Fate/カレイド Zero   作:時杜 境

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始動

「はは、は――いやぁ、分かってはいたけど、凄ぇなぁオイ」

 

 そこは闇に包まれた空間だった。

 極東の地方都市、冬木にある円蔵山内部――大空洞。

 そこにはある儀式を執り行うための魔法陣、そして同時にこの地を儀式に適した霊地に整えていく魔術炉心としての役割を担う「大聖杯」がある。

 地域の住民どころか、世界の裏に潜む通常の魔術師たちでさえも知らない、聖杯戦争を創った始まりの御三家のみが知る場所。

 

 最も、御三家の子孫でも何でもない私たちは一年前からここを拠点としてきたのだが。

 

「小聖杯は手に入れた。必要な霊地も確保した。脱落した英霊は三騎……いや、まだその内一騎は呑み込まれていないか。とんでもない自我だな。けどそいつを呑みこんでしまえば、一応聖杯は完成するんだろう?」

 

 聖杯戦争で敗北した英霊の魂は、聖杯に回収される。

 本来なら六騎分は必要なのだが……どうやらたった一体で、四騎分の役割を果たすという破格の英霊が召喚されていたらしい。

 僥倖には巡り合ったが、それはそれで少しばかり不安因子を残してしまった。が、アレをこの世に召喚してしまえば全て終わる。

 

 抑止力の介入は受けない。受けたとしても、どうせ私が始末されるだけだ。もしかすると、世界が例の決戦術式を起動させるかもしれないが――その時にはもう、手遅れだろう。

 

「これは私の人生の中でも二番目にはランクインする光景だろうなぁ。あぁ、勿論一番は『シバ』の構築だ。あれだけは()()()()()()()()()()偉業だからね」

 

 偉業であり、発端でもある。

 天文台(カルデア)での生活はそう悪いものではなかったが、肝心のカルデアスが動かないのなら意味がない。……いや、所長はこの聖杯戦争に参加しようとしていたらしいが、たかがカルデアスを動かすために聖杯を使うなど芸がない。

 

 聖杯を使うのなら、もっと愉快なことに使わなくては。

 例えばそう――今みたいに。

 

「二百年も溜めた魔力をどうして放っておけるんだろうね? 確かにそれだけあれば、あらゆるイレギュラーには対応できようが……」

 

 逆にそれは、あらゆることを成せる、ということでもある。

 聖杯の降霊? 英霊の召喚? 確かにそれは素晴らしい出来事ではあるだろう。そんなシステムを考案した者には敬意さえ抱くことだってある。

 だが、根源に至るためだけにこの膨大な魔力を使い果たすなど――勿体無いにも程がある。

 

 二百年もの間、ここで溜められていた膨大な魔力。

 だが、蓄積されていたのは魔力だけではない。私はただ、それを利用しただけのこと。

 

「キャスターの意識ももうじき回復する。霊脈の魔力(マナ)があったとはいえ、この一年間で奴個人の魔力は空。……やっぱり不安なのは月成って奴だけど、まぁ抑止力に殺される運命から逃れたなら、それはそれで祝福しよう。一体どんな出会いがあったのやら……」

 

 私の場合、やはりあの少女だろう。

 白金色の髪。翠のドレスを着た根源の姫。今はもうどうだっていいが。

 

「――聖杯は完成した。なら、あとは()()が羽化するのを待つだけか。まさかここまで上手くいくとはねぇ……ま、確定させてたから当然なんだが」

 

 私には未来視、という能力がある。

 未来を高度な情報処理によって読み上げ、またそれに形を与えるモノ。

 その種類は予測と測定に大きく分けられるものであり、私の場合は後者にあたる。

 ……今回は事が事だったので、一場面(ワンシーン)を視ることしかできなかったが。

 

 しかし、過程はどうあれ目的達成はもうすぐである。まぁ、それまでに私が私としてこの世に存在できているかどうかは不明のままだが。

 

「……ゥ、フォーウ!」

 

「……昨日から随分騒がしくなってきたなぁオマエ。一年間閉じ込められていたのに元気いっぱいじゃねーか」

 

 この獣も、一体どういう経緯でカルデアに迷い込んでいたのだろうか。

 キャスターなら言葉を理解することも可能だろうが、生憎と今はそんな状態ではない。

 

