのに……」

 

「それ、普通に世界終わるだろ。ていうか、そうなったらボクたちも巻き添え食らわない?」

 

「ロマンって言葉を知らないのかよ。……いや、巨大生物系は正直トラウマだから、勿論ジョークだぞ?」

 

「フォウ、フォフォーウ……」

 

 無闇に口にしない方がいいぞ、とでも忠告するような調子で鳴き声を上げる獣。やはりこいつ、ちゃんと意味のある合いの手を入れているらしい。

 

「……ロマン、って何だい?」

 

「夢見る心ー。ちなみに語源はローマである。畜生、楽して最終決戦勝ちたいなぁ」

 

『また身も蓋もないことを……』

 

 大分状況に慣れてきてしまったのか、というかうんざりしてきたのか、思考が現実逃避しそうになる。

 既に諦めるという選択肢は捨て去っているものの、今も円蔵山の方角から聞こえてくる雷鳴と咆哮はもう耳には入れたくなかった。

 

 ……だが、私はともかくしてウェイバーはまだ子供である。青春真っ盛りなのである。

 サーヴァントを失い、知らぬ間に擬似サーヴァントとなり、しかも戦闘に狩り出されているのだ。

 

 平静を装ってはいるが、それは感覚が麻痺しているのと同じ。

 次々と超常現象が起こり、かつ周りにいる自分たちが通常運転しているからこそ保てている状況である。

 いや、元々彼自身の精神が頑丈、ということも要因の一つかもしれないが。

 

「――ソロモン、マザーハーロットは人なのか?」

 

 そこで無理矢理思考を現実と直視させるため、核心的な質問を投げる。

 先刻彼は言っていた。彼女の『素体』を呼び出すのに一人分……つまり一つ分のクラス枠を使ったと。

 そしてその素体とやらに、聖杯戦争二回分の魔力を注ぎ込んだ――とも。

 

「あぁ。性質全てを変化させたけれど、本質までは変えられない。私は黙示録を『再現』しただけで、本物までは呼び出せなかった。……まぁレプリカとはいえ、彼女の存在は他の獣を呼び寄せる。所詮は彼らも影に過ぎないが、聖杯が向こうにある今、世界を蹂躙するのは容易いだろう」

 

「――」

 

 状況変わらず。

 されど、光明は差してきた。

 伝承の一つとされている大淫婦(ホンモノ)には勝てないが、同じ人間ならば勝機はある。

 

 天、地、人、星。

 天は神話に属する者を、地は伝承や創作に属する者を、人は史実――人類史に名を残した者を示す。

 隠し属性とも言われるそれらは、案外サーヴァントの戦闘ではかなり重要な要素だったりする。人は神を打倒し、神は人の幻想を破り、また幻想は人を呑み込んで行く。

 “星”はまた、別の話になってくるのだが……今回、その属性は関わってきていない。

 

 何はともあれ、ソロモン王の力を以ってしても、できたのはこの地に溜まった「悪感情」を纏め、一つの適性ある個体に押し込めることだけ。

 人の形をした伝承、ではなく伝承の力を持った人間。であるならば、まだ希望は残されている。

 ……だが、それがよりにもよってマザーハーロットだったのは、一番の不運であった。

 

「……ま、そう楽な案件じゃないのは覚悟してきたけど。ひとまず攻略法なんかはアンデルセンと合流してからだな……」

 

 最優先で倒すべきなのはマザーハーロット。

 しかし、彼女につられて三体の獣の「影」がやってくる。

 その影たちの強さは知らないが、一体目が天空で雷鳴を轟かせている辺り、決してナメて掛かれる相手じゃない。

 ――だが、そうなってくると。

 

「魔術王、この世界は()()()()()()だ? ここまで大惨事を引き起こしたなら、もう歴史が変わるとかの騒ぎじゃないだろう」

 

「そうだね。あえて名称をつけるなら、今のここは時間軸から切り離された、特異点(バビロン)といったところかな」

 

「……待て。それって――」

 

 時間軸から切り離された、というワードを聞いて一瞬思考が停止する。

 そうして待望の「条件成立」の事実に歓喜の声を上げようとした直前――ようやく辿り着いた冬木大橋に、二つの影があるのを発見した。

 

 


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