 檻の獣から目を離し、大聖杯の前で作業をしているサーヴァントへ近寄る。 

 展開されている魔法陣の意味は知らない。だが聖杯が完成した今、おそらく行っているのは最終調整であろう。

 そしてそれが終わった後――ようやく彼は意識を取り戻す。

 ……その前に、どうにか私は殺されないよう手段を考える必要があるのだが、

 

「その必要は――なさそうだな」

 

 大聖杯に捕われている彼女を見やる。

 流れるような金の髪。片手に金の杯を持つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 目覚めは近く、それと同時に終末もあと数時間で訪れる。

 人間である自分は、彼女からすれば生贄に過ぎない。キャスターが正気を取り戻したところで、その時には私も彼女に取り込まれていることだろう。

 

 未だ完成には至っていないものの、聖杯は彼女を起動させる最後の一押しだ。

 そして今、キャスターがそれを彼女の心臓として捧げようとしていた。

 

「――――、――」

 

「キャスター?」

 

 一瞬、彼の行動が停止したように見えた。……目的達成を前に、興奮した己の錯覚だと思いたい。

 まぁ、この時点で何をしようと未来は変わらない。終末が到来することは決定しているのだから。

 

 

×

 

 

 ――遠坂邸は闇に呑まれていた。

 

 現象的なものか、物理的なものかは判別がつかないが、どちらにせよもう手遅れなのは見て取れた。

 まるでその部分だけ黒く塗りつぶされたように、とにかく()()のだ。最早不吉さしか感じない。

 

「……いや、遠坂邸だけじゃないな。深山町全体から人の気配が薄れてる」

 

『――地脈が何かに汚染されているようですね。いえ、元々穢れていた力を解放させた、とでもいいましょうか』

 

 そうサファイアが言うと、ウェイバーが顔を青くした。

 

「え……じゃあ、あのお爺さんとお婆さんは!?」

 

「マッケンジー夫妻……だっけか? んー……向こうの方はまだ、闇がかかってなさそうだけど……」

 

『時間の問題でしょうね。何にせよ、諸悪の根源を叩いてしまえばよろしいかと』

 

 一番単純で一番難易度の高い作戦である。

 が、ここまでの力を持つキャスター相手に、流石に征服王だけでは戦力が足りていない。固有結界を使ったところで、所詮固有結界の魔術の域を出ないのだ。本当に神代に生きた魔術師ならば、一息の内に解除されてしまうかもしれない。

 

「……いや、でもこんなに大規模な魔術を使って魔力が尽きてない方がおかしいよな」

 

『霊脈を利用しているのでしょう。優れたサーヴァントであるなら、その土地を支配することも可能でしょうから』

 

 その説明を聞いて成程、と思う。

 確かに地脈を操る術を知っているのなら、そこを基点に魔術を展開、拠点から離れた標的の土地も落とすことはできるだろう。

 ……そんなことができるキャスターなど、会いたくもないのだが。

 

「なぁウェイバー、遠坂邸の映像を見たとき、キャスターの姿は見なかったのか?」

 

「うーん……いや、はっきりとは見えなかった。影みたいで、なんかその周囲に不気味なものがいた……というか」

 

 ……となると、やはり今までに会ったことのない奴か。

 まぁ確かに、二百年も溜められていた魔力を黙って見過ごす魔術師など早々いない。おそらく御三家の方は、「この土地は元から霊格が高いと最近判明した」とか言って周りを誤魔化していたのかもしれない。

 

 二百年。そう二百年だ。

 他の軸ではその間に四回は聖杯戦争を開催できる量。つまり、()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 ……だが、それで魔力が枯れてしまっては本末転倒ものだ。聖杯は六騎の魂で願いを叶える機能を持つに至る。わざわざ七騎までと制限したのは、サーヴァントを一ヶ所に集めたり等と、いかなる不測の事態にも対応できるようにするためだろう。

 

 そして今回は、その慎重さが仇になった……ということか?

 

「……ぬぅ、此処も敵の手中の内か」

 

 そう言ったライダーの視線の先には広大な森。――アインツベルンが拠点とする森だ。

 その姿は遠坂邸とほぼ同じ。森全体が黒く染まり、得体の知れない「何か」に汚染されている。

 ここまで近づけば嫌でも分かる。それらの魔力は、全て円蔵山が源になっていることを。

 

「惜しいなぁ。今夜はあの中庭で騎士王やあの金ピカと王の格をはかろうと思っとったのに」

 

「いつの間にそんなことを……」

 

「……実はあのとき、アンタらと合流した後、どこかで酒を調達しようって流れになってたんだぞ?」

 

 じゃあ何か。アサシンやランサーみたいな奴等に襲われていなかったら、今頃は酒樽でも抱えて突撃お城の晩ご飯みたいなことになってたのか。

 そんなことになっていたら、アンデルセンも悪ノリするに違いない。王たちが飲み交わしている隅で、嬉々としてネタ集めをしている姿が目に浮かぶ。

 

「はぁ……まぁとにかく、その騎士王をやった奴のトコに行くぞ。危険を感じたら、即ウェイバーは令呪でライダーに『全員連れて撤退』を命じて欲しい」

 

「わ……分かった。でも、アンタはどうするんだ? あの鎖、そう何度も使えないんだろ?」

 

「いや、負荷はかかるだろうけど魔力を通せば具現化くらいは何とか。な、サファイア?」

 

『……緊急の事態です。少々不本意ですが拝承しましょう』

 

 それは隠さなくてもいい本音なのだろうか……と、多少の疑問は湧いたものの、それに構わず戦車は円蔵山を目指して駆けて行く。

 目指すは聖杯の眠る地――大空洞へと。

 

 

×

 

 

「――む、ちぃとばかし、キツいな」

 

「あー……だよな。空から行くのはやめて、おとなしく山門から入ろうか」

 

 柳洞寺には人間霊避けの結界が張られている。サーヴァントにとって、この土地は鬼門である。

 人工的なものではなく、自然にそうなっているのだ。寺というものの特性と、この山に溜まりやすい魔力の影響だろう。

 

「……なんか、ここにいるだけで気持ち悪くなってくるんだけど……」

 

「同感。絶対ロクでもないのが奥で待ってる」

 

 まるで水の中にいるかのような息苦しさ。

 近づく度に、まるで地面を泳いでいるような錯覚。

 此処に存在しているのは、人間が通常感じ取るものと百八十度違うもの。

 

 これには魔力の質も関係しているのだろうが――一番の原因は、やはりこの奥にいるモノの仕業だと嫌でも分かる。

 というか、何故だか一刻も早く奥にいる者に、私自身が会いたがっているような……そんな訳の分からない衝動が、己の奥底で渦巻いている――――

 

「……今ならまだ戻っていいぞ? ウェイバー」

 

「……何言ってんだよ、ここまで来たら行くしかないだろ。それに、戻ってまたランサーの奴に見つかったら元も子もない」

 

 軽く彼の意志を確認してみたものの、引く気はとうにないらしい。

 流石は未来のプロフェッサー、などと思いつつ、上に続く長い階段が見えてきたとき、

 

「双方の覚悟や良し。このまま参道を突っ切るぞ!」

 

「え」

 

 このまま――このままということは、戦車に乗ったまま階段を登ると行ったかこの征服王!?

 

「……? なんだよ、わざわざ気色悪い地面に立つ必要あるか?」

 

「あー……いや、なんでもないです……」

 

 日本人といえば、神社の階段とは己の足で登るもの。

 躊躇無く戦車で駆け上がっていくという発想に追い着けない、微妙な外人との感覚の齟齬に戸惑ってしまった私の至らなさであった。

 

 

「――うげぇ」

 

 が、なんにせよ先に許容範囲を超えたのはウェイバーだった。

 ……その気持ちは解る。参道に入って数分も経たない内に、漂う魔力(マナ)の濃度がより強いものになったからだ。

 

『魔力濃度、計測不能。なお、大空洞の方角からサーヴァントだと思しき反応をキャッチ。例の使い魔を作成したサーヴァントだと思われます』

 

「キャスターか……けど、やっぱり魔力の源とはまた別なんだな?」

 

『はい。確かにキャスターの反応は大空洞にありますが、街中を覆っている魔力の大本ではないようです。そも、キャスター自身から発されている魔力はほぼ皆無でしょう』

 

「皆無……って言っても、そいつが元凶なんだろ? さっさと話を……ぐっ」

 

「おぅい、さっきの気概はどうした坊主? 男ならもっとシャンとせい」

 

 ライダーに小突かれつつも、しかしウェイバーは既に限界値に近いようだった。

 私もここで、いっそ全てを忘れて眠ってしまいたい程だったが、流石に敵地でそんな真似をする勇気はない。

 

 やがて戦車から降り、地面に足をつけると、まるでゼリー状の何かの上にいるような気色悪さが全身を襲った。

 ……これは確かに戦車で階段を登って正解だった。とてもじゃないがこんな感覚、階段を登っている間に精神が折れてしまいそうだ。

 

「――む、しまった。大切なことを忘れておった。坊主、もし余に何かあれば――」

 

「……なんだよ?」

 

 いつになく真剣な面持ちで語り始めたライダーに、状況が状況なのか、ウェイバーも身を硬くして話に聞き入る。

 

「明日、『アドミラブル大戦略Ⅳ』が発売なのだ。しかも初回限定版だ! 予約しておいたから、代わりに受け取っておいてくれると助かるんだが」

 

「~~ッオ、マ、エは――……!!」

 

 真面目になった自分が馬鹿みたいだ、とウェイバーがギリギリと怒りで歯を鳴らし始める。

 だが現状の具合の悪さが勝ったのか、拳を握ったところでその動きを止めた。

 ……ところでゲームの前日予約って、そうないと思うんだが……果たして、征服王の言う「予約」が本当に店側にとって予約だと受け取られているのかが疑問なところである。

 

「……ははっ」

 

 だが、そんな馬鹿みたいなやり取りで緊張も僅かに解けた。

 気の張りすぎはいつだってよろしくない。学校でやる発表会だろうが、人前でのスピーチだろうが、生死を分ける決戦であろうが、心に余裕を持っていた方が上手くいく。

 その佳境さえ乗り越えてしまえば、後は記憶に残るか残らないかの違いしかないのだから。

 

『此方です――どうかはぐれないように』

 

 サファイアのナビに従って大空洞への道を歩き始める。冬木市のみならず、世界地図も師匠によってインストールされているらしい。魔術方面以外にも多機能過ぎる礼装だった。

 

「ふゥ――ところで征服王。貴方から見て、キャスターの気配はどうだ」

 

「桁違いなのは確かだな。既にここからでも感じ取れる霊基だしの。さぞや名のある者であろう」

 

 名のある者……と聞いて、足を動かしつつ考える。

 向こうの情報は、おそらく神代に生きた魔術師、ということのみ。

 しかしこれほどの魔力を放出するモノを作り上げ、かつ霊脈を支配するほどの技量。

 純粋な魔術師か? その方面に長けた錬金術師か? それとも――

 

『――敵、大空洞から移動。外に出てきます』

 

 林を抜けたあと、一際広い場所に出るとサファイアがそう警告を発した。

 その言葉に誰もが身を強張らせ、じっと大空洞に続く道を凝視する。

 

 軽い足音と、何かの金属類が軽くぶつかり合う音。

 洞窟から出てきた影は二つ。

 一つは人型で、もう一つはリス並に小さい小動物の影。

 

「フォウ、ンキュ、フォフォーウ?」

 

「……あぁ、どうやら彼女が()()みたいだ」

 

 まるで獣の言葉が解っているかのように受け答えする人影。

 声からすると男性のようだが……キャスターにしては、纏っている魔力があまりにも弱すぎる。

 

「誰だ――お前」

 

 そう問うと、やがて彼らは洞窟の暗闇から出る位置まで歩き、此方と五メートルほどの距離で立ち止まった。

 獣の色は白。紫色の角に、かすかな既視感を覚えたが、今の私の視線は男の方に固定されている。

 

 長く白い髪に、色黒の肌。

 赤と黒を基調とした衣装で、その両指には()()()()が嵌められている。

 

 ……そこで悟った。相手の強大さと偉大さ、そしてその真名に――――

 

 

「キャスターのサーヴァント、魔術王ソロモン。

 黙示録を再現した、張本人だよ」

 

 


